完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
――時は昨夜へと遡る。
『メディナ様。ブルドグ大司教が地下に所有する施設に忍び込み、可能な限りの情報を掴んできてほしいのです』
聖女候補イリスから託された任務。
十四歳のアサシン・メディナは、彼女の真摯な眼差しに応えるべく、迷うことなくその依頼を受け入れた。
場所は、人気の絶えた狭い路地の先にある。
夜の闇に紛れ、足音すら殺し、吐息すら押し殺す。姿を完全に覆い隠したメディナは、イリスの指示どおり、影のように歩を進めていく。
地下へと続く石の階段を降りると、そこには二人の男が仁王立ちしていた。
粗野な野盗のような風貌だが、鍛え上げられた筋肉が全身に浮かび上がっている。
だがどれほど腕に覚えがあろうと、メディナの<隠密>を見破ることなどできはしない。
彼女はいわば、風すら立てぬ空気。
誰も、その場をすり抜けていく存在に気づくはずがなかった。
さらに奥へ進むと、いくつかの扉が並んでいた。
その一つが半ば開き、隙間から橙色の光が漏れている。
メディナは慎重に近づき、気配を探りながら音を立てぬよう扉を押し開けた。
……気づかれることはなかった。
彼女はそのまま部屋の中へと潜り込む。
そこには高級そうなソファと、磨き上げられたテーブル。
そして二つ並んだ紅茶のカップからは、まだ立ち上る湯気が漂っていた。
そのソファに腰掛け、優雅にカップを傾ける二人の人影。
「――して、あなたはこちらに何を提供できるのでしょうか」
低く響いた声。白い法衣に赤髪の男――その姿を視認した瞬間、メディナの胸に怒りが燃え上がる。
腰のナイフに思わず手が伸びた。
無理もない。彼こそが、メディナを洞窟へ閉じ込め、ゴブリンの蹂躙に晒し、さらに魔道具を与えて奴らを操らせた張本人だった。
(ブルドグ……! でも、今じゃない……っ)
奥歯を噛み締め、殺意を押し殺す。
任務はあくまでも情報収集。独断で動いてシュウやイリスに迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「はい。私はミレディア帝国にて、アダルトグッズ専門の商会を営んでおります」
「ほう……」
「王国では流通していない品も数多く取り揃えております。もし大司教様のお客様にこれらを流していただければ、双方にとって大きな利益となりましょう」
ブルドグと対面していたのは、西方の大国・ミレディア帝国の商人だった。
どうやら商談の真っ最中らしい。
「これが、その品か」
商人が鞄から取り出したのは、艶めいた形状の品々。
テーブルに並んだそれらを、ブルドグは怪訝そうに手に取る。
「それは吸引ローターという商品です。これを使って快感を得られない女性はいないとされ、帝国では爆発的な人気を誇っています。……過激な愛好者には向きませんが、王国で流通させれば確実に売れます」
「……なるほど。表で繋がっている商人に流せば、我が懐にも十分な利益が舞い込むだろうな」
「ええ。我々としても、帝国の品が国外で広まるだけで価値があります」
四大国は古来より対立を繰り返してきた。
戦争もさることながら、異なる神々を信仰していることが最大の要因。
そのため文化も物資も、他国には流れにくい。だからこそ、今この場で交わされているような裏取引が意味を持つのだ。
「――いいでしょう」
「では、この契約書にサインを」
ペンを走らせ、ブルドグは帝国商人と契約を結んだ。
やがて商人が立ち去ると、室内には静けさが戻る。
残されたブルドグは紅茶をひと口含み、深々とソファに沈みこんだ。
「一歩一歩……確実に進んでいる。積み重ねさえすれば、やがて私は枢機卿の座へ――そうなれば、この国は私のものとなったも同然だ。くふ、ふふふ……」
ブルドグ大司教は、誰に聞かせるでもない独り言を漏らし、不気味な笑みを浮かべた。
――その首筋に、冷たく鋭い刃先が押し当てられていることなど露知らずに。
(書類……ああいう契約は証拠になるのかな。でも、直接的な悪事じゃない……。それでも報告しなきゃ……)
小さく胸中で呟き、殺意を押し込める。
ブルドグがソファに沈み、うつらうつらと眠りに落ちはじめたのを確認すると、メディナは音もなく部屋を後にした。
次に向かった先——重厚な両開きの扉の前で一度振り返り、人気がないのを確認する。
ゆっくりと押し開けた瞬間、濃密な空気と共に、異様な匂いが鼻を突いた。
(な、なに……これ……?)
嬌声が乱れ飛ぶ。裸身の男女が床に、壁際にともつれ合い、獣じみた交わりを繰り返している。
数え切れぬほどの人間が入り乱れるその光景は、まさに酒池肉林――。
(イリス様が言っていたのは、このこと……)
事前にイリスから聞いていたため、こうした部屋があることは知っていた。だが、実際に目にする光景の衝撃は想像を遥かに上回っていた。
(違う……こんなの、愛じゃない……)
脳裏に蘇ったのは、シュウとのひととき。
不器用ながらも温もりがあった行為。けれど今目にしているのは、愛も尊厳もなく、ただ快楽と支配に蹂躙されるだけの光景。女性たちの瞳は虚ろに濁り、魂が抜け落ちたように見えた。
「……ああ、美味しい。空腹の時にはここが最高だねぇ」
部屋の隅から、ぞっとする声が響いた。
その瞬間、視界に飛び込んできたのは――男女の体から淡く白いものが吸い上げられていく異様な光景。
(何か、吸ってる……!)
声の主の姿を目にした瞬間、メディナの背筋に凍える恐怖が走った。
薄紫色の肌、雪のように白い髪。その間から突き出た二本の角。
(ま、魔族……あれが……ドロテイア……っ)
イリスから聞いた名を思い浮かべただけで、膝が震えた。
――見つかれば、一瞬で殺される。そう確信できるほどの存在感だった。
「オラァ! 孕みやがれ、この淫乱メス豚がぁ!」
そんな時、突如として怒声が響き渡る。
その声を聞いた瞬間、メディナの血の気が引いた。
(え……え……この声……!?)
目を凝らすと、女に覆いかぶさり暴力的に腰を打ちつけている男がいた。
顔の上半分を仮面で隠してはいたが、耳に焼き付いて離れない声。
――衛兵のジルべ。
つい先日、ハレスの門で検問に立ち、グレンの無事を心から喜んでいたあの青年。
だが今は、女性をただの物のように扱い、欲望をぶつける醜悪な姿をさらしていた。
(なんで……でも、報告……しなくちゃ……っ)
震える唇を噛みしめ、扉に手をかける。
――ガキンッ。
鋭い音と共に、頭上すぐ横の壁に深々と爪痕が刻まれた。
(ひぅっ……!?)
間一髪。ほんの数センチずれていれば、メディナの頭は貫かれていた。
壁を裂いたのは、ドロテイアの長く鋭い爪だった。
「ん〜〜? この辺に何かいたような気がしたんだけどねぇ……」
姿は見えていない。気配も感じ取られていない――はずだった。
だが、異常な嗅覚なのか、第六感なのか。ドロテイアは確かに何かを察知していた。
メディナは必死に息を殺し、両手で口元を押さえ、涙を零しながら声を堪えた。
「おやおや、ドロテイア様。こんなところで爪を振るわれて?」
すると背後の扉から、一人の人物が姿を見せた。
「……サミュエルか。いや、なんでもないさ。爪を研ごうと思っただけだよ」
「そうですか。あまり壁を傷つけないでいただきたい。ここは地下ですから、崩れかねません」
「ふん……心得ているさ。私もこの場所で随分楽しませてもらっているからねぇ。……それで、何の用だい?」
「ええ。この街に戻ってきた冒険者の件で。こっそり始末していただきたい者たちがおりまして」
(え……まさか……っ)
冒険者と聞いた瞬間、メディナの脳裏に数人の姿が思い浮かんだ。
「ほう……腕は立つのかい?」
「街でも名の通った者たちです。……ブルドグ大司教様が運営していたゴブリンの洞窟を壊滅させた連中でして」
「つまり、あのゴブリンクイーンを討った相手……?」
「はい。信じがたい話ですが、どうやら生きて戻ってきたようです」
「……面白い。少しは楽しめそうだ」
「標的はこちらです――」
差し出された写真に映っていたのは――グレン率いる『銀の刃』の四人。
(グレンさんたちが……狙われてる……!)
目の前で交わされる会話に耳を澄まし、ただひたすら時を待つ。
やがて二人が立ち去ると、メディナは全身の力が抜けそうになるのを必死に堪え、その場を後にした。