ファイアーエムブレム 娼俗の剣 作:どろまみれ
合同演習自体は定期的に組まれるが、回数を重ねる毎に純粋な訓練としての色合いが濃くなってゆく。
学徒のお披露目が目的となる演習は今回だけか、あってももう1度くらいなのではないか。ゼフィールとゲイルが、そう説明してくれた。
元からこちらの隊は演習でしかなく、他隊の思惑についても「ダメで元々の王子の世評操作」が目的。
その上で最後まで余計な衝突が起こらなかったのは、王子という火種を内側に抱えているにしては良い結果だったと言える。
後は、師事の先を決めるべき。
演習を終えた翌週、ケイオスは王立図書館を訪れた。
王立図書館はベルンへ入国した際、真っ先に向かった場所だった。ニイメの魔道書とその解説を寄贈……という形で、おそらくは軍部などへ流したのだろうが……し。おかげでこうして生徒などをやっていられるので、感謝をするばかり。
ベルンの街並みを、人々は力強く行き交う。ケイオスはいつか訪れたイリア中央部、城塞都市の光景を思い出した。笑顔も、声も、姿形も。ベルンという国が「力を是とする」などという、国家間の均衡を崩す側の立ち位置をしていても。国民どもの活気や生活の根幹は、やはり変わりがないものなのだろうと素直に思う。
図書館へ到着する。古いが丁寧に管理が成された本館からは道を逸れる。
以前に魔道書を寄贈した場所よりもっと奥へ。一般人よりも軍の人間および魔道士の姿が比率として高くなってきた頃合いで、目的の棟が現われる。
受付をする。挨拶をする。従者に伝えて許可を取り、扉を開いてもらう。
部屋の中にはふたり。銀髪の貴族の青年と。青紫の長い三つ編みを垂らした、眼鏡の女学徒が立っていた。
「こんにちは。先日ぶりだね。では改めて ―― エトルリア魔道軍将・パントだ。君に魔道の歩み方を少しだけ享受させてもらおうと思う。よろしくお願いするよ、ケイオス」
「……同門になるものです。あなたとは先日戦場で相見えましたが、こうして顔を合わせるのは初めてですので挨拶を。私はブルーニャ。本日からエトルリア客将つきの補佐生徒となりました、よろしくお願いします」
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「うん。これでよし。ではこれから1年。ケイオスはベルン王国にいる間、私が直接的に指導を行う学徒としての立場を持つ。なんでも聞いてくれたまえ。……まぁ正直な話、ベルンなんて言う国にいて。エトルリアから来た新人軍将の下について喜ぶ人は、あまりいないだろうけれどね」
「……パント様。ケイオスはその少数派に属する者のようですが」
「ッッス! よろしくお願いしまっっす!!」
きちんとエトルリア式の礼をして歓迎の意を示したケイオスに向かって、パントは朗らかに笑った。
隣に居るブルーニャとは対照的である。呆れた様子を隠そうともしない彼女へ向かって、パントはころころと表情を変えながら、苦笑。
「ははは。ケイオスも外から来た流れ者だと聞いているから、そういう意味では相性はいいと思うけれどね。イリアから来たんだったかな」
「はい。ぶっちゃけると、オレがパント様に師事を依頼したのはそれが理由ッス」
公的に師となったパントも、同門となるらしいブルーニャも居る。この場で説明しておくべきだろう。
ケイオスは背筋を伸ばして。
「オレが学びたいのは
「だろうね。なにせ、今世に魔導 ―― つまり杖と宝玉を主軸とする術を極めたという人は、
パントが頷いてから、首を振った。
そう。エレブ大陸において、杖とは基本的に回復術に使われるのが主であり……それらは、神官。司祭。
また、武器には等級が付けられている。『竜大戦』の時代に造られた神世の武器を
だが、杖にはそれがない。回復という事象の規模と威力は測定が曖昧であるし。そもそも神将の時代を基準とするならば、杖における特級とは『奇跡を起こす』ものが該当することになってしまうのだ。
その判定基準を変えるべきなのか。杖の頂点を選定すべきなのか。もしくは新たな究極の魔導を造り出すべきなのか。
その判断をすべき場所もまた、曖昧になっているのが現状だ。だからこそ受け継がれ辛い。技術としての魔道のように、探求する者も少ないのである。
机に肘を着いたパントが、現状を確認しながら例をあげてゆく。
「現存する中で最も技量が必要とされる魔導は……うーん、『リザーブ』だろうか? 周囲の
「……ですが聖女エリミーヌの神将器といえば『
「うん。一応、杖での奇跡を行使した記録もある。エトルリアにある教団の宝物庫『聖女の塔』には彼女が扱ったとされる杖も保存されていると聞く。……そちらは竜に特効を持つわけではないから、神将器とは評されなかったのだけれども」
「えぇ。知識の継承という意味でも、司祭らが所属するのはエリミーヌ教団。宗教団体です。邪教に傾倒でもしなければ一択でしょう。だから軍のように体系づけられた知識の継承は成されていない。
「そうだね、ブルーニャ。私もそう思う。……ふむ。本国に戻ったらその辺りを辿り探求してみるのも面白そうだと思ったが……まぁ、私にとっては来年以降のことだからね。おいておいて」
理解の早い補佐のことも忘れずに褒めた後、パントは仕切り直す。
「だから、取り急ぎの
「ウッス!!!」
「……はぁ」
理解不能だが、面白くてたまらないと満面の笑顔を絶やさない他国の魔道軍将。
魔道を学ぶけど探求するつもりはあまりないです、とどうしようもない肯定をするクソガキ。
それらをベルンという国から
吐き終えたので息を吸って。眉間にしわをよせたまま、ずり落ちた眼鏡をあげ直す。直接的に聞くべきだろう、と言葉を選んだ。
「つまりケイオス君は、本当は魔導を極めたいのだけれども、大国ベルンにすら師として仰げるような先達は居なかった。でもせっかくだから、戦乱や野党に抗うための力として、片手間に魔道を学びたい。国内で学ぶと角がたつため、他国の将であるパント様は丁度良い……と。そう受け取ってよろしいのでしょうか?」
「パント様にもブルーニャにも申し訳ない! ……でも、目的は隠していてもしょうがないと思うからさ」
「方便という言葉もありますが」
「けどきちんと魔道を学びたい、って思ったのも嘘じゃねーです」
「……パント様?」
埒があかないとふんだブルーニャは、話をパントへ戻してしまう。
ケイオスが表情を窺うも、パントは笑顔のままだ。
「直接的に伝えてもらうことは良くも悪くもない。ここが公の場であったなら話は違うけれども、ただの顔合わせで……そうそう。ケイオスはきちんと、ベルン王国からの間を取り持つ必要性を理解しながら話してくれている。どうしたものかな、とは思うけれども嫌悪感はない。彼が魔道を軽んじているとも思っていないよ。だから、ブルーニャは安心してくれるかい」
「でしたらパント様に任せます」
「ありがとう」
パントは一通りのやり取りを終えると、何かをまとめるように瞼を閉じた。
少しの間。金色の前髪をすっと横へ流す動作と共に目を開く。やはり表情は、笑顔のままだ。
「ケイオス。おそらく君とは、学徒や門徒というよりは……利害の話をしたほうがスムーズな気がするね」
「オレもそう思う。でもパント様はそれで良いのか?」
「構わないとも。この場で私にとって重要なのは、キミとブルーニャに……引いてはベルン王国にきちんと利益をもたらすことだ。それが客将としての仕事だからね」
ひとつひとつ。課題を数えるように、言葉でなぞってゆく。
「まずキミに魔道を教えること自体、魔道軍将である私にとって特大の利がある。ベルンでの私の仕事としては最たるものだ。それでいて、ベルンの学生を教えるよりは流れ者のキミに教えた方がいい……というのも。エトルリアという国に属する立場としては、確かだね」
「パント様に人気がないわけではないですけれどね。自ら他国の技術を吸収しようと近寄ってくる、私のような者もいるわけですし。……ですが、ベルンの国の者であればあるほど、近付きがたい方だというのも確かでしょう」
なるほど、とケイオスは思う。ブルーニャが指摘したのは、デズモンド王の好き嫌いに関するもの。
セレーネ王妃はエトルリアから嫁いだ身であり、そんな彼女を王は疎んでいる。エトルリアに寄ると覚えを悪くしかねない、と考えるのも当然だろう。
「ははは。そんな環境だというのにブルーニャのような才媛が学びに来てくれたことは、私にとって最も喜ばしい誤算だったよ。てっきりこのまま、パント学習塾は閑古鳥を鳴かせておくものと思っていたからね」
やはりいくら開放傾向であったとしても……他国の者に師事する、というのは外聞がよろしくないもの。貴族が腐り始めているベルンであれば尚更である。
だからパントの実績や仕事として、ケイオスに学んでもらうのは都合の良い利点であると。
「これがひとつ。そして私としては ―― いや。いち魔道士としては、もうひとつ。ケイオスを近くに置くことには大きな大きな……抜群にとんでもなく大きな利点がある。これだよ」
そう言うと、パントは手元に積んであった本から1冊の魔道書を抜き出した。
見覚えがある。ケイオスが寄贈したニイメの魔道書、その1冊だ。
「この魔道書 ―― 寄贈はキミから。編纂は『山の隠者・ニイメ』となっているけれども……この
「おう。そうだよ」
「……! やっぱり!!」
ケイオスの肯定に、パントは快哉をあげた。
がっと拳を握り、表情を満面の笑みへと変え、今にも踊り出しそうな勢いだ。
しばらく表情で歓喜の舞いを見せた後、パントは座り直して言う。
「私はこの方の著作に興味がある。彼女が言うところの古代魔法を学びたい。おかげで、今こうして左遷に近い赴任でベルンなんかに来ていることを、幸運だとすら思えている。……私自身は自然魔法を扱うから、知識としての学びだけれどね。そのため、と……うん。言ってしまおう。そのためにキミに迷惑をかけてもらうのは、望むところなんだよ」
先ほどの交換条件というやつだ。これもまた、山の隠者の威光がもたらしてくれた縁である。遠慮なく受け取っておきたい。
ちなみにニイメの本は確かに貴重だが、パントが望むであろう魔道書でない……例えばニイメの解釈などを書き連ねた本などは、イリアの山奥から荷運びを依頼すればよいだけだ。取り寄せることは容易い。
問題があるとすれば金銭、もしくは対価となる魔道書などを支払う必要があることだが、パントならばその点についても問題は無いだろう。エトルリアの魔道軍将がどうこうという前に、彼は公爵なのである。
「なら、よろしくお願いしまッッス!!」
「うん。改めて、こちらこそよろしく。ケイオス」
頭を下げたケイオスに、パントも大きく頷いた。
……頷いて、その隣を見る。ふてくされた顔をしたベルンの才媛。
「……パント様はそれで良いんですか? 私は納得行きませんけど……」
「ブルーニャ。魔道の深淵に取憑かれる、というのは必ずしも良いことではないんだよ。
「では、私は?」
「ははは。ベルンの貴族の女史ながら私に学びを求めてくれる、可愛い生徒といったところかな。私が今まで見てきた中で、間違いなくキミの才能が1番だ。ゼフィール王子にも、そう太鼓判を押しておこう」
「……そうですか」
ブルーニャの中ではこれでまとまったらしい。
ケイオスの顔を正面からみる。彼女は巨大な三つ編みをぶるんと揺らしながら、挨拶をした。
「ではケイオス君も、同じパント様の門下としてよろしくお願いします。改めてにはなりますが」
「おう! よろしくな、ブルーニャ!」
差し出された手を握る。
握手を終えて。ブルーニャは離した手のひらを一度、ローブでぬぐおうとして取りやめながら。
振り返る前に、ケイオスをしっかり捉えて言う。
「これは私的なお礼です。ゼフィール王子についてくださってありがとうございました」
「……? なんでブルーニャが礼を言うんだ?」
「私的なお礼です、と言いました。お気になさらず」
そう告げると、ブルーニャはくるりと踵を返した。
奥で笑いを堪えた様子のパントがケイオスをまぁまぁとなだめておいて、早速初日の講義を準備する。
魔導と魔道の日々が、始まった。