※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】   作:ドン・ドナシアン

19 / 35
019 ただの痴話喧嘩だよ。じゃあな

「今日から昼ご飯を一緒に食べる」

 

 上靴に履き替えていると、真白が当然のように言った。

 朝の登校時間の生徒用下駄箱だ。周囲の生徒たちの視線が遠巻きに集まっているが、真白はそれを気にする様子もない。

 大悟は落ち着かずに靴を押し込んだ。

 

 手を繋いで登校してきて、そのままここまで来ている。

 昨日ほどではないが、まだ見られている。

 ……まあ、慣れるしかないのか。

 

「いいけど、いつもの連中とはいいのか?」

 

 大悟はそう言って、真白を見る。

 

「いい。大悟と食べたくて、今朝は卵焼き作った……。お義母さんに入れてもらった」

 

「ああ、あれか。楽しみだな」

 

 大悟は真白に微笑みかけた。

 昨日も食べたし今朝も食べたが、初めて作ったとは思えない出来だった。まだ危なっかしいが、器用で物覚えのいい真白のことだ。あっという間に料理もできるようになるのだろう。

 

「次は、パエリアの弁当を作る」

 

「いや、パエリアはあんまり弁当向きじゃあ……。じゃあ、ウインナーとかどうだ?」

 

「ウインナー? 大悟は教えられるの?」

 

「鍋にお湯を沸かす。沸騰したら、店で買ってきた袋から出して入れる。三分間煮たら、次に一分間、フライパンで炒める。あっ、油を敷いてからな」

 

「フライパンに、油は十五㏄。キッチンペーパーで塗る。ちゃんと覚えている」

 

「おう、完璧だ」

 

 大悟は、外靴をしまうと、階段に向かって進む。

 当たり前のように、真白が手を繋いできた。

 

「それで、さっきの話だけど、じゃあ、今日は一緒に弁当だな」

 

 手を繋いだまま階段を昇りながら、大悟は真白を振り返る。

 いつもは、クラスの一軍連中と学食に行く真白だから、大悟と真白が一緒に弁当となれば、またやっかみも増えるのだろう。

 大悟は苦笑した。

 

「“今日は”じゃない。“今日から”。あたしたちは、そういうことをもっとした方がいいらしい」

 

「いいらしい、て……。誰かにそう言われたのか?」

 

「羽虫」

 

「羽虫?」

 

 大悟は首を傾げた。

 だが、二階から三階に向かう階段を差し掛かろうとしたときに、目の前に影が阻んだ。

 

「あっ、おはようございます──。木許先輩、一条さん」

 

 遠藤かおる──。二年生の文芸部員。昨日、真白を盗撮写真で脅そうとして、逆に真白に脅された下級生だ。

 大悟たちの前にやってきて、元気に挨拶をしてきた。

 

「おはよう、羽虫。でも、昨日も電話で話したけど、まだ大悟とあたしのことが学園SNSで半信半疑。それだけでなく、不愉快な有象無象の噂が消えてない。早く仕事しなさい」

 

 立ち止まった真白がかおるに身体を向けた。

 なぜか、かおるは「ひっ」と小さく声を出して、半歩後退ってしまう。

 それはともかく、「羽虫」というのは、彼女のことだったみたいだ。

 

「いや、それはないですよ。ちゃんと言われたとおり、あちこちのグループに流してます。関係ないとこにも回してますし。苦労したんすから」

 

 かおるは笑みを浮かべたまま頷くが、その目はわずかに引きつっていた。

 

「苦労はどうでもいい。結果が大事。早く定着させて」

 

「やってますって。昨日も今日も手を繋いで登校してるんですから、そのうち広がりますよ」

 

「だけど、ネタとか嘘告とか、大悟が脅迫したとかいうのもある。あれ不愉快。なんとかして」

 

「……それも潰してます」

 

 かおるが小さく頷いたところで、大悟は眉をひそめた。

 

「……なんの会話だ?」

 

 大悟は真白とかおるを交互に見る。

 

「学園内のSNS。羽虫に情報を集めさせてる。大悟とあたしのことが、ちゃんと伝わってないから」

 

 真白はあっさりと言った。

 

「へえ……。俺はそういうの、まったく入ってこないけどな。まあ、ハブられてるし」

 

 大悟は苦笑する。

 

「問題ない。あたしも興味はない。でも、大悟を守るために必要。とにかく、任せて」

 

 真白は即答した。

 

「そうはいかないだろ。で、実際どうなんだよ。真白が悪く言われたりしてないのか?」

 

 大悟は肩をすくめてから、かおるに視線を向ける。

 

「うーん……それは……見た方が早い」

 

 真白が小さく息を吐くと、手招きしてスマホを取り出した。

 画面を操作し、そのまま大悟の前に差し出す。

 表示されているのは、女子だけのグループらしいトーク画面だった。

 

 内容は、一見すると心配するような文面だが、その実、言葉の端々で大悟を貶すものばかりだ。

 似合わない、釣り合っていない、考え直すべきだ──。

 遠回しな言い方ばかりだが、意図ははっきりしている。

 真白からの返信は見当たらない。

 

「……まあ、そうだろうな」

 

 大悟は短く言った。

 大悟と真白が付き合うということになれば、こういうことになるのはわかっていた。実際には、結婚なんだが。

 

「これはまだ直接あたしに向けてるだけ、まし……。ほかのところはもっと酷いのもある。でも問題ない。全部潰す」

 

 真白はスマホを戻す。

 

「潰すって……。物騒なことするなよ。俺のことは気にしなくていい……。それより、お前が余計に目をつけられるぞ」

 

 大悟はすぐに言った。

 

「大丈夫。問題ない。大悟のことは守る……」

 

「いや、大丈夫じゃないから……。お前、ときどき、隠れて無茶やってるだろう」

 

 即座に返す。

 

「これは、あたしの問題。大悟は知らなくていい。あたしなら、なんとかできる」

 

「だから、それが俺のことなら心配ないって、言ってんだ──」

 

 大悟は思わず声をあげた。

 

「大丈夫」

 

「いいから、言うこときけって──。命令だ──」

 

 大悟は強く言った。

 卑怯だとは想うが、真白が大悟の“命令”という言葉に弱いことはわかってきた。

 だがら、利用する。

 

 もともとの真白の性格はわかっている。こいつはSNSなんて気にするタイプじゃない。それでも追っているのは、大悟のことが理由だろう。

 でも、大悟は真白には、気にしてほしくない。

 大悟は、こんな狭い学園内で自分がどんな中傷のようなことをされようと、心底気にしてない。

 それよりも、真白が裏でなにかを動こうとしているのが心配だ。

 

「うう……大悟は狡い」

 

 真白がちょっと拗ねたように俯く。

 

「なにがだよ?」

 

「あたしが、命令に弱いこと知っていて言ってる。だから、狡い」

 

「気がついてたか」

 

 大悟は小さく笑った。

 

「あ、あの……おふたりさん」

 

 そのとき、かおるが口を挟んできた。

 

「なに、羽虫?」

 

 真白がかおるに顔を向ける。

 一転して、冷たい口調だ。

 

「目立っているっすよ」

 

 かおるが小さくささやいた。

 

「あっ」

 

 大悟も思わず声をあげた。

 確かに、よく見れば、いつの間にかかなりの生徒は教室に入らずに、大悟たちを遠巻きにして意識を向けていた。

 ちらちらとこっちを見ている。

 

「とにかく、教室に行こう、真白」

 

 大悟は声を掛けた。

 二階は二年生のフロアであり、三年生の大悟たちは三階だ。

 

「わかった。とにかく、羽虫。あたしたちのことが正しく伝わるようにしなさい。仲がいい。好き合ってる。誰にも裂くことのできない絆で結ばれていると」

 

 真白がかおるを見る。

 

「大丈夫っすよ。今日から昼食も一緒ですよね。学園で、別々にいたりするから隙があると思われるんっすよ。べたべたしてれば、自然に噂は拡がりますから」

 

「羽虫のわりには、昼食の忠告には感謝してる。これからは、大悟にべたべたしてもらう」

 

「そのいきです……。それに、木許先輩って、結構喋るんですね。昨日といい今日といい、もっとおどおど感じだと思ってました.一条さんにも負けてないっすものね」

 

 かおるがにこにこと言う。

 大悟は肩を竦めた。

 

「お前といい、クラスの連中といい、俺って、余程に陰キャのイメージあるんだな。まあ、実際に陰キャだけど」

 

「まあ、でも、結構男らしいっすよ。いい感じです」

 

 かおるがくすりと笑う。

 

「……むう……。男らしくても、大悟はあたしの……。好きになったら承知しない」

 

 真白がすっと大悟の前に出てきた。

 

「怒るっすよ。あたしにも好みがあるって言ったじゃないですか……。まあ、だけど、実際、おふたりはどんな感じなんですか。まだ、小説のネタになるようなもの、教えてもらってないんすけど」

 

 かおるが探るように、大悟と真白の顔を交互に見てくる。

 

「大悟はあたしの“ご主人様”」

 

 すると、真白がぽつりと言った。

 大悟はびっくりした。

 

「えっ、いまなんて……」

 

「違う。幼馴染だ。そう言ったんだ。赤ん坊の頃から一緒だった──」

 

 大悟は慌てて言う。

 

「ええ、幼馴染──? それで、美女ときもデブのカップルなんですか──。なんですか、それ──。思い切り、小説ネタじゃないですか。しかも、ベタ中のベタ──定番じゃないですか。もっと詳しく──」

 

 かおるが気色ばむ。

 

「そのうちな──、ほら、真白、もう行こう」

 

 大悟は真白の手を握って、階段を上がっていった。

 

 

 

 

 

 教室の扉を開けると、一瞬だけ、空気が止まった気がした。

 視線が集まる。だが、真白は気にする様子もなく歩き、そのまま手を離した。

 

「あとでね、大悟」

 

「ああ」

 

 短く言葉を交わして、別れる。

 真白は、あっという間にほかのクラスメイトたちに囲まれ、大悟はいつもの窓際のぼっち席に向かった。

 すると、待ち構えていたかのように、大悟の前を三人の女生徒の影が差した。

 やってきたのは、三ギャル──片桐レナ、姫野ミカ、神崎ユイの三人だ。揶揄う気満々で、顔に笑みを浮かべている。大悟は嘆息した。

 

「よお。本学園のUMA(ウーマ)君のお出ましだ」

 

 レナがにやりと笑う。

 

「ありがたや、ありがたや」

 

 ミカが手を合わせてふざける。

 一方で、ユイはその後ろで軽く手を上げた。

 

「……なんだよ、UMAって」

 

 大悟は席に鞄を置きながら眉をひそめる。

 

「未確認生物。いるかいないかわかんないやつ」

 

 レナが大悟の机に尻を載せる。

 払いのけたいが自重する。

 

「UMAは知っているよ。それがなんで、俺なんだよ」

 

 とりあえず、話には乗ってやろう。

 

「お前のようなきもキャラは、噂には疎いとは思うけど、あのお姫様に恋人ができたというのは、学園のすごい噂になっててな」

 

「それが誰だって、話で盛りあがってんだ」

 

「名前があがっているのは五人くらいだ。きもデブの名前もあがってるぞ。ダークホース的扱いだけどね」

 

 レナとミカが笑う。

 なんだ、それ?

 

「なんで、ダークホースなんだよ。真白が好きになったのは俺だ」

 

 大悟ははっきりと言った。

 「うわっ、出たー」、「今日も絶叫調──」となにが面白いのか三人が大爆笑する。

 もっとも、ユイだけは、話を合わせるように笑いながらも、右手をほんの少しあげて、ふたりの後ろから謝るような仕草だけをする。

 どうでもいいが……。

 

「まあ、とにかく、でも誰も信じてないんだよ」

 

「手を繋いでいるのを見たやつ──校門でお前の愛の告白をしたのを聞いたやつ──。それはいるけど、“ありえない”って、否定されててな」

 

 ミカが肩をすくめる。

 

「だからUMAなんだ。目撃されたけど、認められてない」

 

 三人がげらげらと笑った。

 なにしにきたんだ、こいつら──。

 

 いや、揶揄いにきたのか……。

 大悟は再び息を吐く。

 

「おっと、お姫様が睨んでるな」

 

「ほんとうだ。ダーリンを奪われると思ってんのかねえ」

 

 レナとミカがちらりと後ろを覗く。

 大悟も視線を向けるが、確かに、真白がほかのクラスメイトと会話をしながらも、目線だけは不機嫌そうに向けていたのがわかった。

 だが、それさえも揶揄いの対象なのだろう。

 レナがさらに机の上で尻をどんと大悟に寄せてきた。

 

「お前、尻をどけろよ」

 

 さすがに大悟も声をあげた。

 

「おっ、なんだ、きもダイ。もしかして、気になるか? なら、触っていいぞ。サービスだ」

 

 レナがけらけらと笑った。

 すると、ばんと大きな音がしたかと思うと、真白がつかつかとこっちに寄ってくるのが見えた。

 

「退散──」

 

 レナが叫んで、三人が歓声のようなものをあげて逃げていった。

 

 

 

 

 

「あれはレナとミカのノリ。あたしも止めきれなかった。悪かった」

 

 ユイが真白に向かって、歩きながら両手を軽く合わせた。

 午後のホームルームも終わり、生徒たちがそれぞれに動き出している。廊下には部活に向かう生徒と帰宅する生徒が混ざり、ざわめきが続いていた。

 

 大悟と真白とユイの三人は並んで下駄箱へ向かっている。

 明日の緊縛撮影のため、昨日に引き続き放課後に打ち合わせをすることになっている。場所は駅前のカラオケルームの予定だ。

 

「気は悪くしてない。あたしも、空気が読めないわけじゃない」

 

 真白がぼそりと言った。

 その前を歩く二人のやり取りを見ながら、大悟は少し後ろを歩く。

 ユイが肩をすくめる。

 

「……怒ってないならいいけど……。まあ、あたしも、あそこまで悪乗りするとは思ってなかった」

 

「悪乗りでお尻を触らせるの?」

 

 真白が言う。

 声は低いが、はっきりと棘がある。

 

「……レナのやつがな。あたしは乗っただけだよ……。でも、ああいうのはやめさせる。言っとくから」

 

「……ならいい。でも次があれば、撮影のことは考える」

 

「うわ、それは困る。ちゃんと釘刺しとく」

 

 ユイが少し慌てたように言った。

 

「……わかった」

 

 真白が小さく頷く。

 少しだけ空気が緩んだ。

 

「だけど、本当にいいのか、真白。……明日……」

 

 大悟が後ろから言った。

 真白が足を止めずに、わずかに視線だけを大悟に向ける。

 明日は、ユイの撮影による緊縛写真の撮影だ。成り行きと勢いで決まった話ではあるが、軽い内容ではない。

 顔出しはしないとはいえ、真白が縛られた写真をインターネットに公開する──。ネットに出す以上、データは残る。

 

「お前、余計なこと言うなよ──折角、その気になってるのに」

 

 ユイが振り返って、大悟を軽く睨む。

 

「気になるだろ、普通は」

 

 大悟は視線を外さずに言う。

 

「問題ない……。大悟が縛るなら……。こいつは撮るだけ。それが条件……。あたしは大悟に触れられるのは構わない。ネットに出すのも問題ない」

 

 迷いのない声だった。

 

「……わかってるよ。条件は飲んでる。でも、詳しい打ち合わせは後でな。あんまりここで話す内容じゃないし」

 

 ちょうど、反対側から他の生徒たちが歩いてきていた。

 廊下は人の流れが交差し始めている。

 大悟は少し息を吐いた。

 そこで、ふと尿意を感じる。

 

「悪い、ちょっとトイレに寄る」

 

 そう言って、下駄箱の手前にある男子トイレの方へ足を向けた。

 

「なんだよ。美少女二人残しておしっこかい。ダッシュだよ」

 

 ユイが揶揄うように声を投げてくる。

 大悟は振り返らずに手を軽く上げた。

 

 

 

 

 

 大悟は用を足して手を洗い、男子トイレを出ようとした。

 そのとき、入れ替わるように男子生徒がふたり入ってきた。

 

 どちらも同じ三年生だ。

 ひとりは元生徒会長の八木。もうひとりは元副会長の藤本──。

 すでに生徒会の役職は二年生に譲っているが、この学園の慣例により胸にはまだ生徒会のバッジが付いている。

 

 大悟は脇に寄り、そのまますれ違おうとした。

 だが、その前に二人が立ち塞がった。

 

「えっ、なに?」

 

 同学年だが面識はない。背丈の差で、どうしても見上げる体勢になる。

 

「……お前、一条さんになにをしたんだ?」

 

 八木が低く言った。険しい顔で大悟を睨んでいる。

 

「はあ?」

 

 大悟は訝しんだ。

 この手の連中は初めてではない。真白と一緒のときにはさすがに寄ってこないが、ひとりになるとこうやって絡んでくる者がなくならない。

 面倒な連中だ。

 

「お前が一条さんを口汚く罵っていたのを聞いた者が大勢いる」

 

「えっ?」

 

 大悟が真白を罵った?

 なんのことだと思った。

 

「……惚けるな。今日の朝だ。大勢が聞いている。やっぱり見下げ果てたやつだ」

 

 八木が言い切る。

 今日の朝──?

 

 ああ、あれか……。

 大悟はようやく思い当たった。かおるに話しかけられたときのことか。

 

「あれはなあ……」

 

 説明しようとして、途中でやめた。

 なんで関係のないこいつに言い訳が必要なんだ。

 

「お前には関係のない話だよ」

 

 大悟はそのまま横を抜けようとする。

 

「……ちょっと待て。まだ話は終わってないだろう──」

 

 腕を力いっぱいに掴まれた。手を出したのは、藤本の方だ。

 

「いてっ、なにすんだよ──?」

 

 大悟はそれを振り払う。

 

「お前が一条を脅迫してるという噂がある。ちゃんと釈明すべきだろう──」

 

 藤本が腕を掴み直す。力が強い。

 大悟は思わず顔をしかめた。

 

「生徒会として、いじめや理不尽な脅迫を見過ごすわけにはいかない……。噂がある以上、確認する必要がある。現執行部とも相談する」

 

 八木が一歩踏み込んだ。

 大悟は、腕を掴まれたまま、ふたりを威嚇するように背筋を伸ばす。

 こういうことは、真白が得意なんだが、それを思い出して、精一杯の虚勢を張る。

 

「俺の胸ポケット」

 

 大悟はそれだけを言った。

 二人が一瞬、言葉を失った。

 

「……胸ポケットがどうした?」

 

 藤本が怪訝そうに言う。

 

「ペンが差してあるように見えるだろう? 隠しカメラだ。絡まれたらすぐに撮ることにしてる。手を離せ。今の映像、そのまま職員室に持っていくぞ」

 

 大悟は淡々と続けた。

 二人の表情が固まる。

 藤本が舌打ちをして、ゆっくりと手を離した。

 

「……お前が一条さんに怒鳴っていた証拠はある。言い逃れする気か?」

 

 八木はなおも睨む。

 だが、反面、罰が悪そうに、ちらちらと大悟の胸ポケットを見てもいる。

 

「言い逃れもなにも事実だ。ただの痴話喧嘩だよ。じゃあな」

 

 大悟は短く言った。

 そのまま二人の間を抜け、トイレを後にした。

 

 廊下に出たところで、掴まれた制服の皺を伸ばして、数回、大きく深呼吸をする。

 怒った顔を真白には見せられない。

 心配するに決まっている。

 

 真白たちが待っているはずの下駄箱に向かいながら、ほっとして胸ポケットにあるボールペンに触れる。

 もちろん。ただのボールペンだ。

 

 隠しカメラなどでは、ありはしない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。