完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
時は数日前に遡る。
この日、貴族や有力者を招いた華やかなパーティーが開かれていた。
神殿騎士団団長という立場にあるベルクハルトは交友関係も広い。とりわけ聖職者が集まる場には顔を出すことが多く、この手のパーティーにも慣れたものだった。
「――ベルクハルト、息災だったか」
声をかけてきたのは、艶やかな金髪に甘いマスクを備えた美丈夫だった。
年齢を重ねたとはいえベルクハルトも十分に若々しい容姿を保っているが、相手もまた負けず劣らずの端正な顔立ちをしている。
「ライオネル殿下……ええ、私は変わりありません。殿下こそ、お変わりなさそうで」
「ふっ、そう見えるのなら結構だがな。俺にだって色々あるのだぞ」
「……そうでしたね」
――ライオネル・エインフィリア。
エインフィリア王国第二王子にして、次代の王位継承者候補の一人。
この場に集う誰よりも高貴な身分の人物だった。
年齢は二十代半ば。獅子を思わせる鋭い眼差しを持つライオネルは、ただそこに立っているだけで、周囲を圧するような覇気を漂わせている。
「それはそうと――アリーシャの近況は聞いているか?」
「アリーシャ様、ですか」
「あんなヤツでも俺の妹だからな。――お前にも娘がいただろう。同じクラスだと聞いていたのだが」
王族であるアリーシャが教会学校へ通っているのは、王族という立場が性に合わなかったからだ。その事情は、兄であるライオネルも承知している。
だからこそ、妹を案じるようにベルクハルトへと話を振ったのだ。
「カナンのことでしょうか。確かに同じクラスです。ただ……あの子は学校のことをあまり話してくれなくて。教会学校の内情までは私にもよくわからないのです」
「もう娘に嫌われているのか? はは、それも父親の宿命だな。だが――そうも笑っていられないかもしれんぞ」
ライオネルは視線だけを横に流した。
その先からコツコツと床を鳴らしながら、ゆっくりと近づいてくる人物がいる。
「――これはこれは、ライオネル殿下にベルクハルト殿まで」
ぺたんこな緑髪に顎髭を生やした小太りの男だった。年の頃は三十代半ば。
男は二人の前で立ち止まり、恭しく一礼する。
「アクダよ、貴様また少し太ったのではないか? 上に立つ者なら多少は摂生するものだぞ」
「ははっ、これは手厳しいご指摘で……」
へこへこと媚びるその男――アクダ・イカーンは、北方辺境伯の地位にある人物だ。
エインフィリア王国北部に存在するロンブル聖王国との国境を守護する任を預かり、広大な領地を治めている。
加えて、街の一つを武器製造の拠点とし、王国騎士団から神殿騎士団に至るまで、あらゆる武器の供給を担っていた。
ベルクハルトにとっても、神殿騎士団団長として無視できない相手である。
「イカーン殿、お久しぶりです」
「ええ、どれほどぶりになりますかな。我らの武器は、お役に立っていますかな?」
「もちろんです。私の得物は特別製ですが、部下たちは大いに世話になっています」
「それは何よりで……」
いつも通りの他愛のない挨拶と世間話。
しかし、その空気に一拍置いてから、ライオネルが静かに息を吐き、イカーンへと視線を向けた。
「何か用があるのだろう? お前は狡猾な男だ。言ってみろ」
「殿下には相変わらず遠慮がありませんな……。では、せっかくですので――ベルクハルト殿に、少々個人的なお話がございます」
「私に、ですか……?」
これまで個人的な話を持ちかけられたことなど一度もなく、ベルクハルトは訝しげな表情を浮かべた。
しかも相手は辺境伯である。厄介な頼み事をされるのではないかと、内心では冷や汗をかいていた。
「正確に申しますと、ベルクハルト殿の御息女について、です」
「カレン……いや、カナンのことですか!?」
イカーンから飛び出した予想外の言葉に、ベルクハルトは思わず目を見開いた。
彼は昔から、子供のこととなると冷静さを保てなくなる癖があった。
「単刀直入に申し上げましょう――その、カナン嬢に縁談を申し込みたいのです」
「え、縁談っ!?」
あまりにも唐突な申し出に、ベルクハルトは声を荒らげてしまった。
周囲の参加者たちが一斉に視線を向けてくるのを感じ、「ごっほん」と咳払いをして、慌てて取り繕う。
「突然の話で驚かれたことでしょう。しかし、私にも相応の覚悟があります。――ご存知の通り、私には後継者がおりません。このまま歳を重ねるだけではいけないと、子を成すことを真剣に考えるようになったのです」
「…………」
ベルクハルトは動揺しながらも、ひとまず話を遮らず、イカーンの言葉に耳を傾けた。
「ベルクハルト殿は神殿騎士団の団長。その御息女ともなれば、必ずや何かしらの資質を受け継いでいるはずです。……カナン殿は幼少期に何度かお見かけした程度ですが、ぜひ一度、正式な縁談の場を設けていただけないでしょうか」
「そ、それは……」
イカーンの眼差しは真剣そのものだった。
その態度にベルクハルトは心を揺さぶられる。――いや、それ以上に、神殿騎士団として日頃から世話になっている相手である以上、立場的に無下には断れない話だった。
しかもこの場にはライオネルもいる。彼は「やれやれ」と言わんばかりの表情を浮かべているが、ここで断れば印象が悪くなるのは避けられない。
ベルクハルトの胸に浮かぶ、最大の懸念。それは、イカーンが密かに囁かれている異名だった。
――『少女趣味』。
イカーンの屋敷で雇われている使用人は年若い者ばかりで、その多くが十代の少女だと聞く。
年齢差を考えれば、好ましくない噂が立つのも無理はない。実際のところは分からないとはいえ、決して良い印象ではなかった。
「……わ、わかりました。一度だけ、機会を設けましょう」
「おお、それはありがたい! さすがはベルクハルト殿ですな!」
ベルクハルトの返答に、イカーンは目に見えて喜色を浮かべた。
苦笑するしかなかったベルクハルトは、彼がその場を去るまで、複雑な表情を崩せずにいた。
「厄介な相手に目をつけられたな。また娘から嫌われるぞ」
「ええ……ですが、顔合わせ程度なら問題ないはずです。カナンは神殿騎士を目指しています。今から結婚など、考えるはずもありません」
「――そうだといいがな」
ベルクハルトは思わず頭を抱えた。
この話をこれからカナン、そして家族に伝えなければならないと思うと、気分は自然と陰鬱なものになっていった。
◇◇◇
「――ああ、ベルクハルト殿……縁談を引き受けていただき、感謝いたします」
その場を離れたイカーンは、誰に聞かせるでもなく独り言を漏らした。
「先ほどは幼少期に見かけたことがあると言いましたが……実のところ、少し前にも偶然その姿を目にしておりましてね」
イカーンは記憶力に自信があった。
成長したカナンの顔つきが、幼い頃のそれとよく似ていたため、他の者たちが気づかなかった男装の違和感にも、彼だけはすぐに気づいたのだ。
「まさか、あの麗しいカナン嬢が男装しているとは……! ああ……今からあの体を好きにできると考えたら本当に楽しみです……じゅるり……」
イカーンの原動力は下半身だった。
だからこそ、その欲望に従い動き続けたことによって今の地位にまで上り詰めたのだ。
ただ、趣味が悪かった。少女を権力と金で囲い、好き勝手していたのだ。
「――それまでは屋敷にいる彼女たちを可愛がることにしましょう」
◇◇◇
「――じゃあ、行ってくるね!」
そう言い残し、縁談の準備のため朝から寮を出ていったカナン。
今日は教会学校が休みの週末だ。俺は彼女の背中を見送り、部屋に残った。
「お、お呼びでしょうかっ」
「主さまぁ、何か用かい?」
カナンが出ていって間もなく、メイド服ではない姿のドロテイアとメディナが、揃って俺の部屋を訪れた。
「昨日も話した通り、今日はルームメイトのカナンの縁談がある。――だが、どうにも嫌な予感が拭えない。だから今日はお前たちの力を借りて、縁談の場所に潜入しようと思う」
カナンは一人で悩み続けていた。だが、俺と話したことで気持ちを整理し、前向きに縁談へ向かっていった。
相手は権力者だと聞いている。何が起きても不思議じゃない。せっかく頼ってくれたのだ、最後まで付き合うつもりで、俺は密かに縁談の会場へ向かう決意を固めた。
――まさか、この時の想像をはるかに超える事態になるとは、思いもしなかったが。