学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
夕方のニュース番組が、リビングのテレビで淡々と流れている。
陽奈は、一階のリビングのソファに寝転がって画面を眺めていたが、玄関のドアが開き、さらにリビングの扉も開く音を聞いて顔を上げた。
きもデブが帰宅したようだ。
珍しくひとりだ。
真白姉ちゃんは、この家に自分の部屋を持ち、着替えまで置いているくらいで、ほとんど入り浸りだ。特にこのところはそうだったから、きもデブがひとりで帰ってくるのは、久しぶりのような気がした。
「お帰り、お兄ちゃん」
ソファに寝転んだまま声を掛ける。
「ただいま。早いな、陽奈……。部活は?」
「自主練……。真白姉ちゃんは?」
「着替えてから来るって」
きもデブは少し疲れた顔でそう答えると、そのまま階段を上がっていった。
ちょうどよかった。
今日は、言いたいことがあったのだ。
大悟が二階に消えたのを確認してから、ソファから起き上がって、自分も二階に向かう。
陽奈は、さっき大悟宛てに届いた宅配便の箱を自室から抱え、大悟の部屋に向かう。
言いたいことというのは、さっき届いたこの荷物にも関係がある。
いまだに信じられないが、兄の大悟が、あの中等部まで鳴り響いている美人で秀才の真白姉ちゃんと密かに結婚したというのは事実らしい。
もっとも、学園SNSでは真白姉ちゃんの相手候補が飛び交っていて、何人かのイケメンの先輩の名前が挙がっているにすぎない。ただ、その中に兄のきもデブの名前も挙がっていた。
ただし、それは真白姉ちゃんに恋人ができたというところまでであり、結婚というところまでは出ていない。
陽奈は、実際には、大悟と真白姉ちゃんが、籍まで入れてしまったことを知っている。
だからこそ、この変態には忠告しておこうと思っていた。
あの真白姉ちゃんが兄のきもデブと籍まで入れたというのは奇跡のようなものだ。だからこそ、この奇跡を守らなければならない。
しかし、このきもデブはそれをわかっていない。
いい機会だ。
今日という今日は言ってやらないとならない。
ノックすると返事があったので、部屋に入る。
まず目に入るのは、二台のディスプレイと三台のパソコン。ソフト開発関係のたくさんの本。
相変わらずのオタク部屋だ。
「ねえ、お兄ちゃん、さっき荷物届いたよ。でも、前々から言おうと思ってたんだけど……。んんっ?」
兄の部屋に入った陽奈は、文句を言うために口を開いたが、途中で言葉に詰まってしまった。
大悟はまだ半分下着姿で着替え中だったが、机の上に広げていた制服の持ち物の中に、違和感しかないものが見えたからだ。
小さな白い布の塊──。
まさかとは思うけど……。
「……なにこれ?」
手に持っていた箱を兄の机の上に置くと、陽奈は、それを手に取って広げた。
小さな女物の下着だった。
陽奈の顔が真っ赤になる。
羞恥ではなく、怒りでだ──。
「なによ、これ、お兄ちゃん──」
「うわっ、勝手に見るな」
大悟が陽奈からその下着を取り返そうと慌てて手を伸ばす。
だが、はきかけだった私服のズボンに足が引っ掛かり、ものの見事にその場にひっくり返ってしまった。
きもデブの体重で二階の床が大きく揺れる。
「あ、呆れた──。お兄ちゃん。女物の下着じゃないのよ」
「お前のじゃねえぞ」
「わかっているわよ。真白姉ちゃんのでしょ──。恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくないのかって……。でも、それは洗濯してやろうと……」
「なにが洗濯よ。この変態──」
陽奈は声を上げた。
「変態って……。いや、俺は潔白で……。ああ、でも、潔白というほどじゃないか……」
「なにブツブツ言ってんのよ──。うわっ、ドン引き。ドン引きだよ、お兄ちゃん」
「ドン引きって……そんなに言わなくても……」
「はああ? 真白姉ちゃんの下着を取ってきて、なにに使うつもりだったのよ……。うわっ、想像したくない──。想像したくなかったああ」
陽奈は頭を抱えた。
「お前、大袈裟な……」
「とにかく、これはあたしがこっそりと真白姉ちゃんの着替えに紛れ込ませとくから──」
陽奈は、真白姉ちゃんの下着をとりあえず、自分のポケットに隠す。
いまだに信じられないが、真白が大悟のことを大好きだというのは、理解することにした。おそらく、幼馴染という名の色眼鏡のおかげだろう。
だからこそ、その正体がきもデブなだけでなく、薄汚い変態男だということには絶対に気づかせるわけにはいかない。
真白姉ちゃんには、このまま兄の正体を知らないまま幸せでいてもらうしかない。
そのためなら、芽のうちに全部摘んでおく。どんなに非常でも、だ。
「だって、それは……」
「しかも、今日届いた荷物──なによ、これ──」
陽奈はズボンをはき直して寝台を椅子代わりに腰をおろした大悟に、さっきの箱を押しつける。
中はすでに開けてある。
「○○商事」というわけのわからない差出人。ときどき届く、この差出人の宅配便については、前から中身の予想はついていた。
しかし、このきもデブも思春期を迎えた男の子には変わりない。
だから、ずっと見て見ぬ振りをしてきた。
ずっと、そのつもりだった。
しかし、あの真白姉ちゃんと結婚できたという快挙を受けた以上、そうはいかなくなった。
真白姉ちゃんが本物の姉になるというのは、陽奈の小さい頃からの夢だった。
このきもデブには、一万パーセント無理だと思っていたが、その願いがかなったのだ。この大運を、目の前のきもデブの変態で消滅させるわけにはいかない。
大悟はわかっているのだろうか?
結婚というのは、それで終わりではなく、離婚などすぐにできるということを。それこそ紙一枚だ。
「あれ、これって……。えっ、封を勝手に切ったのか、お前?」
大悟が声を上げた。
「開けたわよ──。お兄ちゃん、真白姉ちゃんと結婚したんでしょう。こんなの買って──、真白姉ちゃんに、ばれたらどうするのよ」
陽奈は箱に手を入れて、中身を取り出す。
赤い箱に入れられていて、透明のセロファン越しに見えているのは、多分、アダルトグッズだ。平ぺったくて、“U”の形に見える。
箱に書かれているイラストを見る限り、多分、オナニーの道具のように思えた。
このきもデブは、なんというものをこっそりと買っているのだろう。
そのとき、ノックの音がした。
「大悟、いるよね?」
返事を待たずにドアが開く。入ってきたのは真白だった。
白いロゴTシャツに薄いカーディガン。膝上三十センチはある、ふわりと広がる超ミニのスカート。
かなり短いはずなのに、不思議といやらしく見えない。むしろ雑誌のモデルみたいにお洒落に見えてしまう。
「陽奈ちゃんも一緒? あれっ、それ」
真白の視線が、陽奈が大悟に突きつけていた赤い箱に止まる。
細い目がわずかに細められた。
陽奈は、しまったと思った。
しかし、ここで大悟のことを真白に幻滅させるわけにはいかない。
「ち、違う。違うの、真白姉ちゃん」
陽奈は咄嗟に声を上げた。
「違うって……なにが?」
「こ、これはお兄ちゃんのじゃない──。誤解だよ。あたし、あたしが使うの」
そう口にしたものの、我ながら呆れた。だが、泥を被るならいくらでも被ってやる。いま最重要なのは、きもデブの正体を真白に知られないことなのだ。
「……陽奈ちゃんの?」
真白の目が、すっと険しくなる。
いつも無表情で感情が読み取りにくい真白だが、いまは陽奈にもはっきりわかった。一瞬で機嫌が悪くなったのだ。
「ひっ」
陽奈は思わず小さく声を上げた。
「違う。真白──。嘘だよ、嘘──。俺が買ったんだ。多分、陽奈は、俺を庇ってんだ」
大悟が慌てて口を挟んだ。
「庇った? なんで陽奈ちゃんが大悟を庇って、これが陽奈ちゃんのになるの?」
真白が目を細めたまま、大悟と陽奈、そして、陽奈の持っていた赤い箱を交互に見る。
「陽奈のもののわけないだろう。俺が買ったんだ」
大悟が陽奈の手から箱を取り上げた。
「お、お兄ちゃん──」
思わず声を上げたものの、陽奈はそのまま絶句した。
それ以上の言葉が出てこない。
せっかく隠そうとしてやったのに、どうしてこんなにあっさり口にしてしまうのだろう、このきもデブは──。
まるでわかっていない。
陽奈は、自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「……ああ、これって、もしかして、昨夜言っていたの? もう来たの?」
真白が、大悟の手から赤い箱を受け取る。
陽奈は唖然となった。
「ま、まあな……。でも、本当にいいのか?」
大悟の顔は真っ赤になっている。
一方で真白は平然としていた。さっきまでの刺々しい空気は、もう消えている。
「いい……。そう言った。大悟がしたいなら……。でも、どうやって使うの?」
真白は箱を裏返したり横にしたりしながら、しげしげと眺めはじめた。
「ああ、下着の内側に密着させるんだ」
赤い顔のままの大悟がおずおずと言う。
「密着? これを?」
真白が箱から中身を取り出す。
陽奈の目に飛び込んできたのは、つやのある肌色の小さな器具だった。やわらかそうな素材でできていて、なだらかな曲線を描くように曲がっている。
真白が手で伸ばしたり、戻したりしているのを見ると、かなり伸縮するみたいだ。
また、真ん中の細い部分には三つの突起が伸びていて、ひとつは少し長く、もうひとつは丸みのある小さな膨らみ、そしてもうひとつは短い突起だった。
手のひらに収まるくらいの大きさで、全体が滑らかな肌色の表面で覆われている。
先端には小さなボタンのようなものも見える。
陽奈は、目を見開いたままでいた。
「……どっちが前?」
「いや……えっとな……。こっちの極小の突起がたくさんある側……」
大悟は頭をかきながら、器具の一方の端を指差す。
「でも、そうすると、後ろのここが邪魔にならない?」
「ああ、そこは、お尻の中に入れるんだ。そのまま全体を脚のあいだに沿わせて……。そのう……ここが振動する部分で……」
「……固定は? ずれない?」
真白が頷く。
「下着で押さえるんだけど、シリコンになっていて、肌に密着する……。濡らして使うと吸盤みたいにもなる……。そのう……濡れるだろう?」
「ふうん……エッチだね、大悟」
真白姉ちゃんが顔をあげて、大悟を見る。
柔らかい視線で……。
滅多にない真白姉ちゃんの笑顔。よっく見れば、真白姉ちゃん眼の下がほんのりと赤い。
えっ?
えっ?
えええっ──。
「エ、エッチって……。ま、まあな」
「それだけで、歩いても落ちないの?」
「落ちないと思う……多分」
「……大悟はどうやって、操作するの?」
「リモコンかスマホ……。Bluetoothで動くやつ」
「外から?」
「そ、そう……外から」
「授業中に?」
真白がその淫具を持ったままわずかに首を傾げる。
「……そ、そういうこと……したいかなと……。でも……真白が……嫌なら……」
「いやじゃない……。いいって言った。じゃあ、明日、学校で?」
真白がその淫具を大悟に返した。
「ちょ、ちょっと待ってよ──。なんでそんな普通の声で会話してるのよ──。……って言うか、いまのなに? なに話したの? 授業中って聞こえたけど──」
横で聞いていた陽奈は、とうとう叫んでしまった。
「うわっ、陽奈がいたんだった──」
大悟が慌てたように、淫具を背中に隠す。
「……大悟は、変なこと言う。陽奈ちゃんは、最初からそこにいた」
真白が静かに言った。
「なんで、そんなに平気なんだよ」
大悟が頭を抱えるような格好をする。
「そ、そうだよ──。あたしの前でそんな会話しないでよ──。やめてよ、説明しないでよ。真白姉ちゃんもよ──」
「でも、使い方を知らないと困る」
真白が真顔で言った。
「だけど、あたしの前ですることないでしょう」
「……わかった。これから気をつけよう、大悟」
真白が小さく頷いた。
平然とした表情で……。
「ああ、もういい──。聞きたくなかった──。真白姉ちゃんも、いいの? このきもデブのお兄ちゃんに、そこまで付き合うことないのよ──」
陽奈は頭を抱えて叫んだ。
「大悟はあたしの旦那さん。夫の性的欲求に応えるのは、妻の義務」
真白は淡々と言う。
「性的欲求なんて、真白姉ちゃんの口から言わないでよ──。ああ、もういい──。それより、お兄ちゃん。お母さん、今日も遅いって。お兄ちゃん、今日の料理当番ね」
「ああ? 当番って、お前の方が早く帰ってたじゃねえかよ。お前の番だろ」
「あ──あ、知らない。あたし部活で疲れてるから。オムライス作って。お兄ちゃんのオムライス美味しいから」
「部活って、今日は部活なかったんだろうが。だからいまここにいるんだろ」
「いいじゃないのよ。あたし、まだ中学生だよ」
「それがどうしたんだよ。早く帰った方が料理当番の約束だろ」
「とにかく無理。あんまりびっくりして、そんな気分じゃない。じゃあよろしくね」
陽奈はきっぱりと言った。
「大丈夫。今夜はあたしが作る」
すると、横から真白が口を出した。
「えっ?」
「え?」
陽奈と大悟が同時に声を上げる。
ほぼ実の姉妹のように育った真白だが、料理をしているところを見たことはない。
「ええっと……大丈夫なのか?」
大悟が恐る恐る訊ねる。
「大丈夫。あたしは大悟の妻。料理は妻の役目」
真白はそれだけ言うと、くるりと身体を反転させ、そのまま部屋を出ていった。
残された陽奈と大悟は、その後ろ姿を呆然と見送る。
しばらくして、陽奈がぽつりと言った。
「……真白姉ちゃんの料理って、珍しいね」
「珍しいっていうか、少なくとも俺は知らないぞ。一条のお母さんも料理しねえし」
「そうなの?」
「あそこは外食ばっかりだ。お手伝いさんいるしな」
「ええ……大丈夫かなあ?」
二人で顔を見合わせた。
とりあえず、部屋を出て、ふたりで階段を降りていく。
その階段の途中だった。
台所の方から──ドンッ──という、凄まじい音が響いた。
「なに?」
「なんだ?」
陽奈と大悟は階段を慌てて駆け降りた。