完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「ここが王都エインフィリア……」
『勇者として強くなるため、世界を旅せよ』――王の言葉に従い、南方のザラキア連邦を発った勇者一行。
十七歳になったリッカ・セドナは、幾度も旅を重ね、ついにその中心地、王都エインフィリアへと辿り着いた。
「ザラキアとはずいぶん雰囲気が違うな」
「俺たちの中で来たことがあるのは、オルマだけだったな」
「ええ。とはいえ、随分昔のことだけれど。――リッカ、どう? ザラキアとの違いは感じる?」
兄であるバーベキュー・セドナが街並みを見回しながら呟く。
神官のアートンが問いかけると、エルフの弓術士オルマは懐かしむように目を細め、リッカへ視線を向けた。
「ザラキアはどこも殺伐としてたけど……ここはそういう空気がないっていうか……ちょっとだけ落ち着くかも」
「ザラキアは実力主義の国だからな。特に軍では神殿騎士も兵士も常に上位職を狙っている。だが、エインフィリアはそうではないらしい」
複数の国で構成されるザラキア連邦には、それらを束ねる強き王がいる。
王族の血筋とはいえ、幼少期から兄弟姉妹と政戦を繰り広げ、血なまぐさい方法で頂点を決めてきた国だ。
戦の神ウォルスを信仰し、武を尊ぶ。
強さを求める者が多いのも当然だった。
「そう考えると、私たちは無駄な争いに巻き込まれずに済んでるわね。王家所属の勇者パーティーとはいえ、立場は冒険者みたいなものだもの」
「何を言う。俺もオルマも冒険者として実績を積んだからこそ声がかかったのだろう。冒険者にもランク争いはあったはずだ」
「私は興味なかったけど。気づいたら上のランクにいたのよ」
「これだからエルフは……」
アートンとオルマは、かつて別々のパーティーで活動していた冒険者だ。
そのランクはザラキアでも最上位。特にオルマは、膨大な魔力量と卓越した弓の腕を持つ。努力もあるが、エルフという種族そのものが強者に数えられる存在だった。
「とりあえず、ご飯にしようよ! 私、この王都の料理楽しみにしてたの!」
「リッカ……この国に来たからには、王と教皇に挨拶をしようと言っただろう」
「……私、そういうの興味ない。兄さんだけで行ってよ」
「はぁ……お前は本当に……」
リッカはいつも自由奔放で、権威ある相手とのやり取りを好まない。
自分はただの平民で、普通に暮らしたい――それが本音だ。
それでも、勇者としてできることはきちんと果たしている。
「あっ! あそこ、パフェも売ってる! ザラキアのより美味しいかな? オルマ、一緒に入ろう!」
「バーベキュー、少しくらいはいいだろう? リッカも勇者としての重圧を抱えているはずだ」
「いや、リッカは前からああだろう……」
嘆息しつつも、バーベキューはリッカの後を追う。
こうして勇者一行は、王都エインフィリアでの最初の一歩を、お洒落なカフェから踏み出すことになった。
◇◇◇
「おい! 店主を出すのじゃ!」
リッカたちが店内へ入った直後、怒鳴り声が響いた。
どう見てもクレーマーだ――そう判断したリッカは、正義感からその客へと歩み寄る。
他にも客がいるのだ。このままでは、落ち着いて過ごせないだろう。
「私が店主ですが……あの、何かございましたか?」
怒声を浴びせられていた店員の前に、店主が現れる。
いかにも苦情を受ける覚悟をした、困惑気味の表情だった。
「…………なのじゃ」
「え……?」
「ここのパフェは最高なのじゃ!! お主に我から最高級の栄誉を与えるのじゃ!!」
「………………ありがとうございます?」
リッカはぽかんと口を開けた。
クレーマーだと思った相手は真逆だった。
紛らわしいやり方ではあるが、どうやら善意らしい。早まって割って入らなくてよかったと、内心ほっとする。
「じいじよ、こやつに倍の金額を与えるのじゃ!」
「それは出来かねます」
「なぜなのじゃ! ケチではないか!」
「店というものは、定められた値で商品を売っております。それ以上の金額を受け取れば、帳簿にどう記せばよいのか店側が困ってしまうのです」
近くに控えていた、身なりの整った長身の老人が丁寧に説明する。
話を聞くうちに、その客はみるみる不満げな顔になっていった。
「ぬぐぐぐぐ……」
「ご理解いただけましたね。――店主殿、この度はお騒がせしました。こちらはチップでございます。少額ではありますが、我が主の気持ちとしてお受け取りください」
「あ、ありがとうございます……」
「チップなら良いのか!? ふむぅ……」
「ひとつ勉強になりましたね。では参りましょう」
多少騒がしくはなったが、悪い出来事ではなかった。
周囲の客もどこか微笑ましげに見守っている。
そして――
「うぎゃっ!?」
「あっ、ごめんね……って、わあ……綺麗な髪……」
その客が振り返った拍子に、背後にいたリッカとぶつかった。
間近で目が合う。
そしてリッカは、思わず声を漏らした。
目の前には、艶やかに輝く白銀の髪があった。
その客はかなり小柄で、だからこそ周囲の客たちは小さくて可愛らしい子供が美味しさを伝えたくて声を張り上げただけと受け取り、怒るどころか微笑ましく見守っていたのだ。
「うぬぬ……黒髪?」
「あーはは……やっぱりこっちの国でも目立つのかな」
白銀の少女は鼻を押さえながらリッカを見るなり、その黒髪に目を見張った。
黒髪は珍しい――いや、珍しいどころではない。
ザラキア連邦のみならず、その伝説は世界中に広まっているのだから。
だが次の瞬間、少女の口から飛び出したのは思いもよらぬ言葉だった。
「……ぶええ……ウォルス臭い……」
「え、えええええっ!? 私、臭いっ!?」
生まれてこのかた一度も言われたことのない評価に、リッカは本気で衝撃を受ける。
「リッカ、昨日ちゃんと水浴びしたのか?」
「したに決まってるでしょ! 私の水魔法は浄化作用が強いんだからっ! それにオルマにもピュリフィケーションしてもらってるし!」
兄バーベキューの指摘に、リッカはむっと反論する。
身だしなみにはそれなりに気を遣っているのだ。臭いと言われるなど心外もいいところだった。
「ほれ、じいじ。出るのじゃ。臭くてかなわんっ!」
「我が主が大変失礼しました」
老人が深々と頭を下げる。
いつの間にかリッカの手には金貨が握らされていた。
「な、なんだったの、あの子……」
「……少し待って」
白銀の少女の背を見送りながら呆然とするリッカに、オルマが静かに近づく。
「臭くなんてないわ。むしろ、とても良い匂いよ。私が保証する」
「ありがとう……だよね、臭くないよね? ……で、何か気になることがあったの?」
胸を撫で下ろしつつ、リッカは問い返す。
オルマはわずかに眉を寄せ、低く呟いた。
「――あの子、臭いと言う前に、ウォルスって言っていなかった?」
◇◇◇
「まさか、この国に勇者が来ておるとはな! まあ、臭くてたまらんかったが!」
石畳を大股で歩いているのは、ネメシア・リュミリエール。
本日は教皇としての公務はなく、執事のマクミラン・マッカーシーを連れて甘味巡りの最中だった。
「仮にそうだとしても、です。面と向かって臭いはいただけません。教皇だからといって、何をしても許されるわけではありませんよ」
「だって本当に臭かったのじゃ!」
「では、こうしましょう――」
マクミランはすっとネメシアに歩み寄り、くんくんと匂いを嗅ぐ。
そして――
「うっわ!? くっさ!? なんですかこの臭い! 昨日お風呂に入りましたか!? 何日も洗われていない犬のような匂いがします! ゔぉえっ!?」
「我はそこまで言っておらんわ!! このクソじじいがぁ!!」
ネメシアは拳でマクミランの膝あたりをぽこぽこと殴る。
だが当然ながら、まったく効いていない。
「あなたは似たようなことをしたのです。いくら臭く感じたとしても、初対面では我慢なさい」
「……わかったのじゃ。でも、臭かったのじゃ」
「はいはい。では次のカフェへ参りましょう。切り替えてください」
「じいじは本当に人の心がないのう……」
「人の心がない? 初対面の相手に臭いと言ったあなたが?」
「貴様あああっ!! 我をどこまで怒らせれば気が済むのじゃあああああっ!!」
マクミランは走る。
ネメシアはぷんぷんと追いかける。
店が立ち並ぶ通りで、長身の老執事と小柄な少女が追いかけっこをしている光景は、多くの住民の目撃談となった。
◇◇◇
「……はぐれてしまったな」
日が傾きはじめた頃、バーベキュー・セドナがぽつりと呟く。
「いつものことよ。アートンも一緒なんだし、気長に探しましょう」
「それはそうだが……はあ、リッカは本当に私を困らせる」
宿を取り、王や教皇への挨拶は明日以降に回し、まずは夕食でも――というタイミングでのことだった。
リッカたちとはぐれ、バーベキューとオルマは二人で行動している。
「――わっ」
前方不注意だったのか、小さな灰髪の子供とぶつかってしまった。
「おお、すまない。私の不注意だ。大丈夫かい?」
「あ……はい」
バーベキューが丁寧に頭を下げる。
その横でオルマがしゃがみ込み、子供にそっとチョコレートを手渡した。
「チョコよ。彼の妹が手作りしてくれたの」
「味は保証するぞ。なんと言っても、私の妹が作ったのだからな」
「……妹さんのことが本当に大好きなんですね」
「当然だ! 妹は可愛くて強い! だが、自分の立場をまるでわかっていないんだ」
「はいはい、シスコンさん。早く行くわよ」
そんなやり取りを交わし、互いに名を名乗ったあと、二人はその場を後にした。
しばらく王都を探し回り、ようやくリッカ達を見つける。
「どこをほっつき歩いていた。はじめての場所なんだ、あまり勝手な行動はするな」
「わかってるって。で、どこに行ってたと思うー?」
「いや、興味ない」
「兄さんには聞いてない! オルマは?」
「うーん、どこだろう。ずいぶん楽しそうではあるけれど」
リッカは背中に隠していた紙袋を前に出し、中から包みを取り出す。
「じゃーん! 可愛いでしょ! オルマにも似合うと思って買ってみたの! 実は私とお揃いなんだ! 一緒に着よ?」
「服を見ていたのか。街の外に出ていない時なら、同じものを着てもいいよ」
「やった! また明日も一緒に見に行こうよ! 『シュトラウデン商会』ってお店、すっごく可愛い服がたくさんあるんだっ」
「そうか、それは楽しみだな」
ワンピースのような服を広げて見せたリッカは満面の笑みで語る。
オルマも服は嫌いではない。自然と興味が湧いてくる。
だがバーベキューだけは、その様子にため息をつくばかりだった。
「ほら、バーベキュー。お前の下着も買っておいたぞ」
「俺の……?」
「ああ、リッカが選んだ」
「リッカが!?」
妹からの贈り物か……いつぶりだろう。
そんなことを思いながら、バーベキューはアートンから渡された小袋を開け、下着を取り出す。
――が。
「な、なんだこれは!?」
「兄さんに似合うと思って。ちゃんと使ってよね? ふふっ」
「リッカぁぁ……お前ぇぇっ!!」
「きゃあっ、兄さんやめて!!」
「このっ! 妹のくせにどこまで俺をバカにするんだ!」
それはパンツだった。
パンツであること自体はまだいい。
問題は、そのデザインだ。
股間部分に大きな赤いハートが刺繍されている。どう見ても羞恥心を試す代物だった。
顔を真っ赤にしたバーベキューは、リッカをお仕置きしようと追いかける。
「――あ、そういえば。リッカが作ってくれたチョコだけど、人に渡してもよかった?」
「ん? 誰かにあげたの?」
バーベキューに追いつかれたリッカだが、二人の実力差は歴然だった。
しかし次の瞬間、リッカは軽く身をひねり、逆にバーベキューを片手で押さえ込む。そのままの体勢で、平然とオルマの話に耳を傾けた。
「ええ、バーベキューが小さな子とぶつかってしまってね。お詫びも兼ねてチョコを渡したの」
「そういうことなら問題ないよっ。喜んでくれたかなぁ」
「それはわからないが……あの子、少し変わっていてな」
「変わってる?」
オルマの言い方に、リッカは首をかしげる。
「小さくて可愛らしい子供なんだが、どこか目つきが鋭くてな。逆にそれが妙なギャップで、印象に残ったというか」
「……っ!」
その瞬間、リッカの脳裏にある人物の顔がよぎる。
だが、オルマの言う相手は子供だ。さすがに違う――そう自分に言い聞かせ、胸のざわめきを押し込めた。
「ちなみに、その子の髪色って――」
「ん? 灰色だったぞ。礼儀正しくて、ちゃんとお礼も言える良い子だった」
「ああ、そうだ。確かショウと言っていたな」
「ショウ……!?」
一度は落ち着かせたはずの心が、再び大きく揺れる。
(日本人っぽい名前……それに目つきが鋭い……いや、でも、まさか……)
「リッカ、どうした?」
「ううん。なんでもないよ」
そう答えながら、リッカは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「――修治なわけ、あるはずないんだから」