完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
奴隷契約というものは、この世界では想像以上に強い拘束力を持つらしい。
距離が離れていても、俺の意思は相手にきちんと届くらしいのだ。
もっとも、念話のように会話できるわけではなく、感覚的に伝わるといった程度らしいが。
そんなわけで、しばらくドロテイアにはどこかに身を潜めておいてもらうことにした。
戦場で俺を飛ばした転移系の闇魔法を扱えるらしく、呼べばすぐに姿を現せるとのことだ。便利な奴だ、まったく。
その日の締めくくりに、俺たちは街で一番大きな教会――聖パトリシア大聖堂を訪れていた。
イリスが聖衣を纏ったまま街を歩いても問題なくなったので、これを機に一緒に祈りを捧げようという話になったのだ。もちろんメディナも同行している。
目の前にそびえる大聖堂は、他の教会とは明らかに格が違った。
荘厳な石造りの外壁に、数え切れぬほどのステンドグラス。
差し込む光が色彩を変えて床に散り、まるで神の世界に足を踏み入れたかのような錯覚を覚える。言葉を失うとは、まさにこのことだ。
中へ進むと、まず天井の高さに圧倒された。広さも尋常ではない。
壁際には二階、三階へと続く通路があり、並ぶ扉の数からしても、この建物が一種のタワービルのような構造をしていることがわかる。
さらに進むと、礼拝者が座るための長椅子――チャーチピューが整然と並び、その奥には大聖堂の聖域と続く空間が広がっていた。
最奥の壁にはステンドグラスの光を受けて輝く女神アルテミシア像。
弓を構えたその姿は凛と美しく、ただ見上げるだけで背筋が伸びるような威厳があった。
そして、他の教会にはなかったものがあった。それが、背後に描かれた大きな角を持つ聖獣――ケリュネイアの絵だった。
女神を護るように寄り添う姿は、静かな力強さを感じさせた。
これほどの壮麗さでありながら、王都の大聖堂はこの数倍の規模を誇るという。
――本当に、教会というのは金のかかるところだ。
それを街ごと壊そうとしていたブルドグ。
信徒のはずの男が、よりによって神殿をも穢そうとしていたのだ。
俺はイリス、メディナと並んで女神像の前に進んだ。
そして静かに膝をつき、手を重ねて祈りの姿勢をとる。
差し込む光がまぶたを透かして温かく、心の奥が静まり返っていくのを感じた。
「――――」
そして、しばらくしてから――ゆっくりと目を開けた。
――視界は、白と黒に染まっていた。
「アルテミシア……か?」
『お久しぶりです。色々と、苦労されたようですね』
柔らかく微笑むような声が、静寂の中に響いた。
女神像が淡く白光を放ち、気づけば、俺以外の全員がまるで時間を止められたかのように静止していた。
「まさか、こんなところまで巻き込まれるとはな」
『ですが、あなたがいたからこそ、この街は救われたのです』
「……本当に救えたのかどうかは、わからないが」
『あなたは十分にやりました。あとは、それぞれが自分の人生をどう生きるかだけ。――あなたが背負うことではありません』
「……ずいぶんとクールな言い方だな」
『ええ。こう見えて私は戦闘職でしたから。優しさだけでは生き残れません』
俺は女神像が手にする弓へと視線を向けた。
「……弓を使ってたんだな。神様ってのも、人間みたいに戦うんだ」
『そうです。私たちで言う神は、皆、元は人間。長い時を経て神格化され、今のような存在となったのです』
元人間、か。
この世界の住人でありながら、俺がいた前世の世界を知り、転生までも司る――やはり神という存在は底が知れない。
「それと、一つ言いたいことがある」
『なんでしょう?』
「セイラの尻穴は、さすがに俺が望んだことじゃないだろ!?」
以前アルテミシアに言われた、スキルの対価は俺の望みに応じるといった話。
だが、どう考えても尻穴に指を入れるなんて、俺の願望とは違う。……あるとしても、胸を揉むとか舐めたいとか、それくらいの欲望だ。
『時には、あなた自身の願望を超えることもあるでしょう』
「え……」
『以前、強大な力には対価が必要だと話しました。もし力の規模があなたの根源的な望みを超えたとき、その分だけ過剰な対価が支払われるのです』
「つまり……セイラの死に繋がる呪いは、俺の望み以上だったからってことか」
『そういうことになります』
――良かった。
少なくとも、俺が本気であんな変態的なことを望んでいたわけではないらしい。
だが、それと同時に、とんでもない事実も浮かび上がった。
「……てことは、俺が望んでないヤバいことも、対価になる可能性があるってことだよな?」
『場合によっては、そうなります』
「……そうか、まあ、それも運命ってやつか……」
『でも――まんざらでもなかったでしょう?』
「なっ――!?」
コ、コイツ……!
確かに最初は尻に指なんて――正直ドン引きだった。
だが、あのセイラだぞ? あの完璧そうなクール美人が、俺の指で顔を歪めて喘いでいたら……理性なんて保つ方が無理だ。
「……お前、実はミレディアって国の神様だったりしないか?」
西にあるミレディア帝国は、性に関してかなり開放的だと聞く。
『ふふ、あんな痴女と一緒にしないでください。ミレディアに行けばわかります。あの国には快楽聖女《ハイ・ミストレス》や奉仕姫《サーヴァント・メイデン》と呼ばれる存在だっているのです。――エインフェリア王国とはまるで違う世界ですよ』
「……今、やべぇ単語が聞こえた気がするけど? てか、国ごとに聖女がいるのか?」
『ええ。この世界では、教会が強大な権力を持ちます。ゆえに、教会がある場所には、必ず教皇と聖女が存在します』
なるほど……つまりミレディア帝国ってのは、そういう意味でもやばい国ってことだ。
聖女候補のイリスですら、俺からすれば痴女寄りなんだから、快楽聖女とかいうのは、もっとヤバいのだろう。
『それと――聖女候補が言っていた教会学校。しばらくしてから、あなたはそこへ向かうべきです』
「……やっぱ、行くことになるのか」
『そこで新たな出会いと、あなたが望む未来がはじまるでしょう』
「俺の、望む未来……ね」
俺が何を望んでいるのか――正直、自分でもまだわからない。
人を助けたい気持ちはある。だがそれだけだ。
むしろ冒険者としてダンジョンを探索したい、そんな気持ちだってある。……だが俺のスキルの本質は、ダンジョンでの戦闘ではなくて人を救うことにあるんだよな。
「……まあ、わかった。行ってみるさ」
『そうするとよいでしょう。では――またいつか、お会いできる日を』
「ああ。……お前も、達者でな」
次の瞬間、世界に色が戻った。
女神像の光は静かに消え、イリスとメディナが再び動き出す。
俺はそっと手を下ろし、女神像に一礼して立ち上がった。
そして、大聖堂を後にしようとしたその時だった。
「――シュウ。無事で何よりだ」
声をかけてきたのは豚のおっさんことアラスターさんだった。
「アンタこそ、怪我もないようで良かったよ。あのあとおっさんがどうなったのかも、気になってたからな」
「回復魔法を使えるのでな。自分のことは自分で回復した。――それよりも、君にきちんとした、礼をしていなかった。ブルドグのこと、そしてセイラのこと。深く感謝する」
昨日と同じく、赤と白の法衣を身にまとったアラスターさん。
その豚のような顔立ちにもかかわらず、どこか荘厳な雰囲気があり、この大聖堂には驚くほどよく似合っていた。
「俺はできることをしただけ。セイラにはアンタが必要だった。それだけだ」
「……あの状況で、それを実行できる者は少ない。正直、君が私を救ったことで命を落としたのではと、本気で思っていた」
「し、死っ!? どういうことですか、シュウ様っ!」
「あー……」
そういえば、ドロテイアとの戦闘の詳細はまだ誰にも話していなかった。
案の定、イリスが血相を変えて俺に詰め寄ってくる。
「このローブだよ。これがなければ、アイツの爪で身体が貫かれていたかもしれない」
「確かに<鑑定>で確認はしましたが、説明が難解で……私にはよく理解できませんでした」
なるほど。
イリスにはダイラタンシー現象のような仕組みが理解できなかったのだろう。たとえ<鑑定>で情報を得ても、理解が追いつかなければ意味がないだろう。
「まあ、今こうして生きてるんだ。結果オーライってことで」
「もうっ……心配したんですからね、シュウ様ぁ……!」
イリスに抱きつかれそうな勢いで心配され、少しむず痒い気持ちになる。
嬉しいけど、心配させるのは本意じゃない。だが、あの場面ではそうするしかなかったのだ。
「それと、シュウ――セイラから話がある」
「え?」
アラスターさんが遠くの壁に向かって手招きする。
見ると、鎧姿のセイラがこちらに歩み寄ってきていた。
「よう、セイラ。無事だったみたいだな」
「あ、当たり前だろう! 私は隊長だぞ。あの程度で倒れるものか……って、貴様こそ倒れたと聞いたが……無事で、何よりだ」
セイラはそっぽを向きながら、照れたように言葉を続ける。
――どうやら、心配してくれていたらしい。
「それでだな……貴様、『剣礼祭《けんれいさい》』というものを知っているか?」
「いや、初耳だな」
「シュウ様、『剣礼祭』とは、冒険都市ハレスで年に二度行われる大きなお祭りです。教会も冒険者も住民も、その期間だけは皆平等。ダンジョンによって発展したこの街を、武器の象徴である剣に感謝してお祝いする行事なんですよ」
なるほど、この世界にも祭りという文化があるのか。
前世で、六花に無理やり連れ出された夏祭りをふと思い出す。
「へえ……それで、その『剣礼祭』がどうしたんだ?」
「そ、それは……」
「シュウ様……さすがに、ここまで言われて気づかないのは鈍感すぎです」
「え、えっと……?」
イリスが額を押さえてため息をつく。
まさか……そういうことか?
「『剣礼祭』は明日から一週間にわたって開催される。私は神殿騎士の任務で忙しい……が、一日だけ休暇をもらえるのだ」
――その一言で、ようやく察した。
セイラは俺を祭りに誘ってくれているのだと。
公衆の面前でそんな誘いをするなんて逆にこっちが恥ずかしくなる。
けれど、緊張しながらも勇気を振り絞ってくれたんだ。
ここは、俺がしっかり答えなきゃいけない。
「――ああ、いいね。セイラの休暇に合わせる。祭りを一緒に回ろう」
「っ……! あ、ありがと……う……っ」
セイラの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
耳まで火がついたように赤くなっていて、見ているこっちが照れてしまう。
まったく、本当にツンデレなヤツだ。
――だが、その前に。
俺には、もう一つ果たさなければならない約束がある。
セイラよりも先に交わした、銀髪の美少女神官との約束を――。