完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
この世にはジョブという概念が存在する。
それは〈鑑定〉スキルを通して確認できる、その人固有の職業のようなものだ。もっとも、一般的な職業とは異なり、後から変更することも可能らしい。
ジョブには『剣士』『魔法使い』『アサシン』『レンジャー』『タンク』『神官』などがあり、これらは主に冒険者の代表的な例として挙げられる。
だが、聖職者だけは少し事情が異なる。
聖職者のジョブには明確な成長段階が存在し、それは儀式によって昇格していくのだ。
見習いから始まり、儀式を経て神殿騎士見習いは神殿騎士へ。修道士見習いやシスター見習いは修道士(シスター)へと昇格する。
さらに修道士は、聖職者としては一般教徒からのスタートとなるが、そこから階級を上げることで、助祭である『ディーコン』、司祭である『プリースト』、そして司教である『ビショップ』へと変化していく。
加えて、扱える光魔法の範囲も段階的に広がっていく。
例えば修道士までは下級光魔法〈ヒール〉しか扱えないが、助祭や司祭へとクラスアップすれば中級光魔法〈グレイスヒール〉が使用可能となる。さらに司教以上になれば、上級光魔法〈セイントヒール〉にまで手が届くという。
もちろん、何もせずに魔法が使えるようになるわけではない。
繰り返し訓練を重ね、鍛錬を積んだ成果として、ようやく扱えるようになるのだ。
そんな中、俺はこの世界に来た時点で、儀式もなしにいきなり『プリースト』というジョブを授かっていた。階級で言えば司祭にあたる。
本来なら〈グレイスヒール〉を扱えてもおかしくない立場だが、俺は回復魔法の鍛錬を怠っていたため、使えるのは下級の〈ヒール〉までに留まっている。
だが――レベルの影響なのか、魔力量だけは異様に多いらしい。
そのおかげで、ただの〈ヒール〉であっても、上級魔法〈セイントヒール〉に匹敵する威力と効果範囲を発揮できているのだった。
――この日、俺は校外学習の一環として、特別クラスの面々と共に神殿を訪れていた。
神殿は王都の外れに位置しているが、徒歩でも十分に辿り着ける距離にある。聖職者のジョブ成長の儀式をはじめ、異端審問や各種の神聖儀礼が執り行われる場所らしい。
「す、すげええ…………」
幾本もの柱に支えられた巨大な建造物。
まるでパルテノン神殿を思わせるその威容に、思わず声が漏れた。
「あなた、神殿に来るのは初めてだったわね」
「ああ……規模も桁違いだし、柱の数も尋常じゃない。ルミナパレス大聖堂とはまた違う迫力があるな」
そう声をかけてきたのは、エインフィリア王国第三王女――アリーシャ・エインフィリアだ。金色のツインテールを揺らしながら、神殿について説明してくれる。
「この神殿は、王都と共に長い歴史を歩んできたの。何千年も昔から存在しているらしいわ」
さすがにその年月を考えれば、何度も補修はされているのだろう。
でなければ、こうして内部に入れる状態を保つことなど不可能なはずだ。見た限りでは、建物はしっかりと整備されているように見えた。
「皆、入るよ」
担任のレーベン・オカルト先生に促され、俺たちは神殿の内部へと足を踏み入れる。
「カナンもミュウミュウも、ここに来たことはあるのか?」
「うん。毎年、最低でも一度は校外学習で来るからね。特別な用事がなくても、ボクたちは皆訪れたことがあるよ」
そう答えるカナンは、今や誰が見ても美しい少女の姿をしていた。
修道服も男物から女物へと変わり、シスター姿で頭にはウィンプルを被っている。口調は以前のままだが、その外見とのギャップが不思議と印象に残る。
「わ、私は……小さい頃から何度かお母さんに連れてきてもらっていて……もう、数え切れないくらい来ています」
ミュウミュウの母親は現役のシスターとして活動しているらしい。
彼女がシスターを志したのも、その母親の影響だという。
「へえ……じゃあ、ここに来たことがないのは俺だけか」
王都で暮らす聖職者であれば、神殿と関わる機会は自然と多くなる。
そう考えると、自分だけが初訪問というのも納得だった。
◇◇◇
「ここが異端審問が行われる異端審問所だ。周囲を囲むのが傍聴席と関係者席。中央には異端審問官と異端者が立つ机があり――そして奥の上部に設けられている小さなスペースが、教皇様専用の席になる」
レーベン先生は、初めて神殿を訪れた俺に配慮してか、丁寧に説明してくれた。
教皇の席には天幕のような覆いがあり、足元しか見えない造りになっている。おそらくは、その姿を軽々しく晒さないための配慮なのだろう。
そういえば、ブルドグはどうなったのだろうか。
異端者として裁かれたのか――その情報はまだ俺のもとには届いていないが、いずれセイラから知らされるはずだ。
次に案内されたのは、儀式場だった。
左右には炎の灯った燭台が並び、中央には広々とした空間が広がっている。
その手前には修道服を纏った聖職者たちが列をなし、一人ずつ前へ進み出ては、中央の机の前に立つ。そこでは、本を手にした聖職者が何やら儀式を執り行っていた。
「先生、あれは?」
「シュウくんも知っているとは思うが、あれが聖職者のジョブをランクアップさせる叙階式《じょかいしき》だ」
「ああ、あれが」
どうやら、その叙階式がまさに今行われている最中らしい。
耳を澄ませていると、本を手にした聖職者が厳かな声で告げた。
「……まだ司祭となるには研鑽が足りていないようです。出直してきなさい」
「そ、そんな……」
呼ばれた聖職者の男は、肩を落としながら列へと戻っていった。
「ジョブのランクアップって、資格があるやつがなるんじゃないのか?」
「それは違う。すべては女神アルテミシア様の御意志によって決められる。修道士としてどれだけ人を救ってきたか――その積み重ねが認められた時に、ようやくランクアップできるのさ」
「へえ……」
そう考えると、大司祭だったブルドグも、それなりに人を救ってきたということになる。
もしかすると、最初は真っ当な人物だったのかもしれない。それが金や権力に囚われ、歪んでいったのだろうか。
「ちなみに、あの机の前に立っているのは『ビショップ』のジョブを持つ司教だ。この儀式場でランクアップできるのは、司教までということになる」
「じゃあ、大司教以上はどうなるんだ?」
「それはこの儀式とは別だ。教皇様や枢機卿、さらに教徒たちの承認を得て、投票によって決められる」
確かに、一人の判断で上位の聖職者を量産されては、権力が偏りすぎてしまう。
だからこそ、司教以上の昇格には厳格な手続きが必要なのだろう。
「ちなみに先生のジョブってなんなんだ?」
「ふふ、私かい? ――『ビショップ』だよ。つまり司教だ」
大司教の一歩手前。
レーベン先生は、思っていた以上に高位の聖職者だった。
「私は、この教職に就いているくらいがちょうどいいのさ。これ以上の権力を持てば、それに見合う責任も背負うことになる。それに、下の教徒たちの管理もしなければならなくなるからね」
大勢の承認を経て就く大司教という立場には、逃れられない重責が伴うということか。
俺もどちらかと言えば先生に近い考えだ。上に立てば立つほど、自分の自由が削られていく気がするからな。
「せっかくだ。シュウくんも儀式を受けてみるかい? 君は実に興味深い人物だからね。たとえランクアップの資格があったとしても、受けるかどうかは自分で選べる」
「せ、先生! シュウはまだここに来たばかりの見習いで……いえ、でも……あり得るのかしら?」
アリーシャが思わず声を上げる。最初は否定しかけたが、途中で言葉を飲み込んだ。俺の力の一端を見ている彼女には、完全に否定しきれなかったのだろう。
「シュウよ、受けてみるのじゃ」
静かにそう告げたのはネメシアだった。
ここへ来るまでほとんど口を開かなかった彼女が、珍しく自分から意見を口にする。座学以外はなぜか欠席が多いネメシアだが、今回はどういうわけか参加していた。
「ネメシアが言うなら……受けるだけ受けてみるか」
「では、シュウくん。あちらへ――」
正直なところ、『プリースト』という最初から与えられていたジョブの先に、さらに上があるのか――それは少し気になっていた。
俺は聖職者の列に並び、しばらく待つ。やがて順番が巡ってきて、司教の前へと進み出た。
「こんにちは。あなたは初めてお見かけしますね」
「ああ、初めてだからな。説明してもらえると助かる」
「承知しました。叙階式では、こちら――アルテミシア様の魔力が宿っているとされる本型の魔道具を用い、ジョブのランクアップが可能かどうかを判定します」
アルテミシアの魔力が宿った本、か。
女神像を通じて意思疎通ができる以上、魔力が現世に残っていても不思議ではないが、それにしても興味深い代物だ。
「この本の上に手を置いてください。その後、現在のジョブ、あるいは昇格可能であれば上位のジョブ名が浮かび上がります。たとえば『ディーコン』であれば、昇格可能な場合は『プリースト』と表示され、不可能な場合はそのまま『ディーコン』と示されます」
「なるほど……よくわかった。ありがとう」
面白い仕組みだ。
――とはいえ、今の俺はすでに『プリースト』だ。この司教にそれが露見しても問題ないのか? 見た目はどう考えても教会学校の生徒だし……。
だが、ここまで来て引き下がるわけにもいかない。
「では、こちらに手を」
促されるまま、俺は本の上に手を置いた。
次の瞬間、掌が淡く光を放ち、数秒後にはその輝きが静かに収まっていった。
「手を離してください。すぐに文字が浮かび上がります」
言われるまま手を離し、俺は文字が浮かび上がるのを待った――が、その瞬間、とんでもない事態が起きた。
「な、な……っ!?」
司教が目を見開き、本と俺の顔を何度も見比べている。
浮かび上がった文字は、現在の『プリースト』でもなければ、その上位である『ビショップ』でもなかった。
「ハイ……プリースト?」
聞いたことのないジョブ名だった。
「ええと……これって、どういうことだ?」
「わ、私も初めて見る事例で困惑しています……! こ、これは一体……!」
司教ほどの立場の人物が、額に汗を滲ませて明らかに動揺している。
「見たことのないジョブ名です。それに、あなたの現在のジョブは……」
「あー……悪いけど、このことは忘れてもらえると助かる」
「そ、それはできません! このような前例のない事象は、すべて報告する決まりなのです! 大司教様か、それとも枢機卿様……いえ、教皇様に――」
司教はぶつぶつと呟きながら、完全に報告モードに入ってしまっていた。
これはまずい。俺のジョブで騒ぎになるのは避けたいのに。
どうにか説得しようとした、その時だった。
「おい、お前」
「ん……あなたは……」
背後に現れたのはネメシアだった。
小柄な体に修道服を纏った彼女が、司教に向かって遠慮なく声をかける。
「ちょっと来い」
「え、わ……ええっ!?」
ネメシアは司教の袖を掴むと、そのまま奥へと引っ張っていく。
そして耳元で何かを囁き、さらに手に持っていた何かを見せた瞬間――
司教の顔色が一変した。
滝のような汗を流し、明らかに態度が変わっている。
「シュウよ、戻るのじゃ」
「え、あ……いいのか?」
「あやつは我の知り合いだ。気にするでない」
「へえ……さすがはいいとこのお嬢様だな」
「お嬢様? ……まあよい。戻るのじゃ」
ネメシアに軽く引かれ、俺は儀式場の中央から皆のいる場所へと戻る。
「ま、またのお越しをお待ちしておりますぅ〜……」
振り返ると、司教がハンカチで汗を拭きながら、どこか引きつった笑顔を浮かべていた。
……ネメシア、何を見せたんだ?
「シュウくん、どうだった?」
「あー、ランクアップは無理だったみたいだ」
「そうなんだ! でもシュウくんなら、いずれどんなジョブにだってなれるよ!」
「さすがにそれは言い過ぎだろ」
カナンは相変わらず俺を過大評価しすぎている。
俺は先生と同じで、あまり権力に関わる立場にはなりたくない。せいぜい司教くらいで十分だ。
それにしても――『ハイプリースト』か。
まったく心当たりがない。
そういえば、王都に来てからはまともに女神へ祈りを捧げていなかったな。
学校での祈りはあくまで形式的なものだし、本気で祈らなければ通じないと聞いている。
今度、ちゃんと教会に足を運んでみるか。
信仰者の多い場所なら、女神とも長く会話できるらしいし――この王都なら、その機会もあるだろう。
そんなことを考えながら、俺たちは神殿の見学を終え、王都へと戻っていった。
◇◇◇
「なんじゃ、『ハイプリースト』じゃと?」
神殿から王都へ戻る帰路。
隊列の後方で一人、ぶつぶつと呟いている人物がいた。
白銀の髪を靡かせる、幼女のような外見の少女――ネメシア・リュミリエールは、シュウの背中をじっと見つめながら思案に沈んでいた。
「これまでの歴史を辿っても、そのようなジョブは聞いたことがない……いや、存在せぬはずじゃ。となれば、アルテミシア様のお導きとしか言いようがないが……」
腕を組み、さらに思考を巡らせる。
「だとしても、『ハイプリースト』とは一体どのような力を持つのじゃ? 枢機卿や教皇である我ですら、強力な光魔法は一通り扱える。もしそれ以上の魔法……あるいは、まったく別の力が備わるのだとしたら――」
一拍置き、口元がにやりと歪む。
「……面白い。やはりイリスの言った通りの男のようじゃな。今日は課外学習についてきて正解じゃった。――なーはっはっは!!」
突然の高笑いが、帰路に響いた。
「ネメシアちゃんがおかしくなった」
「たまにああいうとこあるよね」
「まあ、子供だしな……」
クラスメイトたちは呆れたように、あるいは面白がるようにその様子を眺めている。
「なんじゃと貴様ら! 我が本気を出せば、貴様らなど木っ端微塵じゃぞ!」
ネメシアは憤慨するが、その言葉を真に受ける者はいない。
正体を隠している以上、教皇であるなど想像がつくはずもなかった。
「特にガイツ! 貴様じゃ! 笑うならこそこそせず、堂々と笑えい!」
「はぁっ!? 笑ってねえよ! 勝手に決めつけんな、このガキ!」
「なんじゃと!? ガキは貴様の方じゃろうが!」
「んなこと言っても誰も信じねーよ!!」
言い合いはヒートアップしていくが、周囲はすっかり見慣れたものといった様子だ。
ネメシアの正体を知る者は、この場には一人もいない。
だからこそ彼女は、今日もまたただの生意気な子供として扱われるのだった。