完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
第107話 懺悔室
――カチャカチャ、カチャカチャと、人ならざる者が起き上がる音が聞こえる。
月明かりに照らされた丘の上に並ぶ、数え切れないほどの墓石。
その足元の土が盛り上がり、地中から何かが這い出してくる。
「う、あああ……っ」
声帯など、どこにあるというのか。
それでも、喉の奥から絞り出したような呻き声が、一つ、また一つと響いていく。
バラバラの白骨だったものが、次第に形を成し、血肉を纏っていく。
脚が、腕が、首が、頭が――そうして最後に、妖しく光る赤い瞳が宿った。
にわかには信じがたい光景が、そこには広がっていた。
「――はじまるぞ。これから、はじまるのだ!」
その場には、一人の痩身の男が立っていた。
両手を大きく左右へ広げ、唇を震わせながら、その光景に心を奪われている。
男には、人生のすべてを賭してでも叶えなければならない宿願があった。
その願いのためなら、何を差し出そうとも構わない。
目の前で繰り広げられている光景も、すべては自身の願いを叶えるためのものだった。
「フロリア……ああ、フロリア……ついに完成したぞ!」
男は叫ぶ。
最愛の人の名を叫びながら、目的の墓石へと歩み寄る。
土ごと墓石が盛り上がり、そこから一本の手が伸びてくる。
骨だ。白い骨が蜘蛛のように地面を這い、やがてはゆっくりと立ち上がる。
骨は呻き声を上げながら、他の屍と同じように血肉を纏っていく。
細い手足。白い肌。そして、ミルクティー色の長い髪が背へと流れ、瞳に赤い光が宿った。
「あぁ、あぁ……私の……私のフロリア……っ」
男は彼女を抱き締める。
狂おしいほどにその体を抱きしめ、十年ぶりの再会を涙ながらに喜んだ。
男の宿願は、ついに叶ったのだ。
この十年、そのすべてを費やして――ただ、この瞬間を待ち続けていたのだから。
「さあ、行こうフロリア。あの子が待っている」
「――うああ……っ」
男の言葉に、女性は意味を成さない声で答えた。
そんな彼女の手を取り、男は丘を下っていく。
――数千もの屍を引き連れて。
◇◇◇
俺が教会学校に通うようになってから、約二ヶ月が経過した。
たった二ヶ月と思うかもしれないが、俺にとってはこの二ヶ月があまりにも濃密すぎて、思い返すだけで頭が疲労しそうになる。
特にフェルディの薬で幼児化した時は、本当に大変だった。
子供だからという理由だけで多くの女性たちに連れ回され、散々な目に遭ったのだ。
もう二度と、あんな思いはごめんだ。
それ以外のことを言えば、教会学校では日本と同じように、週末を除く五日間は連続して授業がある。
選択制の実践的な授業だけは面白いと思うが、それ以外は基本的に座学だ。
だから、眠たくなるときだってある。
「――くん。……シュウくん……シュウくんっ」
「んあっ?」
隣には、キラキラと輝くような美少女がいた。
今まで男だと思っていたことが申し訳なくなるくらいの美少女だ。
アッシュブラウンの髪の長さは以前と変わらないが、薄く化粧を施した顔と、薄桃色のリップを差した唇が、その容貌をいっそう華やかに彩っている。
修道服も男物から女物へと変わったため、誰が何と言おうと、彼――否、彼女はれっきとした女性なのだ。
「授業中だよ。寝たらダメじゃん」
「ああ、わりい…………」
「って、そこで寝ないでよっ!?」
「はは、カナンはお母さんみたいだな」
「もう、ボクはお母さんじゃないっていうのに……」
隣の席で眉を寄せ、口を尖らせているのはカナン・アルトリア。
ミシア教会神殿騎士団の団長であるベルクハルト・アルトリアの次女であり、クローヴァー隊隊長のセイラ・クローヴァーに憧れ、神殿騎士を目指している神殿騎士見習いだ。
カナンとも、これまでに色々なことがあった。
ひとまずカナンの縁談と暗殺教団を巡る事件は収束し、あれ以降は特に何も起きていない。
それとは別に、カナンは女性の姿を隠すことなく過ごすようになった。
その結果、アリーシャに無理やり連れて行かれ、今ではアリーシャ、カナン、ミュウミュウの三人で、同じ女子寮の部屋で暮らしている。
男子寮の自室に戻っても誰もいない。
これまでなら、カナンが出迎えてくれたりしていたので、少しだけ寂しさを覚える。
もっとも、何かと理由をつけては部屋にやってくるので、あまり変わっていない気もするが。
「――授業はここまでだ。シュウくん。試験に落ちたら進級できない可能性だってあるからね。気を抜かないことだよ」
「へえい……」
授業の終わりを告げるベルが響くと、担任教師のレーベン・オカルト先生が教科書を閉じ、俺にそう忠告する。
俺が前世で医大に落ち続けたのも、そもそも勉強に興味が湧かず、すぐ眠たくなってしまうことが一因だったのだろう。
「シュウくん、ごめんね。今日はガイツくんと一緒に、神殿騎士のお仕事に参加させてもらいに行くんだ」
「ああ、今日もだったな。近頃のカナンは楽しそうで何よりだ」
「ふふ……これも全部、シュウくんのお陰だよ?」
色々と吹っ切れたカナンは、以前よりもずっと積極的に行動するようになっていた。
元々、ガイツが学生の身分で助祭の階級にランクアップしていることは知っていたが、その理由は放課後に神殿騎士の仕事を手伝っていたかららしい。
それを知っていたカナンがガイツに声をかけ、参加させてもらうことになったのだが――
「クソ、やりづれえ……」
「そ、そうだぞ! ガイツさんに迷惑をかけるな!」
「か、顔が良いからって騙されないぞ!」
上段の席に座っていたガイツはカリカリとこめかみを掻き、ダッドとモリスは、少しカナンに引け目を感じながらも、以前と変わらぬ態度を保っていた。
三人は、カナンが女性だとわかってから、どうにも彼女に絡みづらそうにしている。
これまで男として接してきた相手。しかも化粧をして綺麗になった美少女を前にして、以前のように強く出ることができなくなっているのだ。
「ほら、三人とも早く行くよ! 時間は有限なんだからっ!」
「お前は父親に頼めよ……」
「それは嫌っ。ボクはボクが決めたやり方で神殿騎士を目指してるんだもん。お父さんのコネなんて絶対に使いたくないよっ」
「はいはい、そーかよ」
面倒臭そうな態度に出しながらも、渋々ガイツは席を立ち、教室を出ようとするカナンに続く。一応、ダッドとモリスもガイツと共に行動しているようで、神殿騎士の仕事を手伝うようだ。
そうして先に四人を見送った俺の下に二人の人物が近づいてきた。
「ねえ、シュウ〜。ショウはどこ〜? 次いつ来るの〜?」
「私も気になっていました。また一緒に授業を受けられたら嬉しいです」
やってきた二人の女子生徒。
一人はリザ・クリスタス。俺と同じ灰色の髪に青いメッシュが入った女子で、大きめの修道服に言動もゆったりとしている。いわゆるダウナー系というやつだ。
もう一人はフィーネ・ゾラレイア。ミルクティー色の長い髪が印象的な子で、佇まいや喋り方はお嬢様を感じさせる。
一見正反対な見た目や性格にも思えるが、この二人は仲が良いらしく、いつも一緒に行動している。
特別クラスの中では、カナンやミュウミュウたちと比べると仲が良い方ではないが、こうしてたまに喋ることはある。
それとショウの時には色々と絡まれたりしていたので、俺の中ではその時のことが頭によく残っていた。
「シュウはもう来ない。てか、子供が授業受けてもわかんねーだろ」
「わあ〜。子供に優しくない男〜」
「そうですよ。あんなに可愛らしい子だったのですから、優しくしてあげないと」
リザとフィーネにそう言われ、俺は顔をしかめる。
ショウがいなくなったあともたまにこういうことを聞かれるので、本当にショウが人気だったのだと思い知らされる。中身は俺だっていうのにな。
「じゃあ、俺は行くわ。――アリーシャ、ミュウミュウ、また明日な〜」
「え、ええ……」
「シュウくん、また明日」
「逃げた」
「逃げましたね」
アリーシャとミュウミュウに手を振りながら、リザとフィーネから逃げるようにして教室を出た俺は、ひとまず男子寮へと向かうことにした。
――そのはずだったのだが。
「ちょおーっとそこのきみぃ!!」
顔色を真っ青にし、中腰になってお腹を抑えていた修道服を着た大人っぽい女性。
なんとなく顔立ちから生徒ではない風貌に見えるその人は、大きな声で俺を呼び止めていた。
「えっと……誰?」
「た、頼む! 少しだけでいい! 私の代わりを務めてくれ!」
「頼み? なんの代わりを務めろって?」
「何って、懺悔室よ! ほら、ここ!」
女性が指を向ける方向にあった表札。
そこには小さく『懺悔室』と書かれてあった。
「ざ、懺悔室……?」
「ん、君。懺悔室も知らないの? もしかして編入生だったりする?」
「まあ……」
俺の反応を見て、その女性は懺悔室について簡単に説明してくれた。
「懺悔室はやってきた相手の罪の告白を聴罪司祭が聞いてあげることよ! ミシア教会ではその告白に対して、赦し、どう償いをするのかアドバイスをしてあげるの!」
「へえ。聴罪司祭ってやつは生徒がやってもいいものなんだな」
「もちろんダメよ!」
「は」
「司祭以上の階級でないといけないの! でもいまはそんなことどうでもいい!」
彼女は必死だった。
だらだらと冷や汗が額から流れ、白目になりかけている。
「た、互いのプライバシーを守られるのは当然として、相手の情報を外に漏らしてはいけないわっ! 漏れそうなのは私なんだけど……じゃなくて、そんなことをしたらアルテミシア様の怒りが降り注ぐの! うぐ……ヤバ、限界……とにかくあなたにしか任せられない! 頼んだわよ! 頼んだわよぉ〜〜〜〜!!」
「ちょっ!」
女性は今にも漏れそうな顔で廊下を駆けていった。
俺はその場に一人残され、呆然と彼女の背を見送るしかなかった。
「懺悔室か……それに司祭以上の階級って……俺、プリーストだよな。ジョブ的には司祭と同等なんだけど、これはアリなのか……?」
何がなんだかわからないが、この懺悔室を空けているのはよくないのだろう。
用事があるわけでもないので、俺は仕方なく懺悔室の扉を開いた。
「案外小さいな」
そこは一人用の小部屋になっていて、一台の椅子と向こう側に繋がる扉があった。
扉を開けると手前側と同じような空間になっていて一台の椅子があった。
「ここで会話するのか」
椅子に座ってみると、目の前には網目状の窓があり、相手の顔が見えないようになっていて、声だけが届く仕組みのようだった。
「……あの人がいつ戻ってくるかわからないが、少しくらいはやってやるか」
腹が痛いのはしょうがない。
俺も同じような状況になったら目の前の人に頼んじゃいそうだしな。
まあ、加護のお陰で腹を下すことなんて俺にはないんだが。
「――あ、あのぉ!!」
「うおっ」
一息つく暇もなく、バタンと懺悔室の扉が開かれた。
俺にここを任せた司祭くらいには大人っぽい声音だったので、一瞬先生かなと思ったものの、相手の顔が見えないので判断しようがない。
まあ、懺悔室は生徒だけではなく誰が利用しても良いのだろう。
少し驚きつつも、俺は与えられた任務を全うしようと、背筋を正した。
――だが俺は、懺悔というものを甘くみていたのだ。
「あの、司祭様……実はわたし……わたし………………乳首が長いのです!!」
……………………は?