完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「やっと……着いた……!」
村からの長い移動を終えて約三日。
ついに俺たちは最初の目的地となる村へと到着した。
イアシス以外の村に来るのはこれが初めてだ。
どんな場所なんだろうと胸を高鳴らせつつ、イリスと共に村の中へ足を踏み入れる。そこに広がっていたのは、田園に囲まれた穏やかな風景だった。
家々はすべて木造で、尖った屋根のものが多い。どこかヨーロッパの田舎町を思わせる、素朴で温かみのある佇まい。村の名は『ポワン』と言うらしい。
規模はイアシスと比べると半分以下だろう。けれど、それでもここで暮らす人々がいて、きっとこの土地にしかない愛着を抱いているのだろう。
三日ほどで到着できる距離にあるのだから、イアシスともっと交流があってもよさそうだが……やはり森の魔物の存在が行き来を妨げているのかもしれない。
まず立ち寄ったのは宿屋だ。
イリスによれば、どんな村や街にも宿屋はあるらしく、旅人や商人のために必ず用意されているとのこと。
「ん? 珍しい格好の子たちだね。一泊銀貨三枚だけど、どうする?」
「はい。ひとまず一泊でお願いします」
応対してくれたのは、ふくよかで愛想の良い女将さんだった。イリスの聖衣も、この村の人は知らないのか、特別視されないようだ。
この世界には通貨が存在する。
銅貨一枚=十円、銀貨一枚=百円、金貨一枚=千円、大金貨=一万円、白金貨=百万円。ざっくりこんな換算だ。
一泊銀貨三枚、つまり三百円ほど。
……安すぎないか? どうやらここは全体的に物価が低いらしい。
俺もかつて教会で治療をしていたとき、子供なら銅貨一枚、大人でも銀貨数枚程度しか受け取らなかった。商人がほぼ来ない辺境のはずなのに、みんな案外貨幣を持っていたのは、今思えば不思議だ。
「部屋は一緒でいいかい?」
「はい!」
「え……」
イリス、男と同じ部屋で本当にいいのか?
まあ、本人が気にしないなら……。
部屋に入るとベッドは二つ。心底ホッとした。
「荷物を置いたら、夕食を食べに行きましょう」
「ご飯っ!!」
ついに来た……この瞬間!
村の外で食べる飯、一体どんな味なんだろうか。
宿を出て数分歩くと、小さな飯屋を見つけた。
「いらっしゃい」
カウンター越しに現れたのは、ちょっと怖そうな無口なおっさん。
好きな席に座るスタイルらしい。
テーブルに置かれたメニューを開いて――
「……あんかけ焼きそばぁ!?」
「ど、どうしました?」
イアシスでは食べたことのない料理が並んでいた。
俺が育った村では、ババアが日本料理っぽいものを作ってくれてはいたが……麺類は一度もなかった。
「俺は決めた。イリスは?」
「私は……こちらのとんこつラーメンにします」
「なにぃっ!? とんこつだと!?」
あんかけ焼きそばに夢中で、他の料理を見ていなかった。
よく見るとメニューには麺料理がずらり。まるで町中華みたいな品揃えだ。店の雰囲気は中華要素ゼロなのに。
「おっさん! あんかけ焼きそばと、とんこつラーメン!」
「あいよ」
厨房で調理が始まる。
その間、店内の客の会話が耳に入った。
「どうする……グレンが……」
「今の私たちじゃあの個体に勝てない……」
「そのグレンがやられたんだから、どうしようもないじゃない……」
聞きたくなくても耳に届く距離。
横目に見れば、旅装束の男女三人組。村の住人ではなさそうだ。
「一度ハレスに戻るか?」
「でも、そんなことしてる間にグレンが……」
「戻るなんて無理よ。相手はゴブリンクイーン。今まで見たこともない個体だもの」
……ゴブリンクイーン?
初耳の単語に眉をひそめた瞬間――
「ゴブリンクイーン!?」
イリスが思わず声を張り上げ、三人がこちらを振り向く。
「おいイリス、勝手に……」
「シュウ様、これは一大事です!」
「何がだ」
「通常、ゴブリンの上位種はホブゴブリン、メイジ、ジェネラル、そして最上位のキング……。ゴブリンクイーン――名前からしてメス個体……こんなの前例がありません。異常事態です!」
イリスの真剣な顔に、俺もただ事ではないと察する。
魔物の進化や変異は、この世界に何らかの悪兆をもたらすのだろうか。
「お、お前たちは……」
「ああ、悪い。聞こえちまったんでな。こいつが驚いただけだ」
「――聖女、候補……?」
銀髪を三つ編みにした美しい女性が目を見開く。
その服装は修道服に似ているが、白と黒を織り交ぜた独自の意匠だった。
「シスター……?」
「違います。私は冒険者ですから神官です。そして――そちらの方、聖女候補ですね?」
「はい! 私は聖女候補、イリス・カーネリアです!」
「やはり……! なら、どうか私たちの話を!」
流れるように会話が進む。
イリスが頷いた以上、俺も黙って聞くしかない。
「私たちはBランク冒険者パーティー『銀の刃』。ゴブリンの巣を討伐する依頼を受けたのですが……リーダーのグレンが捕まり、残された私たちでは到底太刀打ちできず……」
冒険者。噂には聞いていたが、実際に出会うのは初めてだ。
「その相手が――ゴブリンクイーン。数十のゴブリンを従え、私たちではどうにもならなかったのです」
グレンという剣士が仲間を逃すため残った。その結果、この三人だけが助かったらしい。
「聖女候補なら、どうにかできませんか? 私は神官として、あなたのご活躍を耳にしています。八歳にして聖女候補に選ばれ、今まで研鑽を積んできたと」
「……はい。まだ未熟ですが、できる限りのことはしたいと思っております」
「ありがとうございます!」
だが本当にどうするつもりなんだ?
イリス一人でゴブリンクイーンと多数のゴブリンに挑むなんて無謀に思える。
「でも、実際どうやって――」
と、大柄な男が疑問を口にした瞬間。
「安心してください! なぜなら――」
ゴクリ、と唾を飲む俺たち。
「――ここにシュウ様がいるからですッ!!」
……って俺!?
「この男が……?」
「ここにおわすお方をどなたと心得る! 生まれながらに女神アルテミシア様の加護を受け、あの魔郷の森で育ったシュウ様であらせられるぞ!」
どこかで聞き覚えのある口回しで俺を紹介したイリス。
てか、言っていいのかそれ!?
案の定、三人組は口をぽかんと開けている。
「いける……! いけるかもしれない!」
「アルテミシア様の加護持ち……しかも魔郷の森の出身ともなれば……」
「神は私たちを見捨てていなかった……!」
……信じるの早すぎだろ。
「では、シュウ様。共に仲間を助けに!」
俺はプリーストで、人を癒すのが本分。
けれど女神は「多くの人を助けよ」と言っていた。その意味は病や呪いだけではなく、こういう事態も含むのだろうか。
イリスも、ハレスでの淫染呪の件を解決したいはずなのに、それを脇に置いて困っている人に手を差し伸べようとしている。……やっぱり、目の前の人を見捨てられない性格なんだな。
「……はぁ。しゃーねえな」
「シュウ様ぁっ!」
こうして俺は、彼らの仲間を助けることを決めた。
――けれど、このゴブリンクイーンとの遭遇が、さらに闇深い事件への入口になるとは、まだ知る由もなかった。