完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
――イカーンの屋敷に侵入者が入り込む、少し前のこと。
貴族街の屋敷の屋根へと転移を繰り返し、メディナが反応を捉えるのを待った。
だが、カナンの気配はなかなか掴めず、焦りだけが募っていく。
「メディナ、気配は掴めないか?」
「あ、うぅ……ま、まだです……」
「お前だけが頼りだ。無理するなとは言えない状況だが……信じてるぞ」
懸命に集中するメディナの頭を撫でると、彼女はぎゅっと拳を握り、さらに感覚を研ぎ澄ませた。
「次、いくよ」
ドロテイアが転移魔法を発動し、俺たちは闇に呑まれる。そして次の瞬間、別の屋根へと姿を現した。
目の前に広がったのは、王城のほど近い場所だった。
これほど間近で王城を見るのははじめてだ。城壁はあまりに高く、いくら跳躍力があっても簡単に越えられるとは思えない。
城門も柵ではなく、重厚な素材で造られた巨大な扉。複数人でようやく開閉できそうな造りだった。
「……もう、手段を選んでいる場合じゃないか」
最初からこうしていればよかったのだ。
カナンの家に迷惑がかかることや、自分の正体が不特定多数に知られることを恐れて、無意識に一線を引いていた。
だが、今動かなければカナンがどうなるかわからない。
どのみち突入するつもりなら、人目など気にしている場合ではない。
「えっ、シュウ様……!?」
俺はメディナとドロテイアを残し、屋根から飛び降りた。
その先には、護衛騎士に囲まれながら豪奢な馬車から降りたばかりの人物がいた。
「いきなり悪い! ちょっと聞きたいことがある!」
突然、上空から現れた謎の男。警戒されないはずがない。
「貴様! 下がれ! 何者だ!」
銀の鎧を纏った護衛騎士の一人が剣を抜き、他の三人も同様に構える。
「待て……俺に何か用か」
金髪の男が一歩前に出て、騎士たちを制した。
俺より年上で、その佇まいには只者ではない威圧感がある。王城へ向かうところだったのだ、王族か上位貴族の可能性が高い。
「アクダ・イカーンという人物の屋敷を探している! 場所を教えてくれ!」
「イカーンだと……? なぜ奴の屋敷を探す」
失礼な乱入者にもかかわらず、男は会話に応じてくれる。
「……俺のクラスメイトが、そのイカーンと望まない縁談をしていたんだ。だが突然、拉致されて行方がわからなくなった!」
「拉致……それが事実なら穏やかではないな」
「理由はわからない。だが縁談の場だったレストランには、『秘蹟《サクラメント》』が施された痕跡があった!」
「『秘蹟』……お前、教会学校の者か?」
この男は『秘蹟』を知っている。
なら話は早い。
「そ、そうだ! カナン・アルトリアだ! 俺はあいつを助けたい! だからイカーンの屋敷を教えてくれ!」
「屋敷へ行って、どうする?」
だが、男はすぐには教えない。俺を見極めているのだろう。
「……最悪、力ずくで連れ戻す。相手は拉致の可能性があるんだ。こっちだって手段は選ばない」
「友のためなら、そこまでできると?」
「当たり前だ」
男は目を細め、俺をじっと見据える。
獅子のような気配に、一瞬気圧されそうになる。
「アルトリアの子は特別クラスだったな……なら、アリーシャという人物を知っているか?」
なぜか、ここでアリーシャの名が出た。
戸惑いながらも、俺は答えようと口を開いた。
「ん、ああ。アリーシャは俺の友人だ。少し語気は強いが、悪いヤツじゃない。うまくやってるよ」
「ふふ……ふははははっ!」
突然、男性が腹の底から笑い声を上げた。
周囲を固めていた護衛騎士たちも、困惑したように顔を見合わせている。
「そうか、そうか。お前はアリーシャの友人か」
「そうだ」
「――イカーンが拉致などという暴挙に出るとは考えにくいが……いいだろう、教えてやる」
「本当か!」
男はニヤリと笑い、金色の髪をかき上げながら続けた。
「暗くて見えづらいかもしれんが、屋根に赤い旗があるだろう。あれが奴の商会の紋章だ」
「っ……ありがとう! 返せるかわからないが、この恩は忘れない! ――ドロテイア、メディナ! 行くぞ!!」
場所を聞いた瞬間、屋根の上で待機している二人に向けて叫ぶ。
「名は何という」
「俺はシュウ、シュウ・ミレイスターだ!」
「シュウか……覚えておこう」
名を告げるや否や、俺は即座に動いた。
「――<エアブースト>!」
風魔法を発動し、地面を蹴る。
身体は一気に宙へと舞い上がり、そのまま屋根伝いにイカーンの屋敷へと一直線に駆けた。
◇◇◇
「――殿下、あの者は一体……教会学校の生徒とはいえ、あそこまで高く、しかもあれほどの速度で跳べるものでしょうか……」
シュウの姿が完全に見えなくなると、護衛騎士の一人が金髪の男性へと問いかけた。
「さあな……だが、シュウか。アリーシャも面白い友を持ったものだ」
殿下と呼ばれた男は、どこか愉快そうに目を細める。
「友のために迷わず動ける者は貴重だ……これで俺も、少しは安心できるかな」
そう呟き、懐から一つのペンダントを取り出す。
城門へ歩み寄り、手にしたそれを静かにかざした。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
重厚な城門の中央に光が走り、地を震わせるような低音とともに動き出す。
本来なら複数人でなければ開けられぬ巨大な門が、たった一人の所作でゆっくりと開かれていった。
「ありがとうございます。では馬車へ――」
「ああ」
再び馬車へ乗り込むと、開いた城門の内へと進んでいく。
金髪の男性――ライオネル・エインフィリアは、窓越しに月明かりを見上げていた。
◇◇◇
「……ここか」
俺たち三人はイカーンの屋敷へ辿り着き、外壁を囲む塀に登って中の様子を窺った。
「シュ、シュウ様、あれ……!」
メディナが息を呑み、ある一点を指差す。
視線を向けると、そこには大きな広間らしき部屋があり、いくつもの窓から明かりが漏れていた。
「――カナンっ!!」
中で行われていた光景は、信じ難いものだった。
白い礼服を纏ったイカーンと思しき男の向かい。
そこに立っていたのは、純白のウェディングドレスを身にまとったカナンだった。
長く整えられた髪に、丁寧に施された化粧。
その姿は息を呑むほどに美しく――まさに花嫁そのものだった。
「……結婚式だと?」
その光景を見て、ようやく理解する。
神父のような装いの少女。周囲にはスーツ姿の少女たち。規模こそ小さいが――紛れもなく結婚式だった。
「――メディナ! <隠密>でサポートしてくれ! ドロテイアは俺と窓を破って突入するぞ!」
「は、はいっ!」
「あいよ」
指示を出した瞬間、メディナの気配がふっと掻き消える。
俺はドロテイアとともに塀を蹴り、一番大きな窓へと一直線に飛び込んだ。
ガシャンッ、と派手な音を立ててガラスを突き破り、大広間へ着地する。
「何者だ――! 全員、集まれ!!」
イカーンが即座に叫ぶ。
次々に扉が開き、黒衣を纏った少女たちが広間へなだれ込んできた。手にはそれぞれ武器。完全に侵入者として認識されたらしい。
「――私が誰かわかっているのですか! ただでは済みませんよ! 必ず仕留めなさい!」
「「はい!!」」
号令とともに、少女たちが一斉に襲いかかる。
悪いが、いちいち相手にしている時間はない。
だから――
「――<完全解呪・反転>」
詠唱と同時に、少女たちの動きがぴたりと止まる。
手から武器が落ち、そのまま床へと崩れ落ちた。
「なっ!? 何が起きたのですか!?」
イカーンが狼狽する。
「<完全解呪・反転>」
「うごおおっ!? 腰がああっ!?」
少女たちには<麻痺>を。
そしてイカーンには<ぎっくり腰>をかけた。
腰を押さえて転げ回るその姿に、もはや威厳はない。
「なんだい、久々に暴れられると思ったのに」
「何もない方がいい」
ドロテイアのぼやきを背に、俺はカナンへ駆け寄る。
だが、事態はそれで終わらなかった。
「――イカーン様に、何をするんだ!!」
「なっ!?」
ウェディングドレス姿のカナンが、床に落ちていた剣を拾い上げ、俺へ斬りかかってきたのだ。
咄嗟にロングソードで受け止める。
「カナン! どうした! いつものお前じゃないぞ!」
「うるさい! ボクは……ボクは……イカーン様の…………っ」
その瞬間、カナンの目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
「お前……やっぱり術にかかって……」
『秘蹟』による術。
だが彼女は必死に抗っているのか、言葉と表情が噛み合っていない。
「――っ! ここから立ち去れ! これは……ボクとイカーン様の結婚式なんだ! だから、お前なんかに……お前なんかに…………っ」
涙を散らしながら、カナンは剣を振るう。
俺はそれを弾き、いなし、受け流す。
弱い。弱すぎる。
俺のレベルからすれば、恐らく多くは弱者なんだろう。
だが――今のカナンは違う。
本来の実力じゃない。
神殿騎士見習いとして鍛えたお前の剣は、もっと鋭く、もっと迷いがなかったはずだろうが……!
「――っ!!」
俺は思いきり剣を振り抜き、カナンの剣を弾き飛ばした。
そして右手を彼女へと向ける。反転の指輪が小さく煌めいた。
「――<完全解呪・反転>」
「ぁう…………っ」
次の瞬間、カナンの身体がふらりと揺れ、そのまま力なく眠りに落ちる。
「カナン、ごめんな。今は許してくれ……」
彼女にかけたのは、ドロテイアの<スリープ>。対象を眠らせる闇魔法だ。
少し前に俺自身で受けておいたことで、<完全解呪・反転>により扱えるようになっていた。
小さな寝息を立てるカナンを抱き上げ、近くの椅子へそっと座らせる。
「さて……イカーン。話を聞かせてもらうぞ」
<ぎっくり腰>で倒れ込んでいるイカーンへ歩み寄る。
なぜこんな蛮行に及んだのか、確かめるためだ。
カレンもあの金髪の男も、イカーンがこんな目立つ方法で拉致をするとは思っていなかった。
ならば、そこには相応の理由があるはずだ。
「ぐぅっ……腰がぁ…………」
「おい、聞いているのか!」
俺はイカーンの襟首を掴み、強く引き寄せた。
「な、何をしたのかは知りませんが、ねぇ……あ、あなた達はここで終わり、です……っ」
「あぁ?」
広間の連中は全員倒れている。
まだ何かあるというのか。確かに隠れている護衛がいる可能性は否定できないが……。
「わ、私を助けろおおっ!!」
「お前、何を――っ」
イカーンが俺に掴まれたまま、突然大声で叫んだ。
「ドロテイア! 気をつけろ!!」
嫌な気配を察し、即座に叫ぶ。
直後、ガキンッ、と刃がぶつかる音が広間に響いた。
視線を向けると、ドロテイアが黒爪でナイフを受け止めている。
「――とと……まさか僕の刃をこうも簡単に防がれるとは。ふふ、なかなかの手練だね」
一撃を放った相手は、そのまま大きく後方へ跳んだ。
「ほう……お前のツインエッジを防ぐか……面白いじゃねえか」
敵は一人ではなかった。
両手に二振りのナイフを構えた男の背後に、もう一人の男が音もなく現れる。
「お前らは何者だ。イカーンの護衛か?」
正直、護衛というにはあまりに荒々しい。
黒を基調とした服装だが、よく見れば刃物による裂傷でぼろぼろだ。
一見すれば、野盗と見紛う風貌だった。
一人は両手にナイフを持った赤髪の糸目。
もう一人は腰に剣を提げ、俺と同じ灰色の長髪にターバンを巻いた男だ。
「ああ、俺たちはそいつの護衛だ。少し前に雇われた」
「そうか。なら話は早い。俺はイカーンを殺すつもりはない。花嫁にされかけた子を連れ戻しに来ただけだ」
これで引くなら、それでいい。
俺だって無用な戦いは望んでいない。
だが、そう甘くはなかった。
ターバンの男が、ゆっくりと腰の剣を抜いたからだ。
「はは、このまま帰れると思ってるのか? だとしたら頭が湧いてやがるなぁ、スレイマン?」
「お頭ぁ……僕の名前、出しちゃだめでしょうに」
「悪い悪い。ま、ここで殺せば問題ねえだろ?」
スレイマン……聞き覚えのない名だ。
護衛が名を晒すのは不都合なのか。見た目は野盗そのものだが、裏稼業専門の用心棒といったところかもしれない。
それにしても、助けに出てくるのが遅すぎる。
「ドロテイア……手加減はするな」
「ああ、主さま。その言葉、待ってたよぉ……ッ!!」
身体が告げている。
こいつらは只者じゃない。
軽口を叩いてはいるが、纏う気配が異質だ。
ドロテイアにも余裕は持たせられない。
俺も剣を構え、避けられぬ戦いに備える。
「お前はあのダークエルフをやれ。生け捕りにできれば、面白いことができるかもしれんぞ」
「はいはい……面白いことって、お頭がやりたいだけでしょうに」
「はっはっは、細けぇこと言うな。じゃあ俺は、あっちの目つきの悪い少年だ」
相手は決まった。
広間に、重たい静寂が落ちる。
「――――っ!?」
瞬きをした、その刹那。
ターバンの男の姿が掻き消えた。
「ほう……これが見えるか。面白い」
グレンの<陽炎>のように消えたかと思えば、いつの間にか俺の懐へと踏み込み、剣を振り抜いていた。
だが俺は咄嗟に剣で受け、火花を散らして弾き返した。
……魔技の類ではない気がする。
純粋な速度か、それとも別の技術か。
ただカナンを連れ帰るだけのはずだったのに。
どうやら、とんでもなく厄介な相手に出くわしてしまったらしい。