学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
「今日から昼ご飯を一緒に食べる」
上靴に履き替えていると、真白が当然のように言った。
朝の登校時間の生徒用下駄箱だ。周囲の生徒たちの視線が遠巻きに集まっているが、真白はそれを気にする様子もない。
大悟は落ち着かずに靴を押し込んだ。
手を繋いで登校してきて、そのままここまで来ている。
昨日ほどではないが、まだ見られている。
……まあ、慣れるしかないのか。
「いいけど、いつもの連中とはいいのか?」
大悟はそう言って、真白を見る。
「いい。大悟と食べたくて、今朝は卵焼き作った……。お義母さんに入れてもらった」
「ああ、あれか。楽しみだな」
大悟は真白に微笑みかけた。
昨日も食べたし今朝も食べたが、初めて作ったとは思えない出来だった。まだ危なっかしいが、器用で物覚えのいい真白のことだ。あっという間に料理もできるようになるのだろう。
「次は、パエリアの弁当を作る」
「いや、パエリアはあんまり弁当向きじゃあ……。じゃあ、ウインナーとかどうだ?」
「ウインナー? 大悟は教えられるの?」
「鍋にお湯を沸かす。沸騰したら、店で買ってきた袋から出して入れる。三分間煮たら、次に一分間、フライパンで炒める。あっ、油を敷いてからな」
「フライパンに、油は十五㏄。キッチンペーパーで塗る。ちゃんと覚えている」
「おう、完璧だ」
大悟は、外靴をしまうと、階段に向かって進む。
当たり前のように、真白が手を繋いできた。
「それで、さっきの話だけど、じゃあ、今日は一緒に弁当だな」
手を繋いだまま階段を昇りながら、大悟は真白を振り返る。
いつもは、クラスの一軍連中と学食に行く真白だから、大悟と真白が一緒に弁当となれば、またやっかみも増えるのだろう。
大悟は苦笑した。
「“今日は”じゃない。“今日から”。あたしたちは、そういうことをもっとした方がいいらしい」
「いいらしい、て……。誰かにそう言われたのか?」
「羽虫」
「羽虫?」
大悟は首を傾げた。
だが、二階から三階に向かう階段を差し掛かろうとしたときに、目の前に影が阻んだ。
「あっ、おはようございます──。木許先輩、一条さん」
遠藤かおる──。二年生の文芸部員。昨日、真白を盗撮写真で脅そうとして、逆に真白に脅された下級生だ。
大悟たちの前にやってきて、元気に挨拶をしてきた。
「おはよう、羽虫。でも、昨日も電話で話したけど、まだ大悟とあたしのことが学園SNSで半信半疑。それだけでなく、不愉快な有象無象の噂が消えてない。早く仕事しなさい」
立ち止まった真白がかおるに身体を向けた。
なぜか、かおるは「ひっ」と小さく声を出して、半歩後退ってしまう。
それはともかく、「羽虫」というのは、彼女のことだったみたいだ。
「いや、それはないですよ。ちゃんと言われたとおり、あちこちのグループに流してます。関係ないとこにも回してますし。苦労したんすから」
かおるは笑みを浮かべたまま頷くが、その目はわずかに引きつっていた。
「苦労はどうでもいい。結果が大事。早く定着させて」
「やってますって。昨日も今日も手を繋いで登校してるんですから、そのうち広がりますよ」
「だけど、ネタとか嘘告とか、大悟が脅迫したとかいうのもある。あれ不愉快。なんとかして」
「……それも潰してます」
かおるが小さく頷いたところで、大悟は眉をひそめた。
「……なんの会話だ?」
大悟は真白とかおるを交互に見る。
「学園内のSNS。羽虫に情報を集めさせてる。大悟とあたしのことが、ちゃんと伝わってないから」
真白はあっさりと言った。
「へえ……。俺はそういうの、まったく入ってこないけどな。まあ、ハブられてるし」
大悟は苦笑する。
「問題ない。あたしも興味はない。でも、大悟を守るために必要。とにかく、任せて」
真白は即答した。
「そうはいかないだろ。で、実際どうなんだよ。真白が悪く言われたりしてないのか?」
大悟は肩をすくめてから、かおるに視線を向ける。
「うーん……それは……見た方が早い」
真白が小さく息を吐くと、手招きしてスマホを取り出した。
画面を操作し、そのまま大悟の前に差し出す。
表示されているのは、女子だけのグループらしいトーク画面だった。
内容は、一見すると心配するような文面だが、その実、言葉の端々で大悟を貶すものばかりだ。
似合わない、釣り合っていない、考え直すべきだ──。
遠回しな言い方ばかりだが、意図ははっきりしている。
真白からの返信は見当たらない。
「……まあ、そうだろうな」
大悟は短く言った。
大悟と真白が付き合うということになれば、こういうことになるのはわかっていた。実際には、結婚なんだが。
「これはまだ直接あたしに向けてるだけ、まし……。ほかのところはもっと酷いのもある。でも問題ない。全部潰す」
真白はスマホを戻す。
「潰すって……。物騒なことするなよ。俺のことは気にしなくていい……。それより、お前が余計に目をつけられるぞ」
大悟はすぐに言った。
「大丈夫。問題ない。大悟のことは守る……」
「いや、大丈夫じゃないから……。お前、ときどき、隠れて無茶やってるだろう」
即座に返す。
「これは、あたしの問題。大悟は知らなくていい。あたしなら、なんとかできる」
「だから、それが俺のことなら心配ないって、言ってんだ──」
大悟は思わず声をあげた。
「大丈夫」
「いいから、言うこときけって──。命令だ──」
大悟は強く言った。
卑怯だとは想うが、真白が大悟の“命令”という言葉に弱いことはわかってきた。
だがら、利用する。
もともとの真白の性格はわかっている。こいつはSNSなんて気にするタイプじゃない。それでも追っているのは、大悟のことが理由だろう。
でも、大悟は真白には、気にしてほしくない。
大悟は、こんな狭い学園内で自分がどんな中傷のようなことをされようと、心底気にしてない。
それよりも、真白が裏でなにかを動こうとしているのが心配だ。
「うう……大悟は狡い」
真白がちょっと拗ねたように俯く。
「なにがだよ?」
「あたしが、命令に弱いこと知っていて言ってる。だから、狡い」
「気がついてたか」
大悟は小さく笑った。
「あ、あの……おふたりさん」
そのとき、かおるが口を挟んできた。
「なに、羽虫?」
真白がかおるに顔を向ける。
一転して、冷たい口調だ。
「目立っているっすよ」
かおるが小さくささやいた。
「あっ」
大悟も思わず声をあげた。
確かに、よく見れば、いつの間にかかなりの生徒は教室に入らずに、大悟たちを遠巻きにして意識を向けていた。
ちらちらとこっちを見ている。
「とにかく、教室に行こう、真白」
大悟は声を掛けた。
二階は二年生のフロアであり、三年生の大悟たちは三階だ。
「わかった。とにかく、羽虫。あたしたちのことが正しく伝わるようにしなさい。仲がいい。好き合ってる。誰にも裂くことのできない絆で結ばれていると」
真白がかおるを見る。
「大丈夫っすよ。今日から昼食も一緒ですよね。学園で、別々にいたりするから隙があると思われるんっすよ。べたべたしてれば、自然に噂は拡がりますから」
「羽虫のわりには、昼食の忠告には感謝してる。これからは、大悟にべたべたしてもらう」
「そのいきです……。それに、木許先輩って、結構喋るんですね。昨日といい今日といい、もっとおどおど感じだと思ってました.一条さんにも負けてないっすものね」
かおるがにこにこと言う。
大悟は肩を竦めた。
「お前といい、クラスの連中といい、俺って、余程に陰キャのイメージあるんだな。まあ、実際に陰キャだけど」
「まあ、でも、結構男らしいっすよ。いい感じです」
かおるがくすりと笑う。
「……むう……。男らしくても、大悟はあたしの……。好きになったら承知しない」
真白がすっと大悟の前に出てきた。
「怒るっすよ。あたしにも好みがあるって言ったじゃないですか……。まあ、だけど、実際、おふたりはどんな感じなんですか。まだ、小説のネタになるようなもの、教えてもらってないんすけど」
かおるが探るように、大悟と真白の顔を交互に見てくる。
「大悟はあたしの“ご主人様”」
すると、真白がぽつりと言った。
大悟はびっくりした。
「えっ、いまなんて……」
「違う。幼馴染だ。そう言ったんだ。赤ん坊の頃から一緒だった──」
大悟は慌てて言う。
「ええ、幼馴染──? それで、美女ときもデブのカップルなんですか──。なんですか、それ──。思い切り、小説ネタじゃないですか。しかも、ベタ中のベタ──定番じゃないですか。もっと詳しく──」
かおるが気色ばむ。
「そのうちな──、ほら、真白、もう行こう」
大悟は真白の手を握って、階段を上がっていった。
教室の扉を開けると、一瞬だけ、空気が止まった気がした。
視線が集まる。だが、真白は気にする様子もなく歩き、そのまま手を離した。
「あとでね、大悟」
「ああ」
短く言葉を交わして、別れる。
真白は、あっという間にほかのクラスメイトたちに囲まれ、大悟はいつもの窓際のぼっち席に向かった。
すると、待ち構えていたかのように、大悟の前を三人の女生徒の影が差した。
やってきたのは、三ギャル──片桐レナ、姫野ミカ、神崎ユイの三人だ。揶揄う気満々で、顔に笑みを浮かべている。大悟は嘆息した。
「よお。本学園の
レナがにやりと笑う。
「ありがたや、ありがたや」
ミカが手を合わせてふざける。
一方で、ユイはその後ろで軽く手を上げた。
「……なんだよ、UMAって」
大悟は席に鞄を置きながら眉をひそめる。
「未確認生物。いるかいないかわかんないやつ」
レナが大悟の机に尻を載せる。
払いのけたいが自重する。
「UMAは知っているよ。それがなんで、俺なんだよ」
とりあえず、話には乗ってやろう。
「お前のようなきもキャラは、噂には疎いとは思うけど、あのお姫様に恋人ができたというのは、学園のすごい噂になっててな」
「それが誰だって、話で盛りあがってんだ」
「名前があがっているのは五人くらいだ。きもデブの名前もあがってるぞ。ダークホース的扱いだけどね」
レナとミカが笑う。
なんだ、それ?
「なんで、ダークホースなんだよ。真白が好きになったのは俺だ」
大悟ははっきりと言った。
「うわっ、出たー」、「今日も絶叫調──」となにが面白いのか三人が大爆笑する。
もっとも、ユイだけは、話を合わせるように笑いながらも、右手をほんの少しあげて、ふたりの後ろから謝るような仕草だけをする。
どうでもいいが……。
「まあ、とにかく、でも誰も信じてないんだよ」
「手を繋いでいるのを見たやつ──校門でお前の愛の告白をしたのを聞いたやつ──。それはいるけど、“ありえない”って、否定されててな」
ミカが肩をすくめる。
「だからUMAなんだ。目撃されたけど、認められてない」
三人がげらげらと笑った。
なにしにきたんだ、こいつら──。
いや、揶揄いにきたのか……。
大悟は再び息を吐く。
「おっと、お姫様が睨んでるな」
「ほんとうだ。ダーリンを奪われると思ってんのかねえ」
レナとミカがちらりと後ろを覗く。
大悟も視線を向けるが、確かに、真白がほかのクラスメイトと会話をしながらも、目線だけは不機嫌そうに向けていたのがわかった。
だが、それさえも揶揄いの対象なのだろう。
レナがさらに机の上で尻をどんと大悟に寄せてきた。
「お前、尻をどけろよ」
さすがに大悟も声をあげた。
「おっ、なんだ、きもダイ。もしかして、気になるか? なら、触っていいぞ。サービスだ」
レナがけらけらと笑った。
すると、ばんと大きな音がしたかと思うと、真白がつかつかとこっちに寄ってくるのが見えた。
「退散──」
レナが叫んで、三人が歓声のようなものをあげて逃げていった。
「あれはレナとミカのノリ。あたしも止めきれなかった。悪かった」
ユイが真白に向かって、歩きながら両手を軽く合わせた。
午後のホームルームも終わり、生徒たちがそれぞれに動き出している。廊下には部活に向かう生徒と帰宅する生徒が混ざり、ざわめきが続いていた。
大悟と真白とユイの三人は並んで下駄箱へ向かっている。
明日の緊縛撮影のため、昨日に引き続き放課後に打ち合わせをすることになっている。場所は駅前のカラオケルームの予定だ。
「気は悪くしてない。あたしも、空気が読めないわけじゃない」
真白がぼそりと言った。
その前を歩く二人のやり取りを見ながら、大悟は少し後ろを歩く。
ユイが肩をすくめる。
「……怒ってないならいいけど……。まあ、あたしも、あそこまで悪乗りするとは思ってなかった」
「悪乗りでお尻を触らせるの?」
真白が言う。
声は低いが、はっきりと棘がある。
「……レナのやつがな。あたしは乗っただけだよ……。でも、ああいうのはやめさせる。言っとくから」
「……ならいい。でも次があれば、撮影のことは考える」
「うわ、それは困る。ちゃんと釘刺しとく」
ユイが少し慌てたように言った。
「……わかった」
真白が小さく頷く。
少しだけ空気が緩んだ。
「だけど、本当にいいのか、真白。……明日……」
大悟が後ろから言った。
真白が足を止めずに、わずかに視線だけを大悟に向ける。
明日は、ユイの撮影による緊縛写真の撮影だ。成り行きと勢いで決まった話ではあるが、軽い内容ではない。
顔出しはしないとはいえ、真白が縛られた写真をインターネットに公開する──。ネットに出す以上、データは残る。
「お前、余計なこと言うなよ──折角、その気になってるのに」
ユイが振り返って、大悟を軽く睨む。
「気になるだろ、普通は」
大悟は視線を外さずに言う。
「問題ない……。大悟が縛るなら……。こいつは撮るだけ。それが条件……。あたしは大悟に触れられるのは構わない。ネットに出すのも問題ない」
迷いのない声だった。
「……わかってるよ。条件は飲んでる。でも、詳しい打ち合わせは後でな。あんまりここで話す内容じゃないし」
ちょうど、反対側から他の生徒たちが歩いてきていた。
廊下は人の流れが交差し始めている。
大悟は少し息を吐いた。
そこで、ふと尿意を感じる。
「悪い、ちょっとトイレに寄る」
そう言って、下駄箱の手前にある男子トイレの方へ足を向けた。
「なんだよ。美少女二人残しておしっこかい。ダッシュだよ」
ユイが揶揄うように声を投げてくる。
大悟は振り返らずに手を軽く上げた。
大悟は用を足して手を洗い、男子トイレを出ようとした。
そのとき、入れ替わるように男子生徒がふたり入ってきた。
どちらも同じ三年生だ。
ひとりは元生徒会長の八木。もうひとりは元副会長の藤本──。
すでに生徒会の役職は二年生に譲っているが、この学園の慣例により胸にはまだ生徒会のバッジが付いている。
大悟は脇に寄り、そのまますれ違おうとした。
だが、その前に二人が立ち塞がった。
「えっ、なに?」
同学年だが面識はない。背丈の差で、どうしても見上げる体勢になる。
「……お前、一条さんになにをしたんだ?」
八木が低く言った。険しい顔で大悟を睨んでいる。
「はあ?」
大悟は訝しんだ。
この手の連中は初めてではない。真白と一緒のときにはさすがに寄ってこないが、ひとりになるとこうやって絡んでくる者がなくならない。
面倒な連中だ。
「お前が一条さんを口汚く罵っていたのを聞いた者が大勢いる」
「えっ?」
大悟が真白を罵った?
なんのことだと思った。
「……惚けるな。今日の朝だ。大勢が聞いている。やっぱり見下げ果てたやつだ」
八木が言い切る。
今日の朝──?
ああ、あれか……。
大悟はようやく思い当たった。かおるに話しかけられたときのことか。
「あれはなあ……」
説明しようとして、途中でやめた。
なんで関係のないこいつに言い訳が必要なんだ。
「お前には関係のない話だよ」
大悟はそのまま横を抜けようとする。
「……ちょっと待て。まだ話は終わってないだろう──」
腕を力いっぱいに掴まれた。手を出したのは、藤本の方だ。
「いてっ、なにすんだよ──?」
大悟はそれを振り払う。
「お前が一条を脅迫してるという噂がある。ちゃんと釈明すべきだろう──」
藤本が腕を掴み直す。力が強い。
大悟は思わず顔をしかめた。
「生徒会として、いじめや理不尽な脅迫を見過ごすわけにはいかない……。噂がある以上、確認する必要がある。現執行部とも相談する」
八木が一歩踏み込んだ。
大悟は、腕を掴まれたまま、ふたりを威嚇するように背筋を伸ばす。
こういうことは、真白が得意なんだが、それを思い出して、精一杯の虚勢を張る。
「俺の胸ポケット」
大悟はそれだけを言った。
二人が一瞬、言葉を失った。
「……胸ポケットがどうした?」
藤本が怪訝そうに言う。
「ペンが差してあるように見えるだろう? 隠しカメラだ。絡まれたらすぐに撮ることにしてる。手を離せ。今の映像、そのまま職員室に持っていくぞ」
大悟は淡々と続けた。
二人の表情が固まる。
藤本が舌打ちをして、ゆっくりと手を離した。
「……お前が一条さんに怒鳴っていた証拠はある。言い逃れする気か?」
八木はなおも睨む。
だが、反面、罰が悪そうに、ちらちらと大悟の胸ポケットを見てもいる。
「言い逃れもなにも事実だ。ただの痴話喧嘩だよ。じゃあな」
大悟は短く言った。
そのまま二人の間を抜け、トイレを後にした。
廊下に出たところで、掴まれた制服の皺を伸ばして、数回、大きく深呼吸をする。
怒った顔を真白には見せられない。
心配するに決まっている。
真白たちが待っているはずの下駄箱に向かいながら、ほっとして胸ポケットにあるボールペンに触れる。
もちろん。ただのボールペンだ。
隠しカメラなどでは、ありはしない。