完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――シュウ、エリナがあなたにお礼を言いたいって。会ってもらえる?」
リシアたち三人がエリナの介抱やシーツの交換を終え、俺たちの部屋に戻ってきたとき、リシアがそう伝えてきた。
「……わかった」
エリナはひとり部屋にいるらしい。
俺は重い腰を上げ、その部屋へと向かった。
「エリナ、入るぞ」
「ど、どうぞ……っ」
コンコン、とノックすると、少し震えるような声が返る。
俺はドアを開けて中に入った。
部屋には清められた空気が漂っていた。
おそらくイリスが魔法をかけてくれたのだろう。
あの濃密な匂いはすっかり消え、わずかに開いた窓からは夜風が流れ込んでいた。
エリナは宿の服を借りたのか、生成りの麻のワンピースを着ていた。
「座って……ください」
「……ああ」
促されるまま、丸テーブルの前の椅子に腰を下ろす。
正直、顔を合わせづらい。
アミリアやイリス、メディナ、セイラ――どの相手とも違う感覚だった。
ハレスへの道中で助けた冒険者パーティー『銀の刃』。
その中にいたのが神官のエリナだ。
一緒に旅をした時間は多くはなかったが、会話は重ねた。
だからこそ、仲間としての距離感が微妙な位置にある。
「……私の呪いを、解いてくださって……本当に、ありがとうございました。リシアからも聞きました。シュウさんが近くにいてくれて……よかったです」
「……お前たちは、もう友人みたいなもんだ。俺にできることが解呪だったからやった――それだけだ」
「それでも……ちゃんとお礼を言いたかったんです」
伏せていた目を上げ、真っ直ぐにこちらを見てくる。
頬がほんのり赤く、瞳が揺れている。
リシアが説明したとはいえ、実際に何があったかを知るのはエリナ本人だけだ。
「おう、気持ちは十分伝わった。……じゃあ、俺は治療院に戻らないといけないから」
気まずさを誤魔化すように、椅子から立ち上がる。
だが――
「ま、待ってくださいっ!」
エリナの声が思いのほか大きく、俺はその場で立ち止まった。
「全部、覚えてるんです……っ」
「……そうか。イリスも覚えてたらしい、からな」
震える声。握りしめた拳。
エリナは必死に言葉を続けた。
「わ、私……シュウさんに……いろんなはじめてを……さ、最後まではしてませんけど……もう、あんなこと、経験してしまっては……」
しどろもどろに、それでも勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。
「シュウさんが、私を助けようと必死なことがわかっていて……でも、キスとか……お、お胸を……とか……っ」
言葉にされると、さすがにこっちも顔が熱くなる。
「ほとんど全部……私の大事なところ、見られてしまったんですっ!」
下半身こそ見せていないが、それでも女性にとっては大事な場所。
「……悪かった。仕方なかったとはいえ、見てしまった」
「ち、違うんですっ! 謝ってほしいわけじゃなくて……!」
エリナは胸元を押さえ、顔を真っ赤にして叫んだ。
「せ、責任を――とってほしいと言ってるんです!!」
「なんでぇ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
話の方向が一気におかしな方へ転がっていった。
「エリナは『銀の刃』の神官だろ? だから俺なんかが……。確かに、したことは女の子にとって大事なことだとは思うけど……」
「……実は、ハレスへ向かう旅の途中で――馬車の中で、シュウさんとイリスさん、それにメディナさんがしていたことを、見てしまったんです」
「……えっ……あ……」
マジか。
あの夜、イリスが見張りから抜けて馬車に戻ったのを見られていたのか。
一緒に見張りをしていたエリナに疑われても仕方ないとは思っていたが……まさか、見られていたとは。
「その時から、私は少しおかしくなっていました。……シュウさんの体、イリスさんの表情……あの光景が頭から離れなくて……。だから、あの屋敷でジルベに襲われそうになった時――どうせなら、シュウさんに……って思ってしまったんです」
ジルベ。
俺たちを検問したあの衛兵か。
グレンたちから話は聞いている。信頼していた相手に裏切られるなんて、最悪だ。
「……それがあっての今なんです。私、シュウさんに触れられて、キスを奪われたこと……本当に嬉しかったんです」
「そう、か……」
「責任、なんて言いましたけど……重く受け取らないでください。……ただ、私の身体を、あなたの色に染めてほしいのです……っ」
「エリナ……」
その言葉を口にすると、エリナはゆっくりと立ち上がった。
そして俺の前まで歩み寄ると、修道服の襟を掴み――ぐっと引き寄せた。
「ん……ぅっ……」
突然のことで、反応が遅れた。
唇が重なり、柔らかな感触と、熱を帯びた吐息が触れ合う。
「ぷ、はぁ……っ」
唇が離れ、細い糸が一筋。
エリナの頬は真っ赤で、瞳が濡れて揺れていた。
「……今は、この街の闇を晴らすことが優先です。けれど、全てが終わった時――私に、少しだけ時間をくださいませんか?」
エリナは俺の修道服の袖を握りしめながら、静かにそう告げた。
それは愛の告白というよりも、あの解呪の先を求める願いのようだった。
「俺は、イリスやメディナとも……そういう関係になってる。節操のない男だぞ」
成り行きとはいえ、やっていることはヤリチンそのものだ。
六花が知ったら間違いなく軽蔑されるだろう。……とはいえ、これはスキルの副作用のようなものでもある。
「構いません。もともと私なんかに、シュウさんを独り占めする資格はありませんから。……それに、もう私は――あなたを好ましく思ってしまっています」
「エリナ……。なら、この事件が片づいたら時間を作る。それでいいか?」
「……はいっ!」
エリナは弾けるような笑顔を見せた。
そのあまりの可愛さに、思わず胸が高鳴ってしまう。
だが、まだ俺はエリナという人間を深く知らない。
もし時間がとれたなら、その時にゆっくりと向き合おう――そう思った。
……その後、グレンたちと合流して今後の方針を話し合った。
彼らはドロテイアの襲撃警戒のため、日中のみの活動に限定し、夜はギルドの空き部屋で休むらしい。
ギルドマスターには入手した証拠を提出するとのことだ。
俺の方は、セイラの残りの解呪。
それが終わったら、彼女にこの街で起きている事件の全てを話すつもりだ。
――神殿騎士として、この闇を見過ごすことなど、できるはずがないだろうから。
◇◇◇
――翌日、昼。
だらしない服装をした、豚のような顔の大男が、冒険者ギルドの扉を押し開けた。
その異様な風貌に、食堂で休んでいた冒険者たちは思わず手を止め、珍しいものでも見るように視線を向ける。
「バーグ……ギルドマスターに呼ばれた。取り次いでもらえるか?」
「ギ、ギルドマスターにですかっ!? か、かしこまりました!」
受付嬢リーナは、驚きに目を丸くしながらも慌てて階段を駆け上がり、上階の執務室へと消えた。
やがて戻ってくると、やや息を切らしながら案内する。
「……こちらです。どうぞ!」
「ああ、助かる」
案内された執務室の扉が開くと、空気が一瞬にして重くなった。
部屋には既に大柄な男――ギルドマスターのバーグが待っており、リーナは二人の体格と圧に気圧され、お茶を置くとそそくさと退室した。
「オークのような豚面は相変わらずだな、アラスター」
「頭頂部が砂漠のようなのも変わらんな、バーグ」
二人は軽口を叩き合い、短く笑った。
だが、その笑いに温度はない。長年の因縁を抱えた者同士の、重たい沈黙がすぐに戻る。
「……長年、音沙汰もなかった私を呼ぶほどだ。ただ事ではないのだろう」
「その通りだ。――座れ。というか、その服……流石にどうかと思うが……」
「今の私はこれでいいのだ。気にするな」
巨体の二人がソファに腰を下ろすと、ギシリと革が軋む音がした。
バーグは机の上に小さな結晶のような魔道具を置く。
「これは?」
「見りゃわかる。……<記録再生>」
バーグが指先で触れて唱えると、壁面に映像が浮かび上がる。
記録が終わるまで、アラスターは一言も発さず、ただ黙って見続けた。
やがて沈黙のあと、深く息を吐く。
「……ブルドグか。荒稼ぎしている噂は聞いていたが、ここまでとはな」
「俺のほうで掴んでるだけでも、地下での性ビジネス、ゴブリンの育成、屋敷でのパーティー、帝国や魔族との密通……。今まで露見しなかったのが不思議なくらいだ」
「帝国と魔族……は気になるが、それらは権力で揉み消していたのだろう」
「そういうこった。……だから不本意だが、お前に声をかけた」
バーグの声には、苦みが滲んでいた。
教会嫌いで知られる彼が、よりによってアラスターを呼んだこと自体が、その異常事態を物語っていた。
「二十年前……お前がパーティーを抜けて教会に入ると言った時、殴り殺してやろうかと思った」
「私には私の信念がある。それは誰であろうと曲げられん」
「へっ。信念で飯が食えるなら苦労しねぇよ。治療費だって結局は上がる一方じゃねぇか」
「その話は互いに平行線だ。――本題に戻そう」
かつて冒険を共にした二人。
三十年前に出会い、二十年前に袂を分かち、そこからは対立する立場となった。
だが今は、同じ敵を前にしていた。
「……わかった。まずは俺の知っている情報を話そう。はじまりはシュウという男が聖女候補を連れてきた時からだ」
「シュウ? 聖女候補、だと?」
「ああ。俺はまだシュウにだけは会っていないがな。——うちに所属するB級冒険者たちがゴブリンの洞窟を潰しに向かった。だが規格外の新種・ゴブリンクイーンに遭遇してな。それを救ったのが、そのシュウって男らしい」
「……ふは、ふははははははは!」
「おい……笑うところじゃねえぞ」
アラスターは腹を揺らして笑った。
だがその笑いは、愉快というよりも、驚愕と確信の入り混じったものだった。
(――やはり、あの少年。女神の加護を受けているのは間違いない。だが、なぜ治療院に……? しかもイリスと共にとは……ふむ、面白い)
「すまん、続けてくれ」
「洞窟では、<醜化>――つまり豚顔に変えられた女性たちが囚われていた。詳細は不明だが、全員、何者かによって解呪されたらしい。今はポワンの村の教会で保護されているそうだ」
「……豚顔の呪い、か。私のような顔になるなど、女性には酷なものだ。だが解呪とは……それが本当ならスキルか……? いや、まさか。あの少年が……もしやセイラの件は――」
「話を中断するな」
「ふむ、悪かった」
会話の続きを終える頃には、二人の前の湯呑みはすっかり空になっていた。
「――要するに、神殿騎士を動かせるのはお前しかいない、ってことだ」
「……私とて容易ではない。相手は大司教……だが、やってみよう」
「お前に頼る日が来るとはな。――後は任せたぞ」
「ああ」
アラスターは静かに立ち上がり、机の上の魔道具と帳簿を手に取った。
扉の向こうへと消える彼の背を、バーグはしばし黙って見送った。
――因縁の二人が再び手を組む時、街の闇は静かに揺れ動きはじめていた。