完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――これより、ウンディル・ブルドグ元大司教の異端審問を執り行う」
異端審問官の荘重な声が、神殿内に静かに響き渡った。
王都から徒歩で辿り着ける距離にあるその神殿は、長い歴史を刻んだ重厚な造りで、複数の柱に支えられた威容は、ルミナパレス大聖堂とは異なる厳かな神聖さを放っている。
王都に駐在する枢機卿をはじめとした上位聖職者、そして神殿騎士たちが並ぶ中、中央には魔封じの石を組み込んだ手錠で拘束された一人の男がいた。
鎖で椅子に縛り付けられ、両手は机の手前に固定されている。その机の上には、ナイフやハサミといった拷問具が並べられ、左右には二名の下級異端審問官が控えていた。
「婦女の拉致監禁、同意なき性交渉、帝国との内通、淫らな会合の開催、無許可の性ビジネス、ゴブリン育成……以上の罪状を認めるか?」
「…………」
風呂にも入れられていない長い赤髪を前に垂らしたブルドグは、問いに答えなかった。
否、答えるだけの気力が残っていなかったと言うべきだろう。ハレスで拘束されてから審問に至るまでの約二ヶ月、まともな食事すら与えられず、彼の身体はひどく衰弱していた。
異端審問の場に引き出された時点で、有罪はほぼ確定している。
余程のことがない限り、再び平穏な生活を送れるほどの身体は残らないか、あるいは処刑される――それが慣例だった。
「アラスター・ランドレース枢機卿より、貴様が謎の魔玉を用い、魔物のような姿へ変じたとの報告がある。その魔玉は誰から受け取った」
「……私は、何も知りませんよ」
かすれた声で返したものの、ブルドグにそれ以上語る意思はなかった。
次の瞬間――
「うぎいいいいっ!?」
下級異端審問官の一人が、躊躇なくブルドグの右手にナイフを突き立てた。
激痛に悲鳴を上げるが、それでも口を割る気配はない。
「ぐっ……はぁ、はぁ……っ」
脂汗を滴らせながら荒い息をつくブルドグ。
ここで強情を張っても意味はない――そう理解していながらも、自分を異端審問にかけた教会に情報を渡さぬという意地だけが彼を支えているように、傍聴者たちには見えた。
「それと――あの魔道具を持ってこさせろ」
場を仕切る異端審問官が、傍らの副異端審問官に命じる。
すると、神殿内の一つの扉が開き、一人の女性が姿を現した。
「――ったく。なんでアタシが教会なんかに協力しなきゃならねぇんだ……まあ、ダンジョンが絡んでるなら仕方ねぇけどよ」
ブルドグよりも濃い、癖のあるワインレッドの髪を背に流した長身の女が神殿の中を一人進み出る。
全身には無数の傷が刻まれていたが、それは数多の死線を越えてきた証でもあり、その肉体は確かな迫力を放っていた。
「クレープ・ガレット殿、魔道具を前へ」
「できりゃあ、その可愛らしい名前で呼ぶのは勘弁してほしいんだがな……ギルマスでいいだろ」
「早くしてください」
「へいへい」
――クレープ・ガレット。
彼女は王都に拠点を置く冒険者ギルドのギルドマスターだ。
教会とは折り合いが悪い関係にあるが、今回ばかりはそうも言っていられなかった。クレープは手にしていた魔道具を、ブルドグの前とは別の机の上に置いた。
「説明を」
「ああ。これはハレスのダンジョン、四十五階層――フロアボスのいる地点に設置されていた代物だ。向こうのギルマスが調査隊を出してな。発見されたものをアタシが預かってきた」
魔道具と呼ばれたそれは、両手で抱えられるほどの長方形の箱だった。
赤と金で装飾され、ぱっと見ただけなら高級な工芸品にしか見えない。
「――<ウインドカーテン>。開けるぞ」
箱の周囲だけに遮音の結界を張り、クレープはゆっくりと蓋を開けた。
中はオルゴールのような、精巧な機械構造が組み込まれている。
「音は聞こえねぇだろうが、今この中じゃ音楽が流れてる」
確かに、内部では何かが動いているように見えた。
「少し前に聖女様にも<鑑定>してもらった。名称は『魔誘琴《まゆうきん》』。魔物を引き寄せ、指定した経路に誘導する効力があるらしい。正直、眉唾もいいところだが……結果的にこれが魔物を階層移動させ、ダンジョンブレイクを引き起こしたと見ている」
その言葉に、神殿内がざわめいた。
こんな魔道具が出回れば、再び同様の惨事が起こりかねない。
「ブルドグ元大司教。貴様がこれを設置した経緯は不明だが、協力者がいたことは明白だ。その名を述べよ」
「……既に目星はついているのでしょう。ならば、ご自分で調べればよろしい。私が語ることはありません」
「――やれ」
「んぎいいいいいっ!?」
左手にナイフが突き立てられた。
両手を机に縫い留められ、血が静かに滴り落ちていく。
「――もうよい」
その時、神殿の高所から低く響く声が降ってきた。
視線が一斉に向けられたのは、黒幕に囲われた高座。そこに立つ人物の姿は、足元しか確認できない。
「教皇様……!」
異端審問官が息を呑む。
「教皇様はこう仰せです。――サミュエル・ドーソンと名乗る魔族が、ブルドグ元大司教に手を貸していた、と」
「――ま、魔族だと!?」
声を上げたのは教皇ではない。
黒幕の傍らに立つ、モノクルをかけた長身の老人だった。
そしてその言葉に、はっきりと動揺を見せたのが――赤髪の美丈夫、ブルドグ本人だった。
「わ、私が取引していたのは帝国のスパイだったはずだ……それが魔族だと……? そんな話でたらめですッ!!」
「教皇様のお言葉に異議を唱えるおつもりか。教皇様はこうも仰せです――魔玉に魔道具。ただの帝国のスパイが扱える代物ではない、と」
「ぐっ……確かに、あれほどの物が容易に手に入るとは思えん……だが、それでも――!」
ブルドグは、自分の知らぬ事実を突きつけられ、明らかに動揺していた。
(ならば……私は、ただ踊らされていただけなのか……! ドロテイア殿も、サミュエル殿の紹介だった……魔族を紹介できる時点で怪しむべきだったのかもしれん。しかし、サミュエル殿には角がなかった……それゆえ、魔族などとは考えもしなかったのに……!)
魔族の証とされる頭部の角。
サミュエルにはそれがなかった。それが、ブルドグに疑念を抱かせなかった最大の理由だった。
「教皇様から、最後のお言葉だ。――もはや、用はない」
「きょ、教皇様! 私は……私は長年、ミシア教会に尽くしてきました! 私の派閥も数多く……ですから、どうか――」
「――連れて行け」
処刑を悟り、ブルドグは叫んだ。
既に半ば諦めていたはずの命だが、土壇場になって生への執着が噴き出したのだ。
だが無情にも、異端審問官の命令が下る。
左右の下級審問官が両手のナイフを引き抜き、ブルドグの身柄を拘束した。
「クソッ……クソがッ! 死ね! お前たち全員、死ねばいいのだぁ!!」
これまで他者への怨嗟を表立って口にしたことのなかったブルドグが、はじめて吐き出した呪詛だった。
だが、その叫びに耳を傾ける者は誰一人いない。
「――これにて、異端審問を終了する」
異端審問官の宣告とともに、短い審問は幕を閉じた。
◇◇◇
「ぬわあああああああ!! つまらん! つまらんぞ!!」
神殿の奥――教皇の玉座の背後にある扉の前で、異端審問を終えた教皇は癇癪を起こしたように叫んだ。
「教皇様。まだ神殿内です。誰が聞いているかわかりません。お声をお控えください」
「うるさいのじゃ! 転移魔法陣はすぐそこではないか!」
「そちらは逆方向です、教皇様」
「うぎいいいいい!! わかりにくいのじゃ!!」
地団駄を踏み、感情のままに怒鳴り散らす姿は、どう見ても子供そのものだった。
実際、教皇の背丈は目の前の老人の半分ほどしかない。
「それに、我を教皇と呼ぶでない!」
「ここは神殿内ですので」
「融通の利かぬじじいじゃの!!」
ぷりぷりと怒りながら転移魔法陣のある方向へ進む教皇。
老人は表情一つ変えずに後を追い、どうにか目的地へ辿り着いた。
二人が同時に魔法陣へ足を踏み入れた瞬間、光と共に姿が掻き消える。
次に現れたのは、教皇が日常を過ごすルミナパレスの一角だった。
◇◇◇
「――また聖女様の元へ向かわれるのですか?」
「う、うるさいのじゃ! あの腐った記憶を見せられたのじゃぞ! ハラマリアに可愛がってもらうしかあるまい!」
「それは……なんとも」
「慰めの言葉が出ぬなら、黙っておれい!!」
ずかずかとレッドカーペットを踏み鳴らしながら歩く教皇は、自室を通り過ぎ、さらに奥へと進んでいく。
この道だけは何度も通っている。さすがに迷うことはなかった。
「――我が来たぞ! ハラマリア!!」
ノックもせず扉を開け放ち、教皇は椅子に座るハラマリアへ勢いよく飛び込んだ。
「きゃっ……教皇様? 本日はどうなされたのですか?」
「じ、じいじにいじめられたのじゃ! だから我を癒やすのじゃ! 可愛がるのじゃ!」
ハラマリアの胸元に顔をうずめ、ぐりぐりと鼻先を擦りつける教皇。
柔らかな感触と彼女から漂う甘い香りに包まれ、教皇の険しかった表情は次第に緩んでいった。
「ハラマリア様。先ほどまで異端審問を行っておりました」
「ああ、ブルドグ元大司教の件ですね……教皇様、嘘はいけませんよ。めっ」
「ううっ……」
「となると、<神眼>をお使いになったのですね。それはそれは……お疲れになったことでしょう」
「そ、そうなのじゃ! だから――って、イリス! イリスではないか!!」
「ふふ。教皇様、お久しぶりでございます」
ハラマリアの胸に顔をうずめていた教皇は、すぐ隣にイリスが座っていることにようやく気づいた。
イリスは柔らかな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げる。
「おお、イリス! お主も随分と顔つきが良くなったのう!」
「ええ、お陰様で」
「な、ならば二人ともこちらへ来るのじゃ! 早く!」
「教皇様……もう少し落ち着いて」
「よいから早くするのじゃ! ……じいじは、もう下がってよいぞ」
「かしこまりました。それでは、ハラマリア様、イリス様。しばらく教皇様をお願いいたします」
そう言って一礼すると、老人――教皇の付き人であるマクミラン・マッカーシーは、静かにハラマリアの部屋を後にした。
「二人とも、そこに横になるのじゃ」
「こちらでよろしいでしょうか?」
「合っていますか?」
教皇に促されるまま、ハラマリアとイリスは並んでベッドに腰を下ろし、そのまま横になった。
「いくぞ――えいなのじゃっ!」
「わあっ」
「きゃっ」
すると教皇は大ジャンプしてベッドに飛び込む。そのまま二人の間に着地すると、二つの巨乳の間に挟まるのだった。
「教皇様は、本当に甘えん坊ですね」
「たまにはよいではないか……ふにゅ……落ち着く匂いに、この安心感……イリスのそばも心地よいのじゃ……」
「教皇様……そういえば、教会学校の方はいかがですか? 今でもきちんと通っていらっしゃいますか?」
教皇は二人に挟まれながら、もぞもぞと体を動かしつつ会話を続ける。
「そうじゃな……あっ! そういえば、妙なヤツが転入してきたのじゃ! この我を子供扱いするかと思えば、女神様の気配をぷんぷんさせた不思議なヤツなのじゃ!」
「それって……」
「もしかしなくても……」
「ん? なんじゃ。お主ら、心当たりがあるのか?」
ハラマリアとイリスは、互いに視線を交わした。
「シュウ・ミレイスターという方ではありませんか?」
「おお、それじゃそれじゃ! よく知っておるではないか!」
「ふふ……今思えば納得ですね。シュウ様は特別クラスでしたから」
「あやつは何者なのじゃ。普段は<神眼>を使わぬようにしておるから、詳しくは見ておらんのじゃ」
教皇は、シュウのことが妙に心に引っかかっていた。
ただ不思議な存在だと感じただけで、そのまま深く考えずにいたのだが。
「シュウ様は女神様に愛されたお方です。その身には、教皇様と同等、いえそれ以上の加護が宿っています。特別なスキルもお持ちで……それは、また追々お話ししますね」
「ふむ……やはりか。我の直感は間違っておらんかったようじゃ。下僕にできなかったのが惜しいのう」
「きょ、教皇様……何を仰っているのですか」
「ならば、今後は少し注目してやるとしよう。我は座学しか出ておらぬが、たまには他の授業にも顔を出してみるかの」
「それは良いお考えですね」
シュウへの興味を強めた教皇は、どこか楽しそうに微笑んだ。
退屈だと思っていた教会学校にも、少しだけ期待が芽生えたようだった。
「…………あれ?」
「教皇様、どうかされましたか?」
「ミレイスターと言ったか?」
「はい、ミレイスターです」
「ま、まさかとは思うが……せ、先々代の聖女と何か関係がある、などと言わぬじゃろうな!」
教皇は何かを思い出したように、表情を強張らせた。
「シュウ様は、ミゼット様とオウジ様に拾われ、育てられたお方です」
「なっ、なああああ!? では、あの無礼さと強引さは親譲りなのか!?」
「いえ……それは少し違う気もしますが。教皇様はミゼット様にお会いになったことがあるのですか?」
「あれは、我が教皇になる前の話じゃった……一度、食事を共にする機会があっての……」
教皇は忌々しそうに眉をひそめる。
「その時の料理が口に合わず残してしまったのじゃが……あのババ――ミゼットは、なんと我のお尻をペンペンしたのじゃ!!」
「…………」
「後にも先にも、我にお尻ペンペンしたのは、あの女が最初で最後じゃ!!」
「あらあら……それはそれは……」
「痛いどころの話ではない! 当時の我はまだ幼かったのじゃぞ! それなのに、あの女ときたら……」
一気に吐き出したあと、教皇はふうっと息をついた。
「……だが、シュウの性格と関係がないのであれば、気にする必要もなかろう。うむ、この話は忘れるに限る」
「教皇様……」
今でも十分に小さいのでは、という言葉を、ハラマリアもイリスも胸の内に留めた。
そして、ミゼットとも面識があったと聞き、イリスはどこか微笑ましそうに目を細めるのだった。
「それとお主ら、私的な場で我を教皇と呼ぶのはやめるのじゃ」
「ふふ、そうでしたね」
「では――」
二人は息を揃えて、その名を呼ぶ。
「「――ネメシア様」」
「様はいらないのじゃあああっ!!」
――ネメシア・リュミリエール、十四歳。
白銀の髪と神聖な雰囲気を纏う、ミシア教会の現教皇。
対象の記憶を読み取るスキル<神眼>を持つ、エインフィリア王国の頂点に立つ一人であった。