完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
第18話 完全解呪・反転
「――クソッ……しくじった。普段ならこの程度の依頼、余裕でこなせたはずなのに……」
呻くような声が、暗い洞窟の奥に響いた。
そこは岩肌に囲まれた広い空洞。その一角には、鉄製の牢獄が設けられていた。
牢の中には一人の剣士――茶髪の青年が鎖で拘束されていた。両手首には鈍い光を放つ手錠がはめられ、防具はところどころ裂け、傷跡と血で汚れている。息は荒く、かろうじて意識を保っているのがやっとといった様子だった。
「グギャッ、ギャッ……」
耳障りな鳴き声が牢の外から聞こえる。見張りをしているのは、緑色の肌を持つ異形の魔物――ゴブリンたちだ。粗雑ながら槍や剣を手にし、鉄片をつぎはぎした防具で身を固め、まるで軍隊のように並んでいた。
その奥に、ひときわ大きな個体が姿を現した。
他のゴブリンよりも数十倍は大きく、醜悪な顔に鋭い牙をむき出しにしている。だがその身体には、他の個体にはない膨らみ――女性を思わせる胸部があった。
――ゴブリンクイーン。
それがその存在の名であり、この群れを統べる女王であった。
「まさか、ゴブリンの群れに王ではなく女王がいるなんてな……」
青年は悔しげに呟き、薄暗い天井を見上げる。
彼の心を占めていたのは、自分の安否ではなく仲間たちのことだった。
「あいつら……無事でいるといいんだが……」
力なく吐き出された言葉は、洞窟の冷たい空気に溶けて消えていった。
◇◇◇
俺とイリスが村を出てから数時間が経過していた。時刻は太陽が傾き、夕方に差し掛かる頃。
目の前には一面に広がる草原。振り返っても、もう故郷の森の姿は見えない。
イリスによれば、ここからいくつかの村を経由しながら冒険都市ハレスへ向かうという。冒険都市――その響きだけで胸が高鳴る。マリーが元冒険者だったことを知って以来、俺はその世界に興味を抱かずにはいられなかった。
早くハレスに辿り着きたい。だがイリスの話では最短でも一週間、野営したり村に立ち寄りながらだともっと時間がかかるらしい。もちろん何もなければ、の話だが。
「今のところ魔物の影は見えないな……一応、イリスの戦力を確認しておきたい」
「はいっ、もちろんです!」
「イリスのレベルはいくつなんだ?」
二年前に知らされたこの世界の仕組み――レベルという概念。儀式や<鑑定>でしか確認できないが、戦闘力を測る基準として広く用いられているらしい。
「私のレベルは……十九です」
「……十八歳、じゃなくて?」
「私は十八歳ですけど、レベルは十九ですよ?」
「へ、へえ……俺より年上だったんだな」
――思いの外低い。
聖女候補とも呼ばれる存在だから、当然もっと高い数値を想像していた。ところが現実は俺の予想よりはるかに下だった。
だが彼女は一人で国中を巡っていた。レベルだけでは測れない力を持っているのだろう。俺は外の世界を何も知らない。だから軽々しく決めつけるべきではない。そう思い直した、その時だった。
「――――ッッ!!」
「きゃっ!?」
突如、空から耳をつんざくような咆哮が響いた。イリスが驚いて手綱を乱し、馬は前足を上げて立ち止まる。
「す、すみません……今の声はいったい……――ワ、ワイバーン!?」
上空を仰ぐと、十を超える影が舞い降りてくるのが見えた。翼を広げ、鋭い爪と牙を備えた深緑色の鱗を持つ竜種――ワイバーンの群れだ。
「討伐ランクB以上とされるワイバーンが……! やはり魔郷の森に近いから、こんなにも強力な魔物が――――へ?」
イリスは顔を青ざめさせ、早口で説明していた。だが次の瞬間、異変が起きた。
迫っていたワイバーンたちが、まるで制御を失ったかのように次々と斜めに滑空し、俺たちの馬車を素通りして地面に突っ込んでいったのだ。
「きゃああっ!?」
ドゴンドゴンと大地を揺らす轟音。土煙が上がり、草原に小さなクレーターがいくつも生まれる。イリスは目を丸くし、混乱を隠せない。
「な、何が起きて……って、シュウ様?」
彼女の問いをよそに、俺は馬車から降りた。
「食料は村から十分もらったけど、多くて困るもんじゃない。ワイバーンの肉も少しくらい回収しておこう」
「えええええええっ!?」
驚愕するイリスを尻目に、俺はロングソードを抜く。地面に激突しただけでは死なないワイバーンたちの首を、手際よく斬り落としていった。普段使いは『聖製剣』よりも、長く使ってきたこの剣の方が慣れている。
「………………」
「どうした、じっと見て」
「い、いえ……なぜワイバーンが突然落ちて、今こうして簡単に討伐できているのか……理解できなくて」
イリスは混乱を隠せない。
俺はため息をつき、彼女に向き直った。
「悪いが、この話は誰にも口外しないと誓ってくれるか」
「もちろんです!」
「なら……これだ」
俺は右手中指の指輪を掲げた。癒やしの泉と同じ水色の宝石が光を返す。
「それは……?」
「昔、ケリュネイアから渡された指輪だ。これを使うと、魔法やスキルの効果が反転する。俺は今、<完全解呪>を反転させた」
「聖獣様から……! それに<完全解呪>を……反転? 全ての状態異常を回復させられるスキルを反転するとしたら……まさか――」
イリスの瞳が見開かれる。そう、理解は早い。
「俺がワイバーンに使ったのは<ぎっくり腰>だ」
「へ……?」
「<ぎっくり腰>だ」
「わ、わかりますけどっ!?」
あたふたする彼女に、戸惑いの混じった笑みが漏れた。
「要するに、腰をやっちまって飛べなくなったってわけだ」
「で、でも……ワイバーンに腰なんてあるのでしょうか!?」
「あるから効いたんだろ」
「ソウデスヨネ……」
イリスの声がいつの間にか棒読みになっていた。
反転の指輪を通した<完全解呪・反転>で扱える状態異常は、今まで治療したものか、自分が受けたものに限られるらしい。もっとも、俺自身は状態異常が効かない体質なので、実際は弾かれた記録が残っているだけなのだろう。
その中で最も使ってきたのが<ぎっくり腰>。この世界に来て一年ほど経った時、村人のおっさんが畑で栽培していたマンドラゴラを引っこ抜きすぎて腰をやらかしたのを治したのが俺だった。
以来、反転の指輪を使うようになってからというもの、この<ぎっくり腰>は俺の持ち技のようになっていた。
ブラックコカトリスなど、特に空を飛ぶ魔物は例外なく<ぎっくり腰>の餌食だった。
「ワイバーン程度なら問題ない。効かなかったのは骨のない相手くらいだったからな」
「程度、ですか……それに骨のない相手……?」
「スケアリーパラジィスライム。水棲の魔物で麻痺攻撃をしてくるクラゲみたいなでっかいスライムだ。剣が通らないからアミリアが過去にかかった<火傷熱>を使ってみたら内側からボロボロと崩れたけどな」
「へ、へえ……」
イリスは生返事。想像が追いついていないようだった。まあいい。
ちなみに<完全解呪・反転>の射程は、俺の<エアスラッシュ>が届く距離までは有効らしい。
そして、指輪を通せば即時効果が出る。ケリュネイアの加護があるせいか俺自身のスキルよりもはるかに効果が出るまでの時間が早い。やろうと思えば複数の相手にも同時使用が可能ときたものだ。
そうしてワイバーンの肉を切り分けていると、イリスが遠慮がちに口を開いた。
「あの……魔石は採らないんですか?」
「ああ、心臓にある石っころか。そういや村じゃ役に立たないからって、全部村長に渡してたなぁ」
「ぜ、ぜひ採りましょう! 街では魔石も爪も皮膚も、お金に換えられるんです!」
「なっ……! あのジジイ、教えとけぇぇぇ!!」
脳裏に浮かぶのは、すっとぼけた顔で笑うあの老人。
大事なことを黙っている癖、どうにかならないのか……!
結局、俺たちは拳大の緑色の魔石をいくつも回収し、その日は草原の真ん中で野営することに決めたのだった。