学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
001 本気に決まっている。名前、書いて
「おとなになったら、けっこんして?」
五歳のとき、砂場で交わした約束だ。
だが──俺はきもデブの陰キャになって、あいつは学園一の美少女になった。
誰が見ても不釣り合いで、学園では会話すらない仲だ。
だから、その話はもう終わっているはずだった。
シャープペンの先が、何度も同じ数字の上で止まっている。
「そこ……公式違うよ」
向かいに座る真白が身を乗り出し、ノートを指で軽く叩いた。
大悟は小さく息を吐く。言われるまで気づかなかった。計算式が途中で破綻している。
高校三年の四月。受験まで残り一年──。
放課後は、大悟の部屋で真白と勉強するのが最近の習慣になっていた。
大悟は教室の隅でゲームの話をする側の人間だ。体格は丸くて小柄。制服のブレザーはどこか窮屈そうで、座れば腹が机に触れる。あだ名は「キモダイ」。笑われることにも、もう慣れている。
真白は違う。
まず背が高い。廊下では自然と目線が上がる。手足は長く、立っているだけで姿勢が絵になる。制服なのに、なぜか雑誌の一ページみたいに見える。
顔は小さく、目は大きいがきつくない。笑えば目尻がふわりと下がる。その瞬間、周囲の男子が一斉に静かになる。
黒髪は艶があり、歩くたびにゆっくり揺れる。体育のあとでも乱れない肌は、やたらと光を反射する。
「芸能人にいそう」という言葉では足りない。「芸能人より可愛い」と言い出す者が出るタイプだ。
告白された回数は両手では足りない。断られた男子が廊下で落ち込む姿も、もはや季節の風物詩になっている。
それでも女子から嫌われない。性格までちゃんとしているから、手がつけられない。
教室に入るだけで、空気の温度が一段上がる。
大悟とは、まるで別の世界の住人だった。
そんな二人が幼馴染で、放課後に同じ部屋にいることなど、誰も知らない。
知るはずもない。
家は隣同士だ。
生まれたときからの付き合いで、赤ん坊のころは同じ布団に寝かされていたらしい。物心つく前から隣にいるのが当たり前だった。
小学校の高学年に上がるころには、真白はすでに目立っていた。運動会では保護者席がざわつき、授業参観では母親たちがひそひそと名前を確認し合う。学年が上がるたびに、可愛いという言葉が美人に変わっていった。
それでも、放課後になると変わらず大悟の部屋に来た。
ゲーム機の前に並んで座り、コントローラーを奪い合い、負ければ本気で悔しがる。
中学に上がっても、高校に入っても、それは変わらなかった。
真白がどれだけ目立つ存在になっても、大悟の部屋だけは昔のままだった。
学校ではほとんど話さない。
廊下で目が合っても、軽くうなずく程度。
だが放課後になれば、隣のインターホンが鳴る。
「入るね」という遠慮のない声とともに、真白はいつも通り上がり込む。
真白のことを異性として意識していないと言えば、嘘になる。
同じ机を挟んで向かい合うだけで、距離の近さに神経が集中する。身を乗り出してノートを覗き込まれれば、ほのかに甘いシャンプーの匂いが届く。そのたびに、意識するなと言うほうが無理だった。
けれど──格が違いすぎる。
廊下を歩けば視線を集める存在と、教室の隅で笑われる側の人間。
並んで歩くだけで不釣り合いだと分かる距離だ。
あれだけ告白されて、どうして誰とも付き合わないのかは分からない。もっと似合いの相手はいくらでもいるはずなのに……。
それでも大悟は、考えないようにしていた。
放課後に部屋に来る。ゲームをして、いまは一緒に勉強をする。それだけで十分だった。
欲を出せば壊れる。
壊れたら、もう二度と戻らない。
真白と抱き合うようなことを思い浮かべるのは、夜、布団に入ってからだけだ。天井を見つめながら、もしも、と想像する。指先が触れたらどうなるか。肩を抱いたらどんな顔をするのか。
だがそれは、現実では絶対に越えない線の向こう側だ。
欲だけをひとりで処理して、すべて胸の奥に押し込める。
幼馴染でいること──。それが、大悟の分相応だと信じていた。
「トイレ」
大悟が立ち上がる。
「逃げた?」
「違う」
短く返して部屋を出る。
廊下の静けさに、少しだけ胸が落ち着く。
「好きだ」とは言えない。言ってはいけない。
いまの距離が壊れるくらいなら、この関係のままでいい。
一階のトイレで用を足して、再び階段を昇って二階の部屋のドアを開ける。
真白が本棚の前に立っていた。
手にしているのは、表紙を別にして奥に隠したはずの一冊。女性の裸の写真集だ。いわゆる「エロ写真集」だけど、ただのエロ本じゃない。女が緊縛され責められている写真集だ。
ただ裸なだけでは足りない。拘束され、身動きが取れない姿にこそ、大悟は強く惹かれる。
キモい自分の性癖を真白に見つけられて、大悟の背筋が凍る。
「な、なにしてるんだよ──」
声が裏返る。
真白はゆっくり振り向く。
「これ」
開かれたページには、全裸の女が後ろ手に縄で縛られ、テーブルの上に正座させられている写真があった。肌には縄の食い込み跡がくっきり残り、頬は紅潮している。
視界に入った瞬間、大悟は駆け寄った。
「返せよ──」
半ば奪うように取り上げる。手が震える。
本棚の奥へ押し込む。さらに奥へ。
耳が熱い。顔の温度が上がっているのが自分でもわかる。
「勝手に触るなよ」
「ごめん。ちょっと気になっただけ」
真白は怒っていない。むしろ落ち着いている。
その落ち着きが、余計に大悟の胸を締めつける。
「……ああいうのが……好きなの……?」
小さな声……。
「いいだろう──。放っておいてくれ」
言った瞬間、自己嫌悪が押し寄せる。
こんな自分が、彼女と同じ空間にいる資格があるのか。
「……ごめん。きもいよな……」
俯いて、言葉を出す。
いつもそうしてきた。
「きもくないよ……。ただ、大悟がああいうのが好きなのか訊いただけ……。教えて……」
真白がすっと大悟に近づいた。
その距離はあまりにも近くてびっくりして顔をあげる。
ほとんど顔が接するくらいの近さで視線が合う。
慌てて距離を取ろうとしたが、真白に腕を掴まれて阻まれる。大悟の腹が真白の身体に触れ、真白の胸が大悟の肩に当たる。
目の前の真白は真っ赤な顔をしていた。
「……十八歳なんだから普通でしょ」
「普通って……」
「いいよ」
すると、真白が言った。
「いいって……なにが?」
大悟はたじろいだ。
「ああいうことしても……。あたしもちょっと興味あるし……」
「えっ?」
「……それと、あたし、大悟のこと好きだからね」
「はっ?」
耳にしたことが信じられずに、大悟は思わず問い返した。
すると、目の前の幼馴染の美少女は、大悟の身体の腕を回して抱きついてきた。
真白が大悟の腕を掴んだまま、壁際まで押し込む。高さの差で、大悟の視界は真白の胸元に塞がれる。
逃げようと動いた拍子に、柔らかな感触が頬に触れた。
「逃げないで」
真白が小さく囁く。
「お、おい……」
大悟は真白の胸に顔を押しつけられたまま小さく返す。
「だから、あたしが大悟のことが好きってこと……」
「えっ……」
「聞こえた?」
「あ、ああ……」
「わかってる?」
「わかっているって……?」
「友達として好きとか、幼馴染として好きとか言ってないからね……。好き。ちゃんと男の人として……」
「えっ、えっ……あ、ああ、ありがとう」
やっとのことで言った。
「じゃあ、返事は?」
「……はあ?」
「返事。大悟は、あたしのこといまでも好き?」
「いまでも?」
「約束のこと覚えている?」
「約束?」
大悟は首を傾げた。
真白の腕の力がわずかに緩む。
大悟は反射的に身体を引こうとする。
だがすぐに、手首を掴み直される。
「……あたし、忘れてないよ」
真白は真っ赤なまま視線を逸らさない。
「大人になったら結婚するって言ったこと」
胸がざわつく。
「ああ……あれ……幼稚園のとき、公園の滑り台の下だろ?」
記憶が一気に蘇る。
真白の顔が微笑む……。いや、実際にはほとんど表情は変わってない。でも、大悟にだけはわかるのだ。真白は喜んでいる。
「いや、滑り台じゃなくて、砂場」
「そうだったか?」
「そうだよ。あれ、冗談じゃないから」
真白は間を置かずに言う。
「あれって……あれは、子どもの約束で……」
大悟は視線を外す。
「あたしはずっと覚えていた……。だから、子供のときの約束じゃない……。大悟も忘れてないと思ってた」
掴む力が強くなる。
「い、いや……だって……」
──まさか、この学園でも有名な美少女になった真白が、きもデブの俺と?
あれは容姿も立場も関係なかった頃の話だ。いまは違う。一緒に過ごせるだけで奇跡だと思っていた。
「まさか、忘れてたの」
問いが落ちる。
「忘れてない」
大悟は息を飲む。
「じゃあ、いまは?」
真白の瞳が揺れない。
「いまも、あたしのこと好き? 大悟に飽きられないように、頑張って綺麗になったつもり。胸だってたくさん頑張ったし……。大悟って、おっぱい大きい方が好きだよね。隠している写真は、そんな女の人が多かった……」
「お、多かったって、見たのかよ──?」
声をあげた。
「見たよ。大悟に気に入られる女の子になりたかったし。縛ったりするのが好きなのも知ってる……」
「お、お前……か、勝手に……」
「返事して。あたしは告白した。大悟はどうなの? あたしのこと嫌い?」
真白が真っ直ぐに大悟を見る。
もう逃げ道はない。
「……す、好きに決まっているだろう……。お、俺が真白のこと嫌いなものか──。大好きだよ。でも、お前は高嶺の花で──こんなきもデブの俺とは釣り合わなくて……」
「あたしは高嶺の花じゃないし、大悟がこんなってなに──? ……まあいいや。じゃあ、約束……」
真白が大悟の腕をやっと離す。
トートバッグからなにかを探して座り直すと、迷いなく透明のファイルを取り出した。そのファイルからなにかの紙を拡げる。
『婚姻届』──。
そこにはそう書いてあった。
本物だ。
「は、はあ、なにこれ──?」
大悟は声をあげた。
役場に提出する本物の婚姻届だ。
しかも、すでに名前が書いてある。
“妻になる人”── 一条真白──。
“夫になる人”の欄は空欄だけど、証人の欄には、真白と大悟の母親の署名が終わっていた。
「大人になったら結婚してくれるって約束した……。あたしも大悟も、十八の誕生日が終わって大人……。名前を書いて」
「書いてって……お前」
大悟は息を呑んだ。
真白も大悟も四月生まれで誕生日は近い。だからこそ、隣同士で、赤ん坊の頃から親同士が仲がよかったのだが、確かに、この前ふたりの誕生日の終わったいまは、一応は成人していることになる。
だけど……。
「……あっ、だけど、なんで……お袋たちの名前が……?」
「あたしのお母さんは、あたしの気持ちをずっと知っているから……。大悟のお父さんとお母さんは泣いて喜んでくれた」
真白は幼稚園のときに父親を亡くして母子家庭だ。大悟の家で預かることも多く、大悟の両親も“お父さん”“お母さん”と呼ぶ。その親たちもすでに認めているってこと?
「名前、書いて──。約束、守って……。そしたら、大悟が好きなこと……あたしにしていい……」
真白が婚姻届を大悟の方に押しやる。
「好きなことって……」
大悟は息を飲む。
「これ……でしょう?」
真白は大悟がとりあげて、まだ手に持ったままだった、女が縛られているエロ写真集を指さした。
「言っておくけど、答えは、“はい“か”うん”。あの約束が嘘と言うなら、あたしにも考えがある」
「なんだよ………。考えって……?」
「……さあ。ただ、最終的には大悟はわかってくれる……それだけは言っておく」
真白がじっと大悟を見つめる。
大悟は、息を呑んだ。真白が真剣であることがわかったからだ。
長い付き合いだ。
真白は一度決めたことは絶対にやり遂げる。どんなことでもだ。
これは、逃げられない。
逃げれば、真白は言葉のとおり、どんなことでもするだろう。
大悟は、それを理解した。
「お、お前……本気……なんだな……」
「本気に決まっている。名前、書いて」
大悟がテーブルに座り直すと、真白は筆入れからボールペンを取り出して、大悟に渡してきた。
震える手でボールペンを受け取る。
紙の上に置いた瞬間、ペン先がわずかに引っかかる。
──木許。
一画目で止まる。呼吸を整え、もう一度。
──大悟。
最後の払いが歪んだ。インクがわずかに滲む。
それでも、名前はそこに残った。
書き終えた瞬間、真白が素早く婚姻届を取り上げる。
ためらいなく透明ファイルに挟み、そのまま胸に抱いた。
「これで、法的に大悟は、あたしの旦那様」
表情のない真白には珍しくくすりと笑う
婚姻届をファイルごと抱きしめたまま、目を細める。
「……あの……それ……どうするんだ?」
大悟が恐る恐る訊ねる。
「提出するよ……。いつかね……」
あっさりと言う。
「……いつか……か」
「うん……。でも、これで大悟はあたしの旦那様だからね。浮気は許さないから」
ファイルをバッグにしまいながら、真っ直ぐに睨む。
「す、するわけないだろう。お前、この俺だぞ──。木許大悟で“きもだい”で“きもデブ”の俺だ。女になんか相手にされるものか──」
「ならいい……。ずっときもデブでいて。大悟はあたしだけのきもデブでいて」
立ちあがり、近づく。
「これで、あたしもいずれは、木許真白。もう戻らないよ」
静かに笑う。
「……お前……本当に……いいのか……俺で……」
声が掠れる。
「大悟がいい。大悟以外は考えられない」
即答だった。
視線が逸れない。
逃げ道は、どこにもない。
だが、不思議と嫌ではなかった。
「……じゃあ、あたしも約束……」
真白はトートバッグを抱えたまま、大悟のすぐそばに正座した。
膝を揃え、背筋を伸ばす。その仕草はどこか儀式めいている。
バッグの中を探り、ゆっくりと取り出したのは、黒い革の枷だった。金具が小さく光を反射する。
「えっ?」
大悟の喉から声だけが漏れる。
「……調べた……。大悟は縛るのが好きだけど、経験はないでしょう?」
落ち着いた声だった。
「そ、それは……」
「それはこれから先で練習しよう……。とりあえず、こんな簡単なものでした方がいい」
真白は革枷を大悟の手に押しつける。
そして、迷いなく両手を背中に回し、大悟に向けて差し出した。
「えっ、えっ、えっ……お前って?」
「手錠して……好きなことしていい」
「い、いや……それって……。いやいやいや、そもそも、これ……どうやって……」
「通信販売。大人だからこんなものも買える」
さらりと言う。
「買ったのか」
「さっきも言ったけど、最初から縄は無理だと思う。はじめはこれで……」
「え、でも……」
「いいの……。あたしも……そっちが興奮するかも……。ほら……」
真白はさらににじり寄る。
距離が詰まり、甘い匂いが濃くなる
大悟は口の中に溜まった唾を飲み込んだ。
震える指で、細い手首に革枷をかける。金具が小さく音を立て、固定される。
真白はわずかに肩を揺らし、背中で両手を試しに動かした。
「ふふふ……これで、なにも抵抗できないよ……。大悟も興奮する?」
試すように視線を向ける。
「こ、興奮する……」
大悟は思わず頷いた。
「……ほんとだ」
真白が大悟のズボンの前をちらりと見た。
「ま、真白……大事にするから」
大悟は手を伸ばして、がばりと真白に抱きつく。
そのまま押し倒そうとした。
しかし、真白が少し抵抗する。
「……最初はキスから……」
真白が顔を突き出すようにする。
大悟は後ろ手のままの真白を抱き寄せて、思い切り口づけをした。
がちんとちょっと歯が当たったが、真白はなにも言わずに、口を少しだけ開いて、大悟の口の中に舌を差し込んできた。