中間テストが無事に終わって迎えた六月。
爽やかな初夏から暑苦しい夏へとジワジワ変化していくこの時期は、原作ではあっさりと飛ばされてしまう期間だったと思う。
「おい、見ろよ寛治! 篠原のやつ、意外とエロい下着着けてるぜ!? 紫だよ紫!!」
「は、はぁ〜? 俺は篠原になんか興味ねーよ。櫛田ちゃん一筋なんだから!!」
「お前らなぁ……そーいう話をする時はせめてボリューム落とせよな」
「んだよー健だって健全な男なんだから気になるだろ!? やっぱ薄着のスケブラは目の保養だろ!?」
「だから声がデケえっつうの、春樹」
厚手のブレザーが鬱陶しくなってきたこの季節。Dクラスの面々も次第に薄着となっていき、一部の男子(主に三馬鹿とその友人)が気になる女子生徒のブラウスから覗いている透けブラに興奮して騒ぎ立てている。
「山内も池もサイッテー。マジでキモい」
「この季節って本当に嫌だよね。水泳の授業も視線が露骨だし」
「中間テストを乗り切れたのはいいけどさー、別にアイツらは退学してくれて良かったのに」
「大変だよね桔梗ちゃんも。あんなキモい奴らに懐かれて」
「あははっ……まあ、池くんも山内くんもきっと悪気は無いだろうから」
女子は女子で露骨に鼻の下を伸ばしては教室のど真ん中で朝っぱらから猥談を繰り広げる一部の男子にブーイングを上げている。
中間テストという一大イベントを乗り越えた事でDクラスの団結力は上がった様にも見えたのだけれど、それは気の所為だったみたい。
そんな良くも悪くもDクラスらしい平穏な日々。
特にイベントもトラブルも起こらない、そんな何事も無い平和な日々は暫く続いていた。
もちろん中間テストは無事乗り越えたとは言え、その結果がご褒美としてクラスポイントに反映されるのは七月以降のお話。
残念ながら先月に引き続いて我がDクラスは0ポイントの無収入状態なので貧困に喘いでいるクラスメイトは少なくない。
一部の心無い他クラスの人間からは廊下ですれ違った時に不良品と呼称されては態とらしく嘲笑されたり、放課後に楽しそうにパレットで談笑する他クラスの生徒を恨みがましい視線を送ったりしてる人もいたり。
人によってはお小遣いに余裕が無いどころか、ジュース一本買うお金すら残って無い人もいるらしいので、平和とは言いつつもどこか暗い影は漂っている。
それでもクラスメイトが退学する心配は暫く無くなったし、五月の種明かしをきっかけに授業態度は大幅に改善された。
学級崩壊していた面影も今は昔、授業もみんな(少なくとも表面上は)真面目に受けており普通の高校生らしい生活をようやく送り始めているところだろう。
こうして俯瞰気味にクラスを観察している僕の日常も、そう大きな変化があったわけでは無い。
「やあ、真白くん。この前、一緒に将棋を指そう。って話をしたと思うんだけど今週末とかどうかな? 部活が休みだから、真白くんさえ良かったら一局どうだい?」
「あ、平田くん。あの話、本気だったんですか?」
「もちろんだよ。真白くんさえ良かったら。だけどね?」
「……正直、大勢と騒ぐのは苦手なんですけど。でも、平田くんとなら落ち着いて話せますし僕も楽しみにしています」
「そう言ってくれると嬉しいな。せっかく同じクラスになったんだから、クラスメイトとは交流を深めたいから。もちろん、真白くんともさ」
僕の趣味である将棋をきっかけに平田くんとコミュニケーションを重ねて、指導棋士の真似事なんかをしてみたり。
「真白くんっ。今度良かったらパレットに一緒に行ってみない? 堀北さんも誘ってさっ。真白くんが居たら、きっと堀北さんも喜んでくれると思うんだけど……どうかな?」
「ええと、お誘いは有難いんですけど、その騒がしいところは、ちょっと。それに僕は正直、堀北さんの事は苦手でして」
「え〜? 前も言ってたけど本当かな〜? だって、誰が誘っても知らんぷりしていた堀北さんが唯一自分から積極的に声を掛けていたのは真白くんだけなんだよ? もしかして、実は影で付き合ってたり?」
「いや、あの。本当にそんな事実は無いですからっ。堀北さんに聞かれたら刺されそうな恐ろしい事を考えるのは止めてください!」
「刺されそう? いくら堀北さんでも刃物は持ち歩いていないと思うけど……」
「いや、刃物じゃなくて主にコンパスが怖くて。はい」
「??」
未だに堀北さんとのお友達作戦を諦めきれないのか、隣席の僕を巻き込もうとする櫛田さんのお誘いから頑張って逃げ回ったり。
「ひぃっ。ひゅーっ、ひゅーっ……し、死ぬぅ」
「水を恐れるな真白!! ビート板さえ離さなければ沈む事は無い!! 無駄な恐怖心は余計に身体を重くするだけだ!! 先生が付きっきりで指導してやる!! 絶対に夏までに泳げるようにしてやるぞおおおおおおおお!!
「あぎっ!? あ……脚、攣って…………ぶくぶくぶくぶくぶくぶく……」
「真白おおおおおぉ!? なぜお前はビート板を抱えながら水の底に沈む事が出来るんだああああぁぁぁ!? 真白おおおおおおおおぉぉ!?」
放課後の水泳の補習で体育担当の東山先生の熱血指導を受ける度に毎回毎回、溺れては死にかけたり。
と言うかこの先生は水泳部の顧問の筈なのに僕に付きっきりで大丈夫なのだろうか? テスト期間はとっくに終わっている筈だから放課後は部活動が有る筈なのに。
とまあ、何はともあれ。
中間テストを受ける前と比べてもあまり変わり映えしない日々を、僕はこうして過ごしている。
一方プライベートの方では少しでも長くこの学校で生き残る為にも色々と実力を高める為に生活習慣を見直していたりする。
そこらの女子小学生よりも貧弱なこの矮躯に少しでも体力をつける為にも毎朝のランニングを始めてみたり。
「うぅ……わ、脇腹痛いっ……し、死ぬぅ」
「お、おいアンタ大丈夫か!? 顔色真っ青だぞ!? ほ、保健室連れてく方がいいか!?」
「だ、大丈夫ですっ……ら、ランニングしてるだけですからっ……ぉえっ!!」
「わーバカバカ!! こんな所で吐くな!! 取り合えず肩を支えてやるから日陰で休んどけっ!!」
「あ、有難うございます。うぷっ」
「どうしたの柴田くん? あれ、その子は確かDクラスの……」
「お、おはよっ一之瀬!! いや、朝練休みだからランニングしてたら今にもぶっ倒れそうな奴がいたから介抱してる途中なんだ!!」
「ご、ご迷惑おかけしますぅ……うぅっ、死ぬぅ」
……まあ、これに関しては残念ながら初日でギブアップしたけど。取り合えず寝る前にストレッチと軽い筋トレから始めてみたり。
ちなみにこの無謀なランニングがきっかけでBクラスの何人かと連絡先を交換出来たので、この挑戦に関しては無駄では無かったと思い込んでいる。うん。
「失礼します、1年Dクラスの真白です。坂上先生、お時間宜しいでしょうか?」
「おや、茶柱先生では無く私に御用ですか?」
「はい。以前にお願いしていた数学の補習の件、ポイントはお支払い致しますので定期的にお願い出来ないかと思いまして。その、自分なりに軽く予習をしているんですけど、二次関数? がサッパリでして」
「ふむ、確かにグラフの問題は躓きがちな生徒が多い難点ですからね。他クラスと言えども学びを希望する生徒に教えを施すのは教師の仕事……一時間につき5000ポイントとなりますが宜しいですか?」
「有難うございます!! ではポイントをお支払いしますね」
日頃の予習復習を最低でも二時間は取るように心がけ、特に苦手な数学や物理などは先生にポイントを支払って特別に授業をつけて貰ったり。
「……カレーってこんなに水っぽいっけ? しかも匂いはするけど味はしないし」
あとは少しでもポイントを節約する為に慣れない自炊を。つまり料理に挑戦してみたりだとか。まあ、これに関してはそんな簡単に上手くはいかなかったんだけれど。
先ずは一人暮らしの定番に挑戦だ。とばかりに始めて作ったカレーは碌に包丁が使えずに、あわや野菜より先に指を切り落としかねなかったし。
暫くは動画配信サービスで簡単そうなレシピを探すだけでなく、時間がある時にでも今度図書館でレシピ本を何冊か借りてみようかな? なんて考えてりしてみる。
正しい包丁の使い方とか詳しく載っている本とか無いだろうか?
「はぁ……どうしようかなぁ?」
ぼっちの陰キャの僕にしては珍しく予定が埋まっている、とある日の放課後。
僕は喫茶店のテーブル席で人を待ちながら、どんよりとした溜息を吐き出していた。
理由は簡単。あまりにも平和だからだ。
いや、もちろん平和なのは良いことだと思う。ただでさえこの世界はライトノベルという作り物の世界なのだから、非現実的なイベントが今後とも控えている。
だからこそ束の間の平和はむしろ噛み締めるべきなのかも知れないけれど、僕としては平穏な時間を素直に享受できない理由があるのだ。
「先生と会う回数。もう少し多くならないかなぁ」
冷めた紅茶を行儀悪く音立てながら啜ってボヤきを一つ。
平和な日常が続いている。つまりは、クラスポイントを上下するイベントが無い。と言う事でもある。
要するに茶柱先生と『エッチな契約』を結んでいる僕からするとイベントが無い=Aクラスを目指す為に行動している事を先生にアピールできない。という事に繋がってしまう。
そうなれば当然、先生から頂けるご褒美の回数も、そのグレードも上がる事は無い。という意味なのだ。
「先生に。会いたいなぁ」
まるで離れ離れになっている恋人への恋慕を降り積もる雪の様に募らせる台詞が思わず漏れ出る。
……いや、教室では毎日顔を合わせてるじゃん。ってツッコまれたらそれまでの話なのだけれど。何だか二人っきりの時とのギャップのせいで気恥ずかしくて、まともに顔を見れないんだよね。
毎朝と帰りのホームルームはもちろん日本史の授業の時とかも、何か変に意識しちゃって。
とは言え、いくら個人的な契約を結んでいる仲と言えども前提として僕達は教師と生徒。大人と子供。成人と未成年。
下手に僕が意識して気安く接しようものなら、それがきっかけで周りに勘繰られてしまうかも知れない。
と言うか、そもそも僕自信が教室で装っている茶柱先生のクールな姿と、僕に『ご褒美』を与えている姿とのギャップが……ね?
「初恋が担任の女教師。それもエッチな関係って……なんかそれだけで官能小説書けそうな題材だよなぁ」
僕と先生が五月の半ばに契約を結んでから二人っきりで『ご褒美』を頂いた回数は、六月の末が迫っている現時点で、たったの三回だけ。
しかもその内容は未だに手で処理して貰うだけ。それ以外のオプション? と言えばキスぐらいのもの。
いや、個人的に先生とのキスは……すっっっっごく嬉しいんだけど!! 嬉しいんだけど、嬉しさ極まってますます性的に興奮しちゃうから、ますます手で扱いて貰うだけでは物足りなくなってしまう。
しかも中間テストから二週間が経った三回目の密会の時はキスオンリーで、昂る僕を放置して直接的な性処理はしてくれなかった。
「何? また手でシて欲しいだと? ダメだな。中間テストの時のように目に見える結果を出したわけでも無し。私にこれ以上の褒美を求めるなら、誰の目からみても納得できる結果を出してからにするんだな」
と、濃厚な口付けのせいでガチガチに勃起した僕の股間に向けて鼻を鳴らしながら先生はそんな意地悪を言った。
今更の話だけれど、やっぱり僕はマゾでは無いと思う。少なくとも先生から頂いた放置プレイはちっとも嬉しくなかったし、ただただ焦燥感を煽られるだけだった。
結局あの後は寮の自室で情けなくも悔しさと哀しさに半泣きになりながら右手で自己処理するしかなかったし。
そう言えば一度パンプスで思いっきり股間を踏み躙られて無様に射精してしまった事もあったけど……アレに関しては自分の中でノーカンって事にしている。
流石にアレはちょっと変態過ぎるプレイだと思っているし、そもそも先生は僕の事をマゾだ変態だ。って言うけど僕にそんな性癖は無い!!
将来的にAクラスへ昇格して先生と本番を迎える時が来たらきっと僕だって男らしく責めまくる事が出来る筈!!
……と思いたい。うん。所詮は童貞の妄想だから、そう簡単に上手くいくとも思えないけどさ。
「先生もご褒美だって言うなら、せめてもう少し身体に触れる事を許してくれれば嬉しいのになぁ」
舌と舌を絡めた濃厚な口付けが許されている事もあってか、キスをしている最中はお互いが抱き着くように密着する。
僕の両手は大体の場合、先生の首元や腰元に回しているのだけれど、ついつい魔が差してソロリソロリと腰元に当てていた手を下げながらスカート越しに先生の豊満なお尻を撫でた事がある。
その結果は先生に思いっきり下唇に噛み付かれ、僕が痛みに怯んで離れた瞬間に拳骨の追い打ち。
「油断も隙も無いな……このエロガキ」
と、もはや見慣れた冷徹な視線と共に凍えるような声色で一喝。
以降は恐ろしくて挑戦する気にもならない。
果たして僕が先生の身体に自由に触れられるの一体いつの事になるやら。
まあ、そんな僕の欲望を叶える為にも……
「僕は一刻も早くAクラスにならなければいけない」
「決意表明? 真白くんって意外と熱血キャラだったりする?」
「うわっ!? ま、松下さん。いつの間に?」
「今来たとこだよ。遅くなってごめんね、ちょっと軽井沢さん達に捕まっちゃってさ」
テーブルの下で小さく拳を握りながら気合を入れていたタイミングで僕に声を掛けてきたのは松下さんだった。
彼女とはこうして、人影が少ない穴場の喫茶店で放課後に何度か密会している。
今日だって、彼女と二人っきりで今後の学校生活について会議をする為に待ち合わせしていたのだ。
「そんなに待っていないので大丈夫ですよ。女子には女子の付き合いがあるみたいですし、大変そうですね」
「まあ、ね。過去問の一件でクラス内の影響力が上がったとは言え、女子内では頂点にいる軽井沢さんとの関係は蔑ろに出来ないし。付き合い悪くなったりしたら、その途端に『最近チョーシ乗ってる』なんて難癖つけられかねないのが女子の界隈だから」
「うわぁ。想像するだけで怖いですね」
「こんなの序ノ口だよ。人によってはトイレに誘ったのに一緒に付いて来てくれなかった。なんて理由でイジメのターゲットを決める娘もいるぐらいだし。まあ、ウチのクラスはそこまで酷くないけど」
「ひえぇ……」
軽い世間話でもしている様子の松下さんの言葉には何やら実感が籠もっているように聴こえる。
原作知識として松下さんは、いいところのお嬢様として産まれて、様々な習い事を受けている。本人の能力も優秀だけれど、それでもあえて実力を隠している。
その理由が女子特有のドロドロとした人間関係で上手く生き残る為の生存戦略だとしたら、彼女は彼女で結構なストレスを抱えながら生きているのかも知れない。
「で、わざわざ呼び出した。って事はまたお仕事? 期末テストはまだ先だし、Aクラスを目指す為に。って言われてもこの時期に動ける事はちょっと思いつかないんだけど」
松下さんの愚痴を聞いている事しばらく。彼女が頼んだ季節のタルトと紅茶がテーブルに並び、甘味の魔力でようやくストレスが減って来たのか。
松下さんは僕に話を振ってきた。
「お仕事。って程に大袈裟な話では無いんですけれど、頼み事には変わりありませんね。先ずはこれを受け取って下さい」
「30000ポイント……今回のバイト代。ってわけね。で、私は何をすればいいの?」
「単刀直入に言いますと、Bクラスの生徒と仲良く遊んで来て欲しいんです。できれば影響力の強い一之瀬さん辺りと仲を深めてくれたらベストです」
「Bクラス? それに一之瀬さん? ……まあ、櫛田さん経由で四月中に遊んだ事もあるから別に構わないんだけど。それだけでこんなに貰っていいの?」
ただ遊ぶだけ。それだけで多額の報酬を貰える事に納得出来ないのだろう、松下さんは首を傾げて胡散臭いものを見るような目を僕に向けてきた。
「はい。納得出来ないかも知れないですが取り合えず遊ぶ為の軍資金と考えてパーッと使っちゃって下さい」
「いや、あんまり散財したらDクラスなのにどこから大金を手に入れたの? って疑われちゃいそうなんだけど」
「その時は……過去問のいざこざで仲良くなった先輩に貢がれたとか、何とか。そういう感じで」
「真白くんって私の事を悪女かなんかだと思ってない?」
「いやいや、そんな事は……」
僕の適当な言い訳に松下さんの視線の湿度がますます高くなっていくけど、まあ仕方ない。
僕としては彼女には原作における堀北さんの役割を代役して欲しいと考えている。つまり、来月に発生するであろう須藤による暴力事件の解決に動き、一之瀬や神崎といったBクラスの首脳陣達との繋ぎを取って欲しいと考えている。
とは言え、こんな事を説明しようにも原作知識の無い相手にどう言って聞かせれば分からないわけで……。
そもそも僕ってコミュ障気味のぼっちだし。口が上手いわけでも語彙が豊富なわけでも無いし。
「まあ、その。理由につきましては来月辺りには説明出来ると思いますので、多分」
「なーんか納得出来ないんだけど……ま、私は使いっ走りらしく出資者の言うことに大人しく従いますよ」
「本当、有難うございます。あ、余ったポイントは自由に使って貰って構いませんので」
松下さんからの疑惑の視線がグッサグサと刺さっているのに気付かないフリをしつつ。この日の会合は終わった。
そして時は経ち、月が明ける。
松下さんが僕の指示通りにBクラスと交友を深め、一之瀬さんを始めとする数人の女子生徒と連絡先を交換しては無事に友好関係を結んだ七月一日。
我がDクラスには原作通りポイントが振り込まれる事は無かったのでした。
高評価、感想ありがとー!!!!
サブヒロインについて
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