※この作品はR-18です。

ファイアーエムブレム 娼俗の剣   作:どろまみれ

5 / 16
2話 ベルン王国

 

 結局。

 暮れのベルンの街並みの中に、少女の財布は見つからなかった。

 

 人が多いということは、盗みも置き引きも多いという事だ。ケイオスもそうだが、その後泣き止んで探すのを手伝った少女自身も、期待はしていなかったのだろう。

 

 ベルン王国の治安は良いとは言えない。

 それは斜陽の最中にあるエトルリアと比べて……というだけでなく。イリアやリキアの諸国、オスティアは言うに及ばず。それらと比べても、盗みや薬や暴行、貧困街(スラム)の有り様は酷いもの。

 

 何分、ベルンとは「武力」を是とする国。

 竜への侵攻も、人への侵略も、お家芸なのである。国民の気風がこうなってしまうのも、仕方のない事だろう。

 

 その上で、現王であるデズモンドが「愚王」と称されるほどの政治能力の無さを露見させていること。

 情に厚いのは良い事だが、私心を挟み過ぎるせいで王室周りのごたごたも起きていることなども、治安にまで手が回っていない理由としては挙げられるだろうか。

 

 ケイオスとしてはおかげでこうして他国の民が入国出来ているし。余力がなく、他国への侵攻という選択肢を取ることもない今のベルンは内乱すら起こしかねなく。だからこそ平和なのだろうとも感じてしまった。

 

 話を戻す。少女の財布についてである。

 最後に門番や衛兵の所を回り、遺失物が届いていないかを聞いてみはしたが。

 

「―― ないな。すまん少年少女。可能なら連絡先を貰えれば、届いたときに呼ぶこともできるが……」

 

 衛兵は(無い事は判っていただろうに)律義に荷物場を確認し、そう教えてくれた。

 残念だがないようだ。肩を落とすこともなく、ケイオスは隣の少女へ尋ねる。

 

「だってよ。どうなんだ ―― ニノ?」

 

 ニノ。財布探しの間に教えられた、少女の名前である。

 

「……ううん。あ、ええと……ありがとうございました」

 

 ニノは衛兵にお礼を言うと、そのまま詰所から出て行ってしまった。また街へ出て、探すつもりなのだろう。

 言葉が足りなさすぎるし、行動の目標と過程の組み立てが悪すぎる。ケイオスは率直にそう思った。

 街は既に日が沈み、物探しを行えるような環境ではない。悪漢も出れば物乞いものさばり出す。根性論どうこうではなく、現実的に探せる時間帯ではないのだ。

 

 衛兵はまだ話が通じると思ったのか、ケイオスへ視線を向けた。どうするつもりなんだ? と問われているようだ。

 ……少し考えて、思いついた。

 

「近くに魔法書の店はあるか?」

 

「ああ、あるぞ。地図をやろう」

 

「さんきゅ。幾ら?」

 

「明日までに返すなら金(ゴールド)はいらん」

 

「ありがて~。ちなみに、写すのはあり?」

 

「それを勝手に売り出したりしない限りは。……なるほど、賢いな坊主。専門的な知識があるなら、質屋よりはそっちに売った方が値段がつく」

 

「オレ、魔道書の類は目利きがきくほうだぜ。任せときなって」

 

「ほう……元本はあるのか? どうせ誰も取りに来ない貴金属なら、適当に持って行って(・・・・・・)も良いぞ」

 

「ある。そこまで頼る訳にはいかねーよ」

 

 ケイオスとしてはきちんとした目的も出来たところだ。衛兵の善意に聞こえなくもない言葉を聞き流しておいて、差し出された地図は両手で受けとる。

 火の明かりがある間にじっと見て、頭に叩き込む。周辺は理解できた。魔法書の店は通路を2つほど跨いだ、すぐそこだ。

 

「ありがとよ、衛兵のおっちゃん」

 

「おう。気を付けてな」

 

 詰め所を出る。

 イリアよりも雑味が強く、匂いに溢れたベルンの街を、人波に逆らって走った。

 

 

 

 

 ●

 

 

「―― どこ……どこなの? あれがないと、あたし、また、ソーニャ母さんに……」

 

「おい、ニノ」

 

 真っ暗闇の中。

 地面に顔を擦り付けながら財布を探していた少女の上から、声がふった。

 

 呼ばれた少女、ニノは見上げる。

 夜闇の中にぽっかりと、今日知り合ったばかりの少年、ケイオスが居た。

 彼は右手に大きな袋を握っており……じゃらり。

 

「これ、使っていいぞ」

 

「……」

 

 ニノは何も言わないまま、はしたなく、袋の中身を開けた。

 金貨だった。きちりと鋳造された、明らかに見て判る、質の担保された貨幣(ゴールド)だ。

 

 ケイオスはフィンブルの魔道書を、然るべきところに売りさばいた。

 軍用品にもなる上級の魔法、フィンブルの魔法書の現品だ。使用済みであろうと、ベルンでは特に高く売れる。案の定、鑑定を済ませた直後に……おそらくは王の宮から魔法使いがやってきて。ケイオスの吊り上げにも関わらず、言い値の即金で買い上げてくれたのだ。

 

 地面にぺたりと薄い尻をつけ。ローブの端から出した手で袋だけは強く握りしめながら、ニノは再びケイオスの表情を窺う。

 無言だが。その顔には如実に書いてある。少女の倫理観としては遠慮すべき、とはいえ今、喉から手が出るほどに欲しいもの。

 

 甘言を溢(こぼ)してやる。もう一度だ。

 

「だから、使って良いぞ」

 

「でも……」

 

「ニノは気にすんな。これはきちんとした取り引きだから」

 

「……取り引き?」

 

 自覚しないままの可愛らしさで首を傾げ、ケイオスが頷く。

 しゃがみ込む。輩の様相で指をひとつ立てて。

 

「確認するぞ。ニノは今日、何をしに来たんだ?」

 

「えぇ? えっと……母さんに、言われて。あっちの、路地裏の中くらいのお店で、売り子をさせてもらいに、行く途中だったんだけど……。あ、あのお金がないと、身支度が出来ないから、いいお店に入れないって……母さんが」

 

「つまりあれは支度金だってことだよな?」

 

「……したく……うん、多分そう」

 

 確認が取れた。自分の子を売りに出したのだ。ニノの母親は。

 ……聞いたことのある名前のため、始めは件の妹(・)かも知れないと考え優しくしていた。このせいで彼女が本当にそうなのか、多少怪しくなってきたなとケイオスは思ったが……一旦は置いておく。

 

 ニノが行く予定だった店の名前と位置も、財布探しの最中に確認が取れている。娼館だった。まだ身辺確認が最低限ある、高級とは言えないが信用はある……という程度の店である。

 あの店の規模であれば、行商が一夜を明かせば精々。店だけでは回らないので、子に値を付け売りながら操業するようなものだろう。

 

「つまりは、ニノが金を稼げればいいわけだ」

 

「えぇと……でも、でも。1回だけ稼いでも意味はないよね?」

 

「だな。でも、今からお店に行ってもそもそも間に合わなくないか?」

 

「……そうかも」

 

 珍しく頭を回した。回したつもり(・・・)でいる。

 ちょろすぎる。誘導がしやす過ぎて吐き気がするな。脳内で嬉しゲロをまき散らしながら、ケイオスは続ける。

 

「返事は明日以降でいいけどさ。オレが買ってやるよ。ニノを」

 

「……え、えぇと……?」

 

「ちなみに後でゆっくり計算してみるといい。その袋の中にある金貨だけでも、お前があの店で1年働くよりもずっと稼げてるぞ」

 

「そ、そうなんだ」

 

 これは本当だ。ことベルンにおいて、兵ですらない庶民の価値などたかが知れている。

 正味、兵役に就いた方が何十倍も稼げるほどだ。……そうは言っても流石に、フィンブルが高く売れる魔道書であったことは確かだが。

 

「お前が了解してくれるなら、今から金貨を割って(・・・)給金にしてやる。お前はきちんと雇ってもらったと母親に言って、1年は働けることを伝えればいい。ついでだから明日には証書も出してやるよ。つまり1年分の給金は保証されるわけだ」

 

「……」

 

「仕事の内容は……何でも(・・・)だけど、給仕とかか? オレはこれから軍学校に通う予定だから、家事の時間を短縮できるのはありがたいし、訓練の手伝い役も必要なんだよ」

 

「……そうなんだ」

 

 興味に傾いた。もう一押し。

 

「それにニノ、お前も魔法が使えるだろ? そいつら(・・・・)の色(・)からして理か?」

 

「……っ! えっ、ケイオスも使えるの? 視えるの?」

 

 喜んだ。ケイオスは唇の端をがっつり歪めて笑いながら、返す。

 

「使えるぜ。オレは術の適性がなかったけど、魔導ってやつの心得がある。ばぁちゃんのおかげで精霊も見える様になったから、お前の周りにめっちゃいる精霊の声も、うるさいくらいだ」

 

 そう言うと、ニノの周囲に居た1匹(・)が、ケイオスの周囲でぶるりと震えて遊んで見せた。代わりに適当に魔力を込めた指先でくるくる回してやると、きゃっきゃと喜びながら吹き飛んでゆく。

 その様子を見て、今度こそニノは瞳を輝かせた。

 

「えっと……あたし計算とかできないし、文字も読めないし、書けないよ?」

 

「ほーん。飯は?」

 

「つ、作れるけど」

 

「ならいーじゃんか。魔法は?」

 

「……使える、けど」

 

「ばっちしじゃんか。いいね」

 

 決まりだろう。

 ケイオスは頭に詰め込んだ地図から換金所の場所を思い出しつつ立ち上がる。

 

 始めから判っていた事だ。

 ニノは、まともな教育を受けた者ではない。だが魔法が使え……さらに精霊が視えるというのはただ事ではない才能だ。天与と呼べるものだろう。

 ならばしかるべき場所で学ばせ順当に稼がせればいいのに、わざわざ身を売りに来ている。いや。身を売りに行かせて(・・・・)いるのだ。彼女に指示を出した、ソーニャという母親が。

 そんな無能で下種な策が与えられていた時点で。つまりは娘と言う駒(・)を杓子定規に性別だけで扱い……無駄なく資源(リソース)を管理していますよという「自らの策士ぶり・観望ぶりに陶酔(オナニー)している」その親も。

 

 母も。娘も。

 揃いも揃って無能が過ぎる、ド阿呆だ。

 

 だから。

 

「どうする、ニノ?」

 

「……うん! わかった! あたし、ケイオスのお手伝いさんになるよ!」

 

 決まりだ。

 ニノと揃って、換金所へ向かうことにする。

 

 故郷を離れ、ベルン王国を訪れた少年にとって唯一の懸念 ――「金銭面から女遊びが出来ない」。

 これを解消するための手駒をひとつ、手に入れられた。

 

 ほくそ笑む。

 道すがら、少年少女の足取りは実に軽いものだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。