完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
この世界に転生してから約三年。
村の生活にも慣れた俺は見た目年齢で十五歳になっていた。
「シュウ。東の森には足を踏み入れちゃいけないよ」
そう言ったのは、俺を拾ってくれたミレイスター夫婦の奥さんであるミゼット。
七十歳超えのババアだが、俺が治療してやってからはクソ元気だ。
「わあーってるよ」
ババアの飯は俺の口に合う濃い味でめちゃめちゃうまい。
今日の朝食は、具だくさんシチューに焼き立てのパンだ。
日本に馴染みのある料理も結構あって、食生活はさほど困るものではなかった。
俺が転生してきたんだ、他に転生者がいて、前世の料理を広めていても驚きはしない。
イアシスの村は農業が盛んらしく、野菜がよく採れる。
肉は凶暴な魔物を狩ることで入手するらしい。
前世では漫画などを読んでいたこともあり、ファンタジー世界の話はある程度知っていた。
だから簡単に受け入れられたが、この時点でまだ生きている魔物を見たことがなかった。
よし、三年も我慢したんだ。東の森に行ってみるか。
俺は好奇心のままにミゼットとの約束を破ることにした。
◇◇◇
俺が教会に立つのは不定期。
暇がある時はいつも教会にいるが、その他はこうして外に出てぶらついたり、知り合いの農業を手伝ったり、ジジイの剣の稽古に付き合わされたりしている。
ババアの「東の森へ行くな」発言は何千回も聞かされた話だ。
でも、なぜ行ってはいけないのかは決して教えてはくれなかった。
凶暴な魔物がいるのではないかと思っているが、危険があればすぐに逃げられるだろうと思い、俺は東の森に足を踏み入れた。
黒い修道服に腰には木刀。なんとも噛み合わないスタイルだが、俺が持っている生地の厚い服はこれだけ。だからしょうがない。
ただ、俺はこのあと後悔することになる。
魔物という存在が、どのようなものなのか、全くわかっていなかったのだから。
イアシスの村は森に囲まれている。
どこから出ようとも必ず森を通らなければいけないらしい。
俺はこれまで一度も森の外には出たことがなかった。
だからこそ、森の外の世界が気になっていた。
森は静かだった。
一時間ほど歩いても、魔物のような存在に一度も遭遇しなかった。
拍子抜けしていたが、次の瞬間、俺の安堵感は吹き飛ばされる。
「グルォアアアアアアアッ!!」
「キィーッ! キィーッ!」
突然、聞いたこともないような鳴き声が俺の鼓膜を揺らした。
心臓の音が聞こえるほど緊張していた。
おそるおそる、木陰から近づく。
すると少し開けた岩場のような場所にいたのは、白く巨大な狼の魔物と神秘的な雰囲気を纏った黄金の角を持つ鹿の魔物だった。
「うおっ、マジかよ」
見る限り二体は直接的な攻撃は一切していなかった。
していたのは魔法による攻撃。
狼は風魔法で空気を切り裂き、鹿は雷を操っていた。
雷ってどの属性だ……風……いや火属性に入るのだろうか。
わからないが、とんでもない威力での魔法の撃ち合いだった。
「――――ッ!!」
しかし鹿の方が劣勢だった。
理由は俺でも理解できた。お腹に怪我をして血を垂れ流していたから。
今の戦闘で怪我をしたのかはわからない。
だが、そのせいで動きが鈍い気がした。
風と雷の撃ち合いが続く中、狼が肉薄し、鋭い爪で鹿の顔を狙った。
危ない――そう思ったのだが、鹿の姿はそこにはなくて、いつの間にか狼の背後に回っていた。
次の瞬間、轟音――いや、轟雷が空から降り注いだ。
とてつもない音と共に雷が無防備な狼の背中に直撃――その場にバタリと倒れ、鹿の勝利に終わったことがわかった。
「おお…………」
感嘆で俺は声を漏らしていた。
怪獣バトルのような衝撃的な戦いだった。
さすがのジジイでもあの戦いには介入できないだろう……多分。
だが、感心している俺の視線の先、狼を倒したはずの鹿が同じようにバタリと地面に倒れ込んだのだ。
もしかするとあの傷が理由なのかもしれない。
でも、遠くから見る限り、それほど大きな傷には見えなかった……。
「…………クソっ」
なぜだかわからないが、俺は鹿が死んではいけない気がした。
だからゆっくり、ゆっくりと鹿に近づいた。
頼む、攻撃しないでくれ。
大丈夫だ、大丈夫だから……。
心の中でつぶやきながらそっと近づいた。
目の前までくると、鹿は想像以上に巨大だった。
体長は七メートルはあるかもしれない。一方ですぐ横に倒れている狼も鹿と同じくらいデカい。
「お、おい……お前、大丈夫かよ」
心臓をバクバクさせながら話しかけた。
『ふむ。イアシスの者か』
「は?」
鹿がしゃべったあああああああああ!?
さっきまであなたキィーキィー言ってましたよねぇ!?
『鹿でも喋るだろう。知らんのか?』
「いやいやいや喋らないだろ! てか心読むなよ!」
なんつーか、この鹿絶対おかしい。
神秘的だとは思ったけど、喋ると声が太くておっさんっぽい。確か鹿はオスにしか角が生えないって言うし、こいつに角があるってことは――
『ちなみに我は女だ』
「すんませーんっ!!」
俺は殺されると思い、即座に土下座した。
うん、こいつは鹿じゃなくて魔物だったね。俺が知っている動物に当てはめることが間違いだった。
「お前を助けたいのはやまやまなんだが……俺は回復魔法を使えない」
『回復魔法なぞ効かん。これは毒だからな』
「えっ、毒?」
『ああ、ヤツにやられた。ヤツは我の縄張りを奪いに遠くからやってきたようだ。いつもならこのような者、返り討ちにするのだが、今日ばかりは少し油断してしまった』
狼が毒を使った攻撃をしたってことか。
確かにあの巨体から生み出される毒と考えたら、おそろしく強いだろう。
『せめて癒やしの泉までたどり着けたのなら、どうにでもなったのだが……』
「そういう泉があるんだな」
『ああ、時間はかかるが、猛毒すら癒やしてくれる泉だ』
まあ、この巨体では俺一人じゃ運べないだろう。
大きな荷車に縛って三十人以上が協力してやっと運べるようなレベルに思う。
ゾウの体重が五千キロくらいなら、この鹿は二トンはあるのかもしれない。
『女の体重を推し測るなど、男の風上にもおけないな』
「やっぱり心読んでるぅー!?」
もう俺は余計なことを考えるのをやめた。
だから、本題に入った。
「お前のその毒……状態異常なんだろ?」
『そうだな』
「なら俺が治してやる。そこを動くな――」
『お主が……?』
「ああ。いいから動かず休んどけ」
意思疎通ができ、攻撃してこないことに安心した俺は、鹿の体に近づいた。
そして、手をかざし、『猛毒』の状態異常を治す、スキルの指示を脳内から導き出す。
「――まあ、魔物だし、気にしなくてもいいだろ」
『何をするつもりだ』
「メスだからって、喘ぐんじゃないぞ」
『なっ――』
俺は鹿の巨尻に右手を当てる。
自然の中で暮らしているのに、毛並みはとても綺麗でサラサラだった。もしかすると誰かが櫛でブラッシングしているのかもしれない。
鹿が言っていた通り、これは通常の『毒』ではなく『猛毒』だ――だから、今回の治療は本気を出すことにした。
なぜだかわからないが、本気を出す時、左手で金のロザリオを握っているとより効果が発揮できる気がしている。
だから俺はロザリオを握りながらスキルを発動した。
「――<完全解呪《パーフェクトクリア》>」
白い光が右手に宿る。
俺は鹿の巨尻をさすりはじめた。
『ンオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!?』
聞きたくもない鹿の嬌声が森に響き渡った。
こいつが何歳なのかわからないが、若くて可愛い女性に限定しなくてもこういった指示になるらしい。新たな知見を得た。
「やっぱり狼の毒は……強力か……っ」
今までに毒の治療は経験済みだ。
村人が虫の毒にやられた時、治療してやった。
その時は一瞬で治療が終わったのだが、この毒はそうではないらしい。
しかも十字架を握りながらの本気治療――相当に強い毒だとわかる。
未だに鹿は叫び続けている。ンオ゙ンオ゙うるさい。
けど、俺はコイツを助ける使命があるような気がしている。
だから、もう少しだ。頑張れ。
――そうして、十分ほどが経過。
通常の『毒』なら数十秒ほどで済んでいたものが、なんと十分もかかった。
しかしそれでも、完全に治療できたことが俺の手から伝わった。
「――具合はどうだ?」
『ムッ、ムムムムッ……これは……治って、いる……?』
どこぞのスポーツ実況者のような声を出しながら、鹿は毒の治療ができたことを確認したらしい。
その証拠にお腹の傷口から流れる血が止まっていた。
『――<ヒール>』
「うおあっ!?」
すると鹿は突然、最下級の回復魔法を使いだした。
神々しい光がお腹の傷をどんどん癒やし、傷口が塞がれていく。
……威力、おかしくない?
『我を誰と心得る。この地を支配する聖獣ケリュネイアぞ。通常の<ヒール>の威力も数倍に跳ね上がっておるわ』
「へ、へえ……」
聖獣ってなに? 魔物じゃないの?
しかも魔法って使う人によって威力が変わるんだ。知らなかったぁ〜。
◯ラゾ◯マではない、◯ラだってやつ?
てかジジイ、その辺の知識も最初に教えとけよ。
『我が聖獣としてイアシスの村とこの森一帯を守っておるのだぞ。感謝せよ』
「先に感謝するのはそっちじゃない?」
『ムムッ……確かにお主の言う通りだ。――深く感謝しよう』
すると鹿――ケリュネイアは立ち上がると腰を低くし、頭を下げた。
その礼の仕方は魔物……いや聖獣だけど、そういった部類の相手にしては、とても丁寧な礼に見えた。
それにしてもこいつがイアシスを守ってたのか。
どうりで村には魔物が襲ってこないわけだ。
「お、おう……じゃあ俺は帰るわ」
『――ちょっと待て』
ギク。まさか回復したからって、俺を襲ったりしないよな?
だって聖獣だし。村を守ってるって言ってたし。
いや……もしかして貢物として人間を……?
『人間なぞ食うわけがなかろう。魔物で事足りておるわ』
「よかったぁ……っ」
『我の背中に乗るのだ。連れていきたい場所がある――』
「え……」
そうして、ケリュネイアを回復させると、俺はどこか知らない場所へと連れていかれることになった。
力の差から断る選択肢などないので、鹿の言うことを聞くことにした。