完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――この感じだと、消えてから二十分は経ってるねぇ」
魔力の残滓――あるいは魔族にしか察知できない何かを感じ取ったのか、ドロテイアがそう告げた。
「今から追うのは厳しいか……」
「ど、どうしよう……カナンに何かあったら、私……」
カレンさんが不安を滲ませる。
このまま何もせず帰るなんて、できるはずがない。だから俺は、彼女に向き直った。
「カレンさん、ここからは俺たちに任せてくれ」
「でも……」
「必ずカナンを見つけ出して、連れて帰る」
カレンさんがいると、全力では動けない。
なりふり構わず探すなら――言い方は悪いが、彼女の安全を気にしている余裕はない。家で待っていてもらうほうが、むしろ助かる。
「……本当に、連れ帰ってくれる?」
「ああ、約束する」
俺の言葉を信じ、カレンさんは用意してあった馬車で家へ戻っていった。
「さて……ドロテイア、手はあるか?」
「方角だけなら大まかな位置は掴めてるよ。転移はできる。でも、そこから先の特定はアタシでも難しいね」
「メディナなら、もっと絞れるか?」
「近くまで行ければ、あるいは……」
「やるしかないな――ドロテイア、頼む」
「あいよ」
今は二人の力にすがるしかない。
少しでもカナンに近づければ、道は開けるはずだ。
一度レストラン内へ戻り、俺たちはドロテイアの<アビスゲート>で転移した。
◇◇◇
「ここは――」
気づけば、俺たち三人はどこかの屋根の上に立っていた。
人目につかない位置なのは幸いだが、眼下に広がるのは見覚えのない景色だ。
「あっちにルミナパレス……こっちが――王城か」
大きな建物の位置関係から察するに、ここは北地区。
王城の周囲に広がる、いわゆる貴族街だ。
実際、足元の屋敷も相当な広さがあり、周囲を見渡しても同じような邸宅ばかりが並んでいる。
「……広すぎるな」
あまりに広大で、どこに何があるのか見当もつかない。
だが一つだけ確かなことがあった。
「イカーンの屋敷も、この中にあるってことか……?」
北方辺境伯。莫大な資産を持つ男だ。
ならば、この中でもひときわ大きな屋敷を構えているはずだが――ここから先はメディナ頼みだ。
「――どうだ、わかりそうか?」
「…………」
「おい小娘、主さまが聞いているだろう!」
「ひゃい!?」
ドロテイアに一喝され、集中していたメディナが飛び上がる。
「あんまりいじめるなよ。仲間歴でいえばメディナのほうが先輩だぞ。お前は後輩だ。ちゃんと敬え」
「ぐっ……小娘ぇ……」
命令には逆らえないドロテイアが、悔しげに歯を噛みしめる。
「あ、あの……正確な場所までは……でも、転移を繰り返せば、レストランと同じ気配を辿れるかもしれません」
「よし、スピード勝負だ。ドロテイア、この一帯を転移しまくってくれ!」
「……あいよ」
こうして俺たちは何度も転移を繰り返し、メディナが反応を示すのを待った。
◇◇◇
「おお……これは、カナン嬢。見違えるほど美しい……」
イカーンの別邸、その大広間。
小規模ながら、催しが開かれていた。
純白のドレスに身を包み、ヴェールを被った美少女が、二人の少女に裾を支えられながら中央へ進む。
「イカーン様。あなたのために、ウェディングドレスを纏いました」
「……素晴らしい。言葉が見つかりません」
高揚を隠しきれない。
穢れなき心も体も、これから自分のものになる――そう思うだけで、笑みがこぼれる。
イカーンもまた、白のタキシード姿だ。でっぷりとした腹が目立つが、本人は意に介していない。
「イカーン様、式をはじめてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします――はじめましょう。私たちの結婚式を」
簡易的な机の前には、神父風の衣装を纏った少女が立つ。
手にした聖書を開き、新郎新婦へと静かに問いかけた。
「女神アルテミシアのお導きのもと、健やかなるときも病めるときも、互いに支え合い、高め合うことを誓いますか?」
「誓います」
イカーンは即座に答えた。
そして、カナンは――
「…………っ」
「カナン嬢?」
カナンの唇が、小さく震える。
本来なら、ここで迷いなく「誓います」と口にするはずだった。イカーンの思惑通りであれば。
だが、その言葉が出ない。
「ぁ……う……っ」
「カナン嬢、私との結婚を拒むと?」
「…………でき……な、い……っ」
イカーンは目を見開き、次の瞬間には高らかに笑い出した。
「はははははっ!! あれほど準備し、強力な『秘蹟』を施したというのに、それに抗いますか! 見事だ……さすがはベルクハルト殿の娘。その精神力、実に素晴らしい……!」
しかし、このままでは目的は果たせない。
この結婚の儀式によって、カナンを完全に縛るはずだったのだ。
一度、女神アルテミシアの名のもとに婚姻を誓えば、それは強固な誓約となる。
口約束や書面とは違い、神への誓いは容易に破れない。
「イカーン様、いかがなさいますか?」
神父役の少女が問う。
「ああ……穏便に済ませたかったのですが、やむを得ません。――カナン嬢を寝室へ。ドレスを脱がせなさい」
低く冷たい声。
控えていた二人の少女が、従順にカナンへと近づく。
拒絶の言葉を口にしたとはいえ、カナンはなお『秘蹟』の影響下にあり、抗えない。
――その時だった。
ガシャン、と窓ガラスが砕け散る轟音が、大広間に響き渡る。
「何者だ――! 全員、集まれ!!」
異変を即座に察知するあたり、辺境伯の座に上り詰めた男の勘は伊達ではない。
別邸とはいえ、護衛は十分に配置していた。
次々と扉が開き、現れたのは正装の少女たちとは異なる装いの者たち。
黒衣に身を包み、長短さまざまな武器を手に、侵入者へ備える。
割れた窓から姿を現したのは、二人の人物。
「――私が誰かわかっているのですか! ただでは済みませんよ! 必ず仕留めなさい!」
「「はい!!」」
号令とともに、少女たちが一斉に襲いかかる。
本来なら、その二人は瞬く間に討たれていたはずだった。
目の前の少年が、静かに呟くまでは――
「――<完全解呪・反転>」
瞬間、時が止まったかのように。
襲いかかった少女たちが、次々と崩れ落ち、床へ倒れ伏した。