完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「くふふ……儲けて儲けて仕方ありませんね……」
執務室で背もたれの高い高級椅子にどっしりと座っていたのは、ウンディル・ブルドグ大司教。
帳簿に並べられた数字を眺め、思わず笑みがこぼれる。長い赤髪がゆっくり揺れ、窓から差し込む月光を受けて煌めいた。
「私が枢機卿の座に上り詰めるには、さらなる実績が必要……そのためには金と帝国の力が欠かせない。公に信徒を使えぬのなら、外部に頼るしかありませんね」
ティーカップの紅茶を静かに啜り、一息つく。
後にブルドグは立ち上がり、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
「ゴブリンの洞窟は一つ潰されましたが、作ろうと思えばいくらでも作れるでしょう。地下の性ビジネスも順調そのもの……今日も協力者たちが、いたいけな女性たちを相手に楽しんでいるはず……」
薄ら笑いを浮かべ、今度はそのままソファをベッドにするように横になる。
「大司教といえど、さすがに仕事量は多い……少しは休みたいものだが、今は頑張り時だ……そういえば、私が懇意にしている治療院に、素晴らしい新人が入ったとの報告があったな……時間がある時にでも、久しぶりに顔を出してみるか……」
言葉を残したまま、ブルドグは疲れのせいか、そのまま目を閉じ、ソファの上で眠りに落ちた。
「――――」
足音、息遣い、物音……何も動いていない空間。
だが、この夜、確実にそこには誰かがいた。
ブルドグの執務室から、一冊の帳簿が静かに消え去った。
そして、とある魔道具によって、彼の姿と声が確実に記録されていたのだ。
◇◇◇
「回復が追いつかない……っ」
グレン、リシア、ガロ。三人は既に満身創痍で、血と汗にまみれていた。イリスは何度も回復をかけ続けていたが、ドロテイアの執拗な追撃の前ではそれも焼け石に水だ。
「そろそろ茶番はおしまいかねぇ」
一方、微塵も傷を負っていないのはドロテイアだけだった。彼女が闊歩するたびに、力と速度で四人を圧倒する。場の空気が、その存在によっていとも容易くねじ曲げられている。
「ドロテイア……お前は、どのくらいのレベルなんだ……!」
これほどの差を前に、誰も勝ち目があるとは思えなかった。Aランクの冒険者でさえ歯が立たないだろう相手だ。グレンは、藁にもすがるように、あり得ないと思いつつも問いを投げた。
「どうせここで全員死ぬ……いいだろう。教えてやろう――私のレベルは、五十九だ」
「ご、五十九ですって……?」
「俺たちの二倍近くだと……聞いたこともない数値だ」
ドロテイアの口から告げられた数字は常軌を逸していた。『銀の刃』の面々は顔面蒼白になり、現実を突きつけられる。彼らのレベルは三十弱。差は絶望的だった。
ただ、その場に一人、小さな安堵を胸にしまう人物がいた。口には出さないが、その安堵は確かに存在した。
「ふふ……人間にしてはよくやったねぇ。だけど、たった一人が動けなくなったら、この戦局は一気に崩れると思わないかい?」
ドロテイアは余裕たっぷりに笑い、さらに不穏な言葉を落とす。
「何を――」
グレンが反応した瞬間、イリスが慌てて叫んだ。
「み、皆さん、そこから離れてくださいっ!!」
イリスの目は凍りついていた。過去に地下施設で嗅ぎ取った邪悪な魔力の気配を、強く感じ取ったのだ。しかし、警告は間に合わない。
「――<淫染呪《いんせんじゅ》>」
ドロテイアが右手を向ける。術式の名が闇に溶けるように響いた。その矛先は、杖を構えるリシアのいた場所を指していた。
「な――っ」
「その呪いは――」
イリスから聞かされていた呪術名が耳に入ると、グレンとガロはリシアへと視線を投げた。
「――リシアっ!!」
「っ――――」
だが、叫んだのは三人の誰でもなかった。突如、誰かの力でリシアの体が弾き飛ばされ、街路に転がる。彼女を弾いたのは――
「エ、エリナ……?」
かすれた声が上がる。屋敷の中にいたはずのエリナが、今戻ってここにいる。だがその戻ってすぐの彼女に異変が訪れてしまう。理性を奪われたような表情が浮かび、体は呪いに蝕まれていく。
「ん゙っ……あ゙っ…………体が、あつ、い……っ」
「エリナ様っ!!」
慌ててエリナに近づくイリス。
自分の身に起きた事象を知っている彼女は、その危険性をよく理解していた。
故に――
「メディナ様っ!」
「ぐっ、うっ……」
ふいにエリナの首に不可視の何かが叩き込まれ、即座に意識を失った。
「……何かしたね……? だけど、一人動けなくなったのは事実だ。お前たちはもう終わりだよ」
ドロテイアは爪を煌めかせ、エリナとイリスの方へと近づいていく。勝利を確信したような足取りだ。
しかしイリスの目はなお澄んでいた。諦めの色などない。
「――そうですね、終わりにしましょう」
そう言うとイリスは静かに立ち上がり、聖杖を高く掲げた。
「――皆さん、目を閉じて!! ――<シャインミスト>」
詠唱が一斉に走ると、眩い光が炸裂した。夜の街路は瞬時に白昼のような、いやそれ以上の強烈な光に包まれる。
「ぐぅ――っ」
ドロテイアは直撃を受け、目を閉じて身を翻す。光で視界を奪われ、動きが鈍る。
「この程度で逃がすか!!」
だが、単なる光で諦めるほどドロテイアは甘くはない。爪を振るってイリスたちのいる地点へ突進する。すると、そこには半透明の壁が忽然と出現していた。ドロテイアの爪はその壁に阻まれ、鋼の音が響く。
「イライラするねぇ……っ!!」
連続で爪を叩き込むと、数秒後――その半透明の壁は破壊される。光の霧が晴れていき、視界が徐々に戻ると、そこにあったはずの者たちの姿は消えていた。
屋敷の端にあった馬車が一台、すっと姿を消していたのだ。
「クソ……遊びすぎたか……まあいい。いつでも殺せる相手だ。次は容赦しないよ……」
ドロテイアは怒りを抑え、闇の中へと去ろうとした。そのとき、自分の肉体に異変を感じた。
「――――は?」
右手の五本の爪の先端が、みるみる紫色に変色してゆき、まるで熱せられた蝋のように溶けはじめたのだ。
「ぐっ――ふんっ!!」
慌てたドロテイアは左手の爪で、右手の爪を全て叩き斬った。
切り落とされた爪は瞬く間に溶け去っていく――跡形もなく。
「アタシの爪がぁぁぁぁぁっ!! ……あいつらぁ……絶対に殺してやる……!!」
光の霧や半透明の壁がなければこうはならなかったはずだ。
いつの間にか不可視の攻撃を受けていたドロテイアは、痛烈な怒声を残し、悔しさと憤りを募らせながら、暗闇に溶けていった。