ファイアーエムブレム 娼俗の剣 作:どろまみれ
離宮へと招かれたケイオスらは謁見のための部屋などではなく、客間へと通された。
本殿から離れているとはいえ豪華絢爛。客間だけでも十分にベルンという国の力が窺えるような入り込み様。
同時にそれらは幾分か、隠しきれない年季が入っているのが見て取れた。
ケイオス、ゲイル、マークの3人は恐る恐る。セシリアは物怖じこそしていないが慎ましやかな態度で。
それぞれが席の前に立つと。同じテーブルのずうっと向こうから、件の王妃 ―― ヘレーネが話しかける。
「先ほども伝えましたが、楽にしてくださいね。いきなり呼んでおいて、しかも子ども達に。不敬で罰を与えようなどとは、思っていませんから……」
彼女はケイオスらを座るよう促した。
王妃は美しかった。皺ひとつない肌に、細く飾られた指先。すっと伸びた首の先には豪奢に飾られた装飾品が星のように飾られ。手入れに時間がかかるであろうエトルリア由来の黄金の髪が、艶やかかつボリュームたっぷりに盛られている。
王族の食事らしい豪華な品揃えの机の前に。全員が従い着席したのを見て、ヘレーネ王妃は頷く。
「賊に襲われたとのことでしたね。しかも学徒兵であるあなたたちが撃退したとの報告をもらいました。食事はそのお礼だと思って貰えると、嬉しく思います」
「ありがとうございます」
恭しく、でもないが。立場上はこの小隊の顔であるケイオスが受け取り、頭を下げる。
王妃の次の言葉を待つ。自分達がここへ
「ふふふ。その表情。とって食おうなどと思っては居ないのですが……」
こちらの硬い表情を見てご満悦である。
どうやら仕切り直すようだ。ヘレーネ王妃は両手の指先を絡ませ、遊ぶと、紅色の唇を動かし始めた。
「あなた達に……いいえ。この言い方では誤解を産みますか。もっと正確に言うならば、ベルン国内に発祥を持たないあなた達に、やって欲しい仕事があるのです」
「……僭越ながら、セレーネ王妃。あたしはエトルリアの学徒ですので……」
「だからこそ、あなたたちなのです。私もエトルリアから嫁いだ身。むしろあちらの方が融通は利きますからね」
言葉をはさんだセシリアに、セレーネ王妃は返す。
この場において王妃に唯一異論をはさめる彼女も、口を閉ざした。そうせざるを得ない。
「一応言っておきましょうか。あなた達に頼むのは真っ当なお仕事です。そこは心配しないでくださいね」
「そのお仕事の内容とは?」
「えぇ。ベルンの至宝 ――『ファイアーエムブレム』の奪還です」
セシリアが顔をしかめた。ケイオスは首を傾げ、ゲイルは眉をぴくりと動かす。
リアクションに乏しいマークですら、ひゅっと息を呑んだ。それほどの依頼である。
色々と尋ねなければならないことはある。
まず、それは本当なのか。本当ならば「ファイアーエムブレムが奪われた」ということになる。
ベルンの至宝『ファイアーエムブレム』とは、持ち主の心を反映して力をもたらすという宝玉。かつての英雄 ―― 八神将・ハルトムートが用いた神器のひとつ。
ケイオスが王国に来てから調べた内容によると、ハルトムートは他にも幾つもの神器を保持。使いこなしていたようなのだが……。
「いいえ。奪われては居ないのです。ですが、奪われる
ヘレーネ王妃はあっけらかんと告げる。
予定がある。予言の結果。ああなるほど、合点がいった。ケイオスは頷く。つまりは、政争の
「あなた達に頼むことは……簡単ではありませんが、簡潔です。我が息子・ゼフィールを『連隊の伴』として戦果を挙げてください。賊の討伐。学舎での練兵の相手。そして来年の冬も明ける頃に
これで全てだ、とばかりに王妃は口を閉じた。
沈黙が場を包む。セシリアが横からケイオスを見やる。太いツインテールがわなわなと揺れて、隊長はお前だぞ厄介毎に巻き込んでどうしてくれるんだ、とでも言いたげな表情だった。
仕方があるまい。ケイオスが口を開く。
「こういうのには慣れてないので、あ、なるべく気をつけますが、口調はお許しを。……まず、どうして学徒兵に? 正規兵には頼まないのでしょうか」
「いいえ。警護は十分に。ですがゼフィールは未だ学徒の身。才気を国民へアピールする段階として、早ければ早いほど良いのは確かでしょう?」
王妃はあまり隠すつもりもないようだ。
つまりは若い内からゼフィール王子を推し出すために、至宝の奪還という強大な箔をつけたいのだろう。
流石に時期尚早というか、あからさまな気もするが……。
なるほど。理由も筋も明白で、必要性も理解出来る。なにせベルン王国では姫・ギネヴィアがすくすくと育っており、デズモンド王はそちらにご執心である。王の座を継ぐ者としてゼフィールの立場を固めておきたいというのは、十分な理由であるようにケイオスには思えた。
どうやらセシリアは頭を抱えているようだが、置いておいて。
「では次に。この場にいらっしゃらない王子に、この
「伝えます。あなた達を『練兵の相手』として雇ったことと、今回のような兵としての役に別働隊として動かす私兵の類いに協力してもらうことを……ね。それ以上の説明は、我が息子にしたところで、隠し通せはしないでしょう」
つまり本題である至宝の奪還の予定は隠す……ということだ。
理解出来た。次だ。
「相手である『骸黒の民』について、仔細はいただけるのでしょうか」
「えぇ。ですが、実際の所は時を待ってください。……私から今話せる範囲で伝えるならば、骸黒の民というのは今現在もベルン国内外で活動を続けている、古代の民です」
「実在の、古代の民……ということは」
「昔の『覇王軍』なる
なるほど。ケイオスらにとっては、足がつくことのない仕事であるということだ。
ただし、やらせなどではなく本当の賊であると。危険が付きまとう依頼だ……ということも同時に、告げられている訳なのだが。
ベルン国内のごたごたなど、些細なことだ。
ヘレーネ王妃の顔を正面から見る。ケイオスは、思わず笑った。
「それはつまり、オレ達の兵役や鍛錬に……王子の軍。精鋭兵のお力添えをもらえるということですね?」
「えぇ。そうなるでしょう。鍛錬にも融通は利きますし、そうですね。本番の際には三竜将として、マードックらに動いて貰うつもりです」
「その他。オレ達の学業に必要な支援なども?」
「もちろん。必要な武器防具……は、流石に王の眼を盗むのは難しいのでほどほどにして欲しいですが。あなた達の所属や
最後に。トドメとばかりに。
求められずとも判っていますよ、と。
らしからぬ高らかな笑みで、ヘレーネ王妃は言う。
「ああ、当然ながら
ケイオスは即決した。
項垂れているのはセシリアだけで、ゲイルとマークも特に不満はないようだった。
●
「―― 君たちは、母上に私の
ヘレーネ王妃との会談を終えて、食事中。
王子なのに顔合わせだからと同席したゼフィールによる、問いかけだった。
ゼフィールはウェーブがかった……母譲りの黄金の髪を切り揃え。少年らしさを残した、しかし利発そうな顔でもってケイオスらを見ている。
やはり、同年代なのだろう。ベルン国内のごたごたに巻き込むのに、気が引けているようだった。
なのでケイオスは、そこだけは自信を持って言う。
「王子。これはオレ達の利益の方が、明らかに大きいです。それに同じ軍学校の学友として、公認の練兵相手を見繕うのは不思議でもありません」
「それは、そうだけれどね」
ゼフィールは諦めたように視線を落とした。
求められた回答ではなかっただろうが、ケイオスとしては折り込み済みである。
わざと、ある程度踏み込んだ口調に変えた。
「というか王子。行軍訓練や戦史の研究発表などをする際に、オレ達を選べばいいっていうだけのことッスよ?」
「……ッスって……。いいや。でも、私の友人などをしているせいで、学舎の皆から悪辣な視線を向けられることだってあるだろう?」
「ッス。この年にして自分の立ち位置を理解している王子の聡明さは、見習いたいところですけど……」
ケイオスも、王子のやっかみというか。デズモンド王の理不尽さというか。そういう部分は理解していますよ、と言外に含ませて。
「オレ達は皆、国外からやってきた……ベルンにしかない知識や力を求めて集った者です。だからこそオレらが選ばれていて、ある程度の後ろ盾をくれるって言うんです」
「そうなるね」
ゼフィールは明らかに困惑していた。ケイオスが持つ独特の距離感を、図りかねているようだった。
扉の前に構えた衛兵の頬がぴくぴくと吊り上がりかけるのも意に介せず、ケイオスは続ける。
「だから、仲良くしましょうや。友人として。そもそも、王族の時点で普通に友人作るのなんて高望みなんですから」
砕けた口調と表現と。
大それた不敬の言葉で、そう伝えた。
「ヒィッ……」
「……」ニッコリ
「……」
部屋の隅でパンをかじっていたセシリアが悲鳴を上げた。
マークは微笑を浮かべ、ゲイルは無言を貫く。
対して。
ゼフィール王子の様子は、彼らが想像したものではなかったろう。
しばし呆然とした後……。
「……ははっ。はははっ! なるほど。実はね。
「まー、人なんてそれぞれですもんね。ですが金払って仲良くしましょう、が
「でもさケイオス。民の望む健全さっていうのは、人の性質に関わらず友誼を結べるような王なんじゃないかい?」
「えー……あー……? 最近流行の、どこか別の大陸をモチーフに描かれた
「あ、やっぱり知ってるんだねケイオスは。まぁ流行の演台のことは置いておくにしても、人ってものの流れには逆らえないと思ってね……」
「オレらの年齢で諦めるには、早いでしょうね。ですが諦めずに追い続けるにしても、見切りをつけていいお題目だとは思います。どうです? いっそ竜とでも友になったら」
「うーん、それも良い考えだね。でももう少し、賢くて冴えたやり方はないものかな。今度エトルリア側の歴史も鑑みて、ハルトムート様のやり方を……」
「いいッスね。手伝いますよ。それだと、図書館の禁書部分に見てみたいのがあって……」
どうやらウマが合った……とでも言うのだろうか。
思考の方向性というか。感性というか。そういう部分で共感が出来てしまったふたりは、流れ始めた水のように留まらず、会話を続けている。
その様子を横からみていた3人は。
……特に生きた心地のしなかったであろうエトルリア学徒、セシリアが胸をなで下ろし。
「ハァ。……なんなのアイツ。なんか、変なヤツなのね」
会話を続ける王子と庶子を余所に。
王都へ帰還した後、パント様にはどう報告したものかしら……と悩むのであった。