「茶柱先生! どうしても確認したい事があります」
先生からの連絡事項なども無く、ただのルーティンと化していた朝のホームルームが終わるや否や。
席を立ち上がり声を張り上げながら挙手をする生徒がいた。
「どうした平田? 私も忙しい身だ、手短に頼むぞ」
既に退出する姿勢に入っていた茶柱先生はあいも変わらず無愛想かつ冷たい態度で平田くんに視線を向ける。
仮にも自分の担当するクラスの生徒に対してあまりにも関心が薄いポーズを取っている先生に対し、平田くんはその甘いマスクを険しく歪ませると糾弾するような勢いで声を張り上げた。
「他クラスの友人からの情報なのですが、つい先日に中間テストの範囲が大幅に変更になったと聞きました。それは事実でしょうか?」
「範囲の変更!? せっかく勉強したのに意味が無くなっちまうじゃねえか!?」
「ちょっと冗談キツイよサエちゃん先生!? ソレってマジな話!?」
平田くんの質問。という名の情報提供にクラス中がざわめき立ち、狼狽するように立ち上がる生徒すら現れた。
だけどそれも無理はない。Dクラスの学力は御世辞にも高いとは言えない上に、赤点を取ったら一発退学が確定している。
文字通り、死ぬ気で勉強している面々からすればこのタイミングでテスト範囲が変更されるのは溜まったものじゃないだろう。
「……ああ。そう言えば三日ほど前に全科目のテスト範囲が変更されていたな。すっかり忘れていた。礼を言うぞ、平田。お前のお陰で思い出せた」
「そんな大事な事を忘れないでくれよ先生!?」
「先生の伝え忘れなら学校側のミスみたいなもんでしょ!? 責任取って下さいよ!?」
あまりにもあっさりとと自分のミスを認めた茶柱先生に抗議の声が何人からも上がった。
特に前回の小テストで赤点を取った七人は怒鳴りつけるような勢い。それでも茶柱先生は興味無さげに淡々と返事をする。
「私だって人間だ、物忘れの一つや二つする事もある。それに責任と言われてもなぁ? 何だ? 私が土下座でもすればお前達の気が済むのか? ちなみに他人に土下座を強いる事は強要罪という立派な犯罪だぞ?」
「だからっ、そういう問題じゃなくて!!」
「ふっ、ふざけんなよサエちゃん先生!?」
「私は何もふざけてなどいない。そもそも中間テストまでは、まだ『十日以上もある』のだから今から勉強すれば十分に間に合うだろう」
幾人もの生徒がブーイングの声を挙げてもなしの礫。生徒達の悲痛な叫びなど知った事かとばかりに先生は黒板に淡々と新しいテスト範囲を書いていく。
改めて確認してみればどの教科も過去に発表された範囲とは掠りもしない位に、大きくズレていた。
僕はふと想像した。原作では堀北さんが三馬鹿との勉強会を再結成した事がきっかけで中間テストの一週間前に範囲の変更に気付いた。
けれどもこの世界線では堀北さんは三馬鹿を既に見限っているようだ。もしも今回、こうして平田くんが声をあげなかったら果たして範囲の変更はDクラスには、いつ頃知らされたのだろうか?
「皆、一旦落ち着いて欲しい! 先生に確認しなければならない事はまだあるんだ!!」
「何だ平田? まだあるのか?」
「はい。赤点のボーダーラインについても確認させて下さい。テスト範囲が変更されている事を教えてくれたのはBクラスの生徒でした。その時に赤点の基準についての話もしたのですが、Bクラスでは何故か赤点の基準が38点未満でした。それは何故でしょうか?」
そう。中間テストにおいてテスト範囲の変更と並んで重要なポイントが、赤点のボーダーラインについて。
Dクラスでは32点未満と説明された……『と思い込んでいる』生徒が大半の為、原作では39点を獲得した須藤が赤点を取ってしまう。
「それは当然だろう。Bクラスはお前達のような不良品とは出来が違う。平均的な学力だってお前達とは比べ物にならないぐらい高い。自ずと赤点の基準も高くなるだけだ」
「つまり、先生。赤点の基準は先日説明のあった32点未満では無い。と言う事でしょうか?」
「ああ、その通りだ」
「「「「「はあああああああああ!?」」」」」
教室ごと揺れ動いたのでは無いかと錯覚してしまうような悲鳴がクラス中から響き渡った。
小テストで赤点を取った七人だけでは無い。学力に自身の無い生徒……つまりDクラスにおける大半の人間に雷鳴の如き衝撃が走ったに違いない。
「煩いぞお前ら。いくら減らされるポイントが無いとは言え朝から騒ぐな。頭が痛くなるだろう」
「いや! いくら何でもおかしいっしょ!? 先生が嘘吐いたって事っすか!?」
「人聞きの悪い事を言うな。私はあくまで前回の小テストを例に出して考えるならば赤点は32点未満となる。と、説明した筈だ。お前達が勝手に勘違いしただけだろう」
「ふっ、ふざけんじゃねーよサエちゃん先生!!」
「先生のせいで俺らが退学になったらどうするつもりだ!?」
「センコウだからってあんま調子こいてんじゃねーぞゴラァ!!」
「池くん、山内くん! 落ち着いてくれ!! それに須藤くん!! 机を蹴るのはやり過ぎだ!!」
「そうだよっ。今はとにかく赤点の正しい基準を先生に確認するのが大事だよっ!!」
最早、暴動にすら達しそうな勢いのDクラスだったけれど、その後は平田くんや櫛田さんが声を張り上げて何とか抑え込んでいた。
そんな生徒達の醜態を鼻で笑った茶柱先生は、悲鳴と罵倒をあげる生徒に対して「人の話をきちんと理解していなかったお前達の確認不足」と一刀両断。
机を蹴り倒して威嚇する須藤に対しては「教員への暴言や暴行は当然処罰の対象。停学、もしくは退学処分だぞ? 今回は見逃してやるがテスト前に学校を去りたくなければ言動を改めろ」と煽りを入れる始末。
赤点のボーダーラインがクラスの平均点の半分である事を淡々と説明した後は怨めし気な視線で睨みつけてくる生徒達を一瞥する事も無く、とっとと退室してしまった。
各々の命運がかかった中間テストが控え、ただでさえ雰囲気の悪かったDクラスの空気が益々悪化していくのは、言うまでも無い事。
最早、僕達Dクラスの命運はすっかり尽き果てしまったのか……。
「みんなっ。ちょっとだけ時間取ってもらってもいいかなっ。中間テストについて朗報があるのっ!!」
そんな絶望感が払拭されたのは一日の授業が終わり、放課後になった時。
Dクラスのアイドルが持ち込んできたまさかの情報が共有されたのだ。
「最前列の席の人達、今から回すプリントを後ろに回して欲しいんだ。とっても重要なものだから部活が控えている人も忘れないで受け取ってね」
「何これ? 問題用紙?」
「五教科分あるって事はもしかして中間テスト?」
困惑気味ながらも男女問わずクラス内で一番の好感度を誇る櫛田さんの言葉は無視出来なかったのだろう。
あっという間にプリントの束が生徒一人一人にいき渡った。
「櫛田さん。これはもしかして中間テストの過去問なのか?」
「うんっ、そうだよ幸村くん。今配った問題用紙は中間テストの過去問なの。実は知り合いの先輩から確認したんだけど、一年生の最初の中間テストは毎回『似たような問題が出題されている』んだって」
「成る程……だからここまで今朝知らされたばかりのテスト範囲と合致しているのか」
クラス一の真面目男である幸村が櫛田さんからのまさかの贈り物に思わず唸るようにして頷いる。
そんな彼以上に大きな反応を見せたのは当然、中間テストに危機意識を持っていた赤点組だ。
「く、櫛田ちゃん! つまりこの過去問を丸暗記しちまえば次のテストは楽勝って事か!?」
「山内くん、少なくともこの問題が解けるようになれば赤点の心配は無くなると思うよっ。もちろん、あくまでも『似たような問題』が出題されているだけだから解答を丸暗記するだけじゃ本番では役に立たないけど」
「いや、凄いよ櫛田さん。逆に言えばこの難易度の問題さえ解けるようになれば赤点の心配は絶対に無くなる。勉強範囲の指針にもなる」
「流石は櫛田ちゃん!! 今朝のサエちゃん先生のせいでマジで焦ったけど、これで希望が見えてきたぜ!!」
「ありがとう櫛田さん!! 本当に助かる!!」
「もしもポイント入ったら絶対に何かご馳走するから!」
池と山内が万歳三唱とばかりに大はしゃぎするは、あの粗暴な須藤ですら露骨なまでにホッとした様子で胸を撫で下ろしている。
勉強会の主催者である平田くんはもちろん、成績の良い『王』さんや幸村くんまでが素直に櫛田さんを褒め称えていた。
承認欲求が人百倍高い櫛田さんの内心は、きっと満たされている事だろう。
「もうっ、みんな褒め過ぎだよ。それにこの過去問は私一人の力で手に入れたわけじゃないんだよ」
「え? それって過去問を手に入れるのに櫛田さんに協力した人がいたって事?」
「うんっ。そもそも過去問がヒントになるかも。って閃きを教えてくれたのは私じゃないから……そうだよね?」
クルリと櫛田さんの首が回ると、それを追いかけるようにしてクラス中の視線が一人の女子生徒に集中した。
「ね? 『松下』さんっ?』
可愛らしい笑顔を添えた無邪気な櫛田さんの声に、件の女子生徒。
僕の唯一の協力者である『松下 千秋』さんは困ったような笑みを見せながら頭をかいていた。
「本当に良かったの?」
「えーと。何の話でしょうか?」
「だから過去問の事。手柄を私と櫛田さんで横取りしたような形になっちゃったけど」
過去問によるお祭り騒ぎも過ぎ去った後。僕と松下さんは二人、とある喫茶店で会合していた。
学校の一部に店舗を構えている高育生御用達の『パレット』でも無く、放課後の生徒達の行きつけであるケヤキモールに併設されている有名チェーン店でも無い。
少しばかり入り組んだ路地の先にあるポツンとした隠れ家的なお店で僕と松下さんは紅茶とケーキを味わいながら、先ほどの過去問フィーバーについて話をしていた。
「過去問を買い取った時のポイントだって真白くんが出してくれたんだし、そもそも私は結果的に結構な額のお小遣いを貰っちゃったようなものだし」
「そう言えば何ポイントで先輩達から買い取ったんですか?」
「二年の先輩からは8000ポイントで、三年の人からは10000ポイント。合わせて18000ポイントだから32000ポイントも余ったんだけど……本当に貰っちゃっていいの?」
「元からそういう約束ですから遠慮なく貰っちゃって下さい。面倒な交渉とか請け負ってくれた事に対するお礼みたいなものですし」
「なら、まあ有り難く頂いておこうかな。学校からの支給がいつまで0ポイントなのか見通しが立たないし、女の子は色々と入り用だから」
女子特有の友達付き合いなどで手元不如意だったのだろう。目の前でほっとした様子で軽く頭を下げた松下さんに、僕は少し前にちょっとしたお仕事を頼んでいた。
内容は大した事では無い。
食堂で無料の山菜定食を食べている二年生、三年生の先輩から過去問を買い取って貰う事。
軍資金は僕が50000ポイントを支給して、余った金額がそのまま松下さんのバイト代になる。という契約だ。
確か原作では綾小路が15000ポイントで買い取っていた事を考えると、きっと松下さんは交渉を頑張ってくれたのだろう。
最も、無表情で機械じみた男子生徒と芸能人ばりの美貌を持つ美少女とでは交渉役としての適性に差があり過ぎただけかも知れないけど。
「でもさ、私は真白くんに言われた通りに櫛田さんに話を通したけど、どうして本当の事を伝えなかったの? テスト問題が毎年全く同じだ。って正直に言えば赤点のリスクは更に減ったと思うんだけど」
「それについては僕も悩んだのですが将来的な不安要素を無くしたかったんですよね」
「将来的?」
今回、僕なりに色々と原作とは違う動きを取っている。
トイレの個室で他クラスが話しているのを偶然聞いた。という体で平田くんにテスト範囲の変更を原作よりも早めに発覚させたのもそうだし、過去問と全く同じ問題が出題される事をあえて誤魔化した点もそうだ。
正直な話、中間テストの赤点を避ける為だけならば松下さんの言う通りに説明すれば事は簡単ではあるんだけど……。
「もしも過去問がそのまま使い回されている。と知ってしまえば一部の生徒達は今後のテストでも同じ事を考えて、勉強を放置してしまいそうだなぁ……と」
「ああ、まあ。うん。それは有り得るかもね。三馬鹿は絶対にそうなるし、軽井沢さんのグループとかも怪しいかも」
「今回の過去問は一種の救済処置みたいなものでしょうし、それに依存してしまえば中間テストは何とかなったとしても次の期末テストで退学者が続出しかねない気がして」
「中間よりも期末の方が科目も範囲も広いからね。確かに、言われてみれば問題が全く一緒だって事は伝えなくて正解かもね」
実は僕が一番不安視しているのが次の期末テストである。
そもそも中間テストに関しては須藤の寝落ち防止策として原作よりも早めに過去問を渡せばそれで解決できる。
けれども、そもそもの問題としてこの世界線では堀北さん主催の勉強会が消失してしまっている。
つまり三馬鹿連中は原作と違って勉強する習慣が付かない事で、学力が更に低下してしまっている筈。
このまま学力にデバフがかかっている状態では、期末テストで間違いなく詰んでしまう。
松下さんが言ったように期末テストは中間よりも科目が増えるし、恐らく難易度だって上がると思う。
原作では無人島試験の前座とばかりに碌な描写も無く流されてしまったとは言え、学生にとってテストというのは間違いなく鬼門。退学がかかっているならば尚更だ。
「退学者が出るとクラスポイントが最低でも100は引かれるらしいです。中間テストを乗り越えたご褒美として幾らかポイントが上昇したとしても、期末で退学者を出してしまえば……」
「また0ポイント生活に逆戻り、か。流石にそれは勘弁して欲しいな」
「その為にも赤点組には勉強の習慣をつけて貰わないと困ってしまうんですよ」
「成る程ね。真白くんって想像以上に色々考えてるんだね」
苺のショートケーキに舌鼓を打ちながら、何かに感心したような様子で頷いていた松下さんの目が薄っすらと細まった。
何処となく、観察されている気がする。
「真白くん。本気でAクラス目指してるんだよね?」
「ええと、はい。困難な道程だとは思ってますけど……なので、今後とも松下さんには色々とお手伝いして頂ければ嬉しいです」
クラスに影響力など皆無の陰キャぼっちの僕の唯一の手駒。
Aクラスを目指す為の第一の協力者である『松下 千秋』さんにペコリと頭を下げて、その日の会合は何事も無く終わった。
そして数日後、中間テストが終了した。
唐突に松下が生えてきた点についてはその内他者視点で掘り下げます。
感想ありがとうございます!嬉しいよ!
サブヒロインについて
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