ファイアーエムブレム 娼俗の剣 作:どろまみれ
「―― 来たわね、変なヤツ」
残るひとり。エトルリアからの留学生・セシリアは、彼女らに与えられた外交官向けの高級宿から出て来たところだった。
彼女はケイオスの顔を見るなり嫌そうな表情をしたが、別段話をすることに忌避感がある訳でもないようで。ここへ来た理由を説明すると、あっちで話しましょうかと別室を用意してくれた。
彼女の師・パントはエトルリアの新たな魔道軍将である。
軍将はエトルリア版の三竜将であり、つまりは軍のトップだ。そんな彼が就任の顔見せと、ベルンへの……というかギネヴィア姫への挨拶のために駐在し始めたのが今年からのこと。
赴任期間は1年。どうやらパントという青年は好奇心旺盛な性格をしているようで、ここへ来てからは熱心に魔道の探求と吸収。そして教えの流布に力を入れているらしい。ゼフィールに曰く、国内からの覚えも良いそうだ。
その連れの学徒として、セシリアはこのベルンを訪れている。士官候補なのは間違いないだろう。
加えて、彼女は
「……そうね。先に言っておくと、あたしの適性は
本日もぶっとい深緑のツインテールをご機嫌に束ねて。
メイドに持ってこさせたお茶。暖かく湯気を立ち昇らせるそれの入ったティーカップの取っ手を、セシリアは指の腹で強く握る。
「でも、それじゃあ魔道軍将には成れないもの。あたしはパント様の弟子を名乗るには力不足だけれど、魔道を志すだけの熱は持っている。だから ―― 槍を持っているのは軍のため。魔道を選んだのは自分のため。ベルンの地まで学びに来たのは未来のため。そしてあたしの未来は、エトルリアの人民のためになるの」
どうにも強い眼差しで、そう言い切った。
随分と角ばった言葉選びだが、まぁ、理屈は判る。いや。どう聞いてもはねっ返りのくせして、型にはめ過ぎ。具体性はあるが流動性のなさそうな意志表明ではあるのだが。
とはいえ参考になるのは確かだった。特に魔道軍将を目指しながら槍を持つ、という部分。
「どうしてなんだ?」
「あたしは女よ。体格も筋肉も、専門の訓練を積んだ剣士には追い付けない。後発だもの。ただでさえ魔道の探求にも時間を割くのだし。……でも馬と槍なら、エトルリアには体系化された騎兵の術がある」
「先達がいるから、ってことか~」
「軍としての最低基準を満たすには体格も技術も並みで十分だし、ってのもあるけれどね。どちらかというと馬術と馬の維持管理の方が大変よ。……ちなみに魔道の方はもっと単純に、杖には戦場で武功をあげるための攻撃魔法が無いから。光の魔法を扱うにしても、神官ならともかく、司祭に就くには政治力が必要なの。特に今のエトルリアだとね」
最後の発言は、ため息をつきながらのものだった。
エトルリアも内部の政治が腐敗を始めてから長い。デズモンド王の就任に端を発したベルンと比べても、早い段階からだ。諸侯が分裂しかけたところを何度も「戦争の無さ」に救われている、と聞いている。
「まぁ、当のパント様は……あたしの才覚とか立場とか。そんなことは気にしない気性の方だけれどね。あたしが弟子になりたいといえば、多分、すぐに名乗らせてもらえるとは思う」
「へ~、そんな人なんだな。エトルリアの魔道軍将」
「熱心な方よ。魔道を志すなら、あとで紹介してあげる。今日は丁度……つい先日決まった婚約者の方を迎えにいったついでに、王都を散策していると思うから」
ほう、とケイオスは関心した。
他国の魔道軍将が。1年もの赴任期間があるベルンの地に。決まったばかりの婚約者を連れてきていると。
それはなんというか……。
「豪気な人なんだな」
「パント様がというか、ベルンの外交官の人が案内を申し出てくれたから断るのも……っていう理由もあるみたいだけれどね。まぁ、でも、パント様なら言い出す可能性も十分あるかも」
「へぇ~。その婚約者の人も、同じ感じなのか?」
「う~ん……変わった人ではある、かな? お貴族を20人も集めた婚約者の選定会で歌でも踊りでもなく弓術の冴えを披露して、『パント様を守るのでお嫁さんにしてください』っていう逸話がね……」
「つい先日なのにもう逸話なのか……」
「そういうくらいのエピソードでしょ?」
苦笑を交えながらセシリアが言った。
そして今度は、視線がケイオスの側を向く。その表情はうって変わって、随分と楽しそうなもの。悪戯なもの。勝気でありながら少女然とした、年相応のものだった。
「で。これで全員に聞いてみたんでしょ。どの武器にするつもりなのよ、ケイオスは」
「大体は決めた。再来週の合同演習までにはお披露目するぜ」
「もったいぶるわね……。まぁ魔導が主なんでしょうし、アンタの武器が何であろうと、あたしはどうでもいいんだけど。足だけは引っ張らないでよね?」
「うひひひ、見てろよ~」
「どうだか。前の蛮族の時だって結局、ほえ面だなんてかかせてもらえなかったし。そもそもあの蛮族の頭、あんたたちの攻撃だけじゃあ殺し切れなかったんじゃない? 丈夫そうな見た目してたし」
「つっても、距離があってこっちも倒されなかっただろうから、もっかい攻撃してればいけただろ~」
「ふん。あんたの魔力じゃ足りないでしょ。そもそもフツーの魔道書だって使えるんでしょ? フィンブルだって、ちゃんとした書を使えば……あぁ。あんたの練度じゃ無理なのか。そっかそっか」
「ぐぐぐ……セシリアの言う通りではあるんだけどよ。でもこれ便利で手放せないんだよな~」
そうして、ケイオスが自らの『
その時だった。
「―― 失礼するよ。なんだい。随分と珍しく、セシリアの楽しそうな声が聞こえるね?」
がちゃり。応接室の扉が開き現れたのは金髪色白美麗な青年 ―― 魔道軍将・パントである。
突然の上官の登場にセシリアが慌てて立ち上がって頭を下げる。が、当の魔道軍将はというと。
「お、お疲れ様ですパント様……! この男は、この度、私が所属させてもらっているベルンの小隊の者でして……」
「……へぇ! なるほど。君が噂の……。……!!?? なんだいこの魔道書は!? ごめんね、ちょっと読ませてもらえるかな。……。……凄い。凄いな。……魔力を根源という力の支流とみたてて、そうだな。生命力……エーギル……? どういう変換でこの魔力を汲み上げているのか……ふむ。この構造が……」
机の上に出した魔導書を拾い上げると。持ち主であるケイオスには会釈と小さな礼を交えただけで、読みふけり始めてしまった。
セシリアがため息を吐く。
「パント様ってば、珍しい魔道書を見つけるといつもこうで……」
どうやらケイオスに申し訳なさそうな表情をして、彼の人となりを説明してくれているようだ。
……。
してくれている、そのようだ。
他人事。当然である。
何故ならこの時。ケイオスは魔道軍将の奇行はもとより。自らの武器はおろか。
その後を追って現れた女性にしか、目が行っていなかったのだから。
彼女は自らを見つめる少年の姿を見つけると、とても柔和にほほ笑んだ。
「―― 初めまして、ですね。こんにちは。ごめんなさいね、パント様が。私はルイーズ。パント様の婚約者で、つい先ほどベルンの地に赴任したばかりなのです。よろしくお願いしますね ―― ケイオス君」
ケイオスの目前に花が咲いた。咲いて、乱れた。
それは、青いどころか黄金の芝生だった。それは、他人の婚約者だった。
それはケイオスが人生で初めて ―― 心の底から抱きたいと感じた女性だった。
ケイオスは勃起した。
その後の会話の中。ケイオスが寮へと帰るまでに。
セシリアやパントやルイーズにバレずに済んだのは……パントが魔導書に夢中で、婚約者に向けられる劣情の視線を目にしなかったから。ルイーズがすぐに菓子折りやお土産を用意しようと部屋を出たから。セシリアが生娘だから。
つまりは、ただの偶然である。
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