完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「ダークエルフなんて、エルフの里でもなきゃ見られないと思ってたけど……こうして直に拝めるなんて、僕は幸運だねぇ」
二振りのナイフを構えた赤髪の男、スレイマン。
余裕めいた立ち振る舞いは相手を見下しているのか、それとも素なのか。
だがドロテイアにとっては、どちらでもよかった。
「ザコ人間、どうでもいいからさっさとかかってきなぁ!」
「ずいぶん好戦的だ……では――ッ!」
スレイマンの姿がふっと掻き消える。
先ほどのターバン男と同じ類の高速移動。
だがドロテイアは黒爪でそれを難なく受け止め、振り払った一撃でナイフの片刃を欠けさせた。
「あれぇ……どうなってるんだ? エルフ族は魔法や遠距離主体の種族だと思っていたけれど、僕の思い違いかなぁ」
ナイフよりも硬い爪など常識外れだ。
装飾のために伸ばしているわけではない。その強度にスレイマンは目を細める。
「なら――その通り、魔法を使ってあげようじゃないか」
「僕を捉えられたら――ぐッ!?」
再び姿を消そうとした瞬間。
ドロテイアが軽く右手を振っただけで、スレイマンの胸元に闇が渦巻き、身体が吸い寄せられるようによじれた。
「ガハッ……闇魔法……しかも、かなりの上級……」
口から血を吐き、胸元からも血が滴る。
ここまでの使い手は、彼の経験にもなかったらしい。
「もうおしまいかい? アタシの魔法から逃れただけでも褒めてやりたいけど、主さまに手を抜くなって言われてるからねぇッ!!」
間髪入れずに肉薄する。
先ほどのスレイマン以上の速度で床を蹴り、懐へ潜り込むと、黒爪で心臓を狙った。
「――ッ! このままで終わると思ったら大間違いだよ。僕だってお頭に認められてる身なんでねッ!」
「防戦一方で何を!」
「ああ、本当は使いたくなかったんだけどなぁ――」
黒爪は辛うじてナイフで受け止められるが、刃は次々と欠けていく。
実力差は明らか――のはずだった。
スレイマンが小さく呟いた直後、ドロテイアの身体に異変が走る。
「――動か、ない……ッ」
「はぁ、はぁ……これ、一戦で一度きりしか使えないし、魔力もごっそり持ってかれるんだよなぁ……」
「お前……魔眼持ちか……」
糸目だった右眼が、ゆっくりと開かれる。
その瞳には奇妙な術式が渦巻いていた。
ドロテイアの身体は金縛りにあったように硬直していた。
「ゆっくり、ゆっくり貫いてあげるね……」
そう言って、スレイマンはドロテイアの腹部へナイフを突き立てた。
「……とてつもなく硬いな。でも、ほら、血は出る……」
刃は深くは入らない。だが確かに血が滲み、床へと滴っていく。
痛みを楽しむかのように、ゆっくりと押し込んでいく。
「さあ……もう少しで――」
「――――」
「な……動かないッ!?」
その瞬間、ナイフがそれ以上進まなくなった。
腹の奥へ、どうしても刺し込めないのだ。
「――ザコが」
「ぶへぁッ!?」
ドロテイアは思いきり右腕を振り抜き、黒爪をスレイマンへ叩き込んだ。
左肩が大きく抉れ、その衝撃で吹き飛んだスレイマンは壁際へ激突し、身体がめり込む。
「ぅ……ぁ……ッ」
呻きながら、彼はドロテイアの異常な強さに思考を巡らせた。
(僕の魔眼が、あんな短時間で解除されるはずがない……それに、あの硬さ……レベルが異常値とでもいうのか……?)
「この程度でアタシが死ぬと? 主さまの刃のほうが、数百倍痛かったよ」
ドロテイアは右腕をさすりながら、ハレスでの戦いを思い返す。
あの時はたった一撃だった。誰にも斬られたことのなかった腕を、シュウは容易く斬り飛ばした。
「……ふッ、これでいい」
腹部にぐっと力を込める。
流れていた血は止まり、気づけば傷口さえ綺麗に塞がっていた。
「こっちは片付いた。主さまは――」
◇◇◇
「まさかスレイマンがああもあっさりやられるとはな」
「仲間がやられたってのに、随分余裕だな」
隣の戦いは、一瞬で終わった。
敵は奇妙な力を使ったようだが、ドロテイアには通じなかったらしい。
対してこちらは、ターバンの男が俺の動きを探るようにヒットアンドアウェイを繰り返している。
本気とは言い難い、様子見の戦い方だ。
本来なら、風魔法で一気に畳みかけたい。
だがここは屋内だ。<エアスラッシュ>を一発でも放てば、建物ごと崩れかねない。
だから俺は、魔法に頼らない戦いを強いられている。
それに――なぜか<完全解呪・反転>がこいつには効かなかった。
ブルドグの時もそうだったが、状態異常を防ぐ装具がこの世界には存在するらしい。
よく見ればターバン男は、首飾りに指輪、腕輪と複数の装飾品を身につけている。
もしかすると、あれら全てが特別な力を宿しているのかもしれない。
<完全解呪・反転>は相当なチート技だと思っていたが、どうやら、それなりの強者には通じないと考えた方がよさそうだ。
「そろそろ戦い方を変えてやろう」
「そうか。ならこちらも――」
ターバン男の雰囲気が変わる。
そもそも違和感はあった。
奴の剣はただのロングソードではない。よく見れば刃の形状が異様で、どうやって斬るのか疑問に思う構造だった。
だが、答えはすぐに知れる。
「ふ――ッ!」
腰を落とし、腕を引く。
そして、先ほどと同じく姿が掻き消えるような術技で一気に間合いを詰め、俺の首元へ剣先をねじ込んできた。
剣に詳しいわけではない。
だが前世の知識からすれば、これは刺突剣――いわゆるレイピア系統の武器だ。
斬るのではなく、貫く。
ターバン男は連続で突きを放ち、正確に急所を狙ってくる。
「これでも当たらないか! ははッ、若く見えるが何者だお前ッ!」
笑いながら、なおも突きを繰り出す。
「何者だっていいだろう? ――それに、受けてやるよ」
「あ――?」
奴の表情がわずかに変わる。
俺はあえて、その突きを受けた。
狙わせたのは胸元だ。
「なんだ、そのローブは……」
「どうやら、お前ほどの手練でも貫けないらしいな」
刺突は確かに命中していた。
だがローブを貫けない。
確信を得た俺は、柄を強く握り締め――鬼神のごとくロングソードを振り上げた。
「ぐ――ッ」
腹部から胸元にかけて、深く斬り裂く。
筋骨隆々とした体から血飛沫が舞う。
「どうした。それで終わりか?」
「ふふ……ふはははははははッ!!」
血を滴らせながら、ターバン男は高らかに笑う。
「何がおかしい」
「いや、面白い。若さに見合わぬ強さだ。それに、この毒を塗ったミゼリコルデでも貫けないとは……普通じゃないな」
毒、か。
ローブを見下ろすと、確かに薄く液体が付着している。
そして、ミゼリコルデ――どうやら刺突剣の名らしい。
「――スレイマン、行くぞ」
「お頭ぁ……もうボロボロですよ……」
ターバン男は剣を収め、壁にめり込んでいたスレイマンを呼ぶ。
重傷のはずだが、どうにか壁から身を引き剥がしてきた。
「お前、名前は?」
「名乗らねえ奴に教えるかよ」
「ふッ……それもそうだな。――お前のことは覚えておく」
「そっちのダークエルフのお姉さんも、またね〜」
ターバン男は懐から玉のようなものを取り出し、床へ投げつけた。
白煙が一気に広がる。
数秒後、二人の姿は消えていた。
「主さま、逃がしてよかったのかい?」
「ああ。目的は殺すことじゃない。今はカナンを無事に連れ帰るのが最優先だ」
大広間は戦闘の痕で荒れ放題だ。
だが、倒れているイカーンや少女たち、そしてカナンに直接の被害はなかった。
そして、倒れている少女の一人へと歩み寄った。
「…………悪いが、触らせてもらうぞ」
「な……ひぁっ!?」
倒れていた『麻痺』状態の少女に手を伸ばし、<完全解呪>を発動する。
柔らかなお尻を撫でるようにさすった。
十数秒ほどで、少女の身体から力が戻っていった。
「この状況で逃げるとは思っていないが、話を聞かせてもらう」
少女は小さく頷き、素直に従った。
そして――彼女の口から出た言葉に、俺は思わず目を見開くことになる。
「見知らぬ方々、まずはお礼を。――ありがとうございます」
立ち上がったスーツ姿の少女は、なぜか俺たちに深々と頭を下げた。
どういうことだ。
状況だけ見れば、俺たちは敵のはずだろう。
「意味がわからん。説明してくれ」
「はい……イカーン様は元より、このようにカナン様を強引に連れ去るような手段を取る方ではありません」
それはカレンさんと金髪の男性も言っていた。
俺もずっと引っかかっていた点だ。
カナンは神殿騎士団長の娘だ。そんな相手に強硬手段を取れば、どうなるかなど想像に難くない。
「なら、なぜそんなことを?」
「――全ては、先ほどあなた方を襲った二人を、イカーン様が護衛として雇ったことから始まりました」
「は……あいつらが?」
まったく予想していなかった話だ。
確かに怪しい連中ではあった。だが、護衛に雇っただけでここまで変わるものなのか。
「あの二人がイカーン様に何をしたのかは分かりません。ですが、明らかに変わられたのは、あの二人が来てからなのです」
「じゃあ……イカーンは本気でカナンと結婚するつもりだったわけじゃないのか?」
「……カナン様は確かに、イカーン様のお好みなのでしょう。ですが、イカーン様の側には私たちがいます。結婚という形を取らずとも、問題はなかったはずなのです」
話を聞くたびに、イカーンという男の印象が揺らいでいく。
俺の中にあったのは『少女趣味』の変態貴族という単純なイメージだけだ。
それが強すぎて、他の側面を見ようともしなかったのかもしれない。
「お前たちは、無理やり働かされているわけじゃないのか?」
「とんでもございません。私たちは皆、身寄りのなかった者です。イカーン様はそのような私たちを引き取り、大事に育ててくださいました。体を求められたことも一度もありません。むしろ……私たちの方からご奉仕しているのです」
そこまで聞いて、思考が一瞬止まる。
「マジかよ……」
俺は額を押さえた。
「じゃあ悪い奴じゃないのかよ……。なら、カナンにこんなことをした俺の怒りは、どこにぶつけりゃいいんだ……っ」
まさか、こんな展開になるとは。
事件が片付いた暁には、イカーンに相応の罰を受けさせるつもりでいた。
だがもし、裏で糸を引いているのがあいつらだったとしたら――
俺は、完全に見誤っていたのかもしれない。
「それについては大変申し訳ございません。私たちもイカーン様の命令は絶対遵守で行動しておりましたので……異変に気づきながらも、従うしかありませんでした」
「一応、確認させてくれ」
俺は少女にそっと手をかざす。
『秘蹟』や誘惑系の状態異常にかかっていないかを確かめるためだ。
どんな異常かまでは判別できない。
だが、何かにかかっているかどうかだけは分かる。
「……本心からイカーンの元にいるようだな」
「はい……」
反応はない。
少女は何の術にも侵されていなかった。
本当に恩を感じ、自らここに仕えているらしい。
「あの……あなた様は不思議なお力をお持ちですよね? もし可能でしたら、イカーン様も治していただけないでしょうか?」
「――まさか、イカーンも何かの術に?」
「断言はできません。ですが、あの二人が来てから様子がおかしくなったのは事実ですので……」
俺は倒れているイカーンへ歩み寄り、手をかざす。
現在は『ぎっくり腰』状態。
それ以外に何かあるかは分からないが、とにかくやってみるしかない。
「――<完全解呪>」
男相手の解呪は、本当にあっさりしている。
背中に触れ、軽く魔力を流すだけでいい。
およそ一分ほどで解呪は完了した。
「おい、起きろイカーン。もう痛くないはずだ」
「ぁ……うぅ……あれ?」
「イカーン様! 私です、リエッタです!」
少女――リエッタが名乗り、必死に呼びかける。
「……私は、一体……はっ!?」
腰の痛みから解放されたイカーンは体を起こし、状況を思い出したのか、顔色を変えた。
「自分が何をしたか、覚えているか?」
「ああっ、あああああ! す、すみませんでしたあああああっ!!」
記憶はあるらしい。
イカーンは床に額を擦りつけ、必死に謝罪した。
その様子を確認してから、俺はカナン以外の少女たちにも<完全解呪>を施す。
場を整えた上で、改めてイカーンに事情を聞いた。
「――あの二人は、突然私の前に現れたのです。共に食事をしているうちに、不思議な高揚感に包まれ……気づけば『秘蹟』を施す方法まで教わっておりました」
やはり、そうか。
教会関係者でもない男が『秘蹟』の扱いを知っていること自体がおかしい。
あの二人が教会に通じているのかは分からないが、少なくとも裏で何かを仕掛けていたのは間違いない。
これで、点と点は繋がった。
「た、確かに私はカナン嬢のような見た目の子は……その、趣味ではあります。ですが、ここまでの暴挙に及ぶことは、普段の私なら絶対にありませんっ!!」
「術にかけられていたとしても、実際にお前の欲望が表に出たのは事実だ。やってしまった責任は消えない。――罪を償う覚悟はあるのか?」
「と、当然です! 私にできることであれば、いかようにも!!」
必死な声音だった。取り繕う余裕もないらしい。
「……そうか。償い方はお前に任せる。ただし、カナンの家にはきちんとケジメをつけろ」
「わかりました……。それで、あなた様はどちらの方なのでしょうか?」
話してみれば、思っていたよりも低姿勢だ。
罪悪感も本物に見える。
「俺はカナンのクラスメイト、シュウ・ミレイスターだ。もしあの二人がまた現れたら、必ず俺に知らせろ。お前たちもだ――」
イカーンと、彼を囲む少女達へ視線を向ける。
「私たちのお尻を揉みくちゃにした変態さん――いえ、シュウ様でしたね。この度はイカーン様を正気に戻してくださり、ありがとうございます。代表してお礼申し上げます」
リエッタが深く頭を下げると、他の少女達もそれに倣った。
「じゃあ、俺はカナンを連れて帰る」
「はい……どうか、お気をつけて。私たちを救ってくださり、ありがとうございました」
カナンをお姫様抱っこし、ドロテイアと共に玄関を出る。
背後ではイカーンと少女たちが並んで見送っていた。
「…………メディナ、どうかしたのか?」
門を出たところで、塀の下に小さく体育座りしているメディナの姿があった。
戦闘のサポートを指示していたはずなのに、突入してから今まで、彼女は姿を見せていなかった。
「あ、ああああ……っ」
「落ち着け。ゆっくりでいい」
「――わ、わたし……あの、二人……知って、ます……っ」
震える声で告げられたその言葉。
それは、思いもよらぬ告白だった。