ファイアーエムブレム 娼俗の剣 作:どろまみれ
朝日と共に到着した巡回兵に盗賊の死体を引き渡し。森に逃げた人々を回収し。
ケイオスとロイドらを乗せたキャラバンは、翌日にはベルン近くの街道へと到着した。
残る「竜の巣」はほぼほぼ通行が滞ることもない。しばしば飛竜がはるか頭上を飛んではゆくものの、他国の道に比べれば整備は行き渡っているといえよう。
ベルン王国はエレブ大陸南東に位置する大国である。
北西に険しい山々「竜の巣」を戴き、リキア諸国やサカと細く繋がった……それだけに守りの固い国。
かつて竜との大戦を終わらせた英雄、八神将。その内のリーダー格だった男・ハルトムートにより建国された場所である。
ケイオスは、ベルンについての概要はイリアに居た内から十分に学ぶことが出来ていた。
北部とベルン王国は決して近くはないが、交流がない訳でもない。むしろエトルリアや西方三島に比べれば密であるとすら言えるだろう。
そう。知っている。
彼の師が言う所の「識る」には、国の内情までもが含まれている。
竜の巣の横を抜け、ベルンの王都までさらに数日。
いよいよ門を潜る。高い壁や弩で彩られた城壁から一変、人ごみがケイオスらを迎えてくれた。
「それじゃあここまでだな、ケイオス」
「おう、ありがとうなロイド! 後は待つだけだから問題ないぞ」
ケイオス自身もまだしばらくは身分確認や滞在許可が降りるまでに時間がかかると聞いている。
規模も随分と小さくなったキャラバンから降りて来たロイドが、代表して見送りをしてくれた。御者の位置に座ったブレンダンに向けて深く頭を下げると、彼はぴしりと行儀よく礼を返してくれた。
「親父もありがとうだとよ。おかげで稼がせてもらったからな」
「そりゃあよかった」
そこで会話を切っておく。これ以上の詮索をするつもりは、ケイオスにはなかった。
ベルンの軍学校へ入舎する。そのために審査をきちりと終わらせて、憂いなくベルンへ入国する。
目的はまもなく達成されるのだ。好奇心に富んだケイオスである。彼らの事情には興味がないわけではなかったが……深入りするのも良くないだろうと考えたのだ。
「ああ……でもそうだ、そうだ」
ケイオスは思い出したように視線を落とすと、懐を探る。
そこから大きく分厚い表紙をした本を取り出した。ブレンダン達は制御が出来ないからと預かっていた「フィンブル」の魔道書だ。
それを、ロイドへ向かって差し出したのだが。
「お前が持ってな。売り払って学費にでもするといい」
「いいのか? これはあいつらの手掛かりにもなると思うけど」
言っては見たが、ケイオスはいそいそと懐へしまい直した。
巡回兵に取り上げられなかったのは幸運だった。確かにフィンブルの書は貴重だ。貴重だが、出回らないほどでもない。金銭に変えるにはうってつけと言えるだろう。
訝しむケイオス。対してロイドは当然とばかりに。
「あいつらの衣服も武器も探った後だからな。
成る程。とっくにあたりはつけてあったのだろう。
ならば遠慮なく頂戴しよう。ケイオスは心配事は全て晴れたとばかりに背嚢を肩にかけ直すと、立ち上がる。
受付から名前を呼ばれていた。入国審査が済んだようだ。
「それじゃあありがとな! ロイド、ブレンダンのおっさん!」
「おう! 達者でな!」
人ごみの中へ駆け戻ってゆくケイオス。
その背を、ロイドは最後まで見送ると。
「―― まぁ、再会は案外早いかも知れないけどな?」
笑みを浮かべながら、父の待つ馬車へと戻っていった。
●
ケイオスがベルンの王都を目指したのは、軍学校がそこにしかないからである。
地方ではなく王立のベルン学舎。その特色として、エレブ大陸の中で最も「竜に対抗する手段を心得ている」ことが挙げられるだろう。
剣術にしても。魔法にしても。戦術にしても……。
故ハルトムートに由来する王政ではあるものの、学術的な歴史の深さに加えて、それら他にはない知識こそがケイオスを魅了してやまなかった。
義兄であるカナスが西へ向かったからというのも嘘ではない。が。「学ぶならばベルンが外へ向けて門戸を開いている今をおいて他にない」というのは、ニイメやカナスとも共通した意見。
リキア諸国のひとつに名を連ねるには大き過ぎて。
自由のサカに与するには国として固まり過ぎ。
エトルリアには呆れと反目と無関心とを向けている。
そんなベルンが他の国に開けたのには理由があった。デズモンド王と
元からの恋人との間に出来た念願の子どもにデズモンド王は浮かれ、喜び。7日7晩の祝宴を催したという。
王子と姫についてはベルンにおける様々な感情や思惑が入り混じっている話題。
しかしそれとは別に、同時に。
ゼフィールは実に民衆の覚えよく、利発で聡明。そんな彼がしばらくは軍学校に籍を置く、と通達が成されたのだ。ケイオスと
ケイオスはその流れに便乗した。
イリアに構えた「山の隠者」の知識を、多少はベルンに広めることが条件に、学徒としての生活が保障されたのである。
「つっても、オレが講義とかするわけじゃねーんだけどな」
魔道書を数冊、寄贈するだけで済むと聞いている。楽だ。楽ではあるが。ケイオスが床に寝転びながら読んでいた本の幾つかは、こうして王都に降ろすそれだけで、数年の衣食住だけでなく学までをも保証してくれる価値を持っているのだ。
ニイメの存在の大きさを事実として受け止めつつ。
ケイオスは宿舎に荷物を置くと早速、寄贈のための図書館へと向かうことにした。
その道中のことだった。
どしん。衝撃。
「―― 痛ぁーーっ!?」
夕闇に暮れ始めたベルンの大通りの上。
石畳の上に、自分と同年代の……無数の
状況を理解するのに、そんなに時間はかからなかった。
街並みを眺め、人ごみに酔いそうになりながら歩いていたケイオスは、この少女とぶつかってしまったのだ。
めくれて丸出しになっていた麻の下着をガン見しつつも、手を差し伸べる。
「悪いな。ケガはないか?」
「ううん。ないよ。君こそ大丈夫だった?」
お互いに手を差し出しておいて、すぐに引っ込めて、立ち上がる。
街をゆく人の目には珍しくない光景のようで、興味関心の視線はすぐに断ち切れていた。
ケイオスはすぐに立ち去ろうとしたのだが……。
「えぇっと……あれ?」
少女はローブの内側をばたばたと叩き、何かを探しているようだった。
首を傾げ。慌てた様に周囲を見回し。襟足の高さで揃えた緑髪を、振り乱して。
「お金 ―― ないっ!? 母さんからもらった、大事なお金なのにっ」
愕然と叫ぶ。
今度こそ泣き出しそうな勢いだった。
自分の用事は急ぎではない。とりあえずは捜索を手伝おう。
ついに泣き始めてしまった少女を余所に、ケイオスは捜索を開始するのだった。