完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――<隠密>」
ドロテイアの気配を察知した瞬間、メディナは反射的にスキルを起動した。空気が一瞬、音を失う。
「メディナ様、エリナ様を――頼みます」
イリスのかすかな声。
その意味を悟ったメディナは、返事もせず影のように動き出し、その場から消えていった。
「あれが、魔族ドロテイア……」
「異様な魔力……肌がひりつく……」
「ああ……立っているだけでわかる。常軌を逸してる」
グレンたちは額から冷や汗を伝わせ、正面に立つドロテイアを見据えた。
その身から放たれる魔圧は、空間そのものを軋ませているようだった。
「アタシはこの街じゃ、殺しはしないつもりだったんだけどねぇ……残念ながら、そういう依頼が来ちまってさぁ」
「……なぜ、依頼者に従う?」
グレンは言葉が通じる相手だと判断し、会話を試みた。
その問いは、わずかな時間稼ぎでもあった。
「アタシら魔族のこと、どれくらい知ってる?」
「――魔物が突然変異して生まれた、人とは相容れぬ存在。気まぐれに行動し、群れを作らず、常に人を利用しようとする……そう聞いている」
グレンたちにとっても、魔族と相まみえるのははじめてだった。
その生態は謎が多く、どこに棲むのかもわからない。各個が異なる思想を持ち、まるで自由そのものを体現していると言われていた。
「ふふ、まあ大体合ってるねぇ。中でも気まぐれって言葉が、アタシらを一番よく表してると思うよ」
「なのに――なぜ人間の依頼を!」
「たった今、気まぐれって言ったばかりじゃ――ないかいっ!」
その瞬間、ドロテイアの姿が霧散した。
「――っ!?」
横から襲いかかる殺気。
グレンは反射的に宝剣を抜き、迫る爪をギリギリで受け止める。
「くっ……! 皆、エリナが来るまで――もたせるぞ!」
「了解!」「おうっ!」「はいっ!」
金属音が激しく鳴り響く。
グレンが爪を押し返すと同時に、三人は息を合わせて陣形を組み直す。
その背後にいたのは――いつも後方支援をしてくれているエリナではなく、聖杖を構えるイリスだった。
だがイリスはエリナの代わりとして役目を全うする。
「<プロテクト>、<ストロング>、<エアブースト>!」
詠唱が重なり、淡い光の陣が三人の足元に展開する。
防御、攻撃、速度――すべてを底上げする支援魔法が一斉に走った。
「美味しそうなオトコもいるじゃないかいっ!」
じゅるりと舌なめずりをしたドロテイアが不敵に笑い、空気を裂いて飛び込む。
「リシア、来るぞ!」
「させるかっ!」
リシアを狙ったドロテイアの軌跡に、大盾を構えたガロが割り込む。
鋭い爪が盾を叩き、火花が散った。
「――今っ! <ファイアランス>!」
リシアの詠唱と同時に、炎の槍が一直線に放たれる。
だが、ドロテイアは手を軽く振っただけで炎を掻き消した。
「その程度の炎でアタシを焼けるとでも? 笑わせるねぇ!」
「なっ――!」
「ぐおっ……!?」
盾ごと吹き飛ばされたガロの巨体が地面を転がる。
しかし、その隙を突くようにグレンが背後から斬りかかった。
「――硬い……!」
剣は通らない。刃はドロテイアの左爪に阻まれていた。
「これがこの街でも上位の人間の実力かい? だとしたら拍子抜けだねぇ」
次の瞬間、ドロテイアが肉薄し、右拳がグレンの脇腹を貫いた。
「ぐっ…………!」
鈍い衝撃音。息が詰まり、グレンの身体が地面を滑っていく。
「グレン!」
「だ、大丈夫だ……っ!」
血の味を感じながらも、グレンは剣を支えに立ち上がる。
そして、再び前へ――その瞳に宿る光だけは、消えていなかった。
「ちょっとは期待してたんだけどねぇ……やっぱり人間なんて脆いもんさ」
「――<陽炎>」
グレンの輪郭が揺らめき、暗闇に姿が溶けた。
気付いた時にはドロテイアの頭部を狙って一閃――
「ほう? 面白い技を使うねぇ」
しかし、その剣もまた、爪の一撃によって受け止められる。
「やはり……シュウ様でないと、厳しいようですね……っ」
イリスは歯を噛み締め、聖杖を握る手に力を込めた。
祈りにも似た声が、戦場の喧騒にかき消されていく。
◇◇◇
――グレンたちが戦闘をはじめた頃。
屋敷の奥、静まり返った一室で。
「……ん、ぁ……ぅ……」
かすれた息とともに、エリナはゆっくりと目を開けた。
視界はまだぼやけ、薄暗い室内にオレンジ色のランプがゆらめいている。
背中に触れる柔らかな感触――まるで高級なベッドの上に寝かされているようだった。
「……ここは……どこ……」
頭を起こそうとしたが、腕が重い。
その理由に気づいたのは、手を動かそうとした瞬間だった。
――ジャラリ。
「……っ!? な、に……これ……!」
両手首には銀色の拘束具がかけられ、足首にも同じような拘束具が見えた。
鎖が小さく揺れ、鈍い音が響く。
「ふふ……目が覚めたようだね、リエナ。ようこそ、休憩室へ」
「……あなたは……ジルベ……」
ゆっくりと姿を現したのは、衛兵のジルベだった。
片手にワイングラスを持ち、中の赤い液体をくるくると回している。
その笑みは、仮面を被ったままの薄ら寒いものだった。
「君が目を覚ますまで待っていたんだ。俺は紳士だろう?」
「この状況のどこが紳士だと言えるのですか……!」
怒りに震える声で、エリナは睨みつけた。
しかし、ジルベはまるでそれを愉しむように、口の端をゆがめた。
「その表情……たまらないね。驚いたよ、君は俺の知っている女に似ている。同じように清楚で美しい……」
(……まだ、私の正体には気づいていない……でも、このままじゃ……!)
全身を冷や汗が伝う。
ジルベの眼差しには理性の光がなく、獣のような意思だけが宿っていた。
「……君の見た目からすれば二十歳ほど。もう大人だ。これから何が起きるか、想像はつくだろう?」
「…………っ!」
エリナは拘束具をがしゃがしゃと引っ張る。だが、抜けない。
その間にも時間は過ぎ、焦燥だけが胸を締め付けた。
――もう、魔法を使うしかない。
「<ホーリーランス>!」
光が走る――はずだった。
しかし、指先に込めた力は虚しく、光は生まれない。
「会場で君は聖職者だと聞いていたからね。何かあってはいけないと、特殊な手錠を使ったんだ」
「魔封じの、石……」
「触れた者の魔法を封じる特殊な鉱石……手に入れるだけでも大変だけど、大司教様はたくさん持っているようでね」
「く……あなたという人は……っ」
魔法は封じられ、腕を縛る拘束具は筋力でも外せない。
つまりこの時点で、エリナは完全に追い詰められてしまったのだ。
「こんなことをして、この後どうするというのですっ!」
「大司教様にかかれば、どんなことでも赦しに変わる。――一人の女がどれだけ騒ごうと、上の声には届かないのさ」
(一体、ブルドグ大司教はどこまで腐っているのですか……?)
女性の拉致、地下施設での闇取引、ゴブリンの違法飼育――。
踏み込めば踏み込むほど、ブルドグの闇は底なしに広がっていく。
(事件のもみ消し……やはり記録の魔道具で証拠を押さえて、彼とその一派を異端審問にかけなければ――)
だが、そう考えているうちにも、ジルベの影はエリナへと迫る。
その手が伸びかけた瞬間、彼女は息を呑んだ。
「最初は優しくしてやるさ……当たったのが俺で良かったな、リエナ」
エリナの太ももの上に座ったジルベは彼女に手を伸ばした。
「や……いや…………いやぁっ!?」
「あははははははっ!!」
拘束具のせいで、衣服を整えて脱がすことなどできない。
ジルベは苛立ちを隠さず、エリナのドレスの首元を乱暴に掴むと、そのまま引き裂くように左右に力を込めた。
――ビリ、と乾いた音が響く。
裂け目から覗いたのは、聖職者としての清廉な姿を守り続けてきた女性の、白磁のような肌。胸元を覆う薄布がかろうじて形を保っている――それが逆に、彼女の無防備さを際立たせていた。
「美しい女性は、下着のセンスも良い……最近わかってきたことだ……じゅるっ」
「うぅ…………っ」
エリナのお腹に舌を這わせたジルベ。
エリナの体は拒絶するように震えた。耐えねば――そう思うほど、恐怖と屈辱が全身を締めつけていく。
「そんなに怯えなくてもいいだろ? 優しくすると言っただろう」
言いながらジルベは自分の服を脱ぎ、上半身裸になった。
ついには、ジルベの手がエリナの胸に迫る。
(や……いやっ……私、本当に……このようなクズに…………こんなことなら、シュウさんにしてもらった方が…………あれ、なぜ私は今シュウさんのことを――)
誰にも触れさせたことのない清麗な柔肌。それが今、はじめて侵されそうになっていた。
エリナは両手の拳をぎゅっと握り、今から起こることに耐えようと身構えた。
その、瞬間だった。
「――――あれ」
今の今まで閉じられていた部屋の入口の扉。
その扉がなぜか小さく開いており、廊下側から明かりが差し込んでいたのだ。
「リエナ……次はその美しい胸を見せてもら――――ゔっ」
しかし、ジルべの手はエリナの胸には届かなかった。
突如、鈍い音と共にジルベの首に衝撃が走った。
次の瞬間、彼の体は糸が切れた人形のように崩れ落ち、エリナの隣――ベッドへ倒れ込む。
彼は白目を剥き、完全に意識を失っていた。
「え……え…………」
「エリナ、さん……助けにきました……メディナ、です……!」
「メディナさんっ!!」
エリナはこの時ほど、心の底から助かったと思った瞬間はなかった。
こみ上げる安堵とともに、目尻から涙があふれ落ちる。
それは恐怖からの解放と、救いの温もりを感じた証だった。
静かに気配が揺らぎ、<隠密>のスキルを解いたメディナが姿を現す。
彼女はベッドに倒れたジルベの懐から鍵を抜き取り、手際よくエリナの手錠を外した。
「メディナさん、本当にありがとうございます……このことは一生忘れません」
「わ、私はそんな……でも、今は緊急事態、です! 外で魔族とグレンさんたちが戦ってます! エリナさんが戻るのを待っていますっ!」
「魔族!? グレンたちが!?」
メディナからの報告を受けたエリナは血相を変えた。
「っ! メディナさん! あのカーテンを斬ってくれますか!?」
「は、はいっ」
すぐに意図を察したメディナは無言でうなずき、野盗から奪ったナイフを抜く。
刃が風を裂き、シャリッという軽やかな音とともに、厚手の布が真っ二つに切り裂かれた。
エリナは斬り落とされた布を手に取り、器用に体へと巻きつける。
即席のドレス――それは決して美しいとは言えないが、破られた衣服の代わりに、彼女の尊厳を守るための布だった。
「メディナさん、いきましょう!」
「はいっ!」
意識を失ったジルベを確実に拘束した後、二人は一心にその部屋を飛び出した。
そして、飛び出した先で、エリナが向かったのは外への出口ではなかった。
「メディナさん! グレンたちの命が危ないことはわかっています! でも、これだけは――」
走りながら、エリナは左耳に装着していたピアスのような小さな器具を取り外し、素早くメディナの手に渡した。
「これは……?」
「記録の魔道具です。お願いです。あなたなら私よりも確実にできます。ブルドグ大司教の部屋に潜入し、証拠を記録してきてほしいのです!」
「…………わかりました」
メディナは一瞬迷った。
戦場ではグレンやイリスが危険に晒されている。
もしここで何かあれば、イリスを失うかもしれない――そう考えると、自分を責めることになるだろう。
しかし、それでもメディナはエリナの願いに応えることを選んだ。
理由は一つ。証拠を持ち帰れなければ、警備が厳重になり二度と潜入する機会は訪れないかもしれないからだ。
街路での戦闘にジルベの拘束……屋敷にいる人々に気づかれるのも時間の問題。やるなら今しかない――シュウならきっとそうするだろう。
二人は屋敷の中を静かに、しかし迅速に駆け抜けた。
幸い、屋敷の使用人たちは全員パーティー会場に出ており、廊下には人影がなかった。
そして辿り着いた屋敷最上階の一番奥には、ひときわ豪華で大きな扉が構えていた。
「メディナさん……おそらく……」
「は、はい……っ」
メディナは記録の魔道具をしっかり握り、<隠密>を発動する。
音を立てぬよう慎重に扉を押し開け、ゆっくりと中へ侵入した。