今日はいつになく調子が良かった。
普段から誰よりも元気で風邪ひとつひいたことがないが、あくまでもそれは体の話。
武道のことや親父のこと、一応今も許嫁であることに変わりはないあかねのことなど、いろいろな悩みは尽きることがなく、俺を苦しめてきた。もちろん性格的にあまり深く悩むタイプではないが、他の人と同様心の中までスッキリした日は稀で、今日はそんな珍しい日だった。
理由がないわけではない。昨日高校つまり風林館高校の同窓会に出席し楽しい時間を過ごした。それが今日につながっている。
と言ってもその同窓会に出席したのは幹事の五寸釘光と俺だけだったが……
五寸釘によると、急な呼びかけだったので、都合がついたのがふたりだけだったらしい。
まあ、仕方ない面もある。同級生の皆は大学を卒業し、ちょうど新入社員として働き始めたばかりだ。あかねのように青年海外協力隊の隊員としてアフリカに行っている例は特殊としても、皆新しい仕事に慣れるため必死な時期なのだ。
俺は相変わらず無差別格闘流の修行を続けている。親父や天道のおじさんが行方不明になった師匠八方斎を探してふたたび中国に渡ったお陰で?力が飛躍的に伸びた。あのふたりの存在が成長の妨げになっていたからだ。
高校を卒業した後の2年間は将来を考えて料理の専門学校に通ったが、卒業後は就職せず修行の道を選び今に至る。主にフードデリバリーで生計をたてている。
五寸釘は6年制の薬学を専攻していてまだ大学生。時間に融通が効き、同窓会を企画したらしい。
そこで俺は人生で初めてお酒を飲んだ。勢いってやつだ。ふたりしか出席者がいなかったため「ひとりで飲むのはさすがに…早乙女くん、お酒付き合って下さい」と頼まれ断り切れなかった。これまでは修行の邪魔になるからと頑なに断っていたが、五寸釘とは高校卒業以来の再会だったこともあり、「まあ、いいか」と受け入れた。
不思議な味だった。五寸釘によるとカクテルらしい。ブルーの色をしていて綺麗だったが、苦くて美味しいとは思わなかった。
初めてのお酒だからそんなものかも知れない。少し酔った。体が熱くなり、そして眠けを感じた。
それでもせっかくの再会を楽しむため少しずつ飲みながら、昔話で盛り上った。
五寸釘は昔のままの容姿だった。今にも死にそうなくらいに痩せていて、目の下の隈も相変わらず。よく知る五寸釘のままだ。
「そういえば昔おまえがおかしな紙人形を使ってあかねとデートしょうして、結局俺とデートしたことがあったなー」
「そんなことありましたっけ」
「ひょつとして今日も何か企んでいるのかー」
「そんなことしませんよ。もう僕も大学生ですから、卑怯な真似はしませんよ」
「いや、おまえから卑怯を取ったら何も残らないだろう」
「失礼な。今は普通の学生です」
「そうだ、思い出した。あの頃のおまえは本当にあかねが大好きで俺を恨んでいたなー、まだあかねが好きなのか?」
「いや、全然そんなことありません。今好きなのは別の人です」
「へえー、誰?俺の知っている人?」
「知っている人と言えば知っている人ですけど」
「何だよ、もったいぶって。早く言え!」
「じゃあ言います、ちゃんと聞いていて下さいね…」
そんな話をしているうちに、たまらなく眠くなり、そのまま眠ってしまった。
「ワン、ツウー、スリー…」
遠くでそんなカウントのようなものが聞こえていたことだけは覚えているが、朝、気がついたときは、いつもの道場のいつもの布団の上にいた。
違っていたのは朝から女の姿だったこと。
で、その時─今日はこのまま過ごしてみよう─と思った。
なぜそう思ったかはわからないが、これまでとは比べものにならないくらい女の体がフィットする感覚があったのは事実。女の体になると感じていた違和感がなく、自然に体を受け入れることができた。
朝食も美味しくて、朝練も思い通りに体が動いた。
そこで俺は予定を変更した。昨日の計画ではデリバリーで稼ぐつもりだったが、バイトで一日を潰すのは勿体無く思えたのだ。この心地良い感覚をもっと楽しむためには、少しはおしゃれも必要と考え、ショッピングに行くことにした。家を出ようとした時、ちょうどかすみさんと出くわした。
天道三姉妹の長女で豊かな母性を持つかすみさんは、その一瞬で俺の計画を読み取ったようだ。
「あれ、らんまくん女の子の姿でお出かけ?珍しいわね。あ、なるほど女の子の服を買いに行くのね。よし、私が付き合って上げるわ。君ひとりじゃランジェリーショップとか入ることはできないでしょ」
「何でわかったんですか?」
「だって女の子の姿であんなにうれしそうならんまくん初めて見たんだもの。間違いなくショッピング前の女の子の顔だったわ。私も、前かららんまくんには女の子の姿の時だけは、それらしいファッションをして欲しかったからうれしいわ」
「そうですか。でも下着とかは大丈夫ですから。本当に大丈夫です」
「何言ってるの。恥ずかしがらなくてもいいわ。今はあかねも海外だし、なびきは大阪勤務。家にいるのは私とらんまくんしかいないのだから、女の子の服を着るには絶好の機会よ。それに最近の女の子になったらんまくんの姿を見るとすごく綺麗になったと思っていたの。高校の頃から比べたら身長が少し高くなってるし、逆に体重は落ちてるでしょ」
「まあ、たしかに。でも胸も少し小さくなりました」
「らんまくんは体を鍛えているせいか形が綺麗でうらやましい。でもね、ちゃんとブラとかをしてないと、年を取ると形が崩れてくるの。だから下着もちゃんと買いましょ。私にまかせて…」
そんなやりとりを経て、私たちふたりは街のデパートを巡り、一日ショッピングを楽しんだ。
食事も外で済ませて、家に辿りついたのは午後の8時を過ぎていた。
そしてあわただしく風呂も済ませ自室に戻ったのは、夜の9時。風呂で一旦男に戻ったが、すぐ水を被り女の姿に戻って布団に入った。
今日の戦利品は、アイボリーのハイネックセーターにデニムのワイドパンツ、ピンクのミニスカート、ブラとショーツのセット2組、かすみさんがプレゼントしてくれた綺麗目のバスケットシューズや化粧品などなど。
比較的ハードルの低いセーターとワイドデニムはすぐ受け入れたが、スカートには抵抗があった。てもかすみさんが「このくすみピンクのスカート、すごくらんまくんに似合うと思う。だまされたと思って試着してみよう」と薦められたので着て見たら、なかなかいい感じだったので思いきって買ってみた。大人かわいいテイストが気に入っている。
下着も薦められるままに買った。デザインが素敵だったホワイトと少し大人っぽい花柄刺繍のラベンダー。ラベンダーが勝負下着ってやつだ。黒と迷ったが、店員さんがこちらをお薦めしてくれたのでそうした。
初めてのランジェリーショップはさすがにドキドキした。白、ピンク、ブルーなど綺麗な色の下着が沢山あって男の下着売り場とはまるで別世界だ。どれも俺にはハードルが高すぎるように思えたが、あかねさんの指定する下着を試着してみると、それだけで幸せな気持ちになったから、女の子にとって下着は特別な物なのだろう。改めて師匠八宝斎の下着泥棒の卑劣さを思い知った。
バストサイズを測ってもらったら、Eカップだった。店員さんに誉めてもらって舞い上がりそうだった。
不思議だったのはその下着を選んでいる時、五寸釘の顔が浮かんだこと。─アイツこれ気に入るかな?─なんて思って選んでいた。
俺からすればなかなかの散財だったが惜しいとは思わなかった。
まだ興奮冷めやらぬ中布団の中にいると、五寸釘からメッセージが届いた。
「昨日はお疲れ様であります。楽しかったです」
「俺も楽しかった。どうやら酒に酔ったみたいで、どうやって帰ったかも覚えていない」
「そうなんですか。僕と一緒の時は特に変な様子はなかったですけど…ところで次は今週の日曜でいいでしょうか?」
「次とは?」
「なんと…覚えてないのですね?僕が酔った勢いで『次は女性になって僕と会いませんか』ってお願いしたら、OKしてくれたのですが…」
「本当?」
「もちろんです」
「でもそれってデートじゃん」
「そうですよ。僕は早乙女くんとデートがしたいんです」
「そうなのか、狙いはあかねじゃないのか?」
「違います。信じて下さい…」
「わかった、約束したんなら仕方ない….じゃあ、迎えにきてくれる?」
「はい、じゃあ日曜日♡」
俺が五寸釘とデート?
冷静に考えればあり得ないことだ。
だが俺はそれを受け入れた。
そして今感じている甘酸っぱい感情…
そう、これは……
俺は五寸釘に恋をしてしまったようだ♡♡