Dust to dust 作:解毒発酵DNA
レッド視点の話です。軸はどこでもいい感じです。
捏造されている設定があるので、苦手な場合はお気をつけください。
俺はあの人のようにはなれないらしい。
最初にそう言われたのは、何時だったか忘れてしまった。誰に言われたかも覚えていない。
当時の上官だったような気もするし、医務官であったような気もするし、はたまた同僚であったような気もしている。
が、とにかく自分の中に今でもその言葉だけが鮮烈に残されていた。
その時は確か、G6としてのコールサインを与えられたばかりの時だった。
血の滲むような修練の果てに言われたのがそれだったので、随分と腹が立ったような気もしている。しかし、誰に対してだったかは思い出せないままだった。
小さい頃は、ファーロン経済圏にいた。ベイラム経済圏からはかなり遠い場所で、ファーロン経済圏の中心部からも遠い。
ベイラムを嫌う風潮は少ない土地なので、ベイラム経済圏から移ってきた自分たちが排斥されることはなかった。
そこで捨て置かれるように鎮座する小さいテレビから流れるのは、いつだってミシガン総長の映ったプロパガンダ映像だった。
爆炎。
照らされる機体。
4脚ACの脚部が敵の頭部を刎ね飛ばし、ちぎれて落ちる。
ガトリングが火を吹いて、グレネードは的確に敵ACへと突き刺さる。
美しい、と思った。
破壊の形、その象徴のように君臨する『歩く地獄』を、綺麗だと思ったのだ。
呆然とその映像に魅せられている俺の手を、小さな妹が引いた。それでも動けなかった。
あんなに綺麗なものは初めて見たのだから。
その日から、ああなりたい、と思った俺は、とにかく身体を鍛えようと思ったのだった。
付近には同じくらいの歳の少女───現在は“ネルソン”のコールサインを与えられている───技術者の娘が居り、よく一緒に総長の映像を見てはあれがすごい、これがかっこいい、と言い合った。
ネルソンは武装が好きだったが、俺はいつだって総長の圧倒的な強さと蹂躙を好んでいた。
修練といったって、こんな辺境の土地では出来ることは限られている。
体力作りに走り込み、筋力をつけるためにトレーニングを重ね、MTやACの操作はネルソンの父が個人的に持っていた古い型のシミュレーターで行っていた。
ネルソンもまあまあACの操作に興味があったらしく、2人でやれ次は私だ、いや俺だ、と毎日のように喧嘩した。………思えばネルソンの手が出るのが早いのは、俺のせいかもしれない。
ネルソンの父は元々ファーロンの技術者だったらしい。後に知ったが、総長の整備担当だったが辞めたそうだった。ネルソンも興味がなかったらしいので、それ以上は聞いていないという。
それならもっと早く聞きたかった!とその時は思ったものだが、今思うと普通に地雷の会話だろう。木星戦争を皮切りに辞めたのが明白であるからして、明らかに易々と触れていいものではない。
そうして修練の日々を重ねた。
妹や弟たちの世話もあったし、何も出来ないような日もあった。しかし諦めたくなくて、追い縋りたくて、ただ一心不乱にそうした。
ネルソンはいつしか、父に整備技術を教わるようになっていた。
それに関係性も変化して来ていて、差が出始めたからか毎回殴り合うことなく俺を優先するようになった。
小柄なネルソンは、1番大きい妹くらいのサイズ感になっていた。
全く寝汚いし飯は食わない、運動も言えばするが大抵引きこもって機械いじりをするだけだ。
でかい妹が増えた、と思いながら、俺は家族のついでにネルソンの世話をして過ごすのだった。
ネルソンの父は、あまり俺をよく思っていなかった。
ある日言われたことがある。
「お前は理想だけを見ている」
と。
それの何が悪い、とあの時は食ってかかったものだが、今思えばそれもひとつの忠告だったのだろう。人間嫌いの娘が気にいる少年を、戦場に好き好んで出て行けと言う方が変であるからして。
しかし最後には、あの人は確かこういった。
「生きなさい。理想は君を守らない」
と。
時は過ぎて、俺はレッドガンに、ネルソンはファーロンの技術開発部に入隊した。
その時に色々とあったのだが、まあ概ね、周りとは大きな軋轢もなく過ごせていた。
並み居る強化人間たちよりも早く、速く、と俺はあの人の背を追っていた。初めて見た時から、入隊の際にお目にかかった、あの時だって。
「なあ、お前強化人間じゃねえんだろ?」
「そうだが」
ある日、訓練相手だった態度の悪い男にそう言われた。今はコイツはラプラタ、というコールサインを与えられている整備部の人間であるが、初めは戦闘部に居たのだ。
「予測にキモイくらい正確に着いてきやがって、自信無くすぞ」
「貴様が弱すぎるだけだ」
「ハァ〜!?バケモンと一緒にすんじゃねえよ」
そんなふうに言われた。
後に聞いたが、ラプラタはこの時俺に負ければ整備部に向かうつもりだったという。勝てばそのまま残っているつもりだったとも言っていた。
多くの意志を折りながら、俺はレッドガン内でも修練を重ねていったのだった。
初めて任務で人を殺した時、ああ、こんなものか、と思った。
機体の引き金1つで弾ける多くの命は、ただ小さな虫を潰してしまったくらいの染みをハーミットに付けた。
そのあと普通に飯を食えた。
モニター越しの現実感のない死に様だったからか、自分にそもそも耐性があったからかは分からない。
腐って溶けた肉を見るよりはマシだったから、食えただけかもしれないが。辺境の地であったあの場所では、そういう死に方は珍しくも無かったから。
段々と自分に敵う強化人間も居なくなった。
そんな時、俺はやっと憧れに近づくことが出来たのだった。
コールサイン。
G6 レッド。
それが俺に与えられた名であり、意味だった。
総長に改めてお会いできた時、あの人は不敵な笑みを浮かべていた。
「来たか」
「はい」
「貴様にコールサインを与える話は既に聞いているな」
「はい」
「G6 レッド」
そう名を呼ばれた時、言いようのない高揚と、そして恐ろしい程の恐怖に似た感覚がある。
虎のような目が俺を見ていた。
「作戦内容を説明する。一字一句聞き漏らすなよ」
「はい!」
コールサインを与えられた最初の任務は、ベイラム経済圏の一部に粉をかけていた敵対勢力の排除であった。
難なくそれを終えて与えられた6番ドックへ戻れば、見知らぬ男2人とラプラタが立っている。
「ラプラタか」
「よお………あー、レッドだったな?」
「ああ」
そうして2人の男を見る。身長の大きな方は俺を興味深げに、中背の方は睨むように見ていた。
「ヘェ〜、テメエがG6ねえ」
「………」
「はい。G6 レッドです、お2人は………」
そうしてジャケットのエンブレムに気がついた。角が砲台になっているヘラクレスオオカブトと、クワガタの頭を掲げるアリのエンブレム。俺が口を開く前に、G4が口を開く。
「俺がヴォルタ、こっちはイグアスだ」
「ありがとうございます。初めまして、よろしくお願いします、先輩方」
「ケッ………」
「へいへい、さすがにあの程度で泣き言言うようなガキじゃねえな」
ガキ、と言われたのに少々ムッとしたが、自分の顔の造形のせいなのは分かっている。
それがわかったかG4はゲラゲラ笑った。G5はといえば、相変わらずつまらなさそうな顔でこちらを見ていた。
「ナメたことしやがったら殺すぞ」
「………はい」
そう言い捨てて立ち去るG5の背を見る。相変わらずG4は笑っていた。
「お前ら合わなさそうだなあ!」
その通り、ヴォルタ先輩の言ったことは正しかった。
イグアス先輩と一緒に任務に出れば必ず、
『遅えッ!』
『とっとと行けッ』
『いつまでかかってやがるッ!』
と罵倒される。たしかに俺は遅いが!と思いながらも必死に食らいついていけば、
『ナメてんのか』
『気に入らねえ』
『ふざけやがって』
と返ってくる。
あんまりにも苛立って2人で取っ組み合い、総長に、
『野良猫のように元気が有り余っているようだなG5、G6ッ!俺が直々にお前たちに爪の研ぎ方から教えてやろう、整備ドックで騒ぎ回るなッ!!!』
と叱られて扱かれたこともある。ボコボコにされた後に2人で医務室に行けばレナ医務官がいて、
『最近仲がいいですね』
などと嫌味のように言われてしまった。今思えばだが、多分、あの人は嫌味でなく純粋にそう思って言ったと分かるが。
「ケッ………」
「………」
「お前ら仲良いのか悪いのかどっちだ」
その日ももちろんそんな感じで、ヴォルタ先輩には呆れたようにそう言われる。
この頃になれば自分もコールサイン持ちとして少々馴染み始め───ナメられることも増えたので、拳と総長のような口調と威圧で何とか、そういう輩を減らしていた。
「仲良くはありません」
「気持ち悪ィこと言うなヴォルタ」
「そこまで来たらてめえら仲良いだろ逆に」
食堂の椅子に座るヴォルタ先輩を横目に、止まっていた手を動かして飯を詰め込んだ。
もちろん先程までふたりで大喧嘩していたので、口の中に染みる。
「………」
「染みるって顔だなァレッド」
「はい、お陰様で」
「ぶはっ、だとよイグアス!」
「うるせえッ、お互い様だろうが………」
2人で渋面を作りながら詰め込んだ。そこにラプラタともう1人、見覚えのある小さな体がある。
「………?」
それが馴染みの顔であるのに気づくと、向こうも気がついて小さく手を振った。相変わらず小さいが、アイツはファーロンに行ったはずである。
なぜ、と思って背を追っていれば、ニヤニヤとしたヴォルタ先輩と、苛立ったような顔のイグアス先輩がいる。
「ケッ、女か」
「あれ、ファーロンから来たんだってなあ〜?おいどうなんだ、あんのか、手ェ出したこと」
「ありません、アイツはそういうんでは無いんです」
「ほ〜?」
なおも茶化そうとするヴォルタ先輩を押しのけて言った。
「ただの幼馴染みですよ、本当にそれだけです」
そのあとネルソンがしばらく、この俺の態度のせいで蹴られたりなんだりしていたのには気づけなかった。
気づいたのは顔面にガーゼを貼った2人が、ある日俺に言ったからである。
「あの女マジにイカれてんのか!?」
「随分と手酷くやられましたね先輩方、一体誰に───」
「ネルソンだよネルソンッ、てめえの!」
「俺のではありません。俺と殴りあってたんですからアイツもなかなかやりますよ」
「フィジカルバケモンかてめえら………!」
後々ネルソンに聞けば、どうやら今までの蓄積で苛立ったので一度がつんと殴っておいた、とAC整備用のスパナを見せてくれた。
それで俺のハーミットの細かなボルトを締めるのはやめて欲しいところである。
その日は俺の単独任務だった。
前後の記憶が曖昧なのは、死にかけたからだと聞いている。
身体が勝手に動いていた。
相手の機体の閃光が見えた瞬間、操縦桿を動かしていた。
『G6ッ!?』
動揺する隊員の声がした。
通信の中、遠くに怒号の音がする。
「………、」
何かの弾が深々と左半身に突き刺さっている。
妙に冷静にその光景を見ていた。ジェネレーターに貫通していれば爆発するだろう。
痛みの受容が振り切れたのか、生暖かいものが身体を伝う感触だけがそこにあった。
「………」
何を言い残すこともままならないな、と、呼吸の代わりに吐き出す血液を他人事のように眺めていた。
目が覚めた時、そこはレッドガン拠点内の医務室の天井だった。
「レッド」
「………ネル、ソン」
思ったより掠れた声が出た。熱と息の籠った感覚に違和感を覚えれば、ネルソンが言う。
「呼吸補助がついてるから」
「………ああ………」
「人呼ぶ」
ナースコールをネルソンが押した。その間、しばらく互いに無言になる。
「レッド」
「………なんだ」
「強化手術されたって。脳までいきそうになってて、助からないからって」
「………そうか………」
首や腰の違和感はそれか、とわかる。神経接続用の腰椎と頚椎に伸びる接続部パーツだ。
「あんま驚かないねえ」
「死ぬと………思った、から………」
「うん」
「………これで、まだ………」
「そうだね」
ネルソンの大きな目が、悲しそうなふうになって、細くなる。
「もうしないで」
「………」
「妹ちゃんたち泣いちゃうでしょ」
「………そうだな………」
軽く笑えば、左半身が痛む。
顔を顰めていると、ネルソンが笑って立ち上がった。
「ハーミットもちゃんと直すからね」
「ああ」
「乗ってよ、絶対」
相変わらず他人の心配をしたと思えば、口にするのは機体のことばかりである。
入れ替わるように入ってきた医務官達に診察を受け、そうしてまた慌ただしく人が入れ替わっていく。
そんな日が2日ばかり続き、そのあとしばらく医務官以外は誰も来ていなかったのだが、1週間経てばベッドから身体を起こせるようになった。
そうなればネルソンやラプラタも俺のいる病室に来るようになった。
「起きたか〜?」
「ああ」
慣れない点滴の違和感に手を握ったり開いたりしていたところ、そんなふうに声をかけられた。その時はヴォルタ先輩と、意外にもイグアス先輩までいたのだった。
「来るんですね」
「テメエ………人の顔見るなり喧嘩売ってんのか」
「俺が言わなきゃ来なかったろお前」
やっぱりヴォルタ先輩が誘っただけか。
相変わらずの先輩に少し溜息をつきながら、横たわったまま視線を向ける。
「身体は」
「問題なく。神経損傷も強化手術によって軽微なものとなりました」
「そうかい。今まで色んなヤツ見てきたが、延命に使う奴は久しぶりだぜ」
そんなことを言ってヴォルタ先輩は煙草の箱に手を伸ばして、やめた。
「煙草ダメだったな」
「ええ。………それで、お2人とも俺になにか」
「テメエ、なんで庇った」
トゲのある声が響く。
イグアス先輩は相変わらずの不機嫌そうな、いや、多少、苛立ちに近い何かを抱えた顔である。
「さあ」
「MTなんざ放っておけよ、理解できねえな………ACのテメエが墜ちる方がよっぽどの損失だってのが分からねえのか」
「………そうですね、そこは俺の、」
「だったら次は見捨てろ、あの後テメエが庇ったMT乗りは使いもんにならねえ」
「………?」
理解できない、という顔をした俺にイグアス先輩は嫌そうに、ヴォルタ先輩は面白がったような顔をした。
「テメエ………マジに理解できねえのかよ」
「はは〜………お前そういうタイプか。道理で」
「………?」
ヴォルタ先輩は教える気が無いようだったが、イグアス先輩が口にした。
「大抵の連中はな………テメエの末路を分かりやすく見せられて、そのままMTに乗れるようなイカレ野郎じゃねえんだよ」
「………」
「テメエ、そもそもそういう箍が外れてんのか?どっちだオイ」
「まあ………コイツより強いのが俺らしか居ねえんじゃ無理ねえだろ、分からねえさ」
俺たちが死ななきゃな、と、ヴォルタ先輩は口にした。その時はそんなことは全く想像など出来てはいなかった。
ヴォルタ先輩が、死ぬ、などと言うことは。
ただ───その時は言葉の意味も、それを言われた理由も理解できない俺にとって空想のような話であった。
その日以来、イグアス先輩は俺にあまり殴り掛からなくなった。ぶっきらぼうではあるが、色々と教えてくれることが増えたのだ。
なぜかは分からない。
ただそうされることが増えて、ヴォルタ先輩は特に変わらず接してくる。
「あの、先輩」
「ンだよ」
気になって聞いたこともある。気になったので。
「なぜ俺に教えてくれるようになったんです」
「勘違いすんなよ、テメエが馬鹿のままじゃ困るってだけだ………」
「なっ、馬鹿って、」
「馬鹿だテメエは、ミシガンのフリなんざやめておけ」
「そういう………わけでは、」
「あのジジイはバケモンなんだよ、テメエはそのままじゃ一生届かねえ」
その目には明確な嫌悪が滲んでいる。
「お前はミシガンにはなれねえよ」
ああ。
そういえば、この時イグアス先輩にもそう言われていたのだったか。でもこれは、最初ではなかった気がする。もっと前に、誰かに言われたような気がするのだ。
結局────それを理解できないまま、俺はこのルビコンまで来ているのであるから。
「………初めに言ったのは、誰だったか」
やはり、さっぱり思い出せなかったのだった。