転生者と、シキガミと 作:ふなぐち又兵衛
「……えらいめにあった」
「まー、授業料にしちゃ格安じゃない?」
ゲートパワーは上昇しつつあるものの半終末さえ未だ遠い頃、ある秋の昼下がり。
転生者たちが集う、山梨県の星霊神社はガイア連合山梨支部の一角を占める、食堂の片隅にて。
黒い長袖と白い身頃のジャージと、裾に白いラインが入った黒いプリーツミニスカートを纏い、
泣きぼくろのある垂れ目に野暮ったい黒縁眼鏡を掛けた、小柄な長い黒髪の愛らしい少女と、
カーキ色の作業用ブルゾンとワークパンツ姿な、右目が半ば前髪に隠れた、線の細い青年が、
あと1名を交えて食卓を囲み、苦笑とともにカレーライスを口に運ぶ一方で。
『あと1名』たる、緩く巻かれた金髪を伸ばした白人の美少女──の姿をしたシキガミ、もとい、
星霊神社の神主の手によるオカルト的な手法で青年の伴侶として創り出されたガイノイド──が、
髪より濃い金色をした眉尻を下げながら、華奢な肩を落として悄然としていた。
紺色のスリットシスター姿の彼女の前にも、
食欲をそそる香ばしく刺激的な芳香と湯気を立てる、大盛りのカレーライスで満たされた皿が、
銀色のスプーンと、コップになみなみと満たされた牛乳を添えられて、鎮座しているというのに。
彼女には、左の口許にほくろがある桜色の唇に、それらを運ぼうという気配は一切しなかった。
というのも。
「
「まーまー、ありゃしょーがないって」
「そうだよシシー、次から気をつけてくれれば大丈夫だって、
豆柴ニキも、ナナコさんも言ってたんだし、そろそろカレー、食べな?」
午前中に異界の中で地霊コボルトと誤認した主人の同胞に、背後からメイスを振り下ろし、
それを避けられ取り抑えられ、同胞のパートナーである金髪の烈女()にひとくさり叱られたのを。
主人である
シシーの白魚のような手がスプーンをとり、カレーを口許に運び、咀嚼し、嚥下。
「……おいしいですわ」
「でしょ?」
冷たくなる前にまずは食べちゃおう、
そうのたまう伊緒に重ねて促され、シシーはカレーを無言で口にする。
時折牛乳で口内の辛い残り香と、油分を洗うことも忘れずに。
「いい食べっぷりぃ」
にへら、と伽奈が笑い、しばし3人は遅めの昼食であるカレーライスを貪った。
そして、3人とも完食した後に、カフェラテを注文したところで。
シシーが、おそるおそると言わんばかりに口を開いた。
「本当においしかったですわ、この……カレー、ライス?」
「だねえ、なんでも、霊薬の材料になる薬草をふんだんに使ってるらしいよ、ルーに」
「だから魔力まで回復するわけだ」
「……ここだけの話、このガイアカレーってさあ、魔力や体力だけじゃなくて、
状態異常というか、病気まで治せるみたいでさあ、香川に行っちゃった銀さんとか、
あたしが色々とお世話になってるナギ姐さんとかの糖尿病、
そろそろ人工透析が要らないレベルに治ってきてるらしいよ、このカレーのおかげで」
「うわあ」
「でも、銀さんといっしょに香川に引っ越した
あと毛が薄くなったおじさん『俺ら』やおじいちゃん『俺ら』の、前髪とかつむじとかも」
「うわあ……」
いや、僕の今世の家系にハゲはいないけどさあだの、
うちもおとーさんはだいじょうぶっぽいんだけどねえ、
あたしがこっちで物心つく前に死んじゃった母方のおじーちゃんが、その、ね? だの、
転生者特有のワードを挟みながら、伊緒と伽奈が雑談をするのを尻目に、
甘い香気を立てるカップを手にしたシシーは、ぼんやりと食堂の入口の方に目をやった。
そこには、カトリックのシスターめいた露出の少ない身なりと、波打つ長い金髪という、
どことなく自分と似たような外見をした、中学生くらいの年齢とおぼしき小柄な少女と。
こちらは神父を思わせる衣服に身を包む、吊り上がった太い眉とバサついた黒髪の少年がおり、
ふたりとも食堂の受付に購入した食券を提示しているところのようだった。
「また揚げ物かよオメーはよ」
「だっておいしいんですもん、カタキラウワのカツカレー」
「まーそーだけどよ、次はカツ抜きにしろな? うっすらニオイするぞ? 夜とか」
「そんな! 毎晩お風呂入ってるじゃないですか! ふたりで!!」
「違う違う、体臭じゃねーんだ ……出したもんが揚げ物のニオイすんだよエリー……」
「あう……言われてみれば……」
「……男の人の出すものって、食べたもののニオイが出やすいっていうよね」
うちのだぁりんからなら、手作り親子丼の卵とお出汁のニオイがするし、
旦那さんによく食べさせていたからなんだろうけど、ほんのり焼き魚のニオイや、
ハンバーグというかケチャップとか、クリームシチューのニオイがするシキガミさんとかいたし。
……などと、
やりとりを聞き取ってしまって苦笑いする伽奈が、要らんことをほざいて。
思い当たる節があったシシーも、言わずもがなのことをボソリとこぼした。
「
「全部当たってる、耳が痛い」
「ほうれん草と柑橘類食べよ? あとパイナップルだったかな、ニオイ消しになるのって」
「僕もパイナップルは聞いたことあるわ、
てか、ガワがデアラなレズップル*1が、
パイナップルはアレの味と臭いをどうこうって言ってた気がする」
──クいモノをクチにするトコロでハナすナイヨウか、いいカゲンにしろ、アホウどもめ。
伽奈のスカートに隠された太ももに括り付けられた封魔管から、
声量は抑えられつつも苦々しげなヒコザの念話が発せられ。
伊緒と伽奈は口を揃えて「「さーもん」」と返し、
それを聞いたシシーは「何故シャケが出てきますの?」と首を傾げるばかりだった。
「そういえば、あの、小さな金髪の
「あー、あのコ……ふぉあぐらちゃん、だったかな、女の子だけど、男の子でもあるから」
苦笑を深める伽奈の回答に、シシーが頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしたところで、
伊緒はカフェラテを口にして「せいへ…世界って、広いよね」と、しみじみとつぶやいた。
ちなみに、もしそのつぶやきを『ふぉあぐらちゃん』の主が耳にしていたのなら、
「るせーやい、カミさんがシたいっつってんたんだからしゃーねかったんだよ」と、
渾身の力で放たれた照れ隠しの【白龍撃】が、彼の脳天に叩き込まれていたものと思われる。
さておき、カフェラテで喉を潤した伽奈は、「性癖ねえ」と、
眼鏡の奥の目で弧を描き、ほのかに頬を染めながら口を開いた。
「楽しかったなあ、顔真っ赤にして服渡してきただぁりんと、
『後生じゃ、
『キツネ耳尻尾付き眼鏡ロリメイドのご奉仕ごっこ』するのも、
『ベッドで倒せ! ミニマムサキュバスごっこ』かーらーのー、
『押しかけお嫁さんロリサキュバスごっこ』するのも」
「性癖って聞いて唐突に彼氏持ちアピールすんのはルールで禁止スよね」
「転生者はルール無用でしょ」
前世のネットで見かけた定型文での軽口を叩き合う馬鹿ふたりに、
午前中での異界探索の時以上に真面目な表情と声音で、
「カナさん、最後のについて、詳しくお願いしますわ」と問いかけるメスカクエン候補生。
伽奈の右股の黒くゴツいホルスターに挿された封魔管から発せられた、
『ダマれシキマども』というアガシオン・スパルトイモデルの念話は、
その三者に何の影響も与えられず、虚しく響くばかりであったという。
さて、食堂を後にした彼らが向かったのは、
ガイア連合山梨支部が誇るインフラの一角たる製造部の、装備担当課であった。
何せ、ディブクやカタキラウワの
低レベルとはいえ、れっきとした悪魔による攻撃魔法を、
シシーが片っ端から、纏った霊装の耐性任せに、真正面から受け止めてしまっていたので。
伽奈が「ほつれや破れは無いみたいだけど、一応点検してもらっとこ?」
と提案したのに伊緒も同意し、こうして足を運んだ、というわけである。
「よーう地味子ネキに……よ、舶来ニキ、だったな」
「お世話になりまーす、相変わらずの矜羯羅ボイスだねえ、バーナーさん」
「だーれが仏像だっつーの」
バサバサチクチクと擬音が聞こえてきそうな長めの黒髪に加え、
大ぶりな八重歯も吊り上がった目つきも鋭く尖った、
そんな威圧的な容貌だというのに、全身から人懐こさがにじみ出ている背の高い青年が、
何やら作業台に向き合っていたところを、伊緒たち3人が訪れたのを察知したのか振り返る。
伽奈やその身内である現地民、
或いは友人知人となった転生者・嫁シキガミたちが身に着けている、
呪殺や精神耐性持ちのアクセサリーを手掛けた製造部所属『俺ら』、
半終末の頃に判明した本霊が邪龍ファフニール……というにはどう見ても、
その前身であった地霊ドワーフ*2の面が色濃く出ている転生者、
どーしたよ、また耐性指輪か? と火山が訊ね、
ううん、それはまた今度、
こっちのちょろいさん…じゃないや、シシーさんの霊装がねえ、
今日デビュー戦だったんだけど、さんざん攻撃魔法防いでたから、
点検してもらっとこ、ってね、と伽奈が返す。
伊緒もお願いしますと頭を下げつつ、
午前中に異界で稼いだマッカを取り出し、
彼が思った以上に割安だと感じる額を支払ったところで、
金色のショートヘアと瞳が目を引く長身の白人美女の姿をした、
火山の嫁シキガミが顔を出して、シシーを更衣室へと案内した。
「実際の作業はリズさんがやるの?」
「まーな、さすがに
指輪や首飾り造るのに忙しいしな、と苦笑する火山に、
持参していたニットとジャンパースカートに着替えて早々に戻って来たシシーが、声を掛けた。
彼女の姿を目にした伽奈が「しぐれさんとはまた趣が違う美人っぷりだねえ」と嘯き、
伊緒も「オーソドックスでいいでしょ」と鼻を鳴らすものの、
「でもちょーっとヲタク趣味だと思うよ、おっぱい美少女やきょぬー美人に、
タートルネックと胸開きジャンスカとか……ひと昔前の童貞を殺す服じゃん」「オウフ」
「やめてやれ地味子ネキ、その言葉はたいがいの『俺ら』に効く」などと、
前世がオタクや腐女子だった馬鹿3人が、半ば自傷が入ったじゃれ合いをしたところであった。
「あの、バーナーさん、ですか?」
「おーう、バーナーでも火山でも好きに呼んでくれや、シシーちゃん」
火山の返事を聞いてもじもじとするシシーをよそに、
伽奈が眉尻を下げたネコ口の笑顔でぼそりとつぶやく。
「しぐれさんが怒りそうだねえ、
『本名呼びは呪殺やストーキングが通りやすくなるからやめろ』って」
「考え過ぎ……とは言えないか、
メシアンや地方名家は『俺ら』のストーカーになりがちって聞くし」
「まー、どー考えても、
しぐれさんがみずは…自分のご主人サマの名前を、
自分以外のひとに呼ばれるのが、面白くないだけなんだろうけどね」
「それな、だったか、こういう時は。
……私としては、うちの宿六がよそのシキガミを、
誰彼構わず『ちゃん』付けで呼ぶのはどうかと思うわけだがな。
舶来ニキ、不快に思われたならすまない、リュウジに代わって謝罪させてもらう」
「いえいえ、気にしないで、ください」
「ねー、ひょっとしてリズさん妬いてる?
火山さんにリズちゃんって呼んでほしいの?」
「妬いているのはそうかもしれないな、
ただリズちゃん呼ばわりは恥ずかしいからやめてほしいと思うよ」
「うーん素直!」
伽奈がそう結んだところで、シシーのかわいらしい咳ばらいと、
「イヤまあ、シキガミちゃんは、俺より年下の娘ばっかだからついな」
と苦笑を深める火山の声が、あまり広くはない彼の工房に響いた。
シシーさん、邪魔しちゃってごめんね、と軽い謝罪が伽奈から発せられ、
あらためてと言わんばかりの真剣な面持ちで、シシーは桜色の唇を開いた。
お約束通り、それを聞き取ったヒコザが、
またしても封魔管から『アホウが』とボヤくような内容のものを、である。
「バーナーさん!
一拍の間のあと、火山と伽奈の爆笑が、工房を揺らしたとかなんとか。
ちなみに回答は、
「指輪なら造ってやれっけど、首輪なら脱毛ネキの方が上手だぜ?」だったそうな。
「ところでシシー、なんで首輪が欲しくなったのさ?」
「こちらに来る時にすれ違った方たちがしてましたの。
……ふたりともとても幸せそうで、羨ましくて」
「あー、さっきの目隠れモジャ頭と、金髪メガネおっぱいの。
モジャ頭くんが天使部の新人さん、だったかな?
こないだ、もと天使で今シキガミのお嫁さん連れて、
挨拶というか、実家の家族に、そのコを紹介しに行ったら……」
「「ら?」」
「……妹さんにガチで通報されそうになったらしいね、その新人さん。
『うちのクソバカ兄貴に脅されてるんですよね?』って疑いかけられて、ねえ」
「うわあ……いや、僕も警察沙汰になる、かもなあ……うちなんて父さんが警察官だし」
「マ?」
「マ、地元の派出所勤めなんだよ、ちなみに母さんはもと教師」
「……マジメさんの家系だったんだね」
「母さんはともかく、父さんはわりと雑なんだけどね……あとシシーの胸とかガン見しそうだし」
「Oh……」
身持ちが固く(ウチゆーちゃんとしかええことせーへんもん)、
気性の激しい女性(なんでや! ウチこないフレンドリーやないかい!!)
と言われて、その、ハイ。
どこぞの金髪のメスカクエンは、まさに【烈女】だわな、と。
そしてまーたエロ書きはぐったよ……スマヌ……スマヌ……。
エロは次の話へ持ち越しとなりました、すみませんでした。