完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――結界、抜けたぞ!」
「押し返せ! 集中砲火だ!」
「だめだ、こっちも来るっ!」
イリスが展開していた上級光魔法<サンクトゥアリウム>は、数千の魔物の圧に耐えながら、辛うじて戦線を支えていた。
しかし、限界は近い。押し寄せる魔物の勢いは凄まじく、結界には細かい亀裂が走り、ついに一部が破られた。
そこから流れ込んだのは、Bランク以上の厄介な魔物。
一般の冒険者が対処できる相手ではない。だが――退くわけにもいかない。
「どらぁぁぁぁぁっ!!」
「はあああああぁッ!!」
元Aランク冒険者バーグの戦斧が、怪物の首を一息で断ち切り、神殿騎士クローヴァー隊隊長のセイラが騎士剣で分厚い胴を貫く。
その二人の前では、強敵すらなすすべなく崩れ落ちていく。
だがそれでも、強力な魔物の数は増える一方だった。
「皆さん……もう少し、あと少しだけ持ち堪えてください……!」
イリスは震える腕で聖杖を掲げ、崩れた部分に魔力を注ぎ込む。
しかし修復中にも新たな亀裂が広がり、次々と結界が砕けていく。
西門はまだ突破されていない。しかし、それも時間の問題だった。
そして、ついに――
「っ……!?」
<サンクトゥアリウム>の結界全体がガラスが割れるように砕け散った。
怒涛の黒い波が、冒険者たちへと雪崩れ込む。
「うあああああああああっ!!」
絶望の悲鳴が響く中、イリスは唇を噛みしめ、目を閉じた。
「シュウ様…………」
その時だった。
砕け散ったはずの結界が――まるで巻き戻すように修復されはじめる。
「え……?」
背後から、重く、地を響かせるような足音が近づいた。
片手に抱えられた黒革装丁の特別製の聖典。
血に濡れた法衣だが、身体はピンピンしており、強く地を踏んでいた。
「よく支えたな、イリス・カーネリア。……さすがは聖女候補」
低くよく通る声。イリスは息を呑んで振り返る。
「ア、アラスター・ランドレース……枢機卿……!」
「久しいな。前に顔を合わせたのは王都の大聖堂であったか」
「はい……まさか、こちらにいらっしゃるとは……」
「ここしばらくは、娘の世話でな……」
会話は淡々としていたが、今結界を立て直したのが彼であることは明らかだった。
「あとは私が抑えよう。魔力回復ポーションを飲め。結界が再度割れた時――その敵を屠るのだ」
「……はいっ」
「もうしばらくすれば、待ち人はやってくるだろう――」
その言葉に、イリスの瞳が揺れる。
名は言われなかった。
それでも、誰のことかは分かっていた。
「皆さん! あと少し――あと少しだけです! 必ず勝利できます!!」
根拠はないが、言葉には確かな力があった。
その言葉に力をもらった冒険者たちが、結界内に侵入した魔物を確実に仕留めていく。
――そして、数十分。
「く……さすがの私でも、これ以上は……っ」
「アラスター枢機卿!」
「豚おじ! 弱いとこを放棄しろ! 私が全て斬るッ!」
セイラが叫ぶと同時に、限界を迎えた箇所の魔力をアラスターが意図的に弱めた。
結界が破れ、魔物が噴き出す。
セイラはその渦へ一直線に踏み込んだ。
「私は倒れん。この剣にかけて――ッ!!」
叫びと共に剣を振りかぶった――だが、そのセイラの騎士剣は魔物に届くことはなかった。
なぜなら――
「――なぁ、衛兵。俺が倒れたら、下にいる聖女候補のところまで運んでくれ」
「え……誰だアンタ!?」
西門の上。
そこには、いつの間にか濃灰色のローブを纏う一人の少年が立っていた。
「ああ、ここなら全てが見渡せる――」
右手を掲げる。
水色の指輪が淡く光った。
「――<完全解呪・反転>」
次の瞬間。
地響きのような唸りを上げていた魔物の群れが、同時に動きを止めた。
身体が硬直し、泡を吹き、白目を剥く。
次第に命が失われ――西門前は静かになった。
冒険者たちは、言葉を失った。
最初に声を上げたのは、門上にいた衛兵だった。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
その叫びを皮切りに――
歓喜が戦場全体へ広がる。
「よ、かった……」
少年は力が抜けたように崩れ落ちた。
「おい! 少年! しっかりしろ!」
衛兵たちに支えられながら、意識は闇に沈んでいった。
◇◇◇
「ん……ぁ…………」
白い天井。見慣れた部屋。
ここは――俺が少し前まで働いていた治療院だ。
「――おはようございます、シュウ」
「……マリエル、か」
目を開けると、眼鏡越しの優しい瞳が俺を覗き込んでいた。
修道服の襟元には、夜通し看病していたのだろう、少しだけ皺が寄っている。
「身体、起こせそうですか?」
「ああ……なんとか」
腕に力を込め、ゆっくりと上体を起こす。
手のひらを開閉しながら、自分の体の状態を確認していく。
「魔力を使い切って倒れたと聞きました。戦場に……いたのでしょう?」
「……ああ」
俺は短く答え、ベッドから足を下ろす。
まだふらつくが、立てないほどではない。
「無茶をしたのですね」
「そうかもしれないな……ありがとう、マリエル」
マリエルは俺が何をしたのか――本当のところまでは知らないだろう。
ブルドグの件も、まだ耳に入っていないはず。
だが、今日の彼女はいつもよりも優しいマリエルに思えた。
「では――教会へ向かいましょう」
「え?」
言われるまま、俺はマリエルに先導され、治療院隣の教会へ向かう。
扉を開けると、眩しい朝の光が射し込んだ。小鳥の鳴き声が心地よく聞こえる。
俺はかなり長く眠っていたらしい。
薄暗い教会内の広間へと進むと――何人かの影が並んだ椅子で毛布を被り眠っていた。
その姿を見た瞬間、誰なのか理解する。
「この方々、あなたが目を覚ますまで帰らないと言いまして……。治療院に寝かせるわけにもいきませんでしたので、こちらで」
「……まったく。心配性がすぎるだろ、こいつら」
思わず、小さく笑ってしまう。
「シュウ。あなたは――慕われているのですね」
「どうだろな……自分じゃわかんねぇよ。でも……ありがたい」
マリエルはふっと微笑み、視線を祭壇の像へ向けた。
白い女神像が、朝のステンドグラスの光に包まれている。
「女神アルテミシア様も、きっとあなたを祝福しています」
優しいマリエルのつぶやきが、すっと耳に入り込んだ。
「ん……ぅ……」
「おはよう、イリス」
「……っ! シュウ様!? シュウ様ぁっ!」
イリスは目を開くなり、俺に飛びつくように抱きついてきた。
その腕が震えている。
「遅くなった。よく耐えたな、イリス」
「……っ、はい……っ。わたし……頑張れました……」
頭を撫でると、イリスは小さく涙を飛ばした。
「メディナも、頑張ったんだな」
「むにゃ……ぎゅむ……」
「……はい。メディナ様も、必死に……」
メディナは椅子に小さく丸まって眠っている。
彼女のレベルでは、相当きつかっただろう。
でも、イリスの言葉から察するに。やれることはやってくれたみたいだ。
「……シュウ、無事で安心した」
「グレン――お前らもな」
続いて、『銀の刃』の面々もゆっくりと目を覚ます。
家で寝ればいいのに――と思いながらも、その気持ちは嬉しかった。
「……ありがとう、シュウさん」
エリナとは、解呪で色々あった。おそらく、それを含めてのお礼なのだろう。
「ああ、エリナも……」
リシアも、ガロも無事。
セイラの姿はなかったが――無事だろうと、そう思えた。
やがて俺たちはマリエルへ礼を告げ、皆で朝食を取ることにした。
――だが、飯屋へ向かう足の途中で。
俺はふと、胸に引っかかりを覚えた。
なにか、忘れてるような……。
◇◇◇
「主さま……まだ、こないのかな……へっくし……さむ……」
草原の真ん中。
ほとんど裸のまま、魔族ドロテイアは膝を抱え、ぶるぶる震えながら――
ただひたすらに、シュウの帰りを待ち続けていた。