完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――なんでボクが、ここまで着飾らなきゃいけないんだろ……」
馬車に揺られながら、縁談の場であるレストランへと向かうカナン。
彼女は数年ぶりに女性らしい装いを身に纏い、化粧を施し――さらにウィッグまで付けて長髪の姿になっていた。
「仕方ないでしょう? 最初から断ると決めていても、形式上は縁談なんだから。ちゃんと女性らしくしておかないと」
本日は単なる顔合わせのため両親は同行していないが、姉のカレンだけは付き添っている。
「お姉ちゃん……それはわかってるけど……この姿を見せるなら、シュウくんが――」
「ん? シュウくん?」
「な、なんでもないよっ」
「……もしかして、好きな人でもできたの?」
「そ、そんなことあるわけ――だってボクは、神殿騎士になるために男の子として学校に通っているんだから……っ」
うっかり本音を姉に漏らしてしまったと気づき、カナンは頬を赤く染める。慌てて言い訳を並べて取り繕うが、その様子を見れば、カレンが察しないはずもなかった。
「じゃあ今度、教会学校に顔出してみよっかな〜」
「ダメっ! お姉ちゃんは教会学校出身じゃないんだから、関係ないでしょ!」
「そこまで、そのシュウくんに会わせたくないんだ〜」
「そ、そんなわけじゃ……っ」
「ふふ、ごめんごめん。カナンが可愛いから、つい意地悪したくなっちゃって。――だからこそ、今日の縁談はさっさと終わらせないとね?」
「うん……」
昔からカレンは、カナンをからかうのが好きだった。
いつものやり取りを繰り返しながら、二人を乗せた馬車は目的のレストランへと向かっていった。
◇◇◇
「――お待ちしておりました。カナン・アルトリア様」
レストランの前で出迎えたのは、パンツスーツをきっちりと着こなした若い女性だった。おそらくアクダ・イカーン家の使用人だろう。店員に代わり、カナンとカレンを店内へと案内する。
(『少女趣味』……ね。カナンより若いんじゃないかしら)
『少女趣味』――それが裏で囁かれているイカーンの二つ名だった。その一端をいきなり見せつけられ、カレンはわずかに目を細め、案内役の女性の背を見つめる。
「こちらになります」
両開きの扉が静かに開かれる。
中はVIPルームのような個室で、壁際には高価そうな調度品が並び、中央には白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルが置かれていた。
「――カナン嬢! これはこれは、お綺麗になられて……」
小太りで成金然とした印象を与える男――イカーンは、洒落たスーツ姿でカナンを出迎えた。化粧とドレスで着飾った彼女を、上機嫌に褒めちぎる。
(この人がアクダ・イカーン……ダメだ、まったく覚えていない。本当にボクと会ったことがある人なのかな……それに――この人と将来を共にするなんて、想像すらできない……)
元から断るつもりで来てはいたが、イカーンの姿を見た瞬間、カナンの胸にははっきりとした嫌悪感が芽生えていた。
「カナン・アルトリアです。この度は、ボクのような者にお声がけいただき、ありがとうございます」
「いえいえ……! こちらこそ、突然の申し出にもかかわらず、お受けいただけただけで感謝しております」
形式的な挨拶を交わすカナンに対し、イカーンは終始満面の笑みで応じる。
それぞれが席に着いた後、最後にカレンがイカーンへ声を掛けた。
「アクダ・イカーン様。本日は短い時間になるとは思いますが、私の妹――カナンをよろしくお願いいたします」
「カレン嬢でしたな。ええ、もちろんです」
「――じゃあ、カナン。また後でね」
「うん……」
このような縁談の場では、基本的に当人同士が二人きりになるのが慣例だ。
そのため、カレンとイカーンの使用人の女性も、同時に部屋を後にする。
カレンは一度レストランを出てから、再びカナンを迎えに来るまでの間、どこかで時間を潰すことにした。
◇◇◇
「――ここが縁談の場所か」
ドロテイアとメディナを連れ、俺はカナンが縁談を行うというレストランへと足を運んでいた。
当然、招かれざる客を簡単に通すような店ではないだろう。だからこその、このメンバーだ。
「ドロテイア」
「あいよ――<アビスゲート>」
レストラン前の石畳に、闇魔法による黒い裂け目が突如として開く。
俺は二人に目配せし、そのまま深淵へと飛び込んだ。
「ここは……」
転移先は人気のない通路だった。
赤い絨毯が敷かれた、いかにも高級そうな内装で静まり返った空気が漂っている。
このために、ドロテイアには事前に夜中の潜入を頼んでおいた。
一度訪れた場所へ転移できる<アビスゲート>を使うための下準備だ。
「メディナ、ここからは<隠密>でサポートしてくれ」
「は、はいっ」
言った直後、メディナの姿がふっと掻き消える。気配すら感じさせない、まさに規格外のスキルだ。
「ほんっと、この小娘はとんでもない能力を持ってるねぇ」
ハレスでの戦いでは、この<隠密>を駆使してドロテイアの黒爪に一撃入れたらしい。
しかもダンジョンブレイク後、大幅にレベルを上げたと聞く。実際に見たわけではないが、『火毒のナイフ』で高ランク冒険者でも苦戦する魔物を次々と仕留めたそうだ。
「よし、案内してくれ」
「あいよー」
ダークエルフのような姿のドロテイアは、今日はスカートタイプのスーツ姿だ。
この店の店員がスーツらしいと聞き、俺もそれに合わせて服を用意してある。
万一面倒なことになれば、店員を装う算段だ。――だが、早くも違和感が胸をよぎった。
「さすがに人が少なすぎじゃねえか……?」
「アタシも昼間に来たわけじゃないからねぇ。普段は知らないけれど……確かに、気配は少ないねぇ」
本来なら人の気配を察知した時点で<アビスゲート>に退避するつもりだった。
だが、その必要すらないほど静まり返っている。
<アビスゲート>には奇妙な特性がある。転移魔法でありながら、闇の中を通過する際、どの空間にも属さない狭間のような場所が存在するのだ。
つまり、その闇に身を隠せば、この世界のどこにも存在しない空間へ退避できる。ただし欠点として、常時発動していなければならないらしい。
「まあいい。カナンのいる部屋を探すぞ――」
さらに人影のない廊下を進む。
その時だった。コツ、コツ、と足音が近づいてくる。
店員か、あるいは縁談相手の関係者か。
「ドロテイア」
「任せなぁ」
即座に<アビスゲート>が開かれる。
俺たちは闇へと飛び込み、ひとまずその場を離脱した。
――だが、転移先の選択は最悪だった。
「えっ、えっ……きゃああああああっ!?」
「な、なんだぁぁぁっ!?」
<アビスゲート>の闇から抜け出したはずなのに、視界は依然として真っ暗だった。しかも頭上から悲鳴が降ってくる。
目を凝らすと、白い何かが揺れているのが見えた。
……その形に見覚えがある気がする。
「主さま、誰かいたみたいだ」
「ドロテイアっ!?」
ふわり、と何かが頭をかすめた瞬間、急に視界が開けた。天井の明かりが俺を照らし出す。
「あなたたちは誰なのっ!?」
そこは、やけに狭い空間だった。
目の前には、アッシュグレーの髪を肩まで伸ばした目を引く美人。どことなく、誰かに似ている。
「ここ女子トイレなのよ!? 鍵もかけてあるのにどうやって入ってきたのよっ!」
「えっと……トイレ?」
どうやらドロテイアが繋いだ先は、鍵のかかった女子トイレの個室だったらしい。
しかも最悪なことに使用中。俺は目の前の女性のスカートの中から顔を出す形になっていたようだ。……あれは、パンツだったのか。
「もう、わけがわからないわ……。でもスーツを着ているわね。レストランの店員?」
「あ、ああそうだ。店員なんだ。ちょっとトラブってな。トイレ掃除に来ようとしたら、うっかり男子トイレと間違えて女子トイレに――」
「――そんな言い訳、通じるわけないでしょうがっ!!」
ですよねー。
どう考えても、魔法でもない限り地面から人が二人も生えてくるはずがない。
「と、とにかく落ち着いてくれ。俺たちは怪しい者じゃない」
「そうだ、主さまは鬼畜ではあるが怪しくはない」
「お前は黙ってろ……」
「怪しすぎる……っ。ただでさえカナンをアイツと二人きりにしたくないのに……このレストラン、どうなってるのよっ」
「え、カナン……?」
その名前に、記憶が繋がる。
「もしかして、カナンの姉ちゃんか?」
「……そうだけど。カナンを知っているの? 見たところ十代後半……もしかして、教会学校の子?」
「そ、そうなんだ! 俺はカナンの友人で、シュウって言う。姉ちゃんだったら話は早い」
「今、シュウって言った?」
「ん? ああ、シュウだけど……」
名乗った瞬間、彼女の目が疑念から興味へと変わる。きらりと光を帯びた。
「あなたが――」
「――どうでもいいけどさぁ。狭くてたまんないから、場所変えない?」
何かを言いかけた彼女の言葉を、ドロテイアが遮った。
確かにその通りだ。
女子トイレの個室に三人。ぎゅうぎゅう詰めのまま話を続けるには、あまりにも不適切な場所だった。