※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】   作:ドン・ドナシアン

10 / 35
010 代わりに、あんたは絶対に破滅させる

「ふふふ、言うことを聞かなければ、この写真はあっという間に出回りますから。いいですね──? 取りあげようとしても無駄ですから──。もう、自宅のパソコンにデータを送信済みです──」

 

 遠藤かおるは、スマートフォンを胸の高さで構えたまま、口角を上げていた。

 階段の踊り場。昼休みのざわめきが遠くにあるのに、ここだけ空気が薄い。

 

 まずい──。

 大悟の頭の奥が熱くなる。

 あの写真が出回れば、真白は……。

 

「おい、消せ。それを──」

 

 大悟は声をあげた。

 しかし、最後まで言い終わる前に、真白が前に出た。

 

 肩が触れる。

 背中が視界を塞ぐ。

 

「な、なんですか……。お、脅しだと思ってるんですか……?」

 

 さっきまで勝ち誇っていたかおるの声が、わずかに揺れた。

 真白の背中は動かない。

 

「……さあ、どうでもいい……。ただ、都合がいいかと思っているだけ」

 

「都合がいい?」

 

 かおるが怪訝そうに表情を変える。

 

「大悟とあたしのことで、羽虫が騒ぐのはわかってた。全部潰すつもりだったから、自分から名乗ってくれるなら早い」

 

 真白は全く動じた様子はない。むしろ、声に圧がある。

 階段下から誰かの笑い声が聞こえる。

 なのに、ここだけ音が吸い込まれている。

 

「早い?」

 

「写真をばら撒きたいなら、好きにすればいい」

 

 声が低い。

 怒鳴っていない。

 抑揚もない。

 

「えっ……で、でも……」

 

「どうせ騒ぐ連中はいる。炙り出すつもりだったの。自分から名乗り出てくれるなら、そのほうが効率がいい」

 

 前を向いている真白の顔は大悟には見えない。

 しかし、かおるの指先がわずかに震え出すのはわかった。

 

「こ、効率?……」

 

 かおるはたじろいでいる。

 

「……あたしが怖いのは、大悟を失うことだけ……。あんな写真くらい、どうということはない」

 

 心臓が跳ねる。

 真白の背中は、真っ直ぐだ。

 

「好きなようにしなさい……」

 

「……好きなようにって……」

 

「その代わりに──あんたは確実に破滅させるから……」

 

 真白の口調は静かだ。そして、どこまでも冷たい。

 叫びでも、怒声でもない。

 ただ事実を告げる声──。

 かおるの喉が鳴った。

 

「……破滅って……なに、言って……」

 

「まずは退学……。でもそれだけで済むとは思わないことね……。あたしは潰すって言ったら潰すの。大悟に触れた代償は、必ず払わせる」

 

「い、いえ、そんな……。ちょ、ちょっと待ってください。あたし、そんなつもりじゃ……」

 

 かおるの呼吸が荒くなる。

 

「じゃあ、どんなつもりなの?」

 

 真白が初めて、一歩前に出た。

 

「……ご、ごめんなさい──」

 

 声が裏返って、かおるの膝が折れた。

 尻もちをつき、脚のあいだから短いスパッツが覗く。スマートフォンが床に落ち、乾いた音が響いた。

 

「……ちが……こんなはずじゃ……」

 

 ぼろぼろと涙をこぼす。泣きながら、息を吸えないように肩を震わせる。

 

「おい、大丈夫か、あんた?」

 

 大悟は思わず声をかけてしまった。

 

「はあ?」

 

 すると、真白の背中が、わずかに揺れた。

 真白が、ゆっくりと振り返る。

 顔から表情が完全に抜けている。

 

「……大悟」

 

 低い……。

 名を呼ぶ声が妙に澄んでいる。

 

「な、なんだよ。待てよ、真白」

 

「いま、この羽虫を心配した?」

 

 真白の眼は静かに座っていた。

 怒らせた──?

 咄嗟に悟る。

 

「いや……泣いたから……つい……」

 

 たじろぎながら答えた。

 

「つい、なに……? あたしたちを脅そうとした女を? 泣けば、誰でも優しくするの?」

 

 一歩、近づく。

 距離が縮まる。

 

「いや……違くて……」

 

 ぞっとした。

 真白って、こんなに怖かったか……?

 

「かわいそうだと思ったの?」

 

「そういうわけじゃなくて……。しゃがみ込んだから……」

 

「しゃがみ込んだから? 目に入ったものが気になった? あたしのものよりも?」

 

 視線が逸らせない。

 真白の顔が冷えきっていた。

 

「なんだよ、それ」

 

「見るなら、あたしのを見て。こんな羽虫に価値なんてない」

 

「い、いや……わかっているし……。あ、あの、もし、真白以外に目移りしたみたいに……思ってるなら……。それは違うぞ……。俺は真白だけだ……」

 

「……本当に」

 

 制服の胸元に、指先が触れる。

 強い──。

 

「ほ、ほんと……。本当にほんと……」

 

「そう」

 

 真白はそれだけを言うと、しばらくのあいだなにも言わずに、大悟を睨むように見つめ続ける。

 背中に妙な汗をかいてきた。

 

 やがて、少しだけ真白の顔が緩んだ。

 指先に込めていた力も弱くなった。

 ほっとした。

 しかし、背筋の冷たいものはまだ残っている。

 

「……ならいい……。でも、優しさを向ける相手は、あたしだけにして……」

 

「わ、わかったよ」

 

 大きく頷く。

 

「他の女を心配する必要はない」

 

 声は落ち着いているが、眼は据わっている。

 

「もちろんだ」

 

 大悟はなんとか口元を綻ばせた。

 だが、ちょっと怖いと思ったのは気のせいだろうか。

 すると、真白もほっとしたように、身体から力を抜くのがわかった。

 とりあえず、よかった……。

 

 そのとき、真白の向こうのかおるがごくりと喉を鳴らす音がした。

 視線を向ける。いつの間にか、その場に正座をするように、大悟と真白の話に聞き入る姿勢になっている。

 すでに、涙は出てない。まばたきを忘れたように、大悟たちに見入っている。

 

「なんだ?」

 

 大悟は眉をひそめた。

 

「……すご……」

 

 かおるが喉を鳴らす。

 

「……もしかして……大好きなのは一条さんの方で、木許先輩にすごく執着してないですか?」

 

 かおるの顔は好奇心に染まったような表情になっていた。

 それだけでなく、はっとしたように、スマホを拾ってなにかを書き込み始める。

 

「待てよ、なにメモしてるんだよ?」

 

 大悟は声をさすがに文句を口にする。

しかし、かおるは大きく息を吸った。

 

「ちょっと待ってください──。いまの感じだと、一条さんが、木許先輩を完全に囲ってる感じですか? そもそも、どういう関係で……? お付き合いをすることになった切っ掛けを教えてください──。それと、校門で木許先輩が、一条さんが選んだのが木許先輩だって言いましたよね? あれって、やっぱり、一条さんが先に好きになったという意味ですか?」

 

 かおるがいきなり早口でまくし立て始めた。

 なんだ、こいつ──?

 真白はゆっくりと視線だけをかおるへ向ける。

 

「先も後もない。あたしたちはずっと両想い」

 

「えっ、それはどういう意味ですか?」

 

 かおるはスマホを操作する指はめまぐるしく動いている。

 

「いいから、スマホを触るな──。さっきから、なにしてんだ──」

 

 大悟は怒鳴った。

 

「わっ──。木許先輩って、そんな声も出すんですね──。でも、校門のときも格好よかったですし、意外……」

 

 かおるが息を吐く。

 

「……羽虫。静かに」

 

 真白がかおるを睨んだ。

 かおるが硬直する。やっと、スマホに触れるのをやめた。

 気のせいか、空気がぴたりと止まった気がした。

 

「羽虫、答えなさい。なんのために、あたしたちを盗撮したの?」

 

 真白の声は低く、感情が削ぎ落とされていた。

 

「……羽虫って……あたし、遠藤かおる、って言います……。あの、文芸部で……」

 

「質問に答えなさい──」

 

「あっ、申し訳ありません。データはすぐ消しますから……」

 

 かおるが慌てて、スマートフォンを操作しようとする。

 だが、その手首を真白が掴んだ。

 

「勝手に消さない。それよりも、答えなさい。なぜ、盗撮したの?」

 

「す、すみません……出来心で……」

 

「出来心とはなに? あなたは出来心で、すぐに人を脅迫するの?」

 

 言葉が静かに刺さる。

 

「い、いえ……追い掛けてきたら、たまたま……」

 

「たまたまとは?」

 

 真白はかおるを静かに睨んでいる。

しばらく待っていたが、やがて、かおるは「ごめんなさい……」とだけ言った。

 真白が嘆息する。

 

「……まあいいわ。目的を言いなさい。追い掛けてきた理由は? 羽虫は、さっきの校門のときにいたわね」

 

 真白の言葉に、大悟は感心した。

 かなりの生徒に囲まれていたと思うが、真白は冷静に周りを観察していたようだ。

 

「……そうですけど。気がついたんですか?」

 

「質問にはすぐに答えなさい。それと、いつまでも座ってないで立つ」

 

「は、はい──」

 

 かおるは、ずっと正座したままだったのだが、慌てたように立ち上がる。

 

「取材させていただきたいと思いました──」

 

 かおるが直立不動の姿勢で言う。

 しかし、取材とはなんだろう?

 

「取材って?」

 

 大悟は思わず横から訊ねた。

 

「しょ、小説の題材に……」

 

「小説の題材? もしかして、俺たちをモデルにか?」

 

 大悟はさらに横から口を挟む。

 

「はい。絶対に受けると思うんですよね。文芸部の定期刊行の小冊子に投稿しようかと……。あっ、おふたりの名前はそのまま出しません。あくまでもフィクションです。題して──『きもデブの逆襲』。いいですよね──?」

 

 両手を胸の前で組み、きらきらした目で見てくる。

 

「なにが、きもデブの逆襲だよ……」

 

 大悟は小さく息を吐く。

 

「学園一の美少女に選ばれた、きもデブの快進撃です──。絶対に評判になります」

 

「だけど、俺はきもデブの役なんだろう? ……まあ、きもデブだけど」

 

「そこはインパクトが大事でして」

 

 かおるは人懐っこそうな顔でにこにこしている。

 

「……はあ、わかったよ。ただし、条件付きだ。発表前に必ず見せろ。まあ、モデルくらいなら構わないか……。なあ、真白?」

 

「本当ですか──」

 

 かおるが跳び上がる。

 

「……それでいいか?」

 

 真白を振り返る。だが、真白は、まだ、かおるを冷ややかに見ていた。

 

「……題名が気に入らない」

 

「そこ?」

 

 大悟は眼を細める。

 

「それと……計算もあったね?」

 

 真白がかおるを見る。

 

「えっ?」

 

「出来心で脅迫なんてあり得ない……。あたしは人寄せしない。だから写真があれば拒否できないと思った。違う? 追い掛けてきて、機会があったのはたまたまかもしれない……。でも、しっかりと計算していた」

 

 真白の言葉に、かおるはすぐに口を開いたが、なかなか言葉は出てこなかった。

 やがて、俯いてしまった。

 

「……はい……」

 

 小さく頷く。

 

「なるほど……。じゃあ、計画的な脅迫行為ということね」

 

 真白は淡々としている。

 

「……すみません」

 

「……謝って、終わり?」

 

「い、いえ……。でも、とりあえず、写真は消します──。自宅に送ったなんてのは嘘です。そんな余裕なかったです。スマホの記録を調べてくれていいです……。それと、もともと、SNSで公開するつもりは、全くありませんでした。それだけは信じてください──」

 

 かおるががばりと頭をさげた。

 

「別に公開してもいい」

 

 しかし、真白はさらりと言った。

 

「え?」

 

「大悟があたしのものだと全員にわかる。問題ない」

 

「……いや、問題あるだろう。公開するなよ」

 

 大悟は慌てて口を挟む。

 

「それより、その写真をこっちに送りなさい」

 

 真白が自分のスマートフォンを差し出す。

 画面には、通信アプリの友人登録用にQRコードがあった。

 

「え、えっ?」

 

「送りなさい──」

 

 真白が強く叱咤する。

 

「あっ、はい──」

 

 かおるが震える指で自分のスマホを取り出して、真白のスマホにデータを転送するための操作をする。

 やがて、送信完了したようだ。真白が画面を確認し、満足げに小さく頷いた。

 

「……悪くない。大悟がご主人様をしてる……。待ち受けにする」

 

 真白が無表情のままかすかに微笑む

 

「やめろ」

 

 大悟はすかさず突っ込んだ。

 真白は自分のスマホをしまうと、改めてかおるを見据える。

 

「……これで、羽虫があたしを脅迫したという証拠はできあがり」

 

「えっ?」

 

「写真がスマホに送られた。これは羽虫があたしたちを脅迫したという動かない証拠になる。あたしが告発すれば、羽虫は間違いなく退学になる……」

 

「ま、待ってください──。許してくれたんじゃなかったんですか。謝ったじゃないですか──」

 

「謝って終わりという理屈はあたしは知らない……。とにかく、大悟に恋愛感情を抱かないこと。それを破れば、これを使って、羽虫はあたしを脅迫したと言う」

 

「い、いや……きもダ……いえ、木許先輩に恋慕するなんて、百パーセントないです……。それだけは安心してください」

 

 かおるは、ちょっと嫌そうな表情になった。

 

「まあ、そうだろうな」

 

 大悟は苦笑した。

 

「とにかく、羽虫……。あなたにやって欲しいことがある。従いなさい」

 

「あのう……なにを……」

 

 かおるが困惑した表情になる。

 

「羽虫に拒否権はない。逆らえば、恐喝未遂で告発する」

 

「逆らいません」

 

 かおるがびくりと震えた。

 

「お前なあ、真白……」

 

 大悟は大きく息を吐いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。