完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「クソうめええええっ!!」
思わず叫んでしまった。
口が悪いのは自覚している。けれど、それでも「クソうめえ」としか言いようがない衝撃の味だった。普段なら下品に聞こえるその言葉さえ、今はこの感動を伝えるのに必要不可欠だと思えてしまう。
カウンター席に腰を下ろした俺たち三人の前に並んでいたのは、豪華な天ぷら御膳。
皿の上には、衣をまとって黄金色に輝く大葉、ナス、海老、さつまいも、れんこんといった素材がきらびやかに並んでいる。添えられた漬物や小鉢類も彩りを添え、味噌汁の湯気と白米の香ばしい匂いが食欲をさらに刺激していた。
それはもう、まさに日本の叡智が凝縮された食の芸術だった。
「お、おいししゅぎます……っ!」
メディナが半泣きのような顔で、幸せを噛みしめるように声を震わせる。
「でしょう? このお店は、私がこの街に来てから偶然見つけたイチオシのお店のひとつなんです」
イリスが胸を張って得意げに語る。
「イリス、でかした! この選択は間違いねぇ!」
「ふふっ、満足いただけているようで私も嬉しいです」
衣は外側がサクサクと軽やかで、中はアツアツで旨味が詰まっている。タレをさっとくぐらせて、炊きたての白米と一緒に口へ放り込む。――その瞬間、口の中で炸裂する美味しさに、ただただ感嘆の声が漏れる。これが天国でなくて何だというのか。
これまで通過してきた村には中華料理のようなものを食べる機会があった。
だが、街に来ると、さらに幅広く日本食まで味わえるとは思ってもみなかった。しかも、使われているのは魔物の素材ではない、純粋な食材ばかり。
こちらのほうが一般的らしいが――その分、口当たりが優しくて奥深い。普通の飯って、こんなにも美味かったのかと感動すら覚える。
これから先、この街でどれだけ多くの美食に巡り合えるのか。そう考えただけでも胸が高鳴り、自然と笑みが浮かんでしまう。
「大将! めちゃくちゃ美味かった! また絶対くる!」
「おうよ! 楽しみに待ってるぜ!」
豪快で温かい声を返してくれる大将に、俺も思わず満面の笑みで頷いた。
こうして腹をしっかり満たした俺たちは、心まで満たされた気分で日本食料理店をあとにした。
「まだお昼です。次はどちらに向かわれますか?」
「教会に行きたいと思ったんだが、イリスは顔が知れてるんだろ?」
「そうですね。変装したとしても顔そのものは変わりませんから、気づく人も出てくるでしょう」
「ってことは、そこからブルドグにバレる可能性もあるわけか……」
「あの時、実際に姿を見られたかはわかりません。ただ、可能性としては否定できませんね。ですが、<ミラージュ>を使えば、よほどの強者でなければ見破ることは難しいと思います」
「……俺はただ、ケリュネイアとの約束を守りたいだけだ。なら、わざわざリスクを背負う必要もないな」
「そうでしたか……であれば、別の場所を回りましょう」
そうして俺たちは教会に行くことを一旦見送り、街の探索を続けることにした。
冒険者ギルドや都市庁舎といった、この街の中枢施設は中央地区にある。そして、今まさに俺たちが歩いているのも中央地区の街並みだ。
最終的に向かう予定の宿『凪の霧亭』は北地区にある。そこは最後に回すとして、先に見ておきたいのは別のエリアだ。
東門から入ってきた俺たちは既に東地区を歩いてきている。となれば残るは南地区と西地区。
「なあ、武具屋とか鍛冶屋ってあるか?」
「もちろんです。武具屋と鍛冶屋は大抵併設されていますが、この街にはいくつか店舗があります。有名なのは西地区にある鍛冶屋ですね」
「おっ、じゃあそこに行ってみよう! 正直、メディナのナイフは野盗から奪ったやつらしいし、予備くらいは持っておいてもいいだろ」
そんなわけで、次の行き先は西地区に決まった。
街路を歩いて三十分ほど。きらびやかな建物が立ち並ぶ街並みの中に、ひときわ頑丈そうで、煤けた風合いの石造りの建物が見えてきた。
その上には、でかでかとした看板が掲げられている。――『鍛冶屋ナッデム』。
俺たちは揃ってその店の扉を押し開け、中に入った。
「こんにちはー」
軽く声をかけながら足を踏み入れたが、店内には誰の姿もなかった。
ただ、壁一面に飾られた武器と防具が圧巻の存在感を放っている。剣、槍、斧、鎧――見渡す限りに並べられ、天井近くまで所狭しと並んでいた。
「すげー……武器だけでも、こんなに種類があるのか」
思わず声が漏れる。見たことのない造形の武器や、独特な意匠の防具がずらりと並ぶ光景は、まるで前世で見ていたファンタジー作品の世界そのもの。心の奥からワクワクがこみ上げてくる。
「すいませーん!」
俺は大きな声で呼びかけた。しかし返事はない。
「こんなんじゃ、盗まれちまうぞ……」
店主の姿がないというのは正直不安になる。悪いやつなら、このまま武器を持ち逃げすることだって可能じゃないか――そう思った瞬間だった。
「ナァッッッッデムゥッ!!」
怒号が店の奥から轟いた。次の瞬間、背丈は子供のように低いのに、筋肉が岩のように盛り上がり、クセの強い茶髪とひげを蓄えたゴリゴリの体躯の人物が、手に剣を握りしめながらドスドスと現れた。
「貴様かぁぁ! ワシの武器を盗もうとしていたのはっ!!」
近づいてきた人物は、背は確かに低いが、全身から発する圧がとにかく凄まじい。
彼は勘違いしたまま、俺を怒鳴りつけてきた。
「いやいや! 誰もカウンターにいないから心配になっただけで……!」
「ぬうぅぅぅ……カルタぁぁっ!! 店に客が来たら知らせろと言ったじゃろうがっ、このバカチンがぁぁっ!!」
「おっ、お師匠さまぁぁっ!! ごめんなさいッス!!」
俺の言葉を信じたのか、その人物はすぐさま奥に向かって怒声を放った。
やがて駆け込んできたのは、小柄で炭まみれの作業着を着た少女。ピンク色の髪をショートカットにまとめ、年の頃はメディナと同じくらい。彼女が慌てて飛び出してきて、師匠と呼んだ男に必死に頭を下げていた。
「悪いな。店番はコイツに任せていたんじゃが……どうせクソでもしてたんじゃろう」
「ちっ、違うッス! してたのはおしっこで……!」
「クソもしょんべんも同じじゃろうがっ、このアホタレぇぇっ!!」
「いだぁぁいッ!?」
師匠は容赦なく、カルタという名の少女の頭を剣の柄でゴツンと殴りつけた。
……めちゃめちゃ痛そうだ。
「んで、客人よ。何か用か? ――――ちょっと待て。そのローブ……」
「ああ、これか? もらったやつだ。錬金術で作った特別製らしいけどな」
「…………すまんが、ちょっと見せてはくれんか」
「ん、いいけど……」
師匠は近寄ると、俺の着ていたダークグレーのローブをまじまじと観察しはじめた。
そういえば、特別製と言われても何が特別なのか俺自身よくわかっていないんだよな……。
「まさか……これほどに洗練された錬金術を使えるのは……いや、そんな……ずっと昔に消息不明になったと……」
「どうかしたのか?」
「…………コイツを作った人物の名前……もしかして、ロンド・パイクスって言わんか?」
「ん、ああ! そうだ! うちの村長の名前だ!」
村長――ハゲじじいのくせに、名前だけは妙に立派だなと思いながら、俺は内心で苦笑した。
だが、店の師匠はその名を聞いてなぜか肩を震わせ、額に手を当てて小さく目を潤ませている。
「ま、まさか、まだ生きていたとは……」
すると師匠が額を抑え、なぜか涙ぐんでいた。
死んだと思われていたらしい。
「ああ、ロンド・パイクスは我が師の師じゃ。ワシがポンコツじゃった頃に、ほんの少しお会いしただけじゃがな」
「へえ、そういう繋がりがあるのか。なんかすごいな」
「ロンド・パイクスの錬金術は規格外じゃ。生きてきた中で、最も洗練され、強力な武具を作ることで名を馳せた。しかし今の時代、ロンド製の品はほとんど残っておらんと聞く」
村長がそんなに有名人だったとは、俺の認識は少しズレていたらしい。
村ではただの頭の薄い長老に見えていたが、伝説の域に近い匠なのかもしれない。
「ロンド・パイクスは今どこにいるんじゃ?」
「イアシスの村だ。こっちでは魔郷の森と呼ばれているらしい」
「なっ、魔郷の森だと!?!」
「皆、そんな反応になるんだよなー」
「そりゃあ、消息不明になったのも頷けるが……」
「普通に元気だったぞ。このローブもほんの数週間前に作ってもらったやつだからな」
「そうか……それを聞いて安心した。今度、ワシの師匠にも伝えてみよう…………それで、すまん。用事じゃったな」
やっと本題に戻る。俺たちがこの店に来たのは頼み事があったからだ。
「頼みが二つある。まず、このメディナの持っているのは野盗から奪ったナイフだけ。もっと良い刃物が欲しいんだ。で、もう一つは、このロングソードの手入れ。刃がかなり傷んでるから、研いで整えてほしい」
ロングソードは相棒同然の一本だ。
手入れはしてきたが、自分の技量では限界がある。
「ふむ……外見からしてアサシンか。アサシン用の刃は用途に合わせて色々ある。店の在庫を選んでもいいが、素材は持っているのか? ワシは鍛冶屋じゃ。作るのが本分じゃ」
「ああ、一応素材は用意してる。ほら、これだ」
俺は腰の革袋から幾つか取り出し、カウンターテーブルに置いた。
すると師匠より先にイリスの目が見開かれる。
「なっ、シュウ様!? こちらは!? こんなものを持っているなど、教えてくれなかったではありませんか!」
「ああ、俺も少し前に気づいたんだ。ほら、モグモに馬車を渡す前に荷物を整理しただろ。そしたらこれが出てきて。誰が入れたんだかわからないが、まあ心当たりはある」
テーブルに並んだのは、黒く鋭い固形物と、ゴブリンの魔石よりも透き通った緑の魔石の欠片だった。
「ナッデム!! これは一体なんなんじゃ!?」
「し、師匠……見るだけで異様だと分かるッス!」
師匠とカルタが同時に身を乗り出す。
「ああ、多分だけど。これは白く巨大な狼の魔物の爪とその魔石だ。よくわからんが、魔石は欠片しかないけど」
「いや……これで欠片って、お前さん。どれだけ元がデカいんじゃ……」
「だよな。俺も驚いてるところだ」
思い当たるのは、ケリュネイアと最初に戦ったあの白く巨大な狼。
――聖獣とも呼べるケリュネイアを『猛毒』状態にしたほどのヤバい相手。
「この素材で、良い武器を作ってくれないか? 金は払う。余った素材があれば、それも渡す」
「こ、これをワシらがか!?」
「師匠……!」
「できないか?」
「でっ、できるに決まっておろう! 成形するのが大変じゃろうが期待に応えてみせる、やらせてくれ!」
師匠の気迫が、店内に充満する。
カルタも嬉しそうに目を輝かせた。
「よし、任せた。代金は決まったら教えてくれ」
「ああ、数日ほど時間をくれ。仕上がったらまた来い」
「分かった。ロングソードも頼む」
素材とロングソードを渡すと、師匠はカルタとともに奥へ引っ込もうと――ふと立ち止まり言った。
「まだ名乗っていなかったな。ワシはゴッデア・ナッデム。ドワーフの鍛冶師だ」
「わ、私はカルタ・ロッソッス!」
「俺はシュウ――シュウ・ミレイスターだ。プリーストをしている」
「その出で立ちでプリースト……不思議なヤツじゃ。任せておけ。必ずや最高の武器に仕上げてやろう」
約束の言葉を背に、俺たちは鍛冶屋を後にした。
青空の下、胸の中に小さな期待が残る。数日後の出来上がりが楽しみだ。