学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
「あたしさ、あんたみたいなの探してたんだ。彼女持ちだしね……。ねえ、あたしのご主人様しないかい?」
「はあ? なに言ってんだ、お前。俺に真白が……」
大悟は眉をひそめた。
武道場裏の自販機の横の木のベンチに腰を下ろしたまま、距離を取るように腰を引く。
「わかっているよ──。あたしだって、好みがあるんだ。きもダイなんてお呼びじゃないよ」
「ふざけてんのか、お前。いま、ご主人様って……」
「違う、違う、違う。ちょっと言い方、間違えただけだ。つまりはねえ……。ああ、もう一度、これ見てよ」
ユイがスマホを突き出す。
画面には、さっき見た縄に縛られた下着姿の少女の写真が映っている。
「いや、見たけど……。まあ、綺麗な写真とは思うよ。ちょっと……素人っぽいけどな」
「素人っぽいのは、三脚使った自撮りだからだよ。ちゃんと撮ればもっといいの撮れるんだ。ふざけるなよ」
ユイがむっとした顔になった。
「自撮り?」
大悟はそこに引っ掛かった。
「そうだよ。これはあたしだ──」
ユイが言った。
「えっ、お前?」
大悟はもう一度スマホを受け取った。
目の前の女の子の下着写真──。
写真には顔は写ってないが、さすがに言われてしまえば、思わず身体を見比べてしまう。
「ほう、なんだよ。あたしの身体に興味あるかい? 条件呑んでくれたら、下着姿くらい見せてやるよ。本番は許さないけどね」
ユイがにやりと笑う。
「揶揄うな──」
大悟は慌てて、向けていた目線をスマホの写真に戻した。
だが、ふと違和感を覚えた。
画面が小さくて気づかなかったが、改めて縄道の流れを目で追うと、ところどころ不自然だ。締まり方が均一ではない。腕の後ろで結ばれているはずの結び目が妙に浅い気がする。
そして、少しずつ違和感の理由がわかる。
「……もしかして、自縛か?」
「よくわかったね。さすがだ。わかるということは、縄にもある程度眼は肥えてるね」
ユイが口の端を上げる。
「眼だけはな。実際に縛ったことはない……。練習はしてるけど」
大悟は小さく応じた。
真白が相手をしてくれるようになって、次の大きな目標は、真白を縛ることだ。
しかし、残念ながら、まだ腕が追いつかない。
真白に頼めば、練習台にもなってくれるだろうが、できれば、自信ができるまでは、自分で練習をしようと思っている。
「自縛だと、どうしても限界があってね。自撮りと自縛だけじゃあ、あたしのやりたいことは追求できない。だから、あんたらに目をつけたんだ」
さっきまでの茶化した雰囲気は消えている。
いつの間にか、ユイの顔は真剣になっていた。
「それでご主人様か? さっきも言ったが、悪いけど、俺は真白一筋だ」
大悟も真剣に返す。
すると、ユイの眼が吊り、怒りで真っ赤になる。
「当たり前だよ──。あんなお姫様が、お前のようなきもデブを慕っててくれ、お前の変態プレイも受け入れるなんて奇跡のようなもんだ。きもデブの分際で浮気なんて千年早い」
「お前、喧嘩売ってんのかよ。じゃあ、なんなんだよ」
「縛るのはあたしだ」
ユイは言った。
「あたし?」
大悟はユイをまじまじと見る。
「あたしは将来、緊縛師兼写真家になりたいんだ。誰にも言うなよ──」
「緊縛師?」
大悟は思わず聞き返した。まだ手に持っていたユイのスマホをまた見た。
確かに縄は綺麗だ。自縛でこれなら大したものだと思う。
「まじか……。でも、すげえな。確かに縄は綺麗だ……」
「あ、ありがとう。改めて褒められると嬉しいな……。こんなの誰にも言えることじゃないしな。他人に言えばバカにされるだけだし……」
ユイが少し顔を赤くする。
「バカにはしねえよ……。少なくとも俺は……」
「写真は前から趣味だったんだけどさあ。名前忘れたけど、ある写真家の、縛られた女の写真集を見てな……。それから夢中なんだ。これはサイトにも投稿してる。言っておくけど、月にそこそこ稼いでんだぞ」
「すげえと思うぞ。でも悪いけど、俺がモデルになるのは無理だ。縛られる側は趣味じゃねえ」
「ふざけるなよ。お前を縛って収益なんて出るかい。そもそも、あたしの食指が動かないよ」
「はあ? じゃあさっきから、なにをしたいんだよ。用件言えよ」
「だから、お姫様だよ」
ユイが言った。
「お姫様? 真白か?」
「あんたらも、そっちの趣味があるなら、あたしにお姫様を縛らせてくれよ──。なっ、頼む──。お前から頼んでくれ。あのお姫様をモデルにして緊縛写真をどうしても撮りたいんだ。顔出しなし──。下着じゃなくていい──。水着でもいいし……、いや、服を着ててもいい。頼む──」
「ええっ、本気の話か──?」
大悟は唖然となる。
「当たり前だよ。あのお姫様がモデルになってくれれば、確実にサイトが売れる。あたしも注目される。夢に近づくんだ──」
「なんで俺に言うんだよ。真白に直接言えよ──。そして、断られろ」
「直接に頼んでも、お姫様が受けるわけないのはわかってんだよ。あの氷のような顔で全否定されるのが落ちだ。そもそも、これまでろくに話したことないんだ──」
「俺とお前も一緒だろ。まともに話すのは今日が初めてだ」
「お前が言えば、お姫様は従うだろ──。これでもあたしは人を見る目はあるんだ」
ユイは真顔で言った。
「従いやしねえよ」
「いや、従う。お前に向けるお姫様のあの眼は、本物だ。お前に従いたくて仕方のない雌の眼だ」
「そんな眼なんて、ねえ」
「いいから、頼んでくれよ……。あっ、こっちのコーヒーもやるから。まだ、開けてないし」
ユイが缶コーヒーを大悟に突き出した。
「安いな──。とにかく、だめだ」
「なんでだよ──。ほら、なんだったら、お前の緊縛の練習台になってやるから……。それに、縄のことを教えてもやるぞ。そう言えば、縄の練習したいって、さっき口にしてたよな」
「緊縛に興味があるけど、それとこれとは別だ」
「そう言うなよ。お前のことをご主人様と呼んでやってもいいぞ。見るだけなら見せるし──。あたしは、夢のためなら、裸にもなるよ」
そう言って、ユイがスカートの横をめくる。
「ばか、めくるな──」
大悟は思わず声をあげた。
そのときだった。
「……大悟」
突然、目の前に影が差した。
驚いて顔をあげる。
そこには、いつもに増して、顔の表情を消した真白が立っていた。
「うわっ、真白」
大悟は思わず声を上げた。
「お姫様?」
ユイも目を横で見開いている。
「早くその見苦しいものしまって、泥棒ネコ……」
真白の声は冷たかった。
「ち、違うって。まさか、あたしがあんたの王子様を誘惑してたと思ってんじゃないだろうねえ。あたしにだって好みはあるんだ──」
ユイが横で声を上げながら、慌てたようにスカートを戻す。
「そうだとしても、大悟を知れば危ない……。大悟、見たいなら、あたしに命令すればいい……。大悟の命令で、このスカートの下にはなにもない……。言ってくれれば恥ずかしいけど見せる……」
真白がそう言って、いきなり両手でスカートの裾をつまみ、ゆっくりとだが持ち上げ始める。
「ばか、人前だぞ──」
大悟は慌てて手を伸ばし、スカートを押さえた。
ぎりぎりのところだった。
ほとんど付け根近くまで上がっていた。真白は本気でこの場でめくりそうだった。
大悟の心臓はまだ早く打っている。
「……大悟は優しい。守ってくれると思ってた」
「試したのかよ。心臓に悪い」
大悟は息を吐く。
「……試してない。いつもあたしは本気」
真白が静かに答える。
「……へえ、びっくりした。お姫様は、そんな顔もするんだね」
横のユイが呆れたように言った。
「どんな顔?」
真白がユイを見る。
「笑っている……。とても愉しそうな顔で……。こいつに甘えているのがわかる……。まあ、ほとんど表情ないけどね……」
「……あたしの表情……。無表情じゃないって言ったの、大悟のほかには、泥棒ネコのお前が最初かもしれない」
「泥棒ネコじゃねえよ」
ユイは不貞腐れたように言った。
真白は少しだけ視線を落とし、それから大悟を見る。
「……モデルの件、引き受けてもいい……。大悟が言うなら」
「ええっ?」
「本当かよ」
大悟とユイの声が同時に重なった。
しかし、同時にふと違和感を覚えた。
「お前、なんで話を知っているんだ? いや、そもそも、俺たちがここにいるのを誰に聞いたんだ?」
大悟は首を傾げた。
少なくとも、真白が姿を見せたのは声を掛ける直前だ。いくらなんでも、すぐ横に真白がいれば気づく。だとしたら、モデルの話を聞いているのはおかしい。
さっきは少しばかり大きな声を出していたから、どこかから聞こえた可能性はある。だが、この場所に呼び出されたことは真白には言っていないし、ユイが誰かに告げていたとも考えにくい。
どうして、ここに来れた?
「まあ、王子様に執着しているお姫様のことだからさ。あんたのスマホにでも、GPSとか盗聴でも仕込んでんじゃないの?」
横でユイが茶化すように言った。
「えっ?」
大悟は思わず真白を見る。
真白の顔には相変わらず表情がない。ただ、都合が悪いときに見せる、少し惚けたような雰囲気が漂っていた。
大悟はポケットからスマホを取り出して画面を眺める。
しばらく見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「まあ、いいか……」
そう言って、スマホをポケットにしまう。
「いいのかい──」
ユイが横から呆れた声で突っ込んだ。
大悟は、それを無視して、真白を見る。
「……というか、いまのどういう意味だ、真白? こいつの頼みを受けてもいいって聞こえたぞ」
大悟は真白に言った。
すると、横からユイの手が大悟を制するように横に伸びてきた。
「いや、余計なこと言うなよ、お前──。ねえ、本当にモデルになってくれる? 頼む。この通りだよ──」
ユイが真白に向かって手を合わせ、ぺこりと頭を下げる。
「黙れ、泥棒ネコ。お前には訊いてない。大悟に訊いてる」
真白が冷たく言い放つ。
「いや、こいつも乗り気だよ。なっ、なっ、なっ」
ユイが缶コーヒーを大悟の胸に押しつけてくる。
大悟は、真っ直ぐに真白を見たまま、それを軽く手で払った。
「いや、お前、どこまでわかってんだ、真白? モデルって、緊縛モデルだぞ。しかも、こいつの撮影で……」
「あたしの撮影がどうしたんだよ──。これでも月に二万くらいの収益になってんだ──」
ユイが声を張り上げる。
「……大悟は緊縛に興味あるよね。あたしに縛られてほしい?」
真白がユイを完全に無視したまま、まっすぐ大悟を見て言った。
「そりゃあ……」
大悟は少し目を逸らす。
興味がないとは言えない。その手の写真集や雑誌を集めていたことを、真白には知られている。実際に、大いに興味はある。
「……なら、縛られてあげる……。大悟も緊縛を覚えたいみたいだし、この泥棒ネコの申し出は悪くない」
「えっ、ホントに?」
ユイが真白に向かって身体を乗り出した。
「やってもいい……。ただし、収益の四割もらう。それが条件」
真白がユイを見た。
「四割──? あっ、でも……一条がやってくれるなら、収益は上がるか……。うーん、よし、わかった。それを呑むよ。だけど、本当にいいんだよね? あっ、どこまでいいの? 下着とかだめ? 水着でもいいけど」
「大悟がいいならいい。でも、裸は……まだだめ。下着なら大丈夫。ただし、撮影は大悟が同席。大悟がいないとだめ。顔はどうでもいい。出してもいい」
「駄目に決まってるだろ。今度こそ学園を退学になるぞ」
大悟が慌てて口を挟む。
「わかった。それでいい。やった──やったね。絶対にいい緊縛写真を撮ってみせるよ。ありがとう、ありがとう──。もしかしたら、夢が夢でなくなるかもしれない。あたしはこのチャンスを絶対にものにしてみせるから」
ユイが声を上げた。
「……あと条件は、撮影のとき、大悟がその気になったら泥棒ネコはすぐに退出。大悟が優先」
真白が冷静な口調で付け加える。
「わかったよ。あたしだって、わきまえるよ……。こいつのどこがいいのか知らないけどね……。まあ、きもダイ、これからよろしくな。お姫様が正気に戻って、あんたを見限らないように、あたしも協力するから」
ユイが笑う。
「我に返っても大丈夫。もう籍を入れた。大悟はあたしのもの」
真白が言った。
「はっ?」
ユイがわずかに首を傾げた。
「お前、それは黙ってろと言われただろう」
大悟は呆れて言う。
「えっ、籍? どういうこと?」
ユイがぽかんと口を開けた。
「どういうことでもない──。じゃあ、本当にいいのか、真白? こいつの緊縛モデルなんて」
大悟は真白を見る。
「いい。大悟も緊縛の練習したいなら、いい機会……。でも、大悟は他の人を縛っちゃだめ。あたしだけ。いくらでも縛らせてあげる」
「惚れられてるねえ。いやあ、不思議なもんだねえ。こうやって接していると、あんたらがお似合いに見えてくるから不思議だよ」
ユイが笑った。
「……もしかして、泥棒ネコはいい人間か?」
真白がユイを見る。
「ああ、あたしはいい泥棒ネコだ。きもダイには興味ないけど、お姫様には興味ありありの未来の緊縛カメラマン様だ」
ユイが白い歯を見せて、満面の笑みを作った。
「……なんか、とんでもないことになってきた気がするな……。まあ、緊縛の練習ができるのは正直ありがたいけど」
大悟は額を押さえて息を吐く。
「女子高生二人相手に、SMできんだ。そんな顔して贅沢だぞ。とにかく、今日は週末に向けての放課後打合せ。週末撮影ね──。ほら、スマホ出しな。連絡先交換だ」