完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
――冒険都市ハレス、西門前。
次々と現れる大型の魔物。
一体を倒すだけでも時間と体力を奪われ、前衛は押し下げられていた。
低ランクの魔物にだけ意識を割いている余裕はない。
冒険者と神殿騎士たちは、じりじりと後退を強いられていた。
一体でもすり抜ければ、西門を破られる可能性が大きくなる。
いまは辛うじて保っているが――その背後には、まだ数千の群れが蠢いている。
Aランクの冒険者は、そう簡単には生まれない。
元Aランクのバーグが最前線にいたのも二十年以上前。
以来、この街でAに届いた者は片手で数えられるほど。
そして今、この街だは現役のAランク相当は――誰一人としていなかった。
実力でも数でも、状況は明確に不利だった。
「隊長〜。これ、本気で詰んでませんかぁ〜?」
薄紫の髪を翻し、騎士剣を振るいながらリーチェが隣で戦うセイラへと声を投げる。
「……押し潰される前に、強力な魔物を優先して落とすしかない。数の圧を削るんだ……ッ!」
セイラはそう言いながらも、胸の内でひとつの希望に縋っていた。
(……シュウ。もし、あの力が再び使えるのなら――)
だが、同時に<完全解呪・反転>が代償無しとは到底思えなかった。
千体近くの敵を一斉に沈黙させたのだ。セイラはこの場から消え去ったシュウのことが心配だった。
「――負傷者は下がってください! 回復は任せてください!」
後方からイリスの声が響く。
複数の神官が控え、治癒と支援に徹していた。
「大丈夫……シュウ様は必ず戻ってきます。だから、私たちは――耐えなければ」
イリスが祈るように言った、その刹那。
「――ミノタウロスが抜けたぞぉぉぉ!!」
五メートルを超える巨躯。
巨大な戦斧を引きずりながら、西門へと突き進む。
Bランク以上。
この街の中でもグレンたち『銀の刃』が全員でかかってようやく止められる相手。
――門が破られる。
誰もがそう理解した瞬間だった。
「ブモォォォォォッ!?」
ミノタウロスの脚が崩れ、地へ倒れ込んだ。
左脚が紫に侵食され、泡を吹くように腐り、溶け落ちていく。
「メディナ、様……!」
姿は見えない。
だが、確かにそこにいる。
「本来はシュウ様と共にドロテイアに奇襲を……ですが、こちらに残してくださったのですね」
イリスは短く息を吸い、前線へと歩を進めた。
『火毒のナイフ』は、一撃でも通せばいい。レベル差など関係ない。
メディナが抜け出した魔物を仕留めてくれるなら、まだここはギリギリ安全地帯。
「……私も、負けていられません」
聖杖を握り直し、声を張り上げる。
「全員――一度下がってください!!」
周囲の冒険者、神殿騎士たちが戦線を後退させる。
そして、最後の一人がイリスの横を駆け抜けた瞬間――
(今、私が単独で発動できる唯一の上級光魔法――)
掲げた聖杖が燐光を放つ。
「――<サンクトゥアリウム>」
半透明の聖なる結界が、西門前に大きく円を描くように展開される。
低ランクの魔物は触れた途端に光へ飲まれ霧散し、高ランクの魔物は壁面を叩き続け、鈍い衝撃音が響いた。
だが、結界の一部には既に亀裂が走りはじめていた。
通常、結界は一点でも破られれば瞬く間に消え去ってしまう。
だが、この<サンクトゥアリウム>は発動し続ける限り、破れた箇所に魔力を注ぎ込めば、再び結界として維持できるのだ。
「――今のうちに回復と体勢の立て直しを! 破れた箇所から随時迎撃してくださいっ!」
イリスの力強い声が、戦場を震わせた。
「イリスさん……」
「イリス様……!」
冒険者も、神殿騎士も――
彼女の背中に聖女の片鱗を見た。
◇◇◇
「どうしたんだい! 攻撃してこないのかい? ああ、違うね――当たらないだけだったねぇ!」
挑発を交えながら、ドロテイアは影のように動き回り、あらゆる角度から爪を振るう。
だが、俺はその全てを受け流していた。
「お前こそ、どうした。その程度じゃ俺に傷一つつけられないぞ」
「ハァッ……言ってくれるじゃないかッ! なら――<リフォース><リアーマー><リレイター>!」
黒い魔力がドロテイアの腕から溢れ、俺の全身を包み込む。
「これで――折れるだろうがッ!」
黒爪が閃き、俺のロングソードは弾き飛ばされた。
一瞬、手元から武器が消える。
「決まったねぇッ!!」
第二撃が、俺の胸を抉らんと迫る。
「――<聖製>」
振り下ろされた刃より速く、俺の手には青白い光が凝縮され――『聖製剣』が形を取る。
次の瞬間。
「グギィィィィィィィィィィッ!?」
光が走り、ドロテイアの左腕が鮮血とともに宙を舞った。
「き、貴様ぁぁぁぁッ!! なぜっ、なぜ闇魔法が効いていない……ッ!! それに――」
「この剣か? ああ、魔族でも騙されるんだな」
ロングソードを奪われた瞬間に生まれる隙。
グレンのときと同じ。いや――ドロテイアはさらに深く油断していた。
『聖製剣』は、まるで生き物のように軽く、そして鋭かった。斬ったときの手応えは、ロングソードとはまるで別物だった。
「きさまぁぁぁぁぁぁぁッ!」
怒りと痛みが混じった形相。
だが、そのとき――視界の後方で、異変が起きていた。
アラスターさんと戦っていたブルドグが、膨れ上がっていた。
肉が裂け、骨がきしみ、身につけていた物を全て弾き飛ばし、魔物じみた巨躯へと変貌していた。
優勢だったはずのアラスターさんが、一撃で膝をついていた。
「危ない!!」
ためらいはなかった。
そして、今なら――届く。
「――<完全解呪・反転>」
ブルドグは力が抜けたように、その場へと崩れ落ちた。
「――セイラのために、まだ死ぬなよ。豚のおっさん」
気が緩んだ。ほんの一瞬だった。
「ぐっ……うっ…………」
安堵の息と同時に、背中へ鋭い衝撃。
一部欠けているとはいえ、ドロテイアのまだ健在な右手の黒爪が容赦なく突き刺さっていた。
「私を無視して何をしてるんだい? さすがにナメられたものだねぇ……」
そうだ。俺は油断していた。
だが――同時に、信頼もしていた。
村長が錬金術で仕立ててくれた、この特製ローブの性能を。
「な、な…………なぜ…………」
俺はゆっくりと振り返る。
ドロテイアは爪を突き立てた姿勢のまま、呆然と目を見開いていた。
俺が無傷でいる理由が理解できていない。
「素材のことは俺にもよくわからん。けど……ダイラタンシーって現象に似てるらしい」
「は? ダイラ……? 貴様、何を……!」
強い衝撃には固体。
弱い衝撃には液体のようになる、不思議な流体。
現代日本でも話題になったことがある流体だ。
このローブには、それと近い性質が組み込まれていた。
強い一撃に対してだけ、この布はとてつもない硬度を示す。
だから――強力すぎるドロテイアの爪はローブを貫けなかった。
「もう、終わりにしよう。俺も早く戻りたいんだ」
「く……うッ……!」
血を流す左腕を押さえながらも、ドロテイアはまだ戦意を失っていない。
「お前は、一つ勘違いをしているよ」
ドロテイアは不敵に唇を吊り上げた。
「私はまだ、本気を出していない」
「だからなんだ」
「ふ……ふふふっ……ふははははははは!!」
痛みに歪むはずの表情は、逆に愉悦に満ちていた。
「状態異常や呪術は、レベル差が大きいほど効果が通りやすい」
「……そうなのか」
初耳の知識だ。だが、なぜ今それを言う。
「私のレベルは五十九ッッ!! 数々の人間の精気を啜り、殺し続けてきた果ての力だよッ!」
「…………」
「貴様に闇魔法が通らない理由は知らないが……呪術ならどうだい?」
確信に満ちた笑み。
右手が再び俺へと向けられる。
「この地に、私以上の相手など存在しない――ッ!」
紅い舌が唇を舐める。
「私を求め、溺れ苦しんで死ね――<淫染呪>」
ドロテイアの手から、歪な魔力が放出される。
その意識を深淵へと誘う漆黒の魔力は、俺の体を包み、そして――――弾け飛んだ。
◇◇◇
『シュウ様は……特別なお方です。グレン様も以前、彼のレベルを気にされていましたね?』
『ああ、あれほどの実力だ。少なくとも四十前後はあると思っているが……』
『別にシュウ様も隠しているわけではないようですのでお話します。シュウ様のレベルは――――――――八十三です』
◇◇◇
「……………………何かしたか?」
「意味が、わからない……! なぜだい! 呪いは絶対に効くはずだ! ああ、そうか……効きが遅いだけ……そういう相手もいたさ! 最終的には皆、私の呪いに溺れていった!!」
ドロテイアは必死に言葉を重ねていた。
だが、左腕から滴る血は止まらない。
その焦りは、隠しきれていない。
「確かにお前のレベルは高いんだろう。だが――俺よりは下だ」
「貴様あ……ッ! つまらない嘘をつくんじゃあないッ!!」
「お前がどれだけ長く生きてきたのかは知らない。だがな――世界は案外、広いんだ」
本当のところ、俺だって世界を知らない。
だが、あの化け物じみたジジイやババアを思い出せば、自分を頂点と思い込んでいるコイツが、どれほど狭い世界で生きてきたかはよくわかる。
「――まあ、俺に呪いが効かなかった理由は、レベル差じゃないんだけどな」
「ぐっ……ぬ、ぬぬぬ……!」
効かなかった理由は、女神の加護だ。
そして今回、レベル差があれば、状態異常や呪いの攻撃も成功しない場合があるとも知れた。
ドロテイアとの戦いは、また一つ自分の経験として積み重なったようだ。
だから――もう終わりにする。
「お前は他人にかけた呪いが、どんな苦しみがあるのか知っているのか?」
「呪いを自分にかけるバカがどこにいるんだい! ――死ねぇぇぇッ!!」
最後の悪あがき。
欠けたままの右手の黒爪が鋭く突き出される。
俺はそれを軽く身をひねって避ける。
そして、横を通り過ぎる彼女の耳元で、そっと声を落とした。
「――――――<淫染呪>」