ファイアーエムブレム 娼俗の剣 作:どろまみれ
それから数年の時が過ぎた。
イリアの雪と冬は変わらず。しかし人々は移ろい。
ニイメの工房もまた、様変わりを見せていた。
「―― ケイオス。お前を破門とするよ」
ようやく春が訪れた、とある日のこと。
山の隠者・ニイメはケイオスを自室に呼び出し、そう告げた。
かつては床に寝転がっていたケイオスも、今は自らの足でしっかりと立ち。
兄弟子と共にベルンの城下にまで出かけて買った、厚手の紫紺のローブを身に
とはいえケイオスは
背丈は老婆の折れた腰ほど。腰に
その小さな男児を、ニイメは破門とした。
古代魔法を探求する一門から追い出す、と言ったのだ。
しかしケイオスに動揺はない。
むしろ当然であるとばかりに胸を張って返した。
「へっへ。今までありがとうな、ババァ!」
「ふん。これからも良く識り良く学ぶことだね、クソガキ!」
背丈の違う男児と老婆が、ごつりと拳を合わせた。
そう。この破門は予定通りのものなのである。
ケイオスは結局、闇魔法には目覚めなかった。
鍛錬の甲斐あって基礎呪文すら起こせないという訳ではない。だが闇をその身に取り込み、きちりと破壊の力を扱えるまで……『ミィル』のような攻撃の初級呪文には程遠い「天与の適性のなさ」という有様だった。
兄弟子であるカナスの口添えもあって、ケイオスは闇魔法の探求を早々に諦めることになった。
聞けば彼の兄たちは、身に余る闇を宿したことによって、廃人と化しているらしい。
ニイメに曰く、闇はケイオスの身には宿らず、霧散しているのだそうだ。
老婆はその様子を底の抜けた
では何を学んだのか。
彼は結局そのまま、ニイメから「彼に適性があるであろう魔法」の数々を、ざっくばらんに吸収した。
彼の魔道は、ニイメら闇魔法の古き道へと続くものではない。
もっと別の。彼自身が求道しなければならないもの。彼の学びを見てきたニイメには、そういう確信があった。
だから ―― 破門である。
彼の手に「大国・ベルンの軍学校への推薦書」をしっかりと握らせたうえで。自らの才能を追い求められるよう。イリアの辺境から学術の盛んな地へと、追い出したのである。
「……にしても。本当にエトルリアじゃなくて良かったのかい? そりゃあ学びの希少さっていう点で考えれば、ベルンに
「あん? だからこそだろ。カナス兄が西のリキア諸国とエトルリア王国を回って学者になるってんなら、オレは東のベルンだ。カナス兄とも話し合って決めたんだからな。ババには世話んなったが、こればっかりは選ばせてくれよ」
「別に邪魔するつもりはないさね。ただ共に魔道を志す者としては気になるじゃあないか? だから今一度聞いてみた。いけないかい?」
「おー、なるほどな。理は通ってる。……どうせ相乗りさせてもらうベルン行きの商隊はまたなきゃいけない。時間はあるしな、いいぜ」
家の前。
旅の鞄の留め具を確認し、溶けかけた雪を踏み固めながら、ケイオスは続けた。
彼自身が理論立てたもの……ベルンの軍学校へゆくべき理由を、指折り数えながら話してゆく。
「まずは軍学だな。ベルンは系統立てた軍体術もそうだが……指揮に関する造詣が深い。エトルリアよりもずっとな。特に
「ふん、魔法と体術を両立するつもりかい?」
「可能ならな。出来ることまではやってみるさ。……他にも、大事な理由があるぜ。ベルン王国は、
「……!」
「八神将。1000年前の戦争を人の勝利に導いた、伝説の英雄たち。その内のリーダー格だった男・ハルトムートが興した国だからな。竜の住処も国土の内に多数有しているし、封印の神殿もこの国にある」
「……」
「ババがここイリアに居を構えているのも、竜に関する書物の流通が良いからだ。遺跡も沢山漁れるしな。……そういう意味で、きちんと入国できるなら、ベルンは学ぶのに良い国に違いないぜ。オレみたいな他国のヤツはどんだけ成績が良くてもベルンの将にはならないだろうし、学者でいられる。都合が良すぎんだろ」
「……なるほどね。お前もきちんとこの婆から、探求心だなんていう
「いひひひ! 嬉しそうにため息吐くんじゃねぇっての! ……つーわけで、そろそろ時間だ。いってくるぜ、ババァ!」
「……。……ふん、行ったかい。やれやれ。あの笑い方は結局、最後まで治らなかったねぇ」
ケイオスの背を見送り。キャラバンの荷車に飛び乗った頃合いをみて、ニイメは溜息をついた。
「いずれ混沌をもたらすだろう。名の通りさ。なにせしんと静まり返っていた闇がうごめき、波立ち……そうして生まれたのがあ奴だからね」
ニイメは遠くを見やる。
雪に覆われたイリアの山々。その向こうに広がるサカの草原を抜ければ、険しいベルン王国への入り口が開けているのだ。
「私に未来を見る目はないよ。けれどね。
振り返る。扉を閉める。
いつもと変わりのない静かな闇が、山の隠者が住まう屋内に広がっている。
「戦火とはもとより混沌。互いにぶつけ合うにはもってこいさ。……人は安寧を求めるが、求め過ぎるが故に争う。それをまた、私ら隠者は……観察するとしよう」
●
馬車に揺られながらベルン王国へと向かう道中。
イリアを抜け。サカの草原地帯に差し掛かる。
いくつかの丘陵を抜けた先でのことだった。
馬がいななき速度を上げる。
御者と周囲を見張っていた弓使いの斥候が、真夜中にも構わず大声を張り上げた。
「……敵襲! 敵襲だ! 野党の群れ!!」
周囲に居た人が飛び起きるのに合わせて、ケイオスも身を起こす。
馬は足を止めていない。話を聞くには風に負けず、耳を効かせるしかないだろう。先頭車両で、護衛の傭兵と御者が声を掛け合っているようだ。
「相手の様子は?」
「数は判らん。胴体と頭は鎧じゃなく布で覆い隠している。馬を駆っているやつは、見えるだけでも2。あと数分も走れば、弓の届く距離になるぞ」
「街道沿いでその規模か。ただの山賊じゃあないな。目的があって狙ってきている。こっちの馬をやって足を止めるには十分な数だが……」
傭兵のリーダーらしき男は、鉄の小手を顎に当てながら考えている。
「いちど止まって、迎え撃つか?」
「……難しい所だな。わしらは荷物持ちで一般人も多い。逃げおおせるとも思えん」
「とりあえず相乗りの連中にも武装はしてもらうか。逃げたいやつは反対側の森まで逃げてもらって、心得のあるやつは戦ってもらおう」
「そうしよう。それなら一度、丘陵の上側に陣取って迎え撃つ形に出来る」
しばらくするとケイオスら乗客に、聞いていた通りの通告がきた。
腰を上げて弓を構えるもの。荷物の選別を行い、身を軽くして森へ向けて走るもの。怯えて荷物の影に隠れ、縮こまるもの。様々だ。
ケイオスは腰にある魔導書を確かめつつ立ち上がる。
外へ出て、手にたいまつをもっている傭兵のリーダーの元へと歩み寄ると、予想していた通りに驚いた顔をされてしまった。
身の丈ほどの斧を持つ、巨漢。
傭兵のリーダーはその名を、ブレンダンと名乗った。
「わしらは普段は傭兵仕事なんてやっていないんだが……この荷車には重要な商いの証書が乗っていてな、命に代えてでも守りたい。不退転というわけだ。君は……そのナリで戦えるのか?」
「ああ。やれる。山の獣の狩りだけじゃなく、対人も経験はある。イリアは野党に事欠かなくてね」
「……。……だが……」
「おっと、そこまでだぜ父さん」
尚もためらったブレンダンの前に、金髪の青年が割り入った。
彼は精悍な顔をケイオスへと向けて、視線の高さを合わせて言う。
「俺はロイド。ブレンダン父さんと同じ組織の、剣士だ。お前は?」
「オレはケイオス。イリアとサカの境にある山奥出身の、魔導士だ」
「へぇ。魔法使いじゃなくて魔導士ね。ちっこいその身体で戦士って言われてたら森へ逃げろって追っ払ってたところだが……丁度いい。魔法が不足している今、使いではあるかもな。魔導の触媒は?」
「魔導書だ。判り易い攻撃魔法がひとつと、弾き飛ばすやつと、回復もできる。種類はある。うひひひ、相手が連携の取れた
ケイオスがローブの下から腰元の魔導書を見せてやると、ロイドは物珍しそうにのぞき込んだ。
魔力を感じ取ったのだろう。本物であると確認したうえで、うんと頷く。
「イイな。ここで笑う、お前みたいなやつは嫌いじゃない。やれることもわきまえてる。ガキだからって見え張って遊びの延長気分で戦う事も、逃げ出すこともなさそうだ。……父さん、俺がこいつと組んで斬り込む。それならいいだろう?」
「……うむ」
ロイドが促すと、時間もないと踏んだのだろう。ブレンダンは渋々ながらと言った様相で頷いた。
「決まりだ。頼んだぜ、ケイオス」
「あぁ。そっちも頼むぜ、ロイド」
ふたりは拳をぶつけ合った。
所定の位置……丘陵を右回りにくだりながら、残った時間で決め事を確認する。合図だとか。味方のしるしだとか。殺す、殺さないの判断だとか。
ケイオスが聞くと、ロイドは短い髪をがしがしと搔きながら答えた。
「そういうのは全部、俺が出す。なるべく耳をでっかくして聞いておいてくれ」
「リーダーはブレンダンじゃないのか?」
「父さんは荷物の守りの指揮をやる。そっちのが重大だ。その上で現場は現場に任せてくれてるのが、
彼らは組織なのだろうことが、言葉の端々から読み取れる。
傭兵団ではないと、先ほどブレンダンが暗に言ってしまっている。だとすれば残りは、狩猟団だとか、密漁団だとか、草臥せの騎士だとか、衛兵だとか。あるいは。
ここでケイオスは首を振る。一旦考えるのはやめにした。戦闘に集中しよう。
その態度を、緊張しているとみたのだろう。ロイドはどうでも良い話をしだした。
「……さっきはすまないな。俺としては父さんの気持ちも判らないじゃあないんだよなぁ」
「どういうことだ?」
「あぁ。最近できた綺麗な奥さんに連れ子がいてね。お前と同じような
「あ~……なるほどな~……」
死んで欲しくない。そもそも死地に
ケイオスも知識として理解はできる。実感はないが。
「名前はニノって言う。俺ら兄弟にとっちゃあ初めての、可愛い義理の妹ってわけだ。このキャラバンに乗ってるってことは、これからお前もベルンに行くんだろ? もしも会うことがあったら、仲良くしてやってくれよな」
「いいぞ。いやってほど仲良くしてやる」
「ほどほどにしろよ。父さんに殺されっちまうぞ」
軽口をたたき合っている内に、どうやら先陣がぶつかり始めたようだった。
馬のいななきが聞こえている。夜の闇の中をふたり、走り始めた。