完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「おはよー」
特別クラスのクラスメイトたちが次々と教室へ顔を見せ、軽く挨拶を交わしていく中で、ひときわいつもと違う雰囲気の人物が目に留まった。
「えっと……おはよう、ミュウミュウ」
「お、おはようニャ……」
アリーシャと一緒に教室へ入ってきたミュウミュウの頭には、なぜか耳があり、さらに尻尾まで生えている。
しかも、人間だった頃の耳は消え、頭の上から生え変わった――そんな表現の方がしっくりくる。
よく見れば、耳も尻尾も柔らかそうな毛に覆われていて、全体的に猫を思わせる雰囲気だ。
表情も昨日より妙に艶っぽいし、語尾に『ニャ』までつけている。
ミュウミュウは、こんな冗談を言うタイプじゃない。
となると、何かしら体に異変が起きているのだろうが、隣のアリーシャには同じ変化が見られない。
そう考えると、単純に昨日の魔法薬の影響とも言い切れなさそうだった。
「ちょっと、ミュウミュウをジロジロ見ないでよっ」
「あ、悪い……珍しくてさ」
「……獣人を見たことがないのね。……まあ、ミュウミュウはハーフだけど」
「獣人!? マジか!」
エルフやドワーフなら名前も姿も知っている。
だが獣人は初耳だし、ましてやハーフとなると尚更だ。
今になって耳と尻尾が生えてきた理由も、そこに関係しているのだろう。
正直なところ、天然物の耳と尻尾は反則級に可愛い。
思わず触ってみたいと思うのは、異世界人として自然な感情じゃないだろうか。
「シュウくん、獣人を見るのは初めてなんだね」
「ああ。この学校にも、見た感じ他にはいないしな」
授業がはじまる前、隣の席のカナンが補足してくれる。
「獣人は全身に体毛がある種族で、どの獣人にも発情期があるんだ」
「ずいぶん動物的だな」
「そうだね。でもハーフは少し特殊で血の濃さにもよるけど、普段は耳も尻尾も出ない。年に一度の発情期の時だけ、こうして現れるんだ」
「なるほど……種の保存の為にフェロモンを出してる、みたいな感じか」
「正解っ。たぶん魔法薬か生物学の授業で習うよ」
なんとなく言っただけだったが、どうやら当たっていたらしい。
だから色っぽく見えるのか。
元々、胸は結構大きいし、普段のオドオドした仕草も、今日はどこか妖艶に映っていた。
◇◇◇
昼休み。食堂にやってきた俺たちは、カナンに加えて、アリーシャとミュウミュウも一緒にテーブルを囲んでいた。
アリーシャが食事にまで参加してくれるようになったのは、どう考えても昨日の一件が影響しているのだろう。
とはいえ、俺に向ける態度には、まだ微妙な距離感が残っている気がする。
「私、お父さんが獣人で、お母さんが人間なんだニャ」
そういえば、ミュウミュウはいつも敬語で話してくれていた。
それが語尾に『ニャ』がついたせいか、いつの間にか自然とタメ口になっている。
同い年だし問題はないが、言葉遣いにまで影響が出るのはなかなか興味深い。
前世の知識だと、獣人は身体能力が高いイメージがある。
戦闘系のジョブの方が向いているんじゃないか、と一瞬思ったが――本人は母親に憧れてシスターを目指しているのだ。余計なお世話だろう。
「そうだったのか……なんというか、大変そうだな」
「もしかしたら、このあと少し学校を休むかもしれないニャ」
「え、なんでだ?」
「発情期っていうのは、自分でも抑えきれないことが多いニャ……異性を襲ってしまう可能性もあるニャ。だから獣人は、こうなると発情期が終わるまで、二週間から四週間くらい、異性と会わないよう引きこもるんだニャ」
思っていた以上に深刻な話だった。
そもそも、引きこもるだけで本当に大丈夫なのかと心配になる。
「……かなり大変じゃないか。授業にも出られないってことだろ。単位とか平気なのか?」
「補習があるから大丈夫だニャ。それに、遅れた分はいつもアリーシャちゃんが手伝ってくれてるニャ。本当に感謝してるニャ」
「ルームメイトだもの。当然でしょ。私と同じくらいの知識は身につけておいてもらわないと困るわっ」
アリーシャは相変わらず素直じゃない。
でも、同性相手だと、こういうところでちゃんと優しさが滲むんだよな。
「まあ、男の俺にできることなんて限られてるけど、何かあったら言ってくれ」
「あ、ありがとうニャ……」
それにしても、何かに反応するたびに、耳がぴくりと動き、尻尾がゆらゆら揺れる。正直、かなり目を引くし、気にならないわけがない。
だが、男の俺が下手に近づけば、厄介なことになるのは目に見えている。
ミュウミュウが引きこもるまでは、できるだけ距離を保った方がよさそうだ。
◇◇◇
「フーッ……フーッ……ヤバいかもニャ……」
放課後。ミュウミュウはアリーシャとの共有スペースの境に、大きな衝立やカーテンを設置し、極力接触を避けるよう工夫していた。
もちろん、同じ女性であるアリーシャに対して発情することはない。ないのだが、発情を抑えるために、どうしても必要な行為というものは存在するのだった――それが自慰行為だった。
特に発情期の獣人は、漏れてくる匂いが物凄い。
故にアリーシャへの配慮としてこのような措置を毎年のようにとっていた。
しかし、今回の発情期は明らかにいつもと様子が違っていた。
本来なら、まだ先に訪れるはずの時期なのに、今年は少しばかり早かったのだ。
原因は不明だが、ミュウミュウに心当たりがあるとすれば――テンカンダケの魔法薬、その煙を吸い込んでしまった影響だろう。
この状態を鎮めてもらうため、再びシュウに回復魔法を頼むという選択肢もあった。
だが、発情期の最中である以上、それは現実的ではなかった。
「はぁ……はぁ……んっ……シュウ、くんっ……シュウ、くんっ……っ♡」
息荒く、下半身に手を伸ばしていたミュウミュウは、いつの間にかシュウの名前を呼んでいた。
「昨日……触られたからっ……気持ちいいの、思い出して……」
これまで異性に対してここまで求めるようなことはなかった。
異性を前にしてもできるだけ発情を抑えきれたし、引きこもってさえいればなんとかなかった。でも、今回は異常だった。
「シュウくん……触って欲しい……匂い嗅ぎたい……舐めたい……ニャ……っ」
ミュウミュウの理性は、すでに自分では抑えきれない域に達していた。
しかし、その異変に気づく者は、この時点では誰一人としていなかった。
◇◇◇
「ん、なんだこれ……」
寮の部屋の前には小さなポストが設置されている。
届けられた手紙は、寮の管理人が各生徒のポストへ振り分けてくれる仕組みだ。
その日、俺の部屋のポストには一通の手紙が入っていた。
宛名は俺、だが差出人は記されていない。カナンに「開けてみたら?」と言われ、中身を確認する。
「本日の午後五時。下記の場所にてお待ちしております。大事なお話がございます……か」
簡潔な文面とともに、とある住所が書かれていた。
妙だとは思ったが、丁寧な言葉遣いと上質な紙質から、危険な相手というよりは、どこか貴族めいた雰囲気を感じてしまう。
「カナン、悪いけど、少し部屋を空けるわ」
「シュウくんって、本当に忙しい人だよねー」
「はは、いつも迷惑かけてるな。街の案内も、まだしてもらってないし」
「そうだよー。いい加減、時間作ってよねー」
「悪い悪い」
街を案内してもらって、シャンプーなんかを一緒に買いに行く約束をしていた。
だが結局、時間が取れず、今もカナンの私物を借りている状態だ。
セイラやエリナ、ドロテイアにメディナ――考えてみれば、最近は何かと慌ただしい。
イリスの動向は気になるが、接触がないということは、ひとまず心配はいらないだろう。
「これじゃあシュウくんの匂いが、ボクの好きな匂いに染まっちゃうよ……でも、同じ匂いにならないのは、体臭とか性別の違いなんだろうけど……」
「ん、なんか言ったか?」
「ううんっ、なんでもないよ!」
小さな声だったので聞き取れなかったが、それほど重要なことではなさそうだ。
そうして俺は、まだ夕陽が沈みきる前の時間帯に街へ出た。
通行人に住所を尋ねながら向かうにつれ、平民の俺が歩いていいのか疑いたくなるほど、豪奢な建物が並びはじめる。
「お待ちしておりました――シュウ様」
目的地に着くと、金色の門を構えた大きな屋敷の前に、一人の女性が立っていた。
俺の名を呼び、丁寧に一礼するその人物――それは、暗紫色の髪をポニーテールにまとめ、メイド服に身を包んだリゼット・リゼットだった。