完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
朝食をとりながら、イリスから昨夜までの一部始終を聞いた。
激戦で満身創痍だったはずなのに、神殿騎士たちは休む間もなく動き出したという。
ブルドグの屋敷と関連施設に突入し、強制捜査を開始。関係者をすべて拘束し、異端審問送りにしたらしい。
あの衛兵ジルベの姿も、捕縛者の中にあったという。
ブルドグ本人は、これから王都へと移送される予定だ。
そこで異端審問が行われるとのこと。
そもそも俺は異端審問がどのようなものかは理解していないが、いわゆる裁判のようなものだと思っている。……そうだよな?
そして、俺にはやらなければいけないことがあった。
ブルドグによって呪いをかけられた女性たちを集め、そのすべてを解呪することだ。
ただ、それと同時に――俺にはひとつ、イリスに相談したいことがあった。
彼女たちの記憶の問題だ。
解呪を終えても、彼女たちの中には地下施設での出来事が残る。
それは決して自分の意思で行ったことではないはず。
故に、正気を取り戻したあとで深い傷として残るだろう。
ポワンの村での出来事を思い出す。
あの時、ゴブリンに襲われた女性たちは、俺との行為で上書きしてほしいと言ってきた。
当時は戸惑うばかりだったが、今になって思う。
――もしかしたら、記憶そのものを書き換えるような魔法が存在するのではないか。
イリスの答えは、肯定だった。
ただしそれは、一人で行使できるような魔法ではないという。
しかも今回は対象が多すぎる。
膨大な魔力を集めることができれば、もしかするかもしれないと話してくれた。
そこで俺はやっと思い出した。
ドロテイアを放置してしまっていたことに――。
◇◇◇
「よう、生きてたみたいだな」
「ああっ、主さまッ!! 放置プレイが長すぎる……ッ!」
「今までのことに比べたら、このくらい軽いだろ――って、お前……本当にドロテイアか?」
草原の大樹の下、半裸で座り込んでいたのはドロテイアだった。
なぜか防具を着けず、俺が指示していないせいかそのままの姿で待っていたらしい。
近づいた瞬間、俺は違和感に気づいた。
肌の色――見た目がまるで別人のように変わっていたのだ。
「お前……なんで肌の色が変わってるんだ? 前は薄紫だったろ」
「アタシにもわからない……気づいたらこうなってて。でも、主さまのせいだと思う……」
「俺の?」
「主さま、女神と何か関わりがあるんだろう?」
「まあな。俺の体は女神の加護百パーセントらしい。だから状態異常は効かない」
「やはり……。アタシ、主さまと交わった時に女神の力が流れ込んだみたいで……それで魔族としての穢れが浄化され、この姿になったのかと……」
言われてみれば、確かに以前のような魔族特有の薄紫色の肌は失われ、主張が強かった角だって跡形もない。
代わりに、健康的な褐色の肌になっていて――見た目だけなら完全に俺好みのダークエルフだった。
「……まあ、そのほうが都合いい。ついてこい。お前にやってもらうことがある」
「な、なんでも……っ!」
「それと、お前、食事は要らないのか?」
「主さまの濃ゆい精気をたっぷりいただいたので……しばらくはいりません♡」
「……そうかよ」
魔族としての体質はまだ残っているらしい。
……精気って、やっぱり精液のことだよな。それ以外のことも精気って言うのか?
◇◇◇
「――イリス、待たせたな」
「いえ。それは構いませんが……シュウ様、そちらの方は……ダークエルフ? 珍しいですが、どこかで……」
ブルドグの所有する地下施設近くで合流すると、イリスは隣に立つドロテイアを見て目を丸くした。
無理もない。肌の色も角も違えば、誰も彼女を魔族だとは思わない。
「コイツはドロテイアだ」
「ええええええっ!? シュウ様!? ど、どういうことでしょうか!」
イリスが聖杖を構え、思わず戦闘体勢を取る。
「大丈夫だ。今のコイツは俺の奴隷だ――な、メス犬?」
「わ、わんっ!」
……いや、ほんとに犬になるなよ。
けど、これは妙に癖になりそうだ。
「ほら、尻を出せ」
「あ、主さま……コイツに見せるのかい……?」
「いいから早く」
「は、はいぃ……♡」
どうやら俺に命令されるのがたまらなく好きらしい。
「私が教えた奴隷紋……本当に契約を結ばれたのですね」
「ああ。見た目も変わったし、もう誰も魔族とは気づかないだろ」
「ならば問題ありません。ただ、魔族だったことは――誰にも話さないほうがよいでしょう。シュウ様のためにも」
「わかってる。仲間内だけにしておく」
そう言いながら、俺たちは薄暗い路地を進み、例の地下施設へと向かった。
だが――その入口では予想外の光景が待っていた。
「や、やめなさい! ここは神殿騎士の管理区域です!」
「いいから入れてぇっ! 待ってるのぉ!」
「疼いて我慢できないのっ!」
入口で押し問答をしていたのは、神殿騎士の女性たちと、地下施設へ突入しようとしている若い女性たち。
その数、五十を超えていた。
体に刻まれた『淫染呪』のせいで、彼女たちは理性を失っている。
「……マジかよ」
「……早く、治してあげましょう」
その元凶の一人が、俺の隣にいる。
そう思うと、まだまだ罰が足りない気がした。
「――神殿騎士の方々! 通してあげてください! 私たちが対処します!」
「聖女候補様!? ですが――」
「大丈夫です。任せてください!」
イリスの一声に、神殿騎士たちは顔を見合わせ、道を開けた。
「……あとはお任せします」
俺たちはそのまま地下へと進んでいった。
暗い通路の奥、大きな扉を開くと――そこには先ほどの女性たちが服を脱ぎはじめていた。
男のいない空間で、熱に浮かされたように。
「――オトコっ!!」
「うぇっ!?」
すると、男である俺を見つけた途端、襲いかかるように飛びついてきた。
「<スリープ>」
ドロテイアが闇魔法を放つと、部屋中の女性たちが次々に倒れ込み、眠りについた。
「眠らせる魔法があるのか」
「主さまには効きませんけどねぇ」
「助かった。――じゃあ、解呪を頼む」
ドロテイアに指示を出すと、彼女が手を前に出した。
「<淫染呪・解呪>」
ドロテイアの詠唱とともに、女性たちの下腹部に刻まれた淫紋が、淡く光を残して消えていく。
これで第一段階は完了。だが、問題はここからだ。
「――イリス、準備は?」
「はい。お二人とも、私の肩に手を置いてください。魔力を徴収します」
一瞬ドロテイアは嫌な顔をしたが、俺は顎で指示した。
そうして俺とドロテイアは肩に手を置くと、イリスが深呼吸を三回行った。
静かに聖杖を掲げ、つぶやいた。
「女神様……皆をお救いください――<アストラルセレニティ>!」
光の奔流が放たれ、腕を通じて魔力が吸い上げられていく。
「う、おおおおおっ……!」
「な、なんだこの消費量は……っ!」
眩い粒子が部屋中に舞い、女性たち一人ひとりを包み込む。
やがて、全身から柔らかな光が抜け、静寂が訪れた。
時間にして、十分ほどだろうか。
「はぁ、はぁ……っ」
イリスの額から汗が滴る。俺もドロテイアも膝が震えた。
「……これで、終わりです」
「やばいな、魔力欠乏寸前だ」
「精気がほしい……こんなに消耗するなんて……」
その瞬間、イリスが崩れ落ちた。
「イリスっ!」
俺は抱き留め、腕の中でしっかりと彼女を支える。
「多分、これで……皆さんが……」
「よく頑張った。街も守って、今も救って……ほんと偉いよ」
イリスにしかできないこと。
街を守り、女性たちを救った彼女は、本当に尊敬に値する。
「後は俺が運んでやるから、ゆっくり休め」
「はい…………シュウ、さま……」
イリスは魔力欠乏に陥り、そのまま意識を彼方へと飛ばした。
「ふんっ。聖女候補だか何かしらないけど、このくらいで……」
「お前のせいでこうなってんだぞ。まだ反省が足りねぇな」
「ひぃっ……じゃあ、また躾けてくれますかぁ?」
「お前……」
本気で反省してんのかこいつ。
すると、床に倒れていた女性たちが、少しずつ目を覚ましはじめた。
俺は身構えたが、誰も襲ってくる様子はなかった。
「あれ……私、なんでここに……」
「暗い……って、私、服が――!?」
混乱する声が次々に上がる。
どうやら、ここがどんな場所だったのかも覚えていないらしい。
俺は彼女たちを外へと誘導した。
これで、全員が救われたのかはわからない。
中には借金や家庭の問題を抱えていた者もいたらしい。
それでも――呪いに縛られ、絶望のまま男たちに嬲られ生きるよりは、きっとマシだ。
◇◇◇
――夕方。
一人の女性が、静かに家へと帰ってきた。
そこは、かつて彼と共に過ごした、温もりの残る家だった。
「……ただいま」
玄関の扉を開くと、懐かしい香りが胸に満ちた。
何も変わっていないはずなのに、どこか遠い記憶のように感じた。
――そういえば、最後に帰ってきたのは、いつだっただろう。
靴を脱いだその瞬間、リビングから人の気配がした。
顔を上げると、そこには一人の男性が立ち尽くしていた。
「……っ」
女性の姿を見た瞬間、男性は目を見開き、震える手で口を押さえ、その場に膝をついた。
しかし次の瞬間、まるで夢を追うように立ち上がり、女性へと駆け寄った。
「ローラっ!!」
「……オスマン、どうしたの? もう、そんなに強く抱きしめたら……痛いわ」
彼――オスマンは、ローラを腕の中に閉じ込め、声を詰まらせた。
嗚咽が漏れ、肩が震える。
ローラには、なぜ彼が泣いているのかがわからない。
けれど、その涙の温度だけで、愛しさと安堵が胸に伝わってきた。
「……オスマン、少し痩せた?」
「う、うぅ……ローラ……君がこの家を出てから、どれほどの時が過ぎただろう……。君の父親が莫大な借金を抱えていると聞いて……君は、そのためにどこかで戦っているのだと思っていた……」
震える声で、オスマンは言葉を紡ぐ。
まとまらない言葉の中に、焦燥と後悔、そして祈りが滲んでいた。
「……君が何をしていたのか、私は知らない。だが、もういい。もう無理はするな」
「オスマン……?」
「君の父親のことも、私がなんとかする。借金も、全部。私がこの命に代えてでも、彼を更生させ、君を――この家を守ってみせる!」
叫ぶような言葉は、真っすぐで、痛いほどの本気だった。
ローラの目尻に、ぽろりと涙がこぼれる。
その涙の理由は、自分でもわからなかった。
「……寂しく、させちゃったのね」
「あぁ……あぁっ……ローラ……っ」
「よしよし……泣かないで」
子供のように泣き崩れるオスマンの頭を、ローラは優しく撫でた。
気づけば、オスマンはその細い体に縋りつき、胸元に顔を埋めていた。
「ローラ……こんな私でも……結婚してくれるか?」
「――ええ、もちろんよ。私が結婚したいのはあなたしかいないもの。私はあなたと結婚するためにここにいるのよ」
「……ローラ……ローラ……あぁ……ローラ……っ」
嗚咽をこらえながら、オスマンは懐から小さな箱を取り出した。
それは、何度も開け閉めして磨り減った婚約指輪の箱。
彼は震える手でその指輪を取り出し、ローラの薬指にはめた。
指輪の宝石が夕陽を反射し、二人の瞳に淡く輝いた。
ローラは微笑み、そっとオスマンの頬に手を添える。
そして、穏やかに唇を重ねた。
オスマンは、ローラがいなくなっていた間に何があったのかを知らない。
そして、ローラ自身も、その期間の出来事を全く覚えていない。
これから先、彼女が本当に幸せになれるのかはわからない。
けれど、少なくとも今、新たな人生を歩もうとしはじめた二人がここにいた。
――これは、一人の女性が堕落の果てに辿りついた、もう一つの物語。
そしてその闇を晴らした光が、冒険都市ハレスの空に、静かに灯りはじめていた。