Dust to dust 作:解毒発酵DNA
人を選ぶ話です。
原作キャラ(ヴォルタ)と設定の濃いオリキャラのCPになるので、苦手な方はご注意ください。
中〜後半まで本人いません。イグアスはいます
Frostlight Part I
「今日の診察は終わりです。何か聞きたいことは?」
「………チッ」
今日もその苛立ちは赤い色をしていた。
それから目を逸らしつつ、メンタルケア────意味は無いけれど、制度としてあるそれを終えた。
カルテの文字を目でなぞる。
『G5 Iguazu』。この隊員のコールサインはそういうことになっている。
私には感情が見えている。
超能力者、というほど大層なものではない。色が分かるだけで、特に意味は無いからだ。
使える場面があるとすれば、人の顔色を伺いやすいくらいか。
これを他人に言ったことは無い。きっと頭がおかしいと言われて弄り回されてはたまらないからだ。
医者になったのは金のためだった。
でも、案外なってみれば薄給だし、大変だし、人間関係は面倒くさいし。
それで大病院に務めるのをやめて、ふらふらと個人医院を彷徨いていた。
そこでちょうど、『レッドガンが医務官を募集している』と聞いて、まあ、こんな動機で申し訳ないのだが、強化人間の症例が見たくて志願したのだった。
意外に私でも診せて貰えるような強化人間というのは少ないようで、コールサインを持っているような人たちくらいしか居なかった。もっとたくさんいる物だと思っていた。
外科的処置も内科的治療も、ありとあらゆる分野を求められるこの医療班では、まあ本当に色々な人たちが来る。
最近来たのは働きすぎて腸炎になった補給統括官さんだった。まあまあ偉い人の割には若いし、『ウス』『シャス』『ども』としか返事してはくれなかったが。
まあ暴れるよりは楽でいい、目の前の死ぬほど態度の悪いG5よりも圧倒的にマシだった。
「次の診察は2週間後です。規定なので必ず来るようにお願いします」
「………」
「精神安定剤の服用について、説明は要りませんね」
「ああ」
「これ、薬剤師からです」
袋に入った薬を渡す。
奪うようにそれを取られ、G5は乱暴に扉を閉めて出ていった。本当に勘弁して欲しい。
冷めた机のコーヒーを飲んで、ため息をついた。するとずっと黙りこくっていた看護師が話しかけてくる。
「ああいう態度だと直接手渡すの、嫌ですよねえ」
「怖いから私にやらせるんですよね、彼ら………ダメだって言ってるのに」
「先生がやっちゃうからですよ、甘くしちゃダメです」
看護師はそうは言うが、前に薬剤師に渡させたところ本人がいたくお怒りになったらしい。なんでよ?
私が渡せば特に怒りもせずに取っていく。一体何が違うのか。
男女差かと思い女性にやらせても変わらなかったらしい。私だけだという。
まるで懐かない猫の世話をさせられているかのようだなあ、と思っていた。
自分がメンタルケア担当なのは単純に、この仕事を嫌がらないからだ。
死にたくない。
怖い。
もう帰りたい。
助けて欲しい。
もう痛い思いをしたくない。
こういった鬱屈した感情にずっと触れ続けるのは精神に来る。そして同じように自分も気を病んでいく。
だから医務官の募集があったのだ、前任が病んで辞めてしまったらしいので。
女性であるというのも一助であるらしく、こういった極限状態であるとどうにも、手出しするものが居るのだとか。
今までそんなこともなく、分からないのであったが、どうやらG5が唯一懐く医務官ということで恐れられているらしい。別に何もしていないのに。
噂程度に付き合っているとか言われたこともあるのだが、あんな歩く爆弾みたいな男を好きになるわけが無いだろうが。
それにあっちも願い下げだろう、わかったフリして悲しげに『それは辛かったですね』などと言うだけの女など。
人はやはりどこまで行っても噂好きだ。
次の患者が来るまでの間、そんなことを思いながらその患者のカルテに目を通した。
「………ああ、この人」
名前を見て思い出した。
昔に目の前で友人を喪った隊員だ。あれ以来ずっと幻覚を見るらしい。
幻覚を見ている時、その隊員の色は優しい喜びの色をする。一抹の青い哀しみも混じるそれは、見ていて辛くなってしまう。
「先生って変ですよね」
そう思っていると、看護師からそんなふうに言われた。
「何処がです」
「だって、先生が辛そうにしてる時って大抵大人しい患者さんじゃないですか」
「………そうですね」
思ったより平坦な声が出た。
「大人しい程、何を抱えているかは分からないものですよ」
そう、本当にあの男は『怒り』以外が大人しくて困ってしまう。分からないから、受け取れなくて、自分が共感したり慰めたりなどが出来ないのだ。
そんなことを話していると、コンコン、と控えめなノックの音がした。
時計を見れば診察の時間だった。
そのあとも患者たちの診察を終え、今はまとめたりなんだりの仕事をしている最中だ。
看護師も他の仕事のためにいない。私一人だけである。
ひたすらタイピングの音が響くだけの空間に、また控えめなノックの音が聞こえてきた。
「………?」
診察時間どころか、食堂も閉まって消灯も近い時間である。そんな中、診察室に入る扉をノックするなんて妙だった。
警戒を強め、ゆっくり音が立たないようにドアの鍵を閉める。
聞こえてはいないのか、コンコン、コンコン、という調子だった音はどんどん強くなっていた。
「先生、先生!レナ先生!」
「いますよ。どうされましたか」
「開けて、ああ、開けてください、お願いします、俺は、俺はもう、」
声を聞けば、G5の後に診察した男性隊員だった。明らかに正気でない様子に少し怖気付きつつ、返事をする。
「落ち着いてください、ね」
「開けてください、開けて、開けてください、助けて、先生、お願いしますから、ああ、俺がおかしいのはわかってるんですでも止められなくて、」
無理やり開けようと扉が揺らされる。
「閉めたんですか、俺を見てください、お願いします、ねえ先生!」
「業務時間外でしたから。1度落ち着いてください、それからほら、医務室前の椅子でお話しましょう。ね?」
「先生、俺を助けてください、先せっ」
その瞬間、バキ、という鈍い音と共にすごい音がした。
後に聞けば、あれは殴られた人間がぶっ飛ぶ音だった。そんな音なんて初めて聞いたので、すごいとしか言いようがなかったのだが。
「うるせェんだよ、何時だと思ってやがる」
G5の声だった。
明らかに機嫌が悪い、見なくてもその感情は赤い色だろうことが容易にわかる。
「い………イグアス………」
「気安く呼んでんじゃねえぞゴミが」
そのあとも殴られるような音がしたので、慌てて外に出る。鮮烈なまでの赤い色がそこにあった。
床にまで散っている、と思って───それが血だとわかった。
「ちょ、っ」
「近づくんじゃねえぞ女」
女て。
名前くらい覚えてくれないか、と思いながら恐る恐る見ていると、どうやら男の手には刃物があったらしい。
乱雑にそれを蹴り飛ばしたG5は、倒れている男の顎目がけて一撃食らわせたあとにこちらを睨む。
青紫色は『面倒だ』と思っている色だ。
赤の中にそれが強く混じっているのを見て、何か言わなくてはと口を開く。
「………、ええ、と、ありがとうございました」
「………チッ、てめえの身くらいてめえで守れ。ナメてんのか」
「すみません」
そのまま気絶している隊員を引きずって、G5は隊員の宿舎の方へと戻っていった。
後から話を聞いてわかったが、彼は私が処方した薬を受け取って飲んだ後、幻覚症状が落ち着いてしまったらしい。
だから友人が見えなくなって、混乱して、私が原因だと思って殺そうとしたそうだった。
全く恐ろしい。
それ以来、本気で護身術を他の医官に教えてもらうようになった。またG5や他の隊員が気づいてくれるとも限らないのだから。
ということで、時間があれば戦闘部だろうが補給部だろうが整備部だろうが、強(くて人当たりがいい)人間に片っ端から指南を頼んだ。
「最近レナ先生筋肉つきましたね〜」
「先生めっちゃ強くなったス」
「先生才能あるねえ」
「いい感じです!」
など等言ってもらえるのは嬉しい(しかもみんな黄色い色をするので、お世辞でないのが分かる)が、実は少し厄介なことも増えてしまった。
「おうレナ先生〜、今日も役立たず共をボコしに来たかァ?」
腰に手が回る。
しっかりとした肉体の感覚を感じる。
レッドガン隊員に支給されるジャケットの下から、黒い肌に規則的に這う刺青が覗いていた。
「G4、むやみに触れるのはやめてください」
「おっ殺るか」
「やりません、貴方加減できないでしょう」
「おう、殺すぜ」
「元気に言うことではありません」
G4 ヴォルタである。
もともとG5が私に何故かソフトだった理由がここにあるようで、ことある事にこうして絡まれている。
彼のAC整備を担当する第4班の班長が体格の近い女性であるため、体の動かし方の参考にしやすいのだ。それでつい入り浸ってしまい、そこを彼に目をつけられたという形である。
そしてこれで、余計に遠巻きにされるようになってしまった。全く、本当に戦闘部隊以外からはすこぶる評判の悪い男たちだ。
あまり好きではない煙草の匂いに少し眉を顰めつつ、4班の班長の姿を探した。
「あいつなら今日休みだ」
「早く言ってください」
立ち去ろうとしたが、ぐっ、と腹の方に力を入れられて捕まえられる。ぐえ、となりながら見上げて睨めば、心底おかしそうにG4は笑った。
色も黄色に少しの黄緑と橙が入って───黄緑が、入って?
なぜ。
好意の中にある、少しの独占欲。
そんな思わぬものを見てしまって硬直していると、また笑われてしまう。
「捕まった猛禽類みてえな顔だな」
「なぜそのような具体例を出したのですか」
それに私は猛禽類ではない。思わぬ他人からの好意にどうにもむず痒くなりつつ、私は照れ隠しのように言ったのだった。
「そのままカブトムシくらい摘んで差しあげます」
「言うじゃねえか」
この後とてもボコボコにされた。顔以外。そこは別に気を使わなくたっていいのに。
あらゆる場所についた打撲痕に呻きつつ、それでも仕事はあるので堪えて診察を行った。
その日もG5の診察があったので、痛みを堪えつつ待っていると、ノックもなしに扉が開いた気配がした。G5のカルテを持って振り向けば、居たのはG5と───G4である。
「………今回は保護者同伴ですか?」
「ぶはっ」
「殺すぞてめえ」
G4は吹き出した後は大爆笑であった。だいたい黄色い色の中に、やはり橙と少しの黄緑が混じっている。
G5は概ね赤の中に紫と緑が混ざってきていて、苛立ちが勝ってきたのかどんどん赤くなっていく。
「いつまで笑ってやがるヴォルタてめえ!」
「だあっははは、無理だ、っつの、ひいっ」
「あァ゛!?」
「いってぇ!テメエ………!」
「………2人共?」
ついに殴り合いになった。これ以上暴れられても困るので、隙を見て2人共喧嘩両成敗とさせていただいたのだった。
え、どう止めたのか、と。それはもちろん関節を極めさせていただいたのだ。こちらは殴り合いより割かし得意なので。
「クソっ………」
「ケッ………」
悪態を着きながら座る2人の色が同じようになったので笑ってしまった。G5はいつも通り赤いが、G4は、どうしても、橙と黄色が入るのだ。
それにむず痒くなって、また目を逸らす。
G5の舌打ちが聞こえたが、いや、今は診察だ。
気を取り直して向き直れば、G4はやはり強い黄色と橙の色をしていたし、G5は赤い色をしていた。
「まだ耳鳴りが?」
「………今はねえ」
「頭痛は」
「ない」
「安定剤はどうです、吐き気等は」
「ない」
ぶっきらぼうな返事を聞きつつ、失礼、と言って顔に触れる。目も、反応も、異常はない。
「大丈夫そうですね」
「………」
「いいなあ〜?なあレナ先生〜」
「貴方は健康体でしょう。幻覚幻聴の類も持っていない筈ですが」
「つれねえなあ」
「俺をダシにイチャついてんじゃねえ殺すぞ」
不機嫌そうなG5そっちのけでまた、G4に腰に手を回されて捕まえられる。
「なあ先生」
「なんでしょう、G4」
「今日は空いてないのかよ」
「仕事です」
「ウチにちょくちょく来てんだろ」
「あれは整備部のナジノンさんに会いに行っているだけ、で、ッ!」
「へぶっ!?」
尻の方に手が伸びたのが分かったので、裏拳を顔面に勢いよく叩き込んだ。全く、とんだセクハラである。
黄色と橙という、概ね好意で構成されたそこに黄緑という欲求が混ざっているのが見える。
言葉に変えるならそれは、『お前の全てが欲しい』だろう。
今まで、度々言い寄られることはあった。
しかしそれは大抵黄緑と紫、赤………そういったものに彩られていた。
それを言葉に変えるなら、『お前を屈服させて自分のものにしたい』だ。
そこには明確に、立場の違いがある。
対等か、自分優位かだ。
自分の背後で撃沈するG4をそっちのけで、G5に追加の薬を手渡す。
「2週間後にまた来てください。徐々に安定剤を減らします」
「ああ」
「必ず飲むように」
「チッ………俺はいつも飲んでんだろうが」
「念の為です」
そう言えばG5はため息をついて立ち上がった。
G4に対する色は赤が大幅に減って、微かな黄緑色が覗いている。
そうか、信頼しているんだな。
そう思って少し微笑むと、G5の色は紫に、G4はまた明るい黄色と橙色が噴出している。
「………ほら、次の患者が来るので早く出てくださいG4」
「また来る」
「迷惑です」
やはり照れる己の感情を隠すようにG4を部屋から押し出した。G5は薄れた緑色が微かに滲んだまま出ていった。
「レナ先生気にいられてますねえ」
「いい迷惑です、本当に」
腰に回された手の温度がまだ残っている気がする。刺青だらけのあの手が、黄色と橙色の中に混ざる黄緑を纏っていたのを思い出して───欲されているのだと理解して、何か、顔が熱くなるような、そんな思いに苛まれた。
「あらあら先生」
「………あまり見ないでいただけますか………」
本当に恥ずかしい。
ニコニコしている看護師さんをそのままにして、椅子に座って次の患者を診るためにカルテを読み込み始めた。
しかしどう読んでも、やっぱり頭には入らないのだった。
それから度々G4は診察室に入り浸るようになった。顔や身体に触れられる度、温度を感じる度、自分はその色を目に焼き付けていた。
やはりおおむね暖かい黄色と橙色をしていて、黄緑色が増幅する時は大抵、コールサイン持ちが出るほど大規模な戦闘後の事である。
その時は赤すら混じる様であるから、二人で居ないようにしようとG5をとっ捕まえていた。
緑混じりの赤い色を纏う彼には、巻き込むんじゃねえ!とキレられるにはキレられる。
だが、自分の貞操が容易く喪われる危機に比べたら全然怖くは無いのだ。
「先生〜」
いつもG4がふざけて私をそう呼ぶ声は、いつしか日常になっていた。その色も、手の温度も、全てが。
図体がデカイ割に遠慮なくのしかかられるので、いつもふらつきながら受け止める。
「重いです」
「平気平気」
「平気じゃないんですが」
やはり纏う煙草の匂いだけは好きになれないが、その肌も、覗く刺青も、目も、声も、近くにあればそれが嬉しいと思う。
それくらい自分はこの男の色に毒されていて、じんわりとそれに溺れていた。
レッドガン隊内でのそういった恋愛事情というのは、あまり推奨はされない。拗れてどうのこうの、というより単純に────恋人を戦場で喪う可能性が大きいので、メンタル的にも、本当に良くないから、推奨はされないのだ。
しかもよりによって、戦闘部隊のコールサイン持ちである、なんて。
コールサインを持つほど強かろうが、死ぬ時は死ぬ。それが、どれほど凄惨な死であるかも分からない。ACの爆発に巻き込まれて形も無くなるのか、死体のかけらだけは残るのか。
戦闘なんて分からない。
それでもこの男はまた帰って来るのだと、根拠もなくそう思っていた。こうして私を「先生」と呼んでは笑っている。
付き合ってはいない。
身体を繋げたこともない。
粗暴そうな見た目とは裏腹に、案外この男は無理矢理手を出すことはしなかった。ただ、なんとなく仕事場にあまりにも出入りされるので、自分の部屋が何処にあるかを教えた。
基本的に男性棟と女性棟でレッドガンの宿舎は分かれている。が、出入り禁止、とかそういうことはなく、自由に誰かしらが出入りしてはぎゃあぎゃあ騒いでいる。
整備部第6班班長のネルソンとG6 レッドがいい例だ。あの2人はどうやら昔からの馴染みらしく、寝汚いネルソンを抱えてG6が歩いているのをよく見る。彼らの髪色が同じなので、まるで兄と妹のようだといつも思っている。
全隊消灯・起床時間は同じなので、それまでに寝るか起きるかしていればいい。
それに何かやらかせばミシガン総長のありがたいお説教と罵倒と拳が飛んでくるのだ。それでやらかさないというのも中々、とんでもない職場である。
まあ意外にもその辺が緩いので、教えても特に問題はなかった。本人も入り浸っていても大人しいし、自分の部屋に煙草の匂いがつくのはいただけなかったが、それ以外は概ね別に問題ない。
ただひとつ問題があるとすれば、それは。
「なあ先生、ダメか?」
「お断りします」
「部屋にも上げてくれてんのに」
「ダメです」
「つれねえなあ」
スキンシップが激しくなることだ。
黄色と橙色の情報に溺れさす気か。彼の厚い胸板に顔を押し付けられながら、私はただされるがままになっていた。
耳元、額、頬、首、唇。
唇が触れて誘われる度、身体が熱くなってしまう。それでも一線を超えまいと拒絶しているのだが、本人は色を見ればわかる通りのご機嫌さで身体に触れてくる。
悪意の混じり気すらないそれは、あまり出会いの芳しくなかった私にとってステロイド錠剤のような効果を齎していた。
煙草による苦味が、誘われて口から熱を分け与えられる度に、続きが欲しくなってしまう。
それを私が押し込めて拒絶しているのも分かっているのだろう。彼はただ笑って、一向に受け入れるという決意をしない私を抱き締めるだけに留めていた。
それは、ベイラムがレッドガンのルビコン進駐を決めた後も度々行っていたのである。