完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
――石造りの、少し高めの建物。
日本でいうところのマンションに近い造りのその建物の中へ、俺はマリエルと共に足を踏み入れていた。
前世の知識や技術がこの世界に流れ込んでいるせいか、階段の造りや各部屋の配置など、どうにも現代日本の集合住宅を思わせる雰囲気が漂っている。
ただし、エレベーターは備えられていないようだ。魔道具を駆使すれば造れそうな気もするが、火魔法を応用したコンロのような小規模なものと違い、昇降機となれば相当な魔力と技術を要するのかもしれない。
「ここが……セイラの部屋か」
目的の部屋の前に到着した俺とマリエルは、ドアの上に取り付けられた小さなベルを鳴らす。
カランカラン、と乾いた音が廊下に響いた。
今さらながら、アポなしで来てしまったことに気づく。もしセイラが眠っていたり、家に一人きりだった場合、このベルの音に気づくこともできないかもしれない。
胸の奥で小さな後悔を覚えつつも、俺はしばし反応を待った。
「…………反応がないな」
「やはり突然すぎましたかもしれませんね」
待つことおよそ一分。扉は開かず、物音すらしない。
仕方なく踵を返そうとした――その瞬間だった。
「――誰だ」
ギィ、と軋む音とともに扉が開き、中からひとりの女性が顔を覗かせた。
淡い水色の髪。だがその美しい髪色とは裏腹に、顔色はひどく悪い。痩せこけ、頬はこけ、食事すらまともに取れていないことが一目でわかる。
その姿から、彼女こそがセイラ・クローヴァーであると確信した。
「俺は診療所から来た修道士だ。えっと……あの豚……じゃなくて、アラスターさんだっけ……から聞いて……」
「ああ、豚おじの……」
お前も豚って呼んでるのかよ。
ていうか、あの豚オヤジって血縁者だったのか? どう見ても血縁には見えないが。
「アンタがセイラで間違いないな? ――俺は最近診療所に入った者だ。お前の容態を直接診たくてここまで来たんだ」
「ふん……。修道士でそんな口の利き方をする奴ははじめてだ……。だが、私に構う必要はない。帰れ」
セイラは冷たく言い放ち、ドアを閉めようとする。
俺は反射的に隙間へ足を滑り込ませた。
「貴様ぁ……この……ごほっ、ごほっ……!」
睨みつけてきたセイラの瞳が揺れ、次の瞬間ひどい咳が込み上げた。ドアノブを握る手が力を失い、彼女はそのまま床へと崩れ落ちる。
「おい、大丈夫か! ――マリエルっ!」
「ええ、すぐに中へ運びましょう!」
「ぐっ……! うぅ……お前たちの手など……借りる気は……ごほっ、ごほっ……」
「そんなこと言ってる場合か! 無理矢理でもベッドへ運ぶぞ!」
「わかっています!」
俺とマリエルは顔を見合わせると、即座に行動へ移った。
二人がかりでぐったりとしたセイラの体を抱き起こし、なんとか部屋の奥のベッドまで運び込む。
こうして、俺たちはようやくセイラを寝かせることができた。
「……く、薬……」
ベッドに横たわったセイラが、弱々しくベッドサイドのチェストを指差した。
そこには俺が処方した薬が置かれており、横には水差しとカップも用意されている。俺はすぐさま水を注ぎ、彼女の手に渡した。
「んくっ……んくっ……っ、ぷはぁ……」
勢いよく薬を水で流し込み、荒い呼吸を整えること数分。
先ほどまで苦しげにしていた体も落ち着きを取り戻し、セイラはようやく安堵の吐息を漏らした。
「……神殿騎士のようですね」
セイラが落ち着くのを待つ間、マリエルは壁にかけられた長剣へ視線を向けながら口を開いた。
「神殿騎士?」
「ええ、教会所属の騎士のことです。王都を拠点とする国の王国騎士とは違い、神殿騎士は国中に配属され、異端者の排除や浄化を行うのが主な役目……」
「ふむ……浄化ってのは何だ?」
聞き慣れない言葉に思わず問い返す。マリエルは神妙な表情で続けた。
「教会は国そのものを統治しているわけではありませんが、影響力は絶大です。だからこそ、教会に仇なす存在を滅する――それが浄化。表向きは信仰と秩序を守るためですが、実際には政治的な意味合いも大きいのです」
「じゃあ、異端者の排除とは別扱いってことか」
「ええ。異端は教義から外れた者や魔に手を染めた者。ですが、浄化は国家転覆や教会の安定を揺るがす者に下される罰……。国と教会は表向き協力関係ではないですが、どちらも互いに倒れては困るため、結局は切り離せない関係なのです」
それって……ブルドグに当てはまるんじゃないか?
帝国と繋がっているだとか、女たちを集めて性ビジネスを強いているだとか、さらにゴブリン育成までしているとか――やってること全部アウトだろ。
「ちなみに――あなたが街中で行使した回復魔法。一歩間違えれば異端審問にかけられていたかもしれません」
「なっ……マジかよ……」
「もし神殿騎士であるセイラさんに見つかっていれば、逃れるのは不可能だったでしょうね」
「……ってことは、見つかったのがマリエルでよかったわけか」
「ええ。私はただの助祭ですから」
マリエルが口にしたのは一般教徒よりも一段階上の階級だ。
「助祭? てっきり一般信徒かと思ってた」
「いえ、こうしてあなたのような特異な人を見つけたときに、教会へと導くのも私の役目です」
「へえ、優秀なんだな」
「い、いえっ……私などまだまだ……っ」
褒められ慣れていないのか、マリエルは急に耳まで真っ赤にして取り乱す。
普段はきっちりした態度を崩さないくせに、こういうところは妙に可愛げがある。
俺は苦笑しつつ、セイラへと視線を戻した。
「――それで、セイラ。お前は自分の身に何が起きているのか知っているのか?」
「わかるわけないだろう。こんな奇病……」
「体力と魔力が奪われ続けるって話なんだろ?」
「自分の体だ……死期が近いのはわかっている。消えかけのろうそくの火のようなものだ」
「…………そうか、お前の体の病状、聞きたいか?」
「はっ……何を今更……それに、私の病状を貴様が知っているだと? 誰にもわからないこの病気のことを、ぽっと出の貴様が知るはずがないだろう」
まあ、普通はそう思うだろう。
でも俺は知っている――昨日、この部屋に忍び込んだイリスが<鑑定>してくれたからだ。
「シュウ、嘘はやめなさい。昨日カルテを見たとき、あなただって驚いていたじゃありませんか」
マリエルが鋭く言う。だが俺は真剣な眼差しで首を振った。
「マリエル……悪いが、部屋を出てくれないか」
「なにを――」
「頼む、セイラと二人で話したいんだ」
その表情が冗談でないことを悟ったのか、マリエルはしばし考え込み――小さくため息をついた。
「……わかりました。昨日のあなたの活躍を認め、三十秒だけ許します」
「短すぎだろ!」
「では……五分」
「ああ、それで十分だ」
そう言ってマリエルは扉へと向かい、静かに部屋をあとにした。
「そもそもここは私の家なのだが……なぜお前が部屋にいる人物の出入りを決めている」
「まあ、小さいことは気にすんな……。これから話すのは真剣な話だ。信じてくれるかわからないが、真実だ」
「ふんっ」
ベッドの上のセイラは、顔を窓のほうへ背けながらも、耳は俺の言葉を拾っていた。拒絶しているようでいて、どこか期待も混じっているように見える。
俺は深く息をつき、切り出した。
「セイラ。お前の体の異常――あれは病気じゃない……呪いだ」
「……な、に……? 呪い?」
衝撃の宣告に、セイラは反応するしかなかった。
「なぜ俺が知っているか、今は詳しくは言えない。だが確かに知っている。そしてその呪いは――『枯血呪《こけつじゅ》』というものだ」
「…………」
セイラは押し黙り、しかし否定もせずに俺の言葉を待った。
「『枯血呪』には発動条件がある。血族の末端が二十歳を過ぎても一人っ子だったときに発動する。つまり、この呪いは……お前の血筋を絶やすために仕掛けられたものなんだ」
どれほど昔に仕込まれたのかはわからない。セイラに直接かけられたわけでもないかもしれない。
だが彼女に関係ないのだとしたら、完全にとばっちりだ。本人にはなんの罪もない。
「ははっ、ははははははははっ!!」
突如、セイラが笑い声を上げた。涙が滲むほどの笑い。嘲りか、絶望か、それとも諦めか――読み取れない。
「ついに、ついにやってきたというわけか……ああ、そうだろうな、そうだろうさ。このうす汚れた血筋など、王家には必要ないだろうからなっ!!」
「…………王家?」
俺の思考が止まる。予想もしなかった言葉だった。
「私は数百年前、当時のエインフィリア王の妾から派生した血筋。その末裔だ」
「……!」
「王家の血というだけで、周囲は勝手に特別視する。直系でないこの血筋を邪魔だと思う連中がいて当然だ」
「これまでも……何かあったのか?」
「ああ。だから私は自ら王家から距離を取り、教会に身を寄せた。教会は心地良い……王家とは違って、私を平等に見てくれる。実力を買い 、神殿騎士にだってしてくれた」
語られたのは、彼女の背負ってきた孤独と過去だった。
高貴に見えるその姿の裏に、俺の想像をはるかに超えた重荷があるのだ。
「……なら、あのアラスターって人は、王家の血なのか?」
豚おじと呼んでいた。血縁者だとばかり思っていたが――
「ふっ、お前もあのマリエルとかいうやつも、本当に何も知らないらしい……」
「え?」
「今の私には身寄りがないし親もいない。……そんな私を引き取ってくれたのが、あの豚おじだ……故に血縁などはない」
「父さん……とは呼ばないのか」
「本当の娘とすれば、豚おじに余計な火の粉が降りかかる。それを避けるため、養子縁組もしていない。それでも、彼は私を育ててくれた」
そこに偽りはなかった。血の繋がりはなくとも、彼女にとっては確かな家族。
その言葉に、俺はほんの少し、自分の境遇と重ねてしまった。
「……で、話は終わりか? 呪いの真実を伝えて、私を追い詰めて楽しいか?」
「なかなかひねくれてるな……でも、そう思われてもしょうがないか」
俺は一歩、セイラへと踏み込む。
そして告げた。
「――俺はお前の呪いを解呪できる」
その一言で、空気が変わった。
「…………なに?」
セイラは顔色を変え、荒い息を吐きながらベッドから立ち上がる。
そして、壁にかけられた剣を掴み、俺に向けた。
「貴様っ、私をこれ以上愚弄する気かっ!!」
「バカっ! 部屋の中でっ! 剣を、振り回すなっ!!」
怒気を纏った剣筋は、体調が悪いはずなのに恐ろしく鋭い。
俺は必死にかわし続けながら、心の中で叫ぶ。
くそっ、このままじゃ本当に斬られちまう……!
申し訳ない気持ちになりながらも俺は覚悟を決め、<麻痺>を発動させた。
「なっ……身体が……!」
「悪いな、セイラ。でも最後まで話を聞いてくれ」
痺れで動けなくなった彼女を支え、ベッドへと横たえる。
「本当に俺は呪いを解呪できるんだ。だから少しだけ待っててくれ――」
俺はセイラに手をかざし、治療方法を調べる。
「な、なんだよこれ……!?」
……わかっていた。わかってはいたんだ。
死に関係する呪いなど、どう考えても、難易度の高い要求がされるのだと――
指示されたのは、とても人に言えるような方法ではなかった。
――『三日に渡り、尻穴に指を入れて揉みほぐす』
あまりに非常識すぎる解呪条件に、俺は思わず頭を抱えた。
こ、こんなの、ドスケベ肛門拡張じゃねえか!!