※この作品はR-18です。

完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】   作:pelca

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第59話 聖女の片鱗

 ――冒険都市ハレス、西門前。

 

 次々と現れる大型の魔物。

 一体を倒すだけでも時間と体力を奪われ、前衛は押し下げられていた。

 

 低ランクの魔物にだけ意識を割いている余裕はない。

 冒険者と神殿騎士たちは、じりじりと後退を強いられていた。

 

 一体でもすり抜ければ、西門を破られる可能性が大きくなる。

 いまは辛うじて保っているが――その背後には、まだ数千の群れが蠢いている。

 

 Aランクの冒険者は、そう簡単には生まれない。

 元Aランクのバーグが最前線にいたのも二十年以上前。

 以来、この街でAに届いた者は片手で数えられるほど。

 

 そして今、この街だは現役のAランク相当は――誰一人としていなかった。

 実力でも数でも、状況は明確に不利だった。

 

「隊長〜。これ、本気で詰んでませんかぁ〜?」

 

 薄紫の髪を翻し、騎士剣を振るいながらリーチェが隣で戦うセイラへと声を投げる。

 

「……押し潰される前に、強力な魔物を優先して落とすしかない。数の圧を削るんだ……ッ!」

 

 セイラはそう言いながらも、胸の内でひとつの希望に縋っていた。

 

(……シュウ。もし、あの力が再び使えるのなら――)

 

 だが、同時に<完全解呪・反転>が代償無しとは到底思えなかった。

 千体近くの敵を一斉に沈黙させたのだ。セイラはこの場から消え去ったシュウのことが心配だった。

 

 

「――負傷者は下がってください! 回復は任せてください!」

 

 後方からイリスの声が響く。

 複数の神官が控え、治癒と支援に徹していた。

 

「大丈夫……シュウ様は必ず戻ってきます。だから、私たちは――耐えなければ」

 

 イリスが祈るように言った、その刹那。

 

「――ミノタウロスが抜けたぞぉぉぉ!!」

 

 五メートルを超える巨躯。

 巨大な戦斧を引きずりながら、西門へと突き進む。

 

 Bランク以上。

 この街の中でもグレンたち『銀の刃』が全員でかかってようやく止められる相手。

 

 ――門が破られる。

 

 誰もがそう理解した瞬間だった。

 

「ブモォォォォォッ!?」

 

 ミノタウロスの脚が崩れ、地へ倒れ込んだ。

 左脚が紫に侵食され、泡を吹くように腐り、溶け落ちていく。

 

「メディナ、様……!」

 

 姿は見えない。

 だが、確かにそこにいる。

 

「本来はシュウ様と共にドロテイアに奇襲を……ですが、こちらに残してくださったのですね」

 

 イリスは短く息を吸い、前線へと歩を進めた。

『火毒のナイフ』は、一撃でも通せばいい。レベル差など関係ない。

 メディナが抜け出した魔物を仕留めてくれるなら、まだここはギリギリ安全地帯。

 

「……私も、負けていられません」

 

 聖杖を握り直し、声を張り上げる。

 

「全員――一度下がってください!!」

 

 周囲の冒険者、神殿騎士たちが戦線を後退させる。

 そして、最後の一人がイリスの横を駆け抜けた瞬間――

 

(今、私が単独で発動できる唯一の上級光魔法――)

 

 掲げた聖杖が燐光を放つ。

 

「――<サンクトゥアリウム>」

 

 半透明の聖なる結界が、西門前に大きく円を描くように展開される。

 

 低ランクの魔物は触れた途端に光へ飲まれ霧散し、高ランクの魔物は壁面を叩き続け、鈍い衝撃音が響いた。

 

 だが、結界の一部には既に亀裂が走りはじめていた。

 

 通常、結界は一点でも破られれば瞬く間に消え去ってしまう。

 だが、この<サンクトゥアリウム>は発動し続ける限り、破れた箇所に魔力を注ぎ込めば、再び結界として維持できるのだ。

 

「――今のうちに回復と体勢の立て直しを! 破れた箇所から随時迎撃してくださいっ!」

 

 イリスの力強い声が、戦場を震わせた。

 

「イリスさん……」

「イリス様……!」

 

 冒険者も、神殿騎士も――

 彼女の背中に聖女の片鱗を見た。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「どうしたんだい! 攻撃してこないのかい? ああ、違うね――当たらないだけだったねぇ!」

 

 挑発を交えながら、ドロテイアは影のように動き回り、あらゆる角度から爪を振るう。

 だが、俺はその全てを受け流していた。

 

「お前こそ、どうした。その程度じゃ俺に傷一つつけられないぞ」

「ハァッ……言ってくれるじゃないかッ! なら――<リフォース><リアーマー><リレイター>!」

 

 黒い魔力がドロテイアの腕から溢れ、俺の全身を包み込む。

 

「これで――折れるだろうがッ!」

 

 黒爪が閃き、俺のロングソードは弾き飛ばされた。

 一瞬、手元から武器が消える。

 

「決まったねぇッ!!」

 

 第二撃が、俺の胸を抉らんと迫る。

 

「――<聖製>」

 

 振り下ろされた刃より速く、俺の手には青白い光が凝縮され――『聖製剣』が形を取る。

 次の瞬間。

 

「グギィィィィィィィィィィッ!?」

 

 光が走り、ドロテイアの左腕が鮮血とともに宙を舞った。

 

「き、貴様ぁぁぁぁッ!! なぜっ、なぜ闇魔法が効いていない……ッ!! それに――」

「この剣か? ああ、魔族でも騙されるんだな」

 

 ロングソードを奪われた瞬間に生まれる隙。

 グレンのときと同じ。いや――ドロテイアはさらに深く油断していた。

 

『聖製剣』は、まるで生き物のように軽く、そして鋭かった。斬ったときの手応えは、ロングソードとはまるで別物だった。

 

「きさまぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 怒りと痛みが混じった形相。

 だが、そのとき――視界の後方で、異変が起きていた。

 

 アラスターさんと戦っていたブルドグが、膨れ上がっていた。

 肉が裂け、骨がきしみ、身につけていた物を全て弾き飛ばし、魔物じみた巨躯へと変貌していた。

 

 優勢だったはずのアラスターさんが、一撃で膝をついていた。

 

「危ない!!」

 

 ためらいはなかった。

 そして、今なら――届く。

 

「――<完全解呪・反転>」

 

 ブルドグは力が抜けたように、その場へと崩れ落ちた。

 

「――セイラのために、まだ死ぬなよ。豚のおっさん」

 

 気が緩んだ。ほんの一瞬だった。

 

「ぐっ……うっ…………」

 

 安堵の息と同時に、背中へ鋭い衝撃。

 一部欠けているとはいえ、ドロテイアのまだ健在な右手の黒爪が容赦なく突き刺さっていた。

 

「私を無視して何をしてるんだい? さすがにナメられたものだねぇ……」

 

 そうだ。俺は油断していた。

 だが――同時に、信頼もしていた。

 

 村長が錬金術で仕立ててくれた、この特製ローブの性能を。

 

「な、な…………なぜ…………」

 

 俺はゆっくりと振り返る。

 ドロテイアは爪を突き立てた姿勢のまま、呆然と目を見開いていた。

 俺が無傷でいる理由が理解できていない。

 

「素材のことは俺にもよくわからん。けど……ダイラタンシーって現象に似てるらしい」

「は? ダイラ……? 貴様、何を……!」

 

 強い衝撃には固体。

 弱い衝撃には液体のようになる、不思議な流体。

 現代日本でも話題になったことがある流体だ。

 

 このローブには、それと近い性質が組み込まれていた。

 

 強い一撃に対してだけ、この布はとてつもない硬度を示す。

 だから――強力すぎるドロテイアの爪はローブを貫けなかった。

 

「もう、終わりにしよう。俺も早く戻りたいんだ」

「く……うッ……!」

 

 血を流す左腕を押さえながらも、ドロテイアはまだ戦意を失っていない。

 

「お前は、一つ勘違いをしているよ」

 

 ドロテイアは不敵に唇を吊り上げた。

 

「私はまだ、本気を出していない」

「だからなんだ」

「ふ……ふふふっ……ふははははははは!!」

 

 痛みに歪むはずの表情は、逆に愉悦に満ちていた。

 

「状態異常や呪術は、レベル差が大きいほど効果が通りやすい」

「……そうなのか」

 

 初耳の知識だ。だが、なぜ今それを言う。

 

「私のレベルは五十九ッッ!! 数々の人間の精気を啜り、殺し続けてきた果ての力だよッ!」

「…………」

「貴様に闇魔法が通らない理由は知らないが……呪術ならどうだい?」

 

 確信に満ちた笑み。

 右手が再び俺へと向けられる。

 

「この地に、私以上の相手など存在しない――ッ!」

 

 紅い舌が唇を舐める。

 

「私を求め、溺れ苦しんで死ね――<淫染呪>」

 

 ドロテイアの手から、歪な魔力が放出される。

 その意識を深淵へと誘う漆黒の魔力は、俺の体を包み、そして――――弾け飛んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『シュウ様は……特別なお方です。グレン様も以前、彼のレベルを気にされていましたね?』

『ああ、あれほどの実力だ。少なくとも四十前後はあると思っているが……』

『別にシュウ様も隠しているわけではないようですのでお話します。シュウ様のレベルは――――――――八十三です』

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……………………何かしたか?」

「意味が、わからない……! なぜだい! 呪いは絶対に効くはずだ! ああ、そうか……効きが遅いだけ……そういう相手もいたさ! 最終的には皆、私の呪いに溺れていった!!」

 

 ドロテイアは必死に言葉を重ねていた。

 だが、左腕から滴る血は止まらない。

 その焦りは、隠しきれていない。

 

「確かにお前のレベルは高いんだろう。だが――俺よりは下だ」

「貴様あ……ッ! つまらない嘘をつくんじゃあないッ!!」

「お前がどれだけ長く生きてきたのかは知らない。だがな――世界は案外、広いんだ」

 

 本当のところ、俺だって世界を知らない。

 だが、あの化け物じみたジジイやババアを思い出せば、自分を頂点と思い込んでいるコイツが、どれほど狭い世界で生きてきたかはよくわかる。

 

「――まあ、俺に呪いが効かなかった理由は、レベル差じゃないんだけどな」

「ぐっ……ぬ、ぬぬぬ……!」

 

 効かなかった理由は、女神の加護だ。

 

 そして今回、レベル差があれば、状態異常や呪いの攻撃も成功しない場合があるとも知れた。

 ドロテイアとの戦いは、また一つ自分の経験として積み重なったようだ。

 

 

 だから――もう終わりにする。

 

「お前は他人にかけた呪いが、どんな苦しみがあるのか知っているのか?」

「呪いを自分にかけるバカがどこにいるんだい! ――死ねぇぇぇッ!!」

 

 最後の悪あがき。

 欠けたままの右手の黒爪が鋭く突き出される。

 

 俺はそれを軽く身をひねって避ける。

 そして、横を通り過ぎる彼女の耳元で、そっと声を落とした。

 

 

「――――――<淫染呪>」

 

 

 

 

 

 

 

 





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