完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――ブルドグ様。ゴブリンを飼っていた洞窟が、何者かに襲撃されたようです」
「なに……?」
冒険都市ハレスの一角にある、豪奢な造りの屋敷。その奥に設けられた執務室で、分厚い書類に目を通していたブルドグのもとに、黒尽くめの男が音もなく姿を現し、低い声で報告を告げた。
「囚えていた者たちも全員いなくなっており、さらに飼育していたゴブリンの群れも全て討伐されたとのことです」
「ゴブリンクイーンまでもか?」
「はい。報告によれば、間違いなく仕留められたようです」
「……本当に間違いはないのですか?」
「はい、確実だと」
ブルドグの顔に深い皺が刻まれ、苛立ちを隠せぬように歪んだ。
彼は腕を組み、重々しい沈黙を落としたあと、しばし思案した末に吐息をもらす。
「せっかく、良い繁殖場を作り上げられたと思ったのですがね……」
ゴブリンを意図的に繁殖させ、適度に制御しながら人々を襲わせる。決して殺しはせず、ただ心身を蹂躙させることで傷や呪いを負わせ、最終的には彼の支配下にある教会へと被害者を流れ込ませる――。
治療費という名目で金を吸い上げる、この歪んだ仕組みは、彼にとって巨大な利権へと育つはずだった。まだ準備段階であったとはいえ、今回の損失は痛いものだった。
「まあ……他にも繁殖場は存在します。ひとつ潰されたところで惜しむ必要はありません。……他に報告は?」
「はっ。それが、冒険者ギルドでゴブリン討伐の依頼が出されていたようでして……先ほど、その依頼を受けた『銀の刃』が帰還したとのことです」
「冒険者共か……しかも『銀の刃』とは……。私の邪魔をするとは、忌々しい」
ブルドグの拳が机の上でわずかに震え、怒りを隠しきれなかった。
そもそも教会と冒険者ギルドは、犬猿の仲ともいえる関係にある。冒険者には癒やしの術を扱える者も少数は存在するが、数は決して多くない。彼らは人一倍怪我を負う仕事柄、どうしても教会の世話になることが多かった。
だがいつの頃からか、教会の治療費が法外に高いと不満を漏らす冒険者が増えはじめ、それが両者の対立を深めていった。とはいえ、冒険者たちは渋々ながらも教会の門を叩き、教会側も金さえ払えば淡々と回復を施している――そういう冷え切った関係だった。
「もし、囚われていた女性たちが、何らかの情報を吐いたとすれば……いずれブルドグ様まで辿りつかれる可能性が」
「だったら、どうだと言うのですか」
ブルドグは椅子の背に体を預け、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「仮に私に辿りついたとしても、証拠がないでしょう。私の名を口にした者から、異端審問にかけられ、逆に処罰されるのがオチです。……はははっ」
彼のこれまでの行為は、綿密な安全策の上に成り立っていた。
何より確信を持てる根拠は、呪いの存在だった。
この世において、呪いを解呪できるのは術者本人だけ。ゆえに標的となった者は、どこへ逃げても必ず呪いに苛まれ続けるのだ。
――発情と快楽に支配され、心を蝕む<淫染呪>。
――顔を醜悪に歪ませ、人として扱われなくなる<醜化>。
どれも逃げ場のない絶望を与える呪いであった。
ブルドグは自らの策に揺るぎない自信を抱き、口元を歪めながら、まるで何事もなかったかのように書類仕事へと戻っていった。
◇◇◇
「――こちら、冒険者の証となるギルドカードになります。シュウ様、イリス様、メディナ様」
グレンの紹介により、俺たち三人はギルド受付嬢リーナから、身分証の代わりとなるギルドカードを受け取った。掌にすっぽり収まるほどの大きさで、材質は金属と魔力鉱石を合わせたような不思議な質感。表面には光沢が走り、名前とランクがくっきりと刻まれている。
クレジットカードのように薄い板切れ一枚。しかし、この街で生きる者にとっては、まさしく冒険者である証なのだ。
本来、イリスのような立場の者に身分証など必要ない。だが、彼女はいま変装の身。表向きの身分を証明するためにも、このカードは欠かせなかった。
ただひとつ気になったのは――登録に本名を使ったことだ。俺は思わず不安を覚えたが、イリスは平然とした顔で首を振った。
「聖女候補という呼び名は広く知られておりますが、候補者一人ひとりの名前まで知っている者はほとんどいません。ご安心ください」
なるほど。そう言われてみれば、グレンたちもイリスの名をはじめて聞いた時、特に反応を示さなかった。リーナに名前を告げた際も、疑う様子など微塵もなかった。
「グレンさんからのお墨付きがございますので、通常最低ランクであるFではなく、Eランクからのスタートとなります」
リーナが微笑みながら告げる。冒険者は依頼をこなすことで実績を積み、やがてランクが上がっていくらしい。つまり、これからが本当のはじまりだ。
「リーナ。それでギルドマスターはいるか?」
「ええ、二階の執務室にいると思いますよ」
「悪いが、重要な話がある。時間をとるように伝えてくれ」
「わかりました」
リーナは即座に頷くと、軽やかな足取りで階段を駆け上がっていった。
彼女の姿が見えなくなったところで、俺はふと肩をすくめ、独り言のように漏らす。
「……てか、気づいたら俺、冒険者になっちまったんだけど……いいのか、これ?」
「よ、よくありませんっ!」
即座にイリスが食いついてきた。頬を膨らませ、まるで子どもが駄々をこねるように俺を見上げてくる。
「シュウ様はいずれ教会学校に通い、教会の教義や歴史を学んでいただきます。そして正式にミシア教会へ所属し、その威光を示していただくことになるのです!」
「えっと……初耳なんだけど? なに、俺、学校行くの? 勉強とか嫌いなんだが……」
完全に寝耳に水だった。
人生二度目の学生生活なんて冗談じゃない。
「ただ……どうしても冒険者を続けたいとお望みであれば、教会学校を修了した後、巡回聖教徒として各地を巡り、ミシア教を広めつつ、異端者を浄化――つまり排除する任務に就くことも可能です」
「おいおい、後半が物騒すぎるんだが」
学校行きは確定ルートらしい。冒険者を続けるにしても宗教色の濃い仕事が待っているのか……。
そして異端者。
その言葉が引っかかる。ブルドグのように教義を食い物にする者を指すのか。それとも、信仰を持ちながらルールを逸脱する者も含まれるのか。基準がどこにあるのか、俺にはまだ曖昧だった。
「……この件については長くなりますので、一旦ここまでにいたします。ただ一つ言えるのは、シュウ様のように神に近しい御方は、本来なら冒険者などではなく、教会に身を置くべきなのです。腐敗した聖職者を裁くことも、巡回聖教徒の大切なお役目ですから」
イリスの真剣な眼差しに、俺は口をつぐむ。彼女の言い分も理解はできる。だが、人に強制されるのは性に合わない。やるならば、もっと自由度の高い働き方を望みたい。冒険者のように。
「教会に心から尽くしたいと願われるのなら、神殿騎士の道もございます。ですが……おそらく、シュウ様には合わないでしょう」
神殿騎士。おそらく王国の騎士団とは別に存在する、教会直属の武装組織だろう。
つまり、この国には二つの騎士団があるということになる。国と教会、冒険者と教会――人と組織の間には、複雑な利害関係が張り巡らされているらしい。
「さて……これからどう動く? 証拠を押さえつつ、ブルドグを追い詰めなきゃならんが」
「シュウ。それに関しては、俺から一つ提案がある」
グレンが辺りを見回し、俺の耳元に声を潜めた。
「俺たちは洞窟の件をギルドマスターに報告する。そうすれば、多少なりとも協力してくれるはずだ。ギルドマスターは教会嫌いで有名だからな。もしブルドグをこちらで捕らえることができれば、ギルドマスターにとっても痛快なはずだ。教会の尻拭いをしてやった、という大義名分にもなる」
「なるほど……」
「だから悪いが、話が終わるまでは街をぶらついていてくれないか? 夕方には終わる。それと、北地区にある『凪《なぎ》の霧亭《きりてい》』という宿がある。俺たちの拠点に近いんだ。できればそこに泊まってくれ。俺の名前を出せば安くしてもらえるだろう」
「お前……ほんと至れり尽くせりだな。助かるよ」
「当たり前だ。シュウには命を助けられてるんだからな」
グレンは爽やかなイケメンスマイルを浮かべた。
こうして俺は街の探索をしつつ、最終的に『凪の霧亭』に向かうことを決める。
「――そういうわけだ。また後でな、『銀の刃』の皆!」
「ええ。もし魔石を換金するなら、このギルドで買い取ってもらえるわよ」
「さんきゅー。時間ができたらそうするよ!」
最後、リシアに声を掛けられ、手を振りながら別れを告げる。
「よっし! 飯行くか!」
「はいっ!」
「行きますっ!」
俺はイリスとメディナを引き連れ、まずは腹ごしらえに向かうことにした。