男は仕事後、初めて入るバーに立ち寄った。ドアを開けると、カウンター席に数人と、一番奥のテーブル席に制服姿の中学生くらいの女の子が座っているのが見えた。バーと制服という組み合わせを奇妙に思っていると、
「いらっしゃいませ……空いているお席へ……」
とマスターに声をかけられ、入り口に一番近い席に座った。
「何か、おすすめのものを……」
「かしこまりました……」
マスターが洗練された動きでお酒を作った。グラスが差し出され、一口飲んでから聞いてみた。
「奥の席のあの子は……?」
「ああ、知り合いの子でして……いつも知り合いが迎えに来るまでの少しの間、預かってるんですよ……」
そういうこともあるか……と、男は酒を嗜んだ。
落ち着いたバーの雰囲気を男は気に入った。二杯目を注文し、ぼんやりと待っていると、いつの間にかカウンター内に女の子がいて、
「どうぞ……」
と、笑顔でグラスを差し出してきた。どうやらマスターの粋な計らいらしかった。ありがとうと笑顔でお礼を言うと、女の子は席へと戻っていった。
グラスを口にするたび、差し出してきた時の笑顔が浮かぶ。まだ幼くてとても可愛い子だ。
男は目を閉じてBGMを聴き、雰囲気に酔いしれた。遠くでドアの鍵が閉まるような音が聞こえた。もしかしたら誰かがトイレにでも入ったのかもしれない。それから、ウィーン……と何かが作動するような、低い音が聞こえたような気もした。
そのうち、女の子は迎えが来ていなくなった。男もそろそろ帰るかと思ったが、マスターの姿がなかった。しばらくして戻ってきたマスターは、布を被せた何かを持っていて、それをカウンター下の冷蔵庫にしまったようだった。
程なくして、一席空けた隣の客が、
「……マスター……いつものを……」
と頼むのが聞こえた。しばらくして出てきたのは薄黄色のカクテルだった。
その後、さらに隣の客が、
「マスター……あれを……」
と頼んだ。出てきたのはまた薄黄色のカクテルだった。同じもののようだった。美味しいのだろうかと男は気になったが、真似をするのはかっこ悪い気がして、頼まなかった。
お会計のタイミングをうかがっていると、さらに隣の客も、同じものを頼んだように見えた。どういうことだ? と男は思った。全員、同じものを飲んでいないか? 同じタイミングで? いや、確かに隣のものを見て欲しくなるというのは分かる。だが、それとはまた違うような…………なんだ? 何かきっかけがあったのか……?
男は少し前のことを思い返した。そうだ、マスターが何かを持っていた。あれか! あれはなんなんだろう……ただ、他の客はそれを待っていたことに間違いはなさそうだ。マスターがそれを最初から用意していなかったのは、とっておきだからか……? わざわざそんなことをするのは少し変な気もするが…………向こうに保管場所があるのか……?
男はそっと席を立ち、店の一番奥まで行ってみた。そこはただ短く通路になっていて、酒を保管するような場所はなく、トイレのドアが二つあるだけだった。男性用と女性用が分かれていて、女性に親切なお店……と思った瞬間、フッと、さっきまでいた女の子のことが思い浮かんだ。
え……? さっきトイレに入ったのは、女の子だったか? いや、直接見てはいないが、そうだったのかもしれない。ん……? 女の子がトイレに入って、その後、マスターがトイレに入って、何かを持ってきた……?
男はハッとした。薄黄色のカクテル……まさか……! 急に緊張し、ゆっくりと席に戻り、マスターのことを盗み見て、ごくり、と一度喉を鳴らした。
そういうことなのか……ここにいる客は常連で、それがもうわかっていて……
……本当なのか……? 本当に、あの可愛い女の子の……あれを飲めるというのか……?
男は一人、鼓動を強くしていた。店内の空気の全てをうかがうように、全身を研ぎ澄ませていた。そして、
「……マスター……隣と同じものを……」
と頼んだ。軽やかにグラスを拭いていたマスターの手が止まり、視線が向けられた。
「どうぞ……」
差し出された薄黄色のカクテルは、クリアでキラキラと輝いていた。男はグラスを持ち、女の子の顔を思い浮かべながら、細く深く匂いを嗅いだ。そして、天にも昇る思いで、恍惚の表情を浮かべた。
その様子を見てマスターは、また飲む水の量を増やす必要があるな、とお腹を撫でた。
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