※この作品はR-18です。

完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】   作:pelca

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第57話 乱戦

 人間を屠り、街を焼き払う――ただ破壊本能のままに進撃しようとする魔物の群れ。

 その黒い奔流は、止まる気配すらなかった。

 

 ――だが、異変は唐突に訪れる。

 

 それはまるで世界が一瞬で切り替わったかのようだった。

 横一線に並び、押し寄せていた魔物たちが、バタリと次々に前のめりに崩れ落ちていく。

 地面を震わせる轟音とともに、あれほど荒々しかった咆哮が一瞬で掻き消えた。

 

『麻痺』に倒れた魔物、『猛毒』で痙攣する魔物。

 中には『石化』に沈み、あるいは『ぎっくり腰』を発症してもがく魔物すらいた。

 

「――な、何が起きた!?」

 

 前線を見据えたまま、ギルドマスターのバーグが叫ぶ。

 だが、この現象の意味を知る者は、この場にほんの数名。

 

 神殿騎士たちの間にも、どよめきが走る。

 

「た、隊長……こ、これは一体……?」

「……わからない。だが――」

 

 セイラの視線が、右方へと引き寄せられる。

 そこに立つ一人の男――その右手が静かに前に差し出され、中指の水色の指輪が淡く煌めいていた。

 

「ま、さか……」

 

 自分の命を救ったあの日の記憶が、脳裏を過る。

 あの解呪の力があるのであれば、これほどの奇跡をも起こせるかもしれない――。

 普通なら荒唐無稽な想像。だが、今のセイラは確信にも近い考えに至っていた。

 

「ふふ……やってくれるではないか……」

 

 おそらく千体近い魔物が、一斉に沈黙した。

 だが、それでも背後から次の群れが押し寄せてくる。

 倒れた仲間の亡骸を踏み砕きながら、なおも進軍は止まらない。

 

 セイラは息を整え、腰の剣へと手を伸ばした。

 その刃が鞘鳴りを響かせる。

 

「抜剣――ッ!!」

 

 凛とした声が風を裂いた。

 白の装束を翻し、神殿騎士団が一斉に構えを取る。

 その美しい統率の光景に、冒険者たちが思わず息を呑む。

 彼女たちは敵対こそすれど、誰もが認める美と気高さを備えていた。

 

「――進めぇぇぇぇぇ!!」

 

 セイラの咆哮が戦場を震わせた瞬間、百の神殿騎士が、一斉に魔物の群れへと突撃した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 効果範囲は約百メートル。

 先頭にいた魔物たちは、辛うじて地に伏せたまま動きを止めている。

 

 魔力の消耗は想定よりも軽い。

 正直、この規模を一気に発動させたら意識が飛ぶ覚悟だった。

 

 だが――どうやら解呪よりも状態異常の付与のほうが、魔力の燃費はいいらしい。

 俺はまだ余裕で立っていられた。

 

「さすがです、シュウ様……!」

「ああ、でも――ここからが本番だ」

 

 乱戦に突入すれば、敵の位置など一瞬でわからなくなる。

 後方支援ではなく、俺自身が前に立つしかない。

 

「お前ら! 神殿騎士に負けるなぁっ!! 冒険者の底力、見せてやれぇっ!!」

 

 バーグの怒号が戦場に響く。

 今日の彼は鎧を纏い、背丈ほどの巨大な戦斧を構えていた。

 元Aランク冒険者という肩書きは伊達ではない――その姿から、戦場慣れした威圧感が滲み出ていた。

 

「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」

 

 バーグの雄叫びを合図に、数百名の冒険者たちが一斉に突撃を開始する。

 地響きが伝わる。砂煙が上がる。

 俺たち、そしてグレンたちも声を上げ、前線へと駆け出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「んん〜〜? なんだい、いきなり魔物たちがバタバタ倒れてるじゃないかい」

 

 そのころ――ダンジョンから溢れ出した魔物の軍勢、その第三列目。

 群れの中に紛れていたのは、薄紫の肌に真っ白な髪、そこから二本の角を伸ばす女――魔族ドロテイア。

 

 彼女はゆらりと歩を進めながら、人間側の様子を観察していた。

 

「ダンジョンブレイクだって聞いたから、様子を見に来てみたけど……人間、何をしたんだい?」

 

 まだ距離はある。

 にもかかわらず、先頭を走っていた魔物たちが、一斉に地に倒れ伏した。

 意識はあるようだが、泡を吹く者、痙攣する者もいる。

 明らかに、何らかの状態異常に侵されている。

 

「……この距離で状態異常を撒けるってわけ? ふふ、面白いねぇ。だけど――」

 

 ドロテイアは妖艶な笑みを浮かべ、空気を吸い込むように目を細めた。

 その双眸が、遠く離れた人間の群れを正確に捉える。

 

「……見えた」

 

 標的を確認した瞬間、彼女の身体がしなやかに弾ける。

 黒い残光を残しながら、一直線にターゲットへと――その身を投じた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 俺の知らない攻撃、俺の知らない魔法が、次々と炸裂していく。

 魔物の群れと正面衝突すると同時に、冒険者たちの怒号が飛び交った。

 

「<フレアボム>!!」

「<トルネード>!」

「<ロックランス>!!」

「<アイスウォール>!」

 

 炎、風、土、氷――ありとあらゆる魔法が戦場を彩り、武器を構えた冒険者たちが怒涛の勢いで魔物の首を刈り取っていく。

 だが、その中でも明らかに異質な戦い方をする一団がいた。

 

 ――神殿騎士。

 

「イリス、あれ……どうなってんだ?」

 

 ロングソードで敵を斬り裂きながら、近くのイリスに問いかける。

 セイラを筆頭にした神殿騎士たちは、一切防御をしていなかった。

 剣を振るう姿は美しいが、まるでボクサーのノーガード戦法。正気とは思えない。

 

「――神殿騎士に選ばれた者には、教会秘伝の魔技が授けられます」

「魔技……?」

 

 グレンが使っていた魔技を思い出す。

 魔法のように魔力を具現化して放つわけではなく、魔力を自らの身体や武器に纏わせる――あの技だ。

 

「はい。その名も<聖鎧《せいがい》>。――少し、見ていてください」

 

 イリスの言葉に従い、神殿騎士たちの戦闘を見守る。

 

「はぁ――ッ!!」

 

 聖光を纏う剣が閃くたび、魔物の首が宙に舞う。

 だが中には、反撃を受けている者もいた。

 

「その程度で――この私の肌が傷つくと思うなぁッ!!」

「あ……」

 

 その瞬間、俺は理解した。

 傷を負っても、瞬時に塞がっていく。

 血が流れるよりも速く、肌が再生していく。

 

「……超速回復のオートヒール。攻撃を受けた瞬間から回復してるのか?」

「はい。それが<聖鎧>の効果です。神殿騎士だけに許された特異な能力なのです」

「チートかよ……」

「魔力が尽きればもちろん解除されます……が、セイラ様ほどの強者なら、長時間の戦闘でも尽きることはないでしょう」

「……バケモンだな」

 

 戦場の光に照らされて、セイラの薄青の髪がしなやかに揺れる。

 神殿騎士の中でも群を抜く速さと力。

<聖鎧>など不要と思えるほど、彼女は圧倒的だった。

 

 

 ――だが、戦況とは、たった一体の出現で容易く変わる。

 

「オ、オークキングだぁぁっ!! ぐわぁっ!?」

 

 冒険者の悲鳴。

 直後、巨大な棍棒が唸りを上げ、男の身体を軽々と吹き飛ばした。

 

 オークキング。

 あのゴブリンクイーンと比べてどちらが強いのだろう。

 どちらにせよ冒険者たちの動揺を見る限り、間違いなく脅威だ。

 

「イリス! 俺はあっちに――」

 

 そう叫ぼうとした瞬間、別の声が上がる。

 

「今度はゴブリンキングに、ヘルハウンド……グリフォンまで!?」

 

 戦場が一変した。

 小型・中型ばかりだった魔物の群れに、次々と大型種が混ざり始めたのだ。

 

「クソ……乱戦すぎて方向が掴めねぇ……<完全解呪・反転>も目の前の敵にしか使えねえ……」

 

 息を荒げたその時――。

 

 背筋を、ゾクッと悪寒が這い上がる。

 明確な殺気。それは遠く離れた場所――グレンたちのいる方角からだった。

 

 考えるより先に、身体が動いていた。

 

「――<エアブースト>!」

 

 風魔法で身体に魔力を纏い、一気に加速。

 俺は砂煙を巻き上げながら、グレンの下へと駆け抜けた。

 

「――死になぁッッ!!」

 

 背後から飛びかかる黒い影。

 鋭い爪がグレンの背を裂かんと迫った瞬間、俺は間に滑り込み、ロングソードで受け止めた。

 

「シュウ……!」

「なんだい……? せっかく一発で仕留めようと思ったのに、邪魔してくれるねぇ」

「こいつが――魔族か。ふんッ!!」

 

 ロングソードに力を込め、黒爪を押し返す。

 ドロテイアは軽やかに後方へと跳び、地面へと優雅に着地した。

 

「助かった、シュウ」

「ああ。――アイツは、俺に任せろ」

「……いいんだな?」

 

 この乱戦の中で一対一を選ぶのは無謀だ。

 だが、あの魔族だけは他の魔物とは格が違うし、元々そのつもりだった。

 なら――やるしかない。

 

「よぉ、お前がドロテイアか」

「アンタ……誰だい?」

「ただのしがないプリーストだよ」

「ふぅん……人間の職業なんて、どうでもいいさねぇ」

 

 やはり会話など意味を持たないだろう。

 だが、こいつにだけは言っておきたいことがある。

 

「よくも……俺の仲間たちを傷つけてくれたな」

「あら、お仲間の仇討ちってわけかい?」

「そんなところだ」

「ふふ……でもねぇ、アタシだってやり返さなきゃ気が済まないんだよ――この、美しい爪を傷つけられた仕返しをねぇッ!!」

 

 瞬間、ドロテイアの姿が掻き消えた。

 グレンの<陽炎>とは違う。純粋な速さ――それだけで視認を困難にしている。

 

「死ねぇッ!!」

「――その、程度か?」

「グゥゥゥゥゥッ!?」

 

 左方に現れたドロテイアの爪が、俺の首筋を狙って振るわれる。

 だが、見えていた。

 魔技ではないただのスピードなら、俺の目は追える。

 

 ――ジジイより遅い相手に、負けるわけがない。

 

「アタシの爪が――また折れたぁぁぁッ!?」

 

 俺の一撃は、ドロテイアの黒爪を削いでいた。

 彼女の表情が歪み、まるで宝石を砕かれたかのように怒り狂っている。

 

「貴様ぁ……貴様、貴様、貴様ぁぁぁぁぁッ!!」

「どうした? 残りの爪も全部、叩き斬ってやろうか?」

 

 その挑発が、彼女を完全に怒らせたらしい。

 

「――変える」

「あ?」

「場所を変えるんだよぉ……ッ!」

 

 次の瞬間、俺たちの足元に黒い渦が広がった。

 空間が歪み、地面へと吸い込まれる。

 

「シュウっ!」

「シュウ様!」

 

 グレンとイリスの声が遠ざかる。

 俺はわずかに振り返り、静かに言い残した。

 

「――後は頼んだぞ」

 

 そして、黒い穴が俺とドロテイアを飲み込んだ。

 視界が闇に染まり、音が消える。

 

 

 次に目を開けたとき、そこはもう――まったく別の場所だった。

 背後を振り向くと、そこには巨大な門。

 俺は西以外の別の門前へと飛ばされたらしい。

 

「なっ、なななっ!? なぜ、ここに人がいるのですっ!!」

 

 甲高い声が響いた。

 視線を向けると、立派な馬車のそばで、長い赤髪の男がこちらを振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

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