完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――本当に人がいないのね。店員がいると思ったのだけれど」
カナンの姉と場所を移して通路を歩いていると、彼女もやはりこの人気の無さを不審に感じているようだった。
レストランにしてはあまりにも人が少なすぎる――その違和感は、どうやら気のせいではないらしい。
「もしかして貸し切りなのかしら。それでも……まあいいわ。ひとまずこの部屋を借りましょう」
カナンの姉に導かれるまま、俺たちは誰もいない個室へ入り、適当なテーブルに腰を下ろした。
「――改めて自己紹介するわね。私はカレン・アルトリア。カナンの姉よ」
「俺はシュウ・ミレイスター。ちなみにこっちはドロテイアだ。こいつのことは、あまり深く聞かないでもらえると助かる」
俺の背後に控えさせたドロテイアに、カレンさんがちらりと視線を向ける。だが、俺の言葉通り踏み込んでくることはなかった。
ダークエルフという容姿は教会学校でも珍しいらしく、普段過ごしている使用人用の寮の周辺では、視線を向けられることも多いからか近づく相手には威圧感を与えているのだという。
「カナンがあなたの名前を出していたから気になっていたの。どんな人なのかしらって」
「はは、俺なんてただのクラスメイトだ」
「でも、この場所にいるということは、少なくとも縁談の話を聞いていて、心配だから来たんじゃないの?」
図星だった。俺はカナンが心配でここに来たのだ。
ただ、その前に一つ伝えておくべきことがある。
「まあ、そうなるな……それと、俺はカナンが女性だって知っている。逆に、カナンは俺にバレてないと思ってるはずだ」
「へえ……そうなの? あの可愛さだもの、すぐにバレると思っていたのだけれど、案外そうでもなかったのね」
「クラスの何人かは気づいてたみたいだけど、表立っては言ってないだけだ」
アリーシャとミュウミュウはかなり前から気づいていたらしい。他の生徒はまだ知らないようだが、俺だって幼児化しなければ気づかなかっただろう。
「それで――カナンの縁談相手って、どんな人物なんだ?」
正直、カナンからはほとんど情報を聞いていない。偉い人という程度しか知らない俺は、そこを確かめておきたかった。
「相手はアクダ・イカーンという北方辺境伯よ。広大な領地を持っているだけでなく、主に王国騎士や神殿騎士の武器製造を担っているの。国への貢献度は計り知れないわ」
武器製造――しかも王国騎士と神殿騎士の装備。
聞くだけで相当な地位の人物だと分かる。王族ほどではないにせよ、並の貴族とは格が違う。
「そんな大物が、どうしてカナンに?」
「私だって本人に聞きたいわよ……神殿騎士団長として活躍するお父さんの血を引いていて、将来有望だとか言ったらしいけれど……」
ベルクハルトの血筋。神殿騎士団長という肩書きだけで、教会の中枢に近い存在だ。その娘となれば、高位の貴族が目をつけても不思議ではない。
「でもね、そのイカーン、裏では『少女趣味』なんて呼ばれているの」
「『少女趣味』?」
嫌な響きが耳に残る。
「お金と権力があれば、大抵のものは手に入るわ。使用人も護衛も、周囲を好みの人材で固めることだってできる。イカーンは屋敷に滞在させているほとんどの人間を若い女性で囲っているらしいの」
「ロリコンか……」
「趣味が悪いでしょう? だからこそ、カナンのためにも縁談は一刻も早く白紙にしたいの。カナンがきっぱり断れば終わる話だけれど、今日はしばらく二人きりにさせないといけないし……」
最初から相手の嗜好が分かっている以上、カレンさんが焦るのも無理はない。
俺も同じ気持ちだった。カナンはまだ十七歳だ。若さと容姿目当てで迎えられる未来など、まともなものとは思えない。
「――今からでも乗り込んでぶち壊したいところだけど、相手は北方辺境伯だ。不敬を働けば、カナンの家にも迷惑がかかるよな」
「ええ……だからこそ厄介なの。今は縁談が終わるのを待つしかないわ」
せめて様子だけでも確認できないか。
そう考えはじめた、その時だった。
「――シュ、シュウ様っ!!」
バタンと扉が開き、血相を変えたメディナが飛び込んでくる。
今回は彼女に自由行動を任せ、何かあれば報告するよう伝えていた。レストランに入ってからは別行動だったのだ。
アサシンのジョブを持つ彼女は気配察知に優れており、一定の距離内なら俺の居場所も把握できるらしい。だからこそ、ここを突き止めたのだろう。
「メディナ、どうした!」
「カ、カナンさんがいませんっ!!」
「なんですって!?」
その報告に、カレンさんが勢いよく立ち上がる。
「どういうことか説明してくれ!」
「さ、さっきまで気配があった部屋を見つけて、<隠密>を使ったまま中を確認したんです。でも……誰もいなくて。料理だけがテーブルに残っていて……」
「……カレンさん!」
「っ、向かうわ!」
辺境伯ともあろう人物が、神殿騎士団長の娘に対して強硬手段を取るだろうか。
常識的に考えればあり得ない。カレンさんも近くにいるのだ。教会に喧嘩を売るような真似になる。
だが、事実としてカナンは消えた。
俺たちは急いで部屋を飛び出し、カナンがいたはずの場所へと駆け出した。
◇◇◇
「ほ、本当にいない……確かにこの部屋だったはず……」
豪奢な雰囲気の個室に足を踏み入れると、中央の丸テーブルに料理が並んでいるだけで、向かい合う二つの椅子には誰の姿もなかった。
「どうなってるんだよ……。けど、この料理……いや、今はそれより――しばらくしたらカレンさんも戻ってくる予定だったんだろ?」
「そうよ……それなのに、カナンが勝手に動くはずがないわ……どういうことなのっ」
どうやらカレンさんにも理解できない状況らしい。
俺にも訳がわからない。二人そろって一時的に席を外した――なんてことは、さすがに考えにくい。
「――この部屋、奥にも扉があるよ」
それまで黙っていたドロテイアの一言で、俺ははっとする。
入口とは別に、もう一つ扉があったのだ。
事前にドロテイアを潜入させていたからか、レストランの中はほぼ把握しているようだ。
俺は急いでその扉を開け放ち、続く廊下へ飛び出した。
「いない……。ドロテイア、この先はどこに繋がってる!」
「その奥は――裏口さ」
「っ……!」
胸に引っかかっていた嫌な予感が、現実味を帯びる。
もしこの先が裏口だというのなら、カナンはイカーンに連れられて外へ出た可能性がある。
だが、カナンがカレンさんに何も告げずに立ち去るだろうか。
あのカナンなら、たとえ急用でも一言くらい残すはずだ。いや、普通はそうする。
俺たちは裏口の扉を押し開け、外へ出た。
そこは表通りと同じ石畳の路地で、多くの人々が行き交っている。
――カナンの痕跡は、見当たらない。
「カナン……どこへ行ってしまったの……」
カレンさんの不安げな声は、通行人たちのざわめきにかき消されていった。
「……行方が分からないまま闇雲に動くのはまずい。だが、一つ気になることがある。あの部屋に戻ろう」
「え……?」
ずっと引っかかっていた違和感。
だがまずはカナンの姿を、と考えて奥へ向かった。しかし、やはり確かめるべきことがある。
◇◇◇
「…………シュウ様……?」
カナンが縁談をしていたという部屋に戻った俺たち。
俺は丸テーブルの上に並べられた料理を、じっと見つめていた。
その不可解な様子に、メディナが不安げに首を傾げる。
「――やっぱり、どこかで見たことがあると思ったら……!」
「シュウくん、何かわかったの!?」
思い出したのは、イアシスの村にいた頃、何度かババアに聞かされた話だ。
そもそも、この料理の配置は食事の場としてどこか不自然だった。
『――シュウ、覚えておきな。左右に火を灯した燭台、白い花を活けた花瓶。向かい合わせに並べたパンとスープ、ぶどう酒の入ったグラス。――そして中央には十字架を置く』
『これはね、力のない者でも条件さえ満たせば発動できる、特別な儀式さ』
料理とその配置で成立する、特異な儀式。
もし俺の予想が正しければ、イカーンはこの場でカナンに何かを施したことになる。
そして、その儀式の名は――
「――『秘蹟《サクラメント》』」
俺は三人の前で、低くそう告げた。