※この作品はR-18です。

ようこそ茶柱先生の個人授業へ   作:薔薇尻浩作

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多分エロは3話目か4話目ぐらいかな


第1話

 

 気が付いた時には目の前に『堀北 鈴音』がいた。

 

 

「あなた。さっきから私の方を見ているけれど、何なの?」

 

 

 漆の様に艷やかな黒髪にキリリと吊り上がった夕日色の瞳。非現実的にまで整った美貌。

 無愛想を大きく通り越した、ハリネズミの如き刺々しい攻撃的な態度。

 奇抜な真っ赤なブレザーと白いミニスカートをピッチリと着こなした、長髪の美少女が僕の目の前にいた。

 

 

「ちょっと、聞いているのかしら」

 

 

 無言のままに視線を合わせている事に気分を害したのだろう。声のトーンを落として、目の前の彼女は再び僕に問いかけてくる。

 だが、はっきり言って今の僕はそれどころじゃなかった。

 

 目の前に堀北鈴音がいる。記憶の彼方、小説の挿絵で。漫画のワンシーンで。アニメのカットで見かけた二次元のキャラクターが、こうして一人の人間として僕の目の前に相対している。

 

 有り得ない。有り得ない筈の非現実が僕の世界を侵食している事に気付いてしまった今、身体中から潮が引くようにして血の気が失せて吐き気を催した。

 ドロドロとした脂汗が流れては制服の下のインナーをじっとりと湿らせていく。

 

 悪い夢でも見ている気分だった。

 

 

「ああ、ええと。その、ごめんなさい。次からは見ないようにしますから」

 

 

 未だ怪訝な顔でこちらを見やる目の前の女子高生に縮こまるようにして頭を下げると同時に、僕はフラフラと立ち上がる。

 逃げる為だった。目の前の少女からも。それから頭のおかしくなりそうな不可解な現実からも。

 莫大な情報量と、シュルレアリスムの極致のような現状に対する過大な混乱のせいでフラつきながらも。僕は狂ってしまった頭の中ををどうにか落ち着かせる為にも、未だ人影が疎らな教室を千鳥足で後にした。

 

 背後から突き刺さる孤独な少女からの鋭い視線に気付かないフリをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だろう。これ?」

 

 

 教室から逃げ出した僕の行き先は数メートル程歩いた先にある男子トイレ。そこに設置されている洗面台の前に取り付けられた大きな鏡の前にて。

 気が付けば僕は鏡面に映る自分の容貌に呆然と呟いていた。

 

 ピカピカに磨き上げられたウォールミラーに映る自分の顔。まだまだ若輩者とはいえ、それなりの年数を生きているのだから、自分の顔面など嫌と言う程に見慣れているのが当然の筈。にも関わらず、その容姿にどこか違和感を感じていた。

 顔形だけでは無い。背丈だってそうだ。果たして僕はこんなに背が小さく、か細い体型をしていただろうか。

 そんな事は無い。少なくとも『記憶』の中の僕はそれなりにタッパがあったし、それなりに筋肉だってあった筈。

 

 

「自分の顔の筈なのに、知らない誰かが映っているようで変な感じがする……」

 

 

 顔の造形。肌の色。線の細さ。見慣れている筈なのに、まるで赤の他人を見るような違和感。

 鏡に映る少年の瞳は……つまり、僕自身の顔の筈なのだけれども。言い様の無い違和感。不気味の谷に迷い込んだヒトガタの何かを見つけてしまったような不可思議な動揺と背筋が寒くなるような薄気味悪さのせいで、血の気を無くして瞳が涙で潤んでいる。

 

 

「これがいわゆる、転生ってやつなのかな?」

 

 

 記憶が蘇る。否、生えてくる。

 

 この世界と良く似た現代社会でどこにでもあるような一般家庭に生まれ、地元の小中学校を卒業。

 運動も人付き合いもそこまで得意では無かった僕は唯一の取り柄である学力だけを頼りにそこそこの名門私立の高校に晴れて入学。

 これから高校デビューして彼女を作り青春を謳歌するんだ! とやや下らない決意を誓ったりしたものの、所詮は凡俗。人生を急激に変化させる事など出来るはずも無かった。

 彼女どころかまともな恋すら出来ず、放課後に遊んでくれる友人すら作れず。取り柄であった勉学ですら名門高校の中では落ちこぼれてしまう始末。

 

 

「卒業したと思ったらまた高校一年生に逆戻りって、ちょっと辛いなあ」

 

 

 それでも何とかイジメられたり不当なイジリを避ける為にも頭を低くしながらの典型的な陰キャ野郎として三年間を無難に過ごしてようやく卒業式を迎えた……のが前世の記憶。そんなどこにでも居そうな、有りふれた18才の少年の記憶がまるで当然の様にして僕の脳内に居座っている。

 ふと気が付けば僕はこうして、別の人間として前世では存在しなかった国立の超がつく名門の高等学校に入学していたのだ。

 

 

「ラノベ作品に転生って……そりゃ二次創作とかはよく読んでたけど。よりによって『よう実』の世界なんて」

 

 

 鏡を覗き込む。色白で華奢。見様によっては少女にすら見えてしまう童顔の少年は、教室で見かけた少女と同じような真っ赤なブレザーを着ている。

 今世の記憶や、このド派手な制服のデザインからしても間違い無い。よりによって僕は飛んでも無い高校に入学を……否。

 よりによって飛んでも無い世界に転生してしまったようだ。

 

 

 『ようこそ実力至上主義の教室へ』。通称、よう実。

 

 牢獄のような閉鎖的な環境が特徴の、特殊なシステムとカリキュラムが用意されている高度育成高等学校を舞台にした学園系の小説作品。

 とても雑に説明するならば、事勿れ主義を掲げる無敵の主人公『綾小路 清隆』が、紆余曲折ありながらも実力を隠しつつ無双するライトノベル作品だ。

 奇抜なストーリーにサイコパスじみた主人公の性格や、魅力的な多数のヒロイン達。コミカライズやアニメ化までした人気作品だった。

 

 陰キャの典型として、それなりの数のラノベやネット小説。アニメや漫画を嗜んできた前世の僕からしてもお気に入りの名作なのである。

 ……名作である事自体は確かに。決して間違いでは無いのだけれども。

 

 

「だからと言って作品の中に転生したいとは思った事なかったんだけどなぁ……」

 

 

 嘆息と共に漏れ出た僕の言葉は囁く様な小さな物だというのに、あまりにも重くて暗いもの。

 悪い夢なら覚めて欲しい。そんな叶わぬ願いを何処かにいる神様に願いながら、僕は間抜けにもチャイムの音が鳴り響くまで鏡の前で呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新入生諸君。私はお前達が所属するDクラスを担当する事となった『茶柱 佐枝』だ。普段は主に日本史を担当する事となる」

 

 

 鐘の音に我に返った僕が慌てて教室に戻るとほぼ同時に、既に教壇の上でスタンバイしていたであろう担任の先生が滔々と自己紹介を含む挨拶を始めた。

 皺一つ無いピークドラペルのスーツを着こなした妙齢の美女。涼やかな顔立ちに豊満なバストが目を引く彼女こそ、これから僕達の担任として長い付き合いをする事になる女性だ。

 

 もちろん原作知識のある僕としては目の前の女性の名前は当然として。そしてその過去やそれに由来するトラウマと野望ですら僕は既に知っているのだけれど。

 

 

「この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。恐らくは卒業までの三年間、私が担任としてお前達と学ぶ事になるだろう。さて。間もなく入学式が始まるところだが、その前にこの学校の特殊なルールについて説明しよう。資料を配るから最前列の生徒は後ろの席に回すように」

 

 

 挿絵で見たキャラクターが当然のように

動いている。

 暇つぶしに観たアニメの声優と全く同じ声で喋っている。

 

 目の前のキャラクターが。

 皮肉屋で毒舌家。それでいてどこか思慮が浅くて詰めが甘い。青春時代の失敗を三十近くなってもズルズルと引き摺る身体だけ成長してしまった永遠の問題児。

 生徒を利用するだけでなく、退学をチラつかせる教師として失格の脅迫をしてまで自らの野望を成し遂げようとする外道。

 教育者どころか社会人としても失格の烙印を押された不良品の中の不良品。

 

 そんな『茶柱 佐枝』というキャラクターが、目の前で人間として生きている。

 元々が想像と妄想を突き詰めたような理想の創作キャラクターなのだ。非現実的なまでに容姿が整っており、前世の人生で見たどんな女性よりも美しく魅力的に感じる。

 と同時に、作り物のヒトガタが当然のようにして人間として振る舞う様に言い様の無い違和感を感じた。

 

 

「……つまり、この学生書カードが財布代わりになるわけだ。一般的な電子マネーと扱いは一緒だから、使い方に戸惑う事は無いだろう。お前達全員には平等に10万ポイント。つまり10万円分が支給されている筈だ」

 

「10万ってマジかよ! さっすがエリート学校様だぜ!!」

 

「私この学校に入れて良かった ―!!」

 

 

 二次元の世界への転生という非現実に未だ実感が持てないせいだと思う。僕が水底に沈んだ様な気持ちのままに薄らボンヤリとしている最中、唐突に教室が沸き立った。

 どうやら高校一年生には分不相応とも言える大金に驚いているらしい。

 

 

「ふっ……ポイントの支給額の多さに驚いたようだな? この学校は生徒を実力で計る。入学を果たした時点でお前達には、それだけの価値と可能性があると判断されたに過ぎない。それからポイントは毎月一日に支給されるから忘れないように」

 

 

 毎月10万円が支給される。そんな『愚かな勘違い』に陥った学友達は殆どの者が歓喜の表情に染まっている。

 きっとその喜びが大きければ大きい程に、来月以降。つまりこの作品の本番とも呼べる五月一日以降の絶望も大きくなるんだろうけど。

 僕はどこか他人事のような気分でそんな事を考えていた。

 

 

「どうやら思っていた程に堅苦しい学校ではなさそうね」

 

 

 隣の席に座る堀北が独り言を呟いた。原作では確か、ここで綾小路が会話していたっけ。

 まあ、僕はしないけど。ついさっき彼女から無様に退散したばかりだし、そもそも綾小路と違ってバスで隣り合った悪縁があった訳でも無い。あくまで同じクラスで席が隣というだけの初対面の他人でしか無い訳だしさ。

 そんな事を考えながらも、僕は資料を読み耽る振りをしながら、必死で己の動揺をひた隠しにしていた。

 

「このポイントがあれば敷地内にある全ての施設を利用出来るし、学内のあらゆるモノが購入可能だ。ちなみに卒業後に余ったポイントを現金化する事は出来ないから遠慮なく使った方が得だぞ? もしも使い切れないなら誰かに譲渡する事も可能だ。詳しい操作はまず……」

 

 

 茶柱先生の説明を掻き消す程の勢いで僕の心臓は跳ね回るように激しい鼓動を掻き鳴らし、鈍い頭痛が警笛を鳴らすかのようにして絶えず襲いかかってきている。

 視界は切れかけた蛍光灯みたいにチカチカと点滅しているし、脂汗はあいも変わらずタラタラと溢れ出しては顔だけでなく身体を汚していた。

 きっと今の僕は相当に酷い顔をしている筈だろう。

 

 今世の僕は前世の時代よりも更に貧弱で運動神経が貧弱な引き篭もり体質な人間だからか、そこらの美容にうるさい女性なんかよりも僕の肌は唯でさえ色が白い。

 きっと今の僕を鏡で見れば、蝋人形のように生気の無い無機質な白に。もしくは幽霊のように青白くなっているのではないか。

 

 

「……さて、長々とした説明は以上だ。それでは諸君、いい学生ライフを」

 

 

 最後になって取ってつけたようにして、イジメ問題に『だけ』は厳格なので疑われるような行為、例えばカツアゲなんかは控える事を淡々と説明した茶柱先生は、別れ際になるとクールな面持ちを綻ばせて生徒にエールを贈って退室していく。

 

 そのあまりにも態とらしい明るい態度こそが、学校側に不良品として選別された愚者に対する嘲りと、己の野望をひた隠しにする為の擬態である。などと知っているのは、もちろん現時点では僕だけだろうけど。

 

 

「茶柱先生だっけ? めっちゃ美人だよな!担任ガチャはSSRだったぜ!!」

 

「だよな! それにあの服装……胸元の部分、ぶっちゃけエロくなかった?」

 

「淡々としててちょっと怖い系かと思ってたけど優しそうで良かった―」

 

「だね? お小遣いも沢山貰えるし先生もいい人そうだし。受験頑張って正解だった!!」

 

 

 責任者である大人が居なくなった事で気が緩んだのだろう。

 入学直後の緊張感が緩和されたせいか、そんな明るい声があちらこちらから聞こえてきた。

 

 

「ねえねえ、せっかくだからさっ。帰りに色んなお店見に行かない? 買い物しに行こうよ」

 

「うん。10万円分もポイントがあれば何でも買えるしね。それにこの学校、とっても広いからどんなお店でも揃ってそう」

 

「敷地面積が60万平米って資料に書いてあるけど……どれだけ広いんだろ?」

 

 

 僕は唐突な前世の記憶の発生と受け入れたく無い現実による急激なストレスによって、悲鳴を上げるようにシクシクと痛み始めた胃の腑を抑えつつ。

 目立たないように視線だけでこっそりと教室内を観察した。

 

 

 爽やかな雰囲気と甘いマスクが特徴の『平田 洋介』が朗らかに笑っている。

 まるで天使のようだと称される二面性の激しい美少女『櫛田 桔梗』が周囲のクラスメイトと早速とばかりに連絡先を交換しあっている。

 己を寄生虫と蔑みつつも独特のカリスマを持つ『軽井沢 恵』が早速、女子のコミュニティを作ろうと躍起になっている。

 近い将来、三馬鹿と称される事になる『山内 春樹』と『池 寛治』が持ち前のコミュ力で赤髪の不良である『須藤 健』に話しかけている。

 

 彼ら彼女らだけではない。

 グラビアアイドルの仮面を持つ『佐倉 愛理』や抜群のスタイルを持つ『長谷部 波瑠加』も。

 将来的に主人公と交友を深める筈の『幸村 輝彦』や『三宅 明人』も。

 何があろうとも唯我独尊を貫く『高円寺 六助』や、多言語を操る隠れた秀才『王 美雨』も。

 

『松下』も、『篠原』も、『井の頭』も『小野寺』も。『外村』に『沖谷』まで。それから聞き耳を立ててみれば『本堂』や『菊池』、『前園』や『森』らしき人物だって確認できた。

 

 そして言うまでも無く、僕の隣には黒髪の美少女が。物語の序盤では主人公のヒロイン候補兼、パートナーとして。将来的にはこのDクラスのリーダーとして成長する『堀北 鈴音』が存在している。

 

 皆がこの教室にいる。二次元のキャラクターである筈だった存在が、動いて、喋って、こうして生きている。

 

 

「みんなちょっと良いかな? これから僕達は三年間、苦楽を共にする仲になる。入学式までまだ時間があるし自己紹介をして、一日でも早く友達になれたらと思うんだ」

 

 

 平田の柔らかなテノールが聞こえたかと思えば、そこからは原作通りの流れだった。

 井の頭がテンパり、櫛田が宥める。山内と池がお調子者キャラで自己紹介したかと思えば須藤が反発。机を蹴り倒して退室するのを機に隣席の堀北を含めた何人かが同様に退室。

 軽井沢や篠原が須藤を非難し、それを平田がフォローする。空気を入れ替えて続く自己紹介。

 

 やはり原作通り。だからこそ僕はモブキャラも含めて、全員の自己紹介を真剣に聴いていた。

 一字一句聞き逃さない為に。それこそ必死の思いと願いを込めて。

 

 

「えーと、次の人。彼が一番最後だね」

 

 

 その後は目立ったトラブルも無く順調に進んだ。進んでしまった結果、やがて最後になってしまう。

 つまり、僕の番だ。この瞬間に僕の僅かな希望は無残に敗れ去り、『決定的な原作崩壊』が確定となってしまったのだ。

 

 

「うん。そこの……『窓際の最後列』に座っている君。お願いできるかな?」

 

 

 嗚呼、一体どうして……。

 僕は今にも発狂しそうな精神と倒れ込んでしまいそうな身体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がり。

 引きつる頬をどうにか気迫で抑え込み、深く息を吸い込む。そうして言の葉を発する。

 

 

 

「『真白 祷(ましろ いのり)』と申します。趣味は将棋。好きな教科は社会……高校なので日本史や世界史にあたります。一日でも早くクラスに解けこむように努力致しますので、どうぞ皆様。これから宜しくお願いします」

 

 

 

 窓際最後列。

 堀北 鈴音の隣席。

 そこが僕の席順。

 

 原作における彼の席。

 そこには当然ながら彼の姿は居なかったわけで。

 

「うん、宜しく真白くん。僕も将棋は少しだけ指せるから、今度一局お願いしたいな」

 

 

 本来ここにいる筈の生徒が居ない。

 何故かこの世界から居なくなってしまったのだ。

 

 

「真白くん。だっけ? 可愛い顔してるね」

 

「だねー。女の子みたい」

 

「と言うか随分と小柄よね。うちの弟より小さいかも」

 

 

 キャピキャピとした女子達の黄色い声が右耳に入っては脳内をスルーして左の耳へとそのまま抜けていくのが分かった。

原作に登場するキャラクターは全員いる。しっかりと生きている。

 

 それなのに、僕という異物のせいで。

 

 

 

 

 主人公『綾小路 清隆』だけが消失していた。

 

 

 

サブヒロインについて

  • いらない。
  • 松下
  • 佐倉
  • 星ノ宮
  • その他
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