完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――シュウ、朝飯を食ってからでいい。冒険者ギルドに顔を出してくれないか? まずはギルドマスターと会ってもらいたいんだ」
『凪の霧亭』の一階で朝食をとっていると、グレンが現れてそう言った。
俺は焼き立てのパンをもぐもぐやりながら片手で相槌を打つ。すると彼は、にかっと歯を見せてサムズアップし、そのまま軽快に宿を出ていった。なんというか、朝からやたらと元気なやつだ。
俺たちは食事を済ませ、荷物を整えてから宿を出た。まだ朝の空気はひんやりしていて、通りには人もまばら。石畳に差す陽光は眩しく、どこか清々しい。
三人並んで歩いているときだった。
「おがああさあああんっ!!」
不意に、甲高い泣き声が路地裏から響いた。振り向けば、細い路地の暗がりで小さな女の子が膝を抱えて泣いている。
目を真っ赤にして、鼻水まで垂らしている。年の頃は五つか六つだろうか。
「…………ったくよ」
本当ならこのままギルドに向かわなきゃならない。だが、見て見ぬふりができるほど俺は冷血漢じゃない。
仕方なく足を止める。
「イリス、メディナ。悪いが、ちょっと寄り道するぞ」
「もちろんです。さすがシュウ様、お優しい」
「わ、私は従いますっ」
二人が即座に頷いたので、俺はその子のそばにしゃがみ込んだ。
「おい、どうした? 母さんに置いてかれたのか?」
なるべく柔らかい声を心がけてみたのだが――
「……うぎゃああああああああっ!?」
女の子は俺の顔を見た瞬間、さらに泣き声を大きくした。
……ああ、そうだった。俺の目つきの悪さを忘れていた。村でも何度か小さな子供を泣かせた前科がある。自覚しているだけに、妙に心に突き刺さる。
「おいおい泣くなって。俺が母さん探してやるから。な?」
頭をかきつつ声をかけるが、やっぱり怯えてる様子だ。正直、子供の扱いは苦手だ。ノーラみたいに懐っこい子ならなんとかなるんだが、こうも泣き喚かれると手の打ちようがねえ。
「……ん? お前、膝怪我してんじゃねえか」
よく見ると、膝小僧が擦りむけて赤くなり、血まで滲んでいる。どうやら転んでここに座り込んでしまったらしい。
俺は溜め息をついてから、手をかざした。
「ちょっと待ってろよ。今、治してやる――<ヒール>」
淡い光が少女を包み、傷口がみるみる塞がっていく。だがその瞬間――
「……あっ!」
横にいたイリスが手を伸ばし、抑えようとした。だが、時すでに遅し。
俺の回復魔法を受けた少女はきょとんとした顔をして、それから――
「わぁああああっ」
大きな目を輝かせ、治った膝を見せて歓声をあげた。
痛みが消えたのがよほど嬉しかったのだろう。
「ほら、これで大丈夫だな。んじゃあ母さん探すぞ」
「……お兄ちゃん、ありがと……でも、わたし、お金、ない……」
「はっ、礼なんざいらねえ。その気持ちだけで十分だ」
「ありがと……!」
少女の頭をわしゃわしゃ撫で、涙をぬぐってやる。泣き顔がようやく笑顔に変わった――そのとき。
「<ミラージュ>」
「<隠密>」
イリスとメディナが突然、魔法とスキルを発動して姿を消した。
「は……?」
俺がぽかんとしていると、すぐに理由が分かった。
「こらーっ! そこの人ーっ!」
「あ?」
修道服を着た眼鏡のシスターが、裾をつまみながらこちらに駆けてくる。息を切らしながら、しかし真っ直ぐに俺を指差した。
「あなた! 今、この街中で回復魔法を使いましたね! しかも大聖堂の近くで!」
「使ったけど、それがどうした?」
「当たり前でしょう、違反です! 回復魔法は一部の例外を除き、街中では教会の施設内でしか使ってはならないのです! しかも定められた奉納金を受け取った上で!」
……マジかよ。
確かに、回復魔法は教会のビジネスだって話は聞いてた。だが街で使っちゃいけないなんてルールがあるとは知らなかった。
なら、冒険者の神官はどうしてんだ? 街を出るまで我慢してるのか?
さっきイリスが声をあげたのも、多分このせいだろう。止めようとしてくれてたんだ。だが、あのときの俺は、少女の傷を治す以外考えられなかった。
「……あなた、その服の下に修道服を着ていますね。どこの所属ですか?」
「所属? んなもんねえよ」
「無所属……ですって? それなのに回復魔法を? ますます怪しい!」
「いや、田舎から出てきたばっかなんだよ。こっちの常識はまだ勉強中だ。悪かったよ」
なんとか言い訳をするが、どうやら逆効果だったようだ。シスターの目がギラリと光る。
「無所属……それなら、ぜひ我がブルドグ派に入ってくださいっ!」
ブルドグ……?
その聞き捨てならない名前に、俺は思わず眉をひそめた。
「…………もし、俺がお前についていったら、そのあとどうなる?」
「回復魔法が使えるのなら、まずは怪我人の治療を中心に活動していただきます」
「それだけか?」
「もちろん、それだけではありません。大きな結果を残すことができれば、大司教様のお眼鏡に叶い、一般教徒からランクアップする道も開けます。その際には、給金だって上がります」
「へえ……」
シスターは眼鏡の奥で瞳を光らせ、まるで俺を値踏みするように見つめていた。
俺は無意識に口元を歪める。これは――悪くない。
むしろ絶好の機会だ。
教会内部に潜り込むことさえできれば、ブルドグが裏で行っている悪行を暴けるかもしれない。金と権力にまみれた奴の尻尾を掴むには、これほど都合のいい状況はない。
イリスもメディナも、今も近くに潜んで様子をうかがっているはずだ。
俺は考えるふりをしてから、一歩だけシスターから距離を取り、小さく独り言をつぶやいた。
「イリス、メディナ。悪いが冒険者ギルドへ行って、ギルドマスターから話を聞いてきてくれ。ついでにワイバーンの魔石は全部売って換金してもらえるか。あとは任せる」
ほんの数秒後、耳の奥にささやき声が届く。
「承知しました。ただ一度教会に入ってしまえば、そう簡単には抜け出せません。おそらくどこかの教会に配属され、そこで寝泊まりを強いられることになるでしょう。……ですが、深夜になれば私かメディナ様が必ずシュウ様に接触しに行きます。その時に情報を共有いたしましょう」
イリスの冷静な声が響き、俺は小さく頷いた。これで方針は決まった。
そして再びシスターへと向き直る。
「わかった。ただし条件が一つある。この子からは金を取るな。そして母親を探す手伝いをしてからにしてくれ」
「…………承知しました。今回は、あなたが故意に規則を破ったのではないことを信じましょう。その条件も受け入れます」
意外と柔軟に対応してきた。てっきり頭ごなしに命令してくるかと思っていたが……いや、すでに十分強引なやり口か。
「よし、それじゃあ――」
母親を探すために立ち上がろうとしたその時だった。
「メアリーっ!!」
「お母さんっ!!」
大通りの方から女性が駆け寄ってきて、少女も泣き顔を輝かせて飛び出した。二人は互いに抱き合い、無事の再会を喜んでいる。
「勝手にどこか行ったらだめでしょう!」
「ごめんなさい……」
母親はきつく抱きしめながら叱り、少女は小さな声で謝った。
俺はその光景に少し肩を落とし、ため息をつく。どうやら俺の出番はここまでらしい。
「えっと……」
母親が俺たちに気づき、戸惑った表情を見せた。
「この子が迷子だったみたいでな。少しだけ様子を見てただけだ。見つかったなら何よりだ。今度はしっかり手をつないで帰れよ」
「……はい、本当にありがとうございます!」
母親は何度も頭を下げ、少女は「お兄ちゃん、ばいばーい!」と元気に手を振ってきた。二人の背中が人混みに消えていくまで、俺は無言で見送る。
「…………」
隣で黙り込んだままのシスターが、じっとこちらを見ていた。
「なんだよ」
「見かけによらず……お優しい方なのですね」
「……お前なあ、人を外見だけで判断するんじゃねえよ」
眼鏡のブリッジをくいっと押し上げる仕草をしながら、彼女は微かに笑んだ。
その態度に俺は深く嘆息するしかない。
こうして俺は、イリスたちに後を任せ、シスターと共に教会へ向かうことを決めたのだった。
◇◇◇
「シュウが……教会に潜入したぁ〜〜〜!?」
冒険者ギルド。一階の受付フロア。
そこで『銀の刃』のメンバーは、イリスとメディナと合流していた。
直前に起きた出来事――シュウがシスターに連れられて教会に向かった経緯を聞いた瞬間、リシアは大声を上げ、頭を抱え込んだ。
「すみません。私が止める前に、シュウ様は迷子の少女へ回復魔法を使ってしまわれたのです」
「……あー……アイツ、ほんっと何やってんのよ……」
リシアは額に手を当てて呆れた声を漏らした。
イリスは真剣な顔を崩さぬまま、淡々と告げた。
「ですが、シュウ様はそのままブルドグ大司教を追うつもりのようです。ですので、ギルドマスターへのご挨拶は、代わりに私が直接させていただきます」
「……なるほどな。だが、ギルマスが納得するかどうかは別問題だ」
グレンが苦々しい顔をし、腕を組んだ。
彼とてシュウの行動には呆れていたが、今さら本人を呼び戻すこともできない。
「まあ……仕方ねぇ。とりあえずギルマスに会わせてみよう。あの人がどう判断するかだ」
そう言って渋々立ち上がると、グレンはイリスとメディナを伴い、重厚な階段をきしませながら上階へと案内していった。
向かう先は――冒険者ギルドの要、ギルドマスターの執務室である。