完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「なんだい、ブルドグじゃないかい」
「んんっ……ド、ドロテイア殿っ!!」
俺の姿を見て驚いた赤髪の男は、すぐ近くにいたドロテイアの姿に気づくなり、目を輝かせた。
コイツが――ブルドグ大司教。治療院の修道士が語っていた通りのイケメンだった。
そして今の様子はどう見ても、街から逃げ出すために荷物を積み込み、馬車へと乗り込もうとしている最中だった。
「そんなに荷を詰め込んで、どこへ行くつもりだい?」
「いや……その、色々ありまして……一度この街を離れねばならず……」
「ふぅん……まあ、好きにすればいいさ」
ドロテイアに対して、ブルドグは汗を流しながら媚びへつらうように笑う。
その態度から、メディナが言っていた精気提供のための協力関係は間違いなさそうだった。
「――お前がブルドグか」
「なっ……あなたは誰なのですか」
見知らぬ人間が突然現れたら、追手だと考えるのが普通だろう。
「お前がやってきた悪行は全部知ってる。だから神殿騎士に動いてもらって、お前を捕まえようとしたんだが……」
「ああ、ああ……あなたでしたか……! 私が長年かけて積み上げてきたビジネスを全て台無しにしてくれたのは……!」
ブルドグは恨み言をつぶやき、そのまま御者台に手をかけた。
どうやら御者は雇っていない。一人で逃げるつもりらしい。
「そのまま逃がすとでも?」
「状況がわかっていないのはあなたの方だ……ドロテイア殿、こやつを」
「ふん、逃げ腰の男に命令される筋合いはないが……どちらにせよ、コイツは私の獲物さ」
「そ、それは何よりで……」
ブルドグは安堵したように息を吐く。
だが――甘い。
――<完全解呪・反転>
「っ!? なっ、指輪が……!」
ブルドグの身につけていた指輪の一つが、光を弾くようにして砕け散った。
状態異常が効かない……?
代わりに魔道具が破壊された、ということか?
「よそ見してんじゃないよっ!!」
「くぁっ!」
ドロテイアが一瞬で距離を詰める。
俺は黒爪をロングソードで受け止め、押し返す。
ちなみにドロテイアにもすでに一度、状態異常付与は試した。
だが、彼女にも通用しなかった。
状態異常の付与はかなり使える。
だが、効かない相手はイアシスの魔物にだっていた。
なら、やることは一つ。真正面から叩き伏せるだけだ。
「――<エアスラッシュ>!」
風刃を飛ばす。しかしドロテイアは紙一重で躱す。
何度飛ばしても、躱され続ける。
その背後、馬車は距離をとり、ブルドグは逃げようとしていた。
追えない俺は、ただ歯噛みするしかなかった。
――その時だ。
ブルドグの馬車が、急停止した。
勢いでブルドグ本人が御者台から投げ出され、地面に転がる。
痛みに顔を歪めて起き上がったブルドグの前に立っていたのは――
俺も知っている、あの豚面の男。
しかし今の装いは、いつものだらしなさとはまるで違っていた。
◇◇◇
「ふふ……はははっ! 本当に惜しい街でしたが、仕方ありません。次に来る頃には、どれほど復興していることやら……」
ブルドグは、背後で戦いをはじめたドロテイアと謎の人物の気配を振り返りもせず、馬車を進める。舗装された街道を軽快に蹄が叩いた。
「あの男……私が身につけていた、状態異常を幾度も肩代わりしてくれる指輪を破壊した……何をしたのかは不明ですが、もう関わることもないでしょう」
ブルドグは薄く笑い、しっかりと手綱を握った――その瞬間。
「――――む?」
本当に、間一髪だった。
馬車の進行方向に、人影が立っていたのだ。
止まる間もないはずだった。だが馬が突然、鋭い嘶きを上げながら急停止し、その人物の手前で前脚を高く跳ね上げた。
「なっ、なんだあああああっ!?」
勢いのまま、ブルドグは御者台から前に投げ出され、地面に転がる。
「……ぐ、何が、起き……」
体を起こし、服の汚れを払ったブルドグは、真正面に立っていた人物を見た。
「――ウンディル・ブルドグ大司教」
よく知る、威厳に満ちた声。
「あ、ああああああっ……あなた様は……!」
目に映る特徴的な丸い鼻と肉付きの良い頬。
まるで豚のような顔――見間違うはずがない。
「アラスター・ランドレース……枢機卿……っ!」
ミシア教会の位階。その中でもブルドグは上位に属する大司教。
しかし――枢機卿は、そのさらに上。教会内で四人しか選ばれない権勢を持つ存在だった。
白い法衣をまとったブルドグとは対照的に、アラスターは赤と白の衣を身にまとい、頭には赤いズケットを被っていた。
「久しぶりにこの法衣を着てきたが……やはり動きにくいものだ。ブルドグよ、お前はこれを毎日着ているのだろう? 勤勉なことだ」
「わ、私は教会に忠誠を誓う者……当然の務めで――」
「だが、その忠誠を裏切った」
その一言で、ブルドグの喉が詰まる。
(……知られている。すべてを知られている……!)
「言い分はあるか?」
「わ、私は……何も、しておりません」
「異端審問における虚言は、罪をさらに深くするぞ」
「も、申し訳ありませんが、私は異端審問を受けるような――」
アラスターはゆっくりと法衣の内から一冊の本を取り出した。
「そ、それは……!」
「ふむ。さすがブルドグ、これが何か分かるようだな」
「な、あ……っ」
「つまり、理解しているな」
分厚い聖書。その装丁は儀礼用ではない。
ブルドグの顔が蒼白になる。
「……使用者の魔力を引き上げ、光魔法の威力を増す……特製の聖書……」
「教皇様より賜った一品だ。用途は――戦闘に限られる」
それを見た瞬間、ブルドグは判断した。
逃げられないなら――先手を撃つしかないのだと。
「ぬ、うおおおおおおっ!! ――<ディバインランス>ッ!!」
空に光の十字剣がいくつも顕現し、雨のようにアラスターへと降り注いだ。
地面が抉れ、砂煙が上がる。
だが――
「……ど、どうですか。私の光魔法も……まだまだ健在……アラスター殿といえど、無傷では――な、っ」
砂煙が晴れた先。
アラスターはそこに無傷で立っていた。
その前方には、半透明の光の壁――。
「ブルドグ。ビジネスにばかり熱を上げて、研鑽を怠ったな」
「くっ……」
「今、私に刃を向けた時点で――罪を認めたのだ。もう逃げ道はない」
光の壁はひび一つ入っていなかった。
「これでも大司教にまで上り詰めた身……上級光魔法の一つや二つ、扱えますよ――<ジャッジメントレイ>ッ!」
「――<ジャッジメントレイ>」
「なっ……!?」
上級光魔法<ジャッジメントレイ>は空に点在させた光粒から連続で射出される浄化の光線。
しかしアラスターは、まるで後読みしたかのように同じ魔法を展開し、ブルドグの光線を一つ残らず相殺していった。
「<ディバインランス>」
「ぬわあああああああああっ!!」
次の瞬間、光の十字剣がブルドグの左脚を容赦なく貫いた。
激痛に悲鳴を漏らし、地面に転がる。
「上級光魔法を使えるのはさすがだ。……だが、それだけ。同じ魔法でも、扱う者が違えば速度も威力も天地ほど差が出る。まあ、私にはこの聖書があるがな」
「はぁ……は、ぁ……っ」
「……やはり、君は鍛えが足りない。――終わりにしよう、ブルドグ」
アラスターが歩み寄る。
血を流す脚は言うことを聞かず、逃げられないとブルドグは悟った。
(クソ……クソッ……私の計画は、まだ終わっていない……! ここで終わるわけがない……!)
せっかく整ったはずの顔が、憎悪と焦燥にぐしゃりと歪んでいく。
それはまるでブルドッグのようでもあった。
(……使うしか、ない。これを使えば正気でいられるかも分からんが……アラスターに捕まるぐらいなら――)
「ふふ……ふはははははっ!」
突然、狂気じみた笑い声が上がり、アラスターが目を細める。
「奥の手、というものは最後まで隠しておくものです……アラスター殿」
ブルドグの手には、小さな黒い球。
そして――それを迷いなく喉へと流し込んだ。
「ぐっ……ぬ゙ぅっ……ぬ゙ああああああああああああっ!!」
「ブルドグッ!」
瞬間、ブルドグの身体に異形の変化が走る。
法衣は裂け、指輪などの装飾品は弾け飛び、肉が膨張し、筋肉が盛り上がり――
気づけば五メートルを超える巨体。
イケメンの面影はどこにもなく、ただの魔獣の咆哮が響いた。
「……貴様、何に手を出した」
「グギギギ……ッ――<ジャッジメントレイ>」
「な、っ――!?」
先程とは比べ物にならない速度と密度でアラスターに光線が降り注ぐ。
「ぐ、ぅ……魔力が……数倍にも跳ね上がっている……このままでは……」
防壁を破られ、アラスターの法衣が裂け、血が滴る。
「オワリ、ダ――」
巨腕が振り下ろされる。
避ける暇など、どこにもない。
「セイラ…………」
娘の名が、最後に浮かんだ。
彼女は今も西門で街を守るため剣を振るっている。
まだ――その先の成長を見ていたかった。
アラスターは目を閉じた。
「グ……ガッ……ッ……」
その瞬間――巨腕が、止まった。
ブルドグの身体が震え、痙攣し、崩れ落ちる。
「……何が……?」
アラスターは顔を上げる。
そこには、こちらに向けて手を伸ばす――娘の恩人の姿があった。
声は聞こえない。
だが確かに、言葉が届いた気がした。
『――セイラのために、まだ死ぬなよ。豚のおっさん』
アラスターは膝を震わせ、ゆっくりと立ち上がった。
「ブルドグ……これで本当に終わりだ。だが、まだ死なせはしない」
アラスターは自らに回復魔法を施すと、倒れたブルドグへと手をかざした。
「――<サンクティファイ>」
眩い清浄の光が、魔に侵された肉体を浄化していく。
徐々に縮み、やがて元の姿へ戻り――ブルドグは痙攣したまま白目を剥き、動かなくなった。
「シュウ……君という男は、本当に……」
アラスターは視線を上げる。
だが――そのシュウは、ドロテイアの凶爪を無防備な背中に受けていた。