完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
今から十七年前。
東の大陸・エインフィリア王国の南。
西のミレディア帝国から東へと横断するリアスリー大河を天然の国境とし、その対岸にザラキア連邦は広がっていた。
地図で見れば、まるで魚の形のように横に長く伸びる国土。温暖な気候と豊かな大地に恵まれ、通年作物が育ち、人々が飢えることは滅多にないと言われる土地だ。
そしてその食は、やがて力に変わる。
戦の神ウォルスを強く信仰するザラキア連邦。
神話時代、武を尊び征服を至上としたウォルスの生き様をそのまま受け継ぎ、この国は『強き者こそが頂点に立つ』という実力主義を貫いてきた。
――そのザラキアの片隅。人里離れた寂れた村。
古びた木造家屋の一室に、ひときわ大きな産声が響き渡った。
赤髪の母と青髪の父、そして赤髪の兄。
彼らに囲まれて揺かごの中に眠る赤子は、この国では――否、どの国でも見られぬ色を持っていた。
「く、黒髪……!」
「まさか……これは……!」
母が目を見開き、父は息を呑む。
浮気をしたわけでも、他所の血を混ぜたわけでもない。だがその髪と瞳の色は、この世界に生きる者なら誰もが知る特別な兆しだった。
――数十年、あるいは数百年に一度。
突如として天より遣わされる存在。
世界を救う勇者は、必ず黒き髪と黒き瞳を持って生まれる。
「オギャアア、オギャアア――!」
その宿命など知るはずもなく、赤子はただ泣き叫ぶ。
しかし次の瞬間、思いもよらぬ出来事が訪れる。
「――ッガ!」
「え……?」
「ウ……ッガ!」
「あなた……今、言葉を……!?」
産声に混じり、確かに意味を持ち始める音。
まだ舌も唇も未発達のはずの口から、形を成し始めた言葉。
普通であれば、あり得ないことだった。
「リィ……ッガ!」
そして、ついにその時が訪れ――
「リ……ッカ!!」
黒髪黒瞳の赤子は、自ら名を呼ぶようにその音を紡いだ。
こうして彼女は『リッカ』と名付けられた。
――これが後に水の勇者と呼ばれる少女、リッカ・セドナの誕生である。
◇◇◇
「――はぁ……まだやらなきゃダメなの?」
十年の時が流れ、リッカはすでに愛らしい少女へと成長していた。
五歳を迎えてからは毎日のように木刀を握らされ、嫌々ながらも父と兄から稽古を受けてきた。
「リッカ……お前は勇者になる者なんだ。頼む、もっと真剣に――!」
五歳年上の兄、バーベキュー・セドナ。
可愛い妹を溺愛しつつも、勇者としての責務を負わせようと必死に導いてきた。
だが――
「だって兄さん、弱いんだもん」
「ぐっ……!」
七歳の頃、すでにリッカは兄を超えていた。
今では地方騎士である父すら凌ぐほどの才覚を示している。
勇者は成長曲線そのものが常人と異なる。
年齢に見合わぬ速度で強さを増し、その存在が異常であることを誰もが認めざるを得なかった。
「私は、剣よりも勉強の方が好きなんだけどな」
リッカはふと空を仰ぐ。
けれど見ているのは青空ではない。
ずっと遠い、かつて自分の魂が存在した別の世界。
思い出すたび、胸が締め付けられる。
それでもどこか優しい気持ちにしてくれる、大切な人のこと。
「修治……あっちで元気にしてるかな」
少女の瞳に、ほんの少しだけ影が落ちた。
それでも、彼女は運命に導かれるまま歩みを止めることはできない。
――これが、今より七年前の出来事だった。