「思っていたよりは広くて綺麗な部屋だなぁ」
特に面白みの無い入学式を終えた後、僕は買い物を終えてこれから三年間住むことになる寮の自室で独り言を呟いた。
前世でも一人暮らしなどしたことが無かったので、果たしてこの部屋がどれ程に恵まれているかは分からない。
けれど一人で暮らす分には十分な広さがあるのは確実で、室内もまるで新築物件かのように綺麗で清潔。
おまけに掛け布団つきのベッドセットやライトスタンドつきのデスクに、エアコンや冷蔵庫といった、今日から生活するにあたって必要最低限の家具家電まで既に設置してあるし。台所には包丁やフライパンにまな板などの最低限の調理器具まで完備されている。
おまけに家賃や光熱費。水道代まで実質タダなのだから、至れり尽くせりとはまさにこの事。
帰り道に確認したコンビニやスーパーには食材を中心とした無料食品が多数揃えてあったので、これならば仮に配布されるポイントが0になったとしても最低限度、文化的な生活を問題無くおくる事が出来る筈。
そう予測できる程度には恵まれた生活環境だ。後でトイレやシャワーも確認しておこう。
「どうしようかな……これから」
節約の為に買い漁った無料食品を台所の上に置きながら思わず独りごちる。
唯でさえ凡人が生き残るのには辛い『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界。その中でも最底辺の不良品として集積されたDクラスに配属。これだけでもかなり辛い現状だというのに、ダメ押しとばかりに残酷な現実が脳裏を過ぎる。
「主人公の綾小路が居なかったら……終わりじゃん、Dクラス」
もはや回数を数える事すら放棄した幾度目かの溜息はとても重いものだった。
そもそもこの『よう実』作品は問題児だらけのクラスメイトが巻き起こすトラブルや退学の危機がつきまとう特別試験を『綾小路 清隆』という公式チートキャラクターが無双する事によって解決していく。というのがメインストーリーだ。
一応はクラスメイトを始めとしたその他の学生達の成長を描く側面もあるのだけれど、やはりメインはホワイトルームの最高傑作と呼ばれた人工の天才である彼の活躍ありきの舞台なのだから。
綾小路がいなければ退学になっていたり、再起不能になっていた生徒達は多数いる。
まあ、逆に機械じみた主人公の判断のせいで退学に追い込まれた被害者もいない事は無かったけれど。佐倉とか。
ならば、この僕が彼の動きをトレースして原作を再現したり、救えなかったキャラクターを救済出来るか? と言われると……。
「こういう転生ものって幼少期に記憶を思い出して、そこから修行パートに入るとか。あとは神様にチート貰ったりだとかが定番じゃないの?」
不可能だった。例え天地がひっくり返ろうとも、絶対に不可能な事だった。
僕こと『真白 祷』は学力は高い方だとは思うけれど、それはあくまで平均よりは上というだけの話。偏差値で言えば60にギリ届かない位だから、堀北のような秀才はおろか天才たる坂柳や綾小路には絶対に勝てないと思う。
四捨五入したところで160センチにも満たない貧弱な短躯では身体能力は絶望的だし、中学時代のマラソン大会では途中棄権するレベルで運動神経も体力も壊滅的。
ならばコミュニケーション能力についてはどうかと考えてみるも、やっぱり自信は無い。地元でも友人は少なかったし前世でもボッチだった。
「唯一の武器と言えば実家がちょっとお金持ちで、お祖父ちゃんがちょっと偉い人って点だけど……この学校じゃ意味が無いからなぁ」
外部との接触が徹底的に禁じられている実質的な牢獄であるこの学校では、そんなちょっとした僕の強みなど何の意味も持たない。
学力はちょっとだけマシとは言え、身体能力やコミュニケーション能力は底辺。特に目立った特技やカリスマがある訳でも無い人間が僕という存在。
正に僕という男はDクラスに相応しい不良品としか言えない存在だった。
「Aクラスの特権。進学先や就職先の100パーセント保証っていうのは確かに魅力的ではあるのだけれど」
進路の保証が確約されるのは卒業時にAクラスに在籍していた生徒のみ。在校生達はその栄光の座を奪い合う為にクラス間闘争を繰り広げる。
それこそが『よう実』の醍醐味と言っても過言では無い超重要な要素ではあるのだけれど。
「仮に特権使って僕が国立の医大に入ったり、高卒の身で超大手の企業に就職できたとしても。現実的に考えて直ぐに落ちこぼれて退学処分になったり、会社もクビになったりしそうなんだよなあ」
一応? 特権のルールとしてはどんな進路でも絶対に叶えてくれるみたいなのだけれど、普通に考えて勉強が苦手な人間が超名門大学に入学したところで上手くいくとも思えないし、仮に就職を希望するならもっと悲惨かも知れない。
極端な話だけれども英語が全く喋れなくてパソコンに触った事も無い生徒が外資系企業に就職したところで、速攻でお払い箱にされる未来しか見えないじゃないか。
結局は身の丈にあった進路を選ばなければ、今後の人生の糧には出来ないというオチに見える。
別にAクラスで卒業出来なければ死んでしまうとか、卒業直前に退学処分にされる訳でも無いし。
「そう考えるとAクラスで卒業出来なくても困る事は特に無いし……そもそもチートキャラの綾小路が居なかったら龍園や坂柳には逆立ちしても勝てないんだし」
入学時点でAクラスに配属されている天才である『坂柳 有栖』には頭脳と謀略という力が。
Cクラスの王となる『龍園 翔』には圧倒的な暴力と恐怖という武器がある。
これらに対抗するには頭脳も肉体も人類最高峰のレベルまで鍛え上げた綾小路 清隆という公式チートキャラクターがいなければ太刀打ちは出来ない。
それに、二人には劣るとは言えBクラスの『一之瀬 帆波』のカリスマが引き起こす団結力だって馬鹿に出来ない。
彼ら彼女らだけでは無い。同学年だけでは無く、先輩にも『南雲』率いる二年生集団。
将来的に入学してくるであろう『宝泉』を筆頭とした問題児集団の相手など務まるわけが無い。
「うん。綾小路がいないなら絶対に無理だし、ここは潔く諦めよう。生活に必要最低限なポイントだけ確保してDクラスの一員として目立たないように隅っこで生きていこう」
考えれば考える程に綾小路不在の現実は絶望しか予感させてはくれない。なのでいっその事、僕は素直に不良品として扱われる底辺生活を受け入れる事にした。
周囲に馬鹿にされて学生生活をおくる事は、まあ正直言って普通に不愉快ではある。
けれど、前世では陰キャってだけで一部の心無い陽キャ連中やリア充達に見下されたり嘲笑われたりして来たのだ。情けない話ではあるけれど、そう言った負け犬扱いされる事に関しては慣れている。きっと我慢は出来る筈だ。
「そうなるとクラス間闘争には徹底して関わらない方が良いよね。でも、だからといって綾小路がいなければDクラスは最悪、卒業までずーっと0ポイントで暮らさなければいけなくなるかも知れないし……」
ああでもないこうでもない。夕飯の支度をする事すら忘れて徹夜で今後の生存戦略を練り上げる。
記念すべき転生? 憑依? 生活初日にして高度育成高等学校生活の初日は既に暗雲に乗り上げていた。
光陰矢の如し。とはよく言ったもので、入学してから暫くの時間が経過した。
シャワーやトイレを使用する度に鏡越しに顔を合わせる事になる自分自身の容姿にもようやく慣れてきたし、前世の記憶の整理もついた。
肝心の学校生活の方は順調かと言うと少し首を傾げてしまうが、今のところ大きなトラブルに見舞われたりだとか原作から大きく離れたバタフライエフェクトが起きたりだとか。そう言った様子は見られない。
強いて言うなら原作での綾小路とは違って初日に問い詰められて以降、堀北と一切会話をしていないので彼女との接点が皆無である事だろうか。
綾小路と違って僕は初日の放課後にばったりとコンビニで堀北と再会していないし、彼女と生徒会長との関係を匂わせる部活動紹介にはそもそも参加していない。
その時の僕は諸事情があって先輩方の教室を見て回ったりもしていたからだ。ちなみに二年生、三年生の両学年の教室を覗いて回ったのだけれども、『堀北 学』や『南雲 雅』といった厄介なネームドキャラに遭遇することも無く、無事に目的を達成している。
さて、話は少し逸れてしまったので軌道修正しよう。
堀北云々は置いておいて、肝心要であるその他のクラスメイト達との交流についてなのだけれど……。
「おはよっ。真白くん」
「あ、おはようございます。櫛田さん」
「学校にはもう慣れた?」
「そうですね……授業にも何とかついていけてますから」
「名門のエリート学校って聞いてたけど、先生達もみんなフレンドリーだしね」
こうして挨拶がてらにちょっとした雑談を振ってくる彼女。
入学して僅かな期間でDクラスのアイドルとしての地位をすっかり確立した『櫛田 桔梗』さんと連絡先を交換したり。
「真白くん。次の水泳の授業、更衣室まで一緒にどうだい?」
「あ、誘ってくれてありがとうございます。平田くん。是非是非」
「良かった。真白くんは水泳は得意なのかい?」
「恥ずかしながらカナヅチでして。平田くんはスポーツ全般得意そうですよね」
「うーん……運動は嫌いじゃないんだけど水泳はどうかな? 地元では泳ぐ機会なんて滅多に無かったからね」
有志の女子生徒が密かに作り上げたと言われているイケメンランキングにて二位に君臨しているDクラスの顔役。
クラスの平和を誰よりも愛する好青年の『平田 洋介』くんに明らかに気を使って何度も話しかけて頂いたり。
と、まあこんな感じで。時たま、この二人の気遣いと驚異的なコミュニケーション能力に甘える形で交流を計っている。
つまるところ、逆に言えばこの二人以外とはネームド、モブキャラ問わず、まともに会話した事が無い。
入学当初は何人かの女子に遊びに誘われたりもしたのだけれど、苦笑いと共に二、三回程断っているとノリの悪い男認定されたのか声をかけられなくなった。
『軽井沢』や『篠原』といった一部の女子からの好感度は下がったかもしれないけれど、散財するよりはずっとマシ。
日がな一日ぼんやりと五月以降の地獄を想像して憂鬱に浸っていると、いつの間にやら放課後になっている事が殆ど。
そんな退屈で無味乾燥なスクールライフを送っている僕。とは言え、一応原作で起きているイベントは一通り確認していたりする。
例えば入学初日に須藤らしき人物が先輩三人に絡まれているのを遠目で眺めたり。
初めての水泳授業で『山内 春樹』と『池 寛治』。それから博士というあだ名で呼ばれ始めたオタク系男子の『外村 秀雄』が中心となってクラスメイトの女子のバストサイズで賭け事をしたり。
櫛田がちょっと異様なまでに堀北に絡みに行っては何度も何度も冷たくあしらわれている現場を隣席から横目でチラ見したり。
そうして入学してから約三週間が過ぎた今日。そろそろ月末の陰が近付いた現在。
我らがDクラスは原作通りに……。
「ぎゃはははははははっ!!お前ソレ面白過ぎだって!!」
「な!? マジで有り得ねぇだろ!? 俺もあの時は思わず腹抱えて笑っちまってさあ!?」
「ねえねえ、今日は放課後カラオケ行かない?」
「いいねー! 行く行くっ。平田くんも誘っちゃおっか!?」
「おい宮本ー。逆鱗一個足らね―からクエスト受注しといてくれねー?」
「またかよー。仕方ないなあ」
見事に学級崩壊していた。
二時間目の数学の授業中。鋭い目付きに銀縁眼鏡とオールバックに固めたヘアースタイルが如何にも神経質そうな印象を与える『坂上』先生が教壇の上で因数分解についての講義を行っているにも関わらず。
池と山内が廊下まで響くような大声で談笑しては歯をむき出しにして大笑いし。
軽井沢を始めとしたキャピキャピと明るい女子達が端末片手に放課後の予定を相談しあい。
『宮本』や『伊集院』といったインドア派連中が揃って携帯ゲーム機に夢中になり。
「ういーっす」
「遅えーよ須藤。あ、昼メシ食いに行くだろ?」
「昨日食ったスペシャル定食。あれ、マジで美味かったよな―!」
授業も後半に差し掛かった最中、当然のような顔で堂々と遅刻して来た『須藤 健』が5分も経たない内に居眠りを始めたり。
原作通り。まさに史上最悪の不良品に相応しい末路。
我らがDクラスは完璧な学級崩壊を起こしていた。
こうして実際にDクラスの一員として過ごしてみると、こうも人間は簡単に堕落してしまうのかと末恐ろしさすら感じてしまう。
もちろん一部の生徒。例えば隣人の堀北や一部生徒からガリ勉と嘲笑されている『幸村 輝彦』を始めとした極小数の人間は真面目に授業を聴いている。実際は雑音が酷過ぎて聴こえてはいないのかもしれないけれど、それでも授業は真面目に受けている。
それでも大多数の生徒はすっかりこのエリート校に相応しいとは言えない酷い光景に慣れてしまっており、適応していた。
つまり、学級崩壊している日常こそが僕達Dクラスの常識と化してしまっていた。
だからこそ、必然的にこうなってしまったのだろう。
「本当に愚かな生徒だな。お前達は」
翌月、五月一日。運命をなぞるかの様に。原作を再現する未知の修整力でも働いたかのように。
当然の様に、僕達にはポイントが振り込まれなかったのだから。
次回から原作からズレていきます。
サブヒロインについて
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星ノ宮
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