完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
シュウが教会のシスターに連れていかれたことを共有したあと、グレンはイリスとメディナを伴い、ギルドマスターの部屋へと足を向けた。
「――悪い、ギルマス。シュウは来れなくなった。外で不用意に回復魔法を使っちまってな……それで教会に目をつけられたらしい」
茶色の髪を揺らしながら告げるグレン。その言葉に、ギルドマスターのバーグ・ステーキは重苦しい眉間の皺を深めた。
「なんだと……そいつは随分と厄介事に巻き込まれやすい男らしいな。実際に顔を見て話して、力を貸すか決めようと思っていたんだが……」
渋い声とともに、バーグの表情は険しくなる。その視線を正面から受け止め、一歩前へ進み出たのは、冒険者風に変装した小柄な少女だった。
「シュウ様の代わりにお話に参りました。イリス・カーネリアと申します。普段は聖女候補と呼ばれておりますが、今日は変装をしております」
「お前が聖女候補か……」
バーグの目が細くなり、険しさが増す。教会関係者と聞いただけで、彼の体は条件反射のように緊張してしまうのだ。
「あなたが教会に強い嫌悪を抱いておられることは、グレン様から伺っております。ですが、既にこの街はブルドグ大司教の支配下に落ちかけています。今この瞬間も、見知らぬ女性たちが悪意に晒されているのです」
凛とした声で告げるイリスに、バーグの瞳がわずかに揺れた。だがすぐに、鋭い憎悪がその眼差しに宿る。
「俺は何度も見てきた。回復魔法を施されず、助かるはずだった仲間が金のために見殺しにされた光景を……」
「……はい」
「だから俺は、教会が大嫌いだ。救える命を救わず、金を数える連中をどうして許せる」
言葉は鋭く突き刺さる。それでもイリスは逃げず、正面からその怒りを受け止めた。
「おっしゃる通りです。ただ、それは私個人の意思だけでは変えられません。治療費の値下げは、上層部全体の同意がなければ決まらないのです」
「わかっている。だが……お前はどう思っている?」
ギルドマスターは、子どもと大人ほど背の差があるイリスを見下ろし、問いただす。
「私は、今の教会のあり方すべてが正しいとは思っていません。ハラマリア様の指示ではありますが、各地を回り、患者の声を聞き、改善を訴え続けています。たとえば、お金をすぐ用意できない患者でも、後払いの約束であれば回復魔法を施すべきだと。しかし……その土地を牛耳る大司教や枢機卿がいる限り、簡単には通りません」
彼女は聖女候補に過ぎず、聖女ではない。発言力も政治力も限られている。焼け石に水にしか見えない努力――それでも、声を上げ続けることが無意味ではないと信じている。
何より、今はシュウがいる。
彼の存在こそが、教会を根本から変える希望なのだと、イリスは本気で思っていた。
「…………お前は、他の教会の人間とは少し違うようだな」
「当たり前です! 私は本気で教会をより良くしたいと考えています! 空回りしてしまうこともありますが……それでも! ――そして、シュウ様ならば、この大きな事件でさえ、魔族が絡んでいようと必ず解決に導いてくださるはずです!」
「そこまで信じるのか……その男を」
バーグは口元を歪め、イリスの真っ直ぐな情熱に押されるように頷いた。
「ああ、ギルマス。俺からも言うが、シュウは本物だ。本気を出せば、ギルマスだって一瞬でやられるかもしれんぞ」
「ほう……この俺をか? 元Aランク冒険者だった、この俺を?」
「見ればわかる。シュウの戦いを一度見れば、嫌でもな」
「……なら、事件を片付けたら、修練場で相手をしてもらうとしよう」
「ギルマス、それは……!」
「ふんっ。協力してやろう」
白い歯をニカッと見せ、豪快に笑うバーグ。
イリスは深く頭を下げ、心からの礼を述べた。
「――ただし、俺にできることは限られている。信頼できる冒険者に個別に声をかけること。そして、古い友人を頼って協力を仰ぐことくらいだ。せいぜい、事態が悪化したときに教会の施設やブルドグの屋敷を取り囲む程度だな」
「イリス、それでいいか?」
バーグが示した協力の範囲に、グレンはイリスへと視線を送る。
「問題ありません。ありがとうございます。潜入調査はシュウ様が必ずやり遂げてくれるでしょう。あとは……メディナ様にもお願いしたいことが」
「わ、私ですかっ!?」
まさか自分に役割が回ってくるとは夢にも思っていなかったメディナが、目を丸くして声を上げた。
◇◇◇
「――なあ、どこに行くんだ、マリエル」
眼鏡をかけたシスターの背中を追いながら、俺は声をかけた。
ちなみに彼女の名前はマリエルらしい。
「まさか、いきなり大聖堂に向かうとは思っていませんよね? この街には地区ごとに教会があります。これから向かうのは、東地区にある教会です。その横に治療院が併設されていて……まずはそこに、あなたを配属させます」
「……なるほど」
予想はしていたが、やはり大聖堂直行とはいかないらしい。
大司教クラスの人物にいきなり近づけるほど、世の中は甘くない。
「へえ、治療院なんてのがあるのか。俺の村にも教会はあったけど、教会そのものが治療所みたいな扱いだったぞ」
「そうでしょうね。治療院がある教会は、街の規模がそれなりに大きいところに限られます。小さな村では、回復魔法を使える人間自体が少ないでしょうし、わざわざ区別する意味もありませんから」
「確かに、言われてみれば納得だな」
思わず感心する。
考えてみれば、街の規模が大きくなれば患者も桁違いに増える。
ベッドの数も、スタッフの数も必要になる。治療院が併設されるのも当然だ。
……前世で言うなら、個人医院と総合病院みたいな違いか。
「こちらです」
北地区からしばらく歩いたのち、俺たちは目的の教会に到着した。
目の前に現れたのは、俺が想像していたよりもはるかに大きな建物だった。村の教会など比べ物にならない。
そして横に並んで建つ治療院も、教会と同じ規模を誇っている。
中に足を踏み入れた瞬間、俺は思わず目を見開いた。
「次の患者ーっ!」
「回復魔法が追いついてない! 魔力回復ポーション、早く!」
「えっ!? 人手が足りない!? 誰でもいいから手伝え!」
「邪魔よそこ! 次の患者を何分待たせる気なの!」
――戦場だった。
外観は荘厳で静謐だったはずなのに、中は大混乱。
修道服を着たシスターや修道士が、走り、叫び……常に誰かが駆け回っていた。
「シュウ、と言いましたね。あなた、回復魔法はどの程度使えます? 他にできることは?」
「下級魔法までだ。あとは村で医者の真似事をしていたから、薬草の種類は多少知ってる」
「わかりました。では院長に指示を仰ぎましょう」
マリエルは慣れた足取りで混沌とした廊下を突き進み、奥で頭を抱えていた年配のシスターに声をかけた。
いかにもお局という雰囲気の、厳しそうな女性だ。
「メグズリーさん! 助っ人を連れてきました!」
「助かるよ! それで、何ができるんだい!?」
「下級の回復魔法と、薬草の知識が多少あるそうです」
「ふむ……十分だ。よし、すぐ三番の治療室を任せる! ぶっ倒れるまで回復魔法を使い、適切な薬草を与えてやりな! 補助は……マリエルさん、あんたがついてやってくれるかい?」
「ええ、私が連れてきたんですから、それくらいは当然です」
有無を言わさず話が決まり、俺は三番の治療室へ案内された。
部屋は小さめで、机と椅子、それに棚には瓶詰めの薬草がずらりと並ぶ。壁際には治療台が一台。
……これなら、なんとかやれそうだ。
「では、はじめましょう」
俺はローブを脱ぎ、修道服姿になって椅子に座ると、マリエルが患者を呼び入れはじめた。
「膝を怪我してしまってねぇ……」
最初に現れたのは白髪の老婆だった。深い皺の刻まれた顔立ちからして、八十を超えているだろう。
治療台に横たわると、自らロングスカートをめくり、膝の怪我を見せてきた。血が滲み、痛々しい光景だ。
「ばあさん、悪いのは膝だけか?」
「歳も歳だからねぇ。膝の関節が痛くて、最近は歩くのもひどく大変なんだよ」
なるほど――おそらく『膝関節痛』の類いだろう。
これは、もしかすると根本から治せるかもしれない。
「じゃあ、治療するからな――<ヒール>」
俺は老婆の膝に手をかざし、同時に――<完全解呪>を静かに発動させた。
見た目にはただの回復魔法。しかし実際には、その根本にある不調ごと治療する行為だ。
「えっ――」
「まあ、細かいことは気にすんな。黙って見てろ」
普通、魔法は触れる必要がない。だが俺は<完全解呪>の指示通りに膝に触れ、指でさすりながら魔力を流し込んだ。
時間にして十五秒。<ヒール>の裏に偽装した<完全解呪>の行使は終了する。
「よし、終わりだ。立ってみな」
手を離すと、膝の傷はまるで最初から存在しなかったかのように消え去っていた。
「おお……痛みが消えてる……むっ、むんっ、ふんっ!」
「お祖母様!?」
治療台から立ち上がった老婆は、なんといきなり屈伸をはじめた。
あまりに唐突な動作に、マリエルが止めに入ろうと慌てる。
「ほっほっほ! 膝の重さまでなくなったわぁ! いやはや、こんな腕のいい修道士がいたとはねぇ」
「このくらい朝飯前だ。だが無理はすんなよ、ばあさん」
老婆はにこやかに礼を言うと、意気揚々と治療室を後にした。
「シュウ……言いたいことは山ほどあります。ですが、患者は次から次へと押し寄せています。質問はあとにします」
「へいへい。好きにしろ」
マリエルは眼鏡の奥でじろりと俺を睨みつけながらも、すぐに次の患者を呼び入れた。
それからも治療は続いた。怪我の手当や軽い病気ばかりで、深刻なものは少ない。薬草で十分対応できる患者も多く、俺は次々と片づけていった。
「魔力ポーション切れました! 一番と二番、それに四番がもう限界ですー!」
治療室の外からそんな悲鳴が響く。魔力欠乏で倒れる修道士やシスターも出ているらしい。
俺はマリエルと目を合わせ、軽くうなずいた。
「残りの患者は全部三番へ回しなさい! こちらで診ます!」
マリエルが指示を飛ばし、以降の患者はすべて俺の担当となった。
そういえば、俺は魔力欠乏なんて一度も経験がない。これもレベルの恩恵なのか……。魔法を覚えたのはそれなりにレベルを上げたあとだったからなぁ。
気が付けば診るべき患者はもういなくなっていた。
「ふぅ……やっと片づいたな」
「もう閉院の時間です。お疲れ様でした、シュウ」
マリエルがねぎらいの言葉をくれる。
しかしその直後、治療室の外を確認した彼女が「最後に一人だけ残っています」と告げた。
俺は肩をすくめて、それを引き受ける。
「閉まる時間なのにすまないな」
入ってきたのは、ずんぐりした大柄の男だった。服装はだらしなく、寝起きのように気の抜けた雰囲気。だが口調だけは威厳があるように感じた。
「ああ、構わない。もう一人くらいどうってことないさ」
軽口を返しながら、俺は椅子に座る患者を見上げた。――そして固まった。
その顔は、まるで豚。
いや、豚そのものを人間の形に無理やりねじ込んだかのような異様な風貌。
ゴツい体躯といい、思わず俺は心の中でつぶやいてしまった。
……こいつ、オークじゃねえか。